高橋、驚愕す
三好康隆氏宅の居間へ移動してしばし。彼が紅茶を淹れてくれた。
「さあどうぞ」
「ありがとう。いただくよ」
「客人なのにティーバッグで申し訳ない。今茶葉が切れていてね」
謝る彼。しかしこれうまいな。本当にティーバッグか?
「いやいや、おかまいなく。それにしてもおいしいよ、これ」
本心を述べる僕。…一瞬自分の舌がぶっ壊れていたんじゃないかと思ったことは心の中に封印しておく。
しばし紅茶を愉しむ。その間にもう一度部屋を見渡してみる。
部屋はかなり広い。二十畳とか、それくらいあるんじゃないか?僕の感覚では測定不能だ。しかし広いと言っても、間取りで言えばLDK。一続きになったリビングとダイニングが部屋の空間を広げている。
キッチンは壁に張り付いていて、その他冷蔵庫や食器棚が置かれている。ダイニングにはテーブルと椅子が四脚あるだけ。リビングにはテーブルが置かれ、それを囲むように一人掛けのソファーがふたつ、三人掛けのソファーがひとつ。いくつかある窓にはカーテンが引かれていて外の様子はわからない。そこで僕は聞いてみた。
「ところで今何時?僕の腕時計は壊れてしまったようで、2時半で止まっているんだ」
「うん?それは…まあいい、今の時間は午後6時少し前といったところだね」
「ありがとう。んで、とりあえず話をする前に確認をしたいのだけど…」
と、僕は切り出す。
「何で僕は君の家にいるんだい?今までの話し振りだと、僕はこの家の側に倒れていたみたいなんだけど…」
「そうだね、取り急ぎそっちの説明をしておこう。確かに君の言う通りだ。君は僕の家の側で倒れていた」
彼は僕の言葉を肯定する。そして紅茶を一口。さらに続ける。
「もう少し事の顛末を話しておこう。今日僕は大学の講義があってね。昼食後少しのんびりしてから歩いて帰ってきたんだ。いつもなら違うのだが。いつものルートを帰ってきた。そうしたら二ブロック先の、裏山へ通じる道に誰か倒れているのが十字路から見えたんだ。慌てて駆け寄ってみたら、息もあるし、目立った外傷もなかった。そこで行政官事務所へ電話して、話してみたら身柄の引き取りにしばらくかかると言うじゃないか。このまま放置するのも忍びないから、市民協力という形でいったん我が家へ連れてきたんだ」
そしてまた紅茶を一口飲む彼。僕も一口。
「行政官事務所からは、目が覚めてから問題があるようなら再度連絡するようにと言われているがね。とりあえずの状況はこんなものかな」
そうか、成程。僕は倒れているところを彼に保護されたわけだ。それならこの家にいたのも理解できる。が、しかしだとすると話が繋がらない。僕は事故に巻き込まれたはずだ。大川紙業へ行く途中に。そこから何故僕はこの近所に倒れていたのだろうか。全く解せない。突然黙ってしまった僕を不審に思ったのだろう。彼が声を掛けてきた。
「どうかしたかい?急に黙り込んで」
いけないいけない。思考に没入したばかりに彼をおろそかにしてしまった。まずは改めて礼を言わねば。
「ああ、すまない。気にしないでくれ。やはり僕は君に助けられたんだ。改めて礼を言うよ。ありがとう」
「僕は大したことはしてないさ。まあ困った時はお互い様いうことだよ」
と言う彼。うん、いい人でよかった。金なんぞせびられたら顔面蒼白になるところだった。…いかんいかん。邪念を含んだ考えはひとまず封印しておこう。
「それでもありがとう。感謝はきちんと言葉にしてあらわさないとね」
「そういうことならその言葉、受け取ろう。どういたしまして」
ちょっと和んで、紅茶も飲み終わったところで。彼が切り出した。
「さっき君が言っていたが、東京から出たことはないと。君はどこに住んでいるんだい?」
おっと。僕も気になっていたことを彼が聞いてきた。素直に僕は答えた。
「東京都○○区△△×-×-×-202」
「…そんな住所は寡聞にして聞いたことがない。ここハランドリアーニにそんなところはない」
やはりか。というか僕もハランドリアーニなんて場所は寡聞にして聞いたことがない。どこだそれ?日本に明らかな横文字調の地名などなかろう。
「済まないが、差し支えなければIDパスを見せてくれないか?それで少なくとも君が何者なのかはっきりする」
ふむ。IDパスがなんのことかは不明だが、身分証かなにかのことだろう。それではっきりするなら、それに越したことはない。この違和感が拭い去れるのなら。まあ、隠す程のものでもない。
「IDパスが何だかはよくわからないが…身分証なら一式見せるよ。ちょっと待ってくれ」
ポケットから財布をとりだす。…というか、今まで気付かなかったが、財布はきちんとポケットに収まっていた。見たところ中身も全部無事だ。ついでに携帯もしっかり別のポケットに入っていた。セーフ。
「これでいいかな。保険証と職員証」
「え?ああ、見せてもらうよ」
ぎこちなくなりながらも、僕から二枚の身分証を受けとる彼。しばし眺めて聞いてくる。
「うん、君が【たかばし・たかし】なる人物であることはわかった。東信商事株式会社の職員であることも。しかし、この生年月日が昭和60年とはいつのことだい?」
「ああ、学生だと元号は使わないのかな?西暦だと1985年だね」
「え?」
彼は驚きのあまり、言葉を失った…ようなリアクションだ。目を見開いて固まっている。個人的になかなかのイケメン君だと思うのだが、それも形無しだ。
「西暦…だって?ま、まさか…そんな…」
彼は途切れ途切れに言葉を発する。あえて何も聞かずに彼が復活するのを待つ。すると、彼はこう言った。
「今は統一歴628年。西暦の後の暦だ。西暦が何年まであったか知らないが、少なくともその終点より628年経っている」
次は僕が目を見開いて固まる番だった。一秒、二秒、三秒。そして思いっきり叫んでいた。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
んなバカな!よし○とばなな!じゃない!なんじゃそりゃ!
「とりあえず言えることは、だ」
僕のシャウトに顔をしかめながら、彼は言う。
「君は今の時代より、600年以上前、過去の人間だった可能性がある。にわかには信じられないが、ね」
その言葉は一瞬にして僕の脳髄に突き刺さり思考をフリーズさせた。