プロローグ
奴隷とはなんであろうか?
人でありながら他者に所有されるもの。
人でありながら権利や自由を有しないもの。
人でありながら苦役や労働に従事するもの。
一般人の感覚からすれば、こんなものだろう。
だが、僕は改めて問いたい。
奴隷とはなんであろうか?、と。
「おい高橋!なんだこの書類は!」
フロアに怒号が響く。このフロアの主たる男性からだ。
「はいぃぃぃ」
すぐに高橋と呼ばれた男性が飛んでくる。そして彼は言葉を続ける。
「課長、先程提出した書類に何か…」
「何かじゃない!よく見ろ!間違いだらけじゃないか!お前ふざけてるのか!あぁ!」
課長は高橋の言葉尻に被せるように怒鳴った。怒髪天を突く形相でさらに続ける。
「数字は間違っている上に誤字もある!しかもこの案件は江田サービスのだろ!秀栄産業宛てになってるぞ!」
「も、申し訳ありません!すぐに訂正を…」
高橋は言葉を紡ぐ。しかし…
「いらん!お前はさっさと大川紙業へ集金に行ってこい!未払い代金の回収だ!」
にべもなくあっさりと高橋の言を切り捨てる課長。慌てて高橋は外出の準備をする。
「わ、わかりました!すぐ行きます。…行ってきますー」
慌ただしくフロアを出ていく高橋。すると課長の側にいた職員が話しかける。
「課長、あいつまたやらかしましたね。心中お察しします。」
「全くだ。毎日毎日やらかしやがって。あいつは俺の寿命を削る気か?」
「ははは…しかしあいつもう30なのになにやってんですかね。仕事できないにも程がありますよ。」
「本当だな。一体何回ミスれば気が済むんだ。フォローするこっちの身にもなってほしいもんだ。」
課長と職員は高橋の不出来について話し続ける。その頃高橋は大川紙業へ歩いていた。
『ひぇぇぇ!またミスっちまったぁ!どうしよう…課長の顔青筋だってたよ…トホホ。』
一人思いながら歩く高橋。彼はさらに続ける。
『はぁ…自分ではミスが多いのもわかってるし、何回もチェックしてるはずなんだけど…全然ミスが減らないよ。自分なりに色々考えて真面目に取り組んでいるつもりだし、ふざけてなんていないんだけどなぁ…』
一人心の中で呟きながら歩き続ける。それからも、一人考え、悩み、嘆き、思索しながら歩く高橋。しばらくすると大川紙業の近くまで来ていた。
あとは大通りを渡り、路地に一本入れば目的地だ。厳つい巨漢である大川紙業の社長が自然と思い出され、ちょっとだけげんなりする。
「あの社長なかなか払ってくれないから大変なんだよなぁ…」
そんなことを独り言ちる。と、街中の喧騒の中に耳をつんざくような音が聞こえた。
「え?」
信号待ちをしていた彼は、そう呟きながら音源に目をやった。すると巨大な物体が自分へ迫っているではないか。
「トラック!?」
そう呟くも、突然のことに身体が動かない。ブレーキ音だけが、脳に突き刺さる。
高橋の目には、スローモーションのように景色が映った。やがて彼とトラックの距離はゼロになる。そして刹那の時間差ののち、彼の意識は唐突に消失した。