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高橋、面談す

行政官事務所に隔離されて五日が経った。僕はまだ行政官事務所内の一室にいた。


この部屋はホテルのようで、ベッドとユニットバス、それに机と椅子、あとは小さなソファーがあるだけの簡素な部屋だった。聞いたところによると、緊急時や諸般の事情で行政官事務所職員が泊まるための部屋だそうだ。


まあ、日に一度、冬木氏に面談(事情聴取?)を受ける以外は外に出ないから構わないのだけど。食事と衣類は支給してくれているし、面談中に部屋の掃除もされている。とりあえずのところ自由に出歩くこと以外は問題なかった。


「さて、今日も暇だ」


持っていた文庫本は読み終わってしまったし、携帯は返却されていないから、非常に暇だ。と、その時ドアがノックされた。


「はい」


返事をすると、冬木氏が呼んでいる旨が伝えられた。そのまま部屋を出て、いつもの会議室へ向かった。


会議室に入ると、まだ冬木氏は来ていなかった。とりあえず大人しく待つことにした。ただ長机と椅子しかない、シンプルすぎる会議室では、時間の潰しようがなかったが。


しばらくぼんやりしていると、ドアがノックされ、冬木氏が入室してきた。僕の対面に座りながら、話を切り出した。


「お待たせしました」


「お構いなく」


「さて、今日お呼びしたのは貴方の処遇が決まったのでお知らせするためです」


「ああ、決まったんですか」


我ながらなんとも気の込もっていない切り返しだ。


「はい。我々行政官事務所は、事実関係を精査した結果、貴方の主張を虚偽とは断定しない、との結論に至りました」


「なんとも回りくどい言い回しですね」


と、毒を吐いてみるが、彼女はどこ吹く風だ。


「それは致し方ないことです。時間を越えてきた、なんて認めた日には、混乱が生じるでしょう。それに証明は難しいでしょう」


「でしょうね。未来から時を越えてきた、なんて話は漫画でしかみたことがない」


僕の発言には答えなかったが、冬木氏の目は同意しているようだった。


「そこで高橋さんに、選択をしていただきたいのです。今後のことについて」


選択?今後の?どういうことだ?…などと頭にハテナマークを浮かべていると、冬木氏は衝撃的なことを言った。


「選択肢はふたつです。ひとつは、過去へ帰ること。現在では方法がありませんが、今後研究が進めば帰れるようになるかもしれません」


「でも、確率はかなり低いのでは?」


そのような僕の問いに、彼女は頷いた。


「ええ。かなり確率は低いと言わざるを得ません。それに…」


「それに?」


先を促す僕に、追撃の言葉が刺さる。


「互いに無用な混乱を避けるため、隔離します。帰るその日まで」


その言葉に、僕は固まった。が、どうにかして言葉を絞り出す。


「……え、えっと、どうして?」


すると冬木氏は淡々と答えた。


「この時代は、貴方のいた時代より、科学技術などがかなり発達していますし、2015年以降の記録も存在します。有形無形を問わず、過去に存在しないものを持ち込むのは、過去改編に繋がりかねません。ですから貴方を隔離して、その可能性を少しでも抑えるのです」


「……」


あまりのことに僕は同意も反論もできず、ただただ固まっていた。


「高橋さん、気をしっかり持ってください」


「え?…あ、ああ、そうですね、はい」


しどろもどろでパニクっている僕を気遣ったのだろう、冬木氏が声をかけてきた。相変わらず捻りも何もない僕。


「…では、もうひとつの選択肢です。過去へ帰ることを諦めて、この時代で暮らすことです」


僕の頭は機能停止したまま、冬木氏の話を聞いていた。


「この場合は、一般市民として生活することが可能です。一部行動制限と守秘義務が課されますが、それも過去から来たということに対してですから、隔離されたりはしません」


「そ、そうなんですね」


絞り出した僕の言葉を聞いて、冬木氏は少し安堵したようだった。


「ですので、高橋さんには、どちらを選択するか決めていただきます。もちろん、今すぐに決めろとはいいません。少しお時間を差し上げますので、検討をお願いします」


「わ、わかりました…」


そう答えた僕に、冬木氏はさらに続ける。


「何か質問などがあればどうぞ。また、部屋に端末を設置しましたので、そこからでも構いません。ああ、ただし私にしかコンタクトがとれないようになっていますが」


「と、とりあえず今はいいです。整理ができて思うことがあれば、お聞きします」


「わかりました。では部屋へ戻られて結構です」


その言葉を聞き、立ち上がってドアへ向かおうとすると、冬木氏に呼び止められた。


「高橋さん、ちょっと」


「はい?」


足を止めて振り向く僕。すると彼女は続けた。


「今、貴方は人類史上初めての選択を迫られています。どれほどの衝撃があったか、私には想像すらできません」


そこで彼女は一呼吸おいた。


「どちらを選んだとしても、我々は出来うる限り手を尽くします。それに私は貴方の話は本当だと思っています」


「な、なぜですか?僕の話を…」


驚いて冬木氏に問いかける僕。すると彼女はこう言った。


「この五日間、貴方と話してみて、思ったんです。貴方は嘘をつくような人じゃない」


僕は目を見開いた。そんなことを言われたのは生まれて初めてだ。


「今日はゆっくり休んでください、高橋さん」


そう言うと、彼女は柔らかく笑った。


「ありがとうございます。ではこれで」


会議室から出ると、僕は宛がわれている部屋へ向かった。その途中、いつも凛としている彼女も、あんな風に笑うのだと、ふと思った。

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