私、決めました! Ⅰ
街の入出者を常に見守る巨大なアーチゲートを抜けた先には、シエルの知らない光景が一杯に広がっていた。門を出てすぐにあるフィンガローのには無数の商店が軒を連ねている。中には屋外に雨よけのタープを張っただけの露店のようなものも数多く見られた。
フィンガローに設置されている六ヶ所の街門のうち、北門、西門、東門、そしてこの南門の四箇所は主要門とされており、それらを十字で結ぶ大通りが街中を走っている。その大通りの中でも、各街門に近い区域は商店街として、買い物に訪れる人々でいつも賑わっている。南アーチゲートがフィンガロー最大の門である事もあってか、四箇所あるメインストリートの中でも、この南メインストリートは特に賑わっている。
センスティアで最も栄えている街というのも頷ける程に街は人々で溢れ返り、活気に満ち溢れていた。
異世界であるセンスティアでも"人間"の外観はシエルの元いた世界とほとんど変わらない。もっとも、服装や装飾品といった類は、あちらの世界では見られないものばかりである。髪色や瞳色も多種多様なのも特徴的だ。
ただ、街中に存在するのは"人間"だけではなかった。体のシルエットこそ人間のそれだが、頭からフサフサの毛耳、お尻からはヒョロリと長い尻尾を生やした獣人族が二足歩行で歩いていたり、頭部に立派な一角が聳え、グラデーションの利いた鬣が美しく靡く、馬のような四足歩行の生物が重量のありそうな荷車を引いていたり、人間の膝元程の身長しかない愛らしい小人族がいたりと面白い光景である。
いろいろな種族や生物が混在しているが、圧倒的に多いのはどうやらアネットのような"人間"である。
見たことも無い文字や絵が表示された看板を軒先に出している店は、シエルの視界に入るだけでも数え切れないほどあり、そのどれも店員が景気の良い掛け声で道行く人々に明るく話しかけ客引きを行っている。フィンガローの一角にしか過ぎないであろう、商店街を見るだけでもこの街の規模がどれだけ大きいものか容易に見て取れる。
賑わいを見せる商店街の次に目に入るもの。メインストリートを抜けてからもっと進んだ先。四方向の街門から伸びる大通りが全て交わる箇所で、フィンガローの丁度中心にあたる区域。そこにはこの街で最も高く、大きく、立派な建設物が鎮座している。遠目から見ただけでも、周囲の建物と比べものにならない圧倒的なスケールであり、均等という言葉が嫌いであるかのような歪な外観、頂点がランスの先端のように鋭利に尖った円柱状の塔がいくつも伸びている。西洋風の城にも似たそれは、その見た目から明らかに一般階級の者が住まう場所ではないことが容易に伺える。
他にも街の一角には建設途中なのか、はたまた修繕中なのか、足場が組んである建物。巨大な十字架の装飾を屋根の上に掲げているところを見ると教会の類なのだろう。
見慣れぬ光景に鼻を鳴らしそうな勢いで興奮しながらあたりをキョロキョロと見回している少女シエルと、それを先導し街を説明しながら進む紅髪が美しい騎士少女アネットがいた。
騎士の少女は好奇心に満ち溢れている眼で目の前に広がるフィンガローの情景を無尽に吸収し続ける少女に微笑みの眼差しを配りながら、後ろに続くシエルがなるべくゆっくりとこの街の景色を楽しめるようにと気を配って歩みを遅めながら進んでいる。それを知ってか知らずか、シエルはあれやこれやと前を行くアネットに街の事を聞いていた。
「アネットさん! あの大きなドームみたいなのはなんなんですか!?」
ふと足を止めて、まるで子供のようにはしゃぐシエルは興奮を隠しきれない声でそう問いかけた。その指先には人を五万人は収容出来そうなほど大きなドーム状の施設が存在していた。シエルの指先にあるものを確認したアネットは、凛々しく覇気がある声でにこやかに応える。
「あぁ、あれは《ラムドエルスタジアム》だ」
「らむどえるすたじあむ……?」
一度で聞き取れなかったのか、なんとも変な間違いで復唱したシエルに、思わずクスリと笑ってしまうアネットは間違えを正しつつ、丁寧に説明を加えた。
「ムアジタス・パコエだ。なかなか言い難いから皆はパコエと呼んでいる。あれは闘技場なんだ。主にはフィンガローで年に一度行われる闘技大会の会場として使われるのだが、それ以外でもいろんなイベントで開放されたりする。イベントがない日でも内部を見学できるから、もし興味があるなら後で行ってみよう」
「闘技場? 戦うんですか?」
闘技と聞いてシエルの頭に真っ先に浮かんできたのは、腕っぷしを競い合うような戦闘であった。あくまでもイメージでしかないのだが、どこか野蛮で危険が伴うようなものを想像してしまった。アネットも、シエルがどのようなことを想像しているのかだいたい察したようで、少し訂正を加える。
「んー、そうだな。ちょっとそれだとイメージが違うかもしれない。戦うといっても戦闘をするわけではないんだ。武を競い合うと言った方が正しいかもな」
「なるほど! スポーツみたいなものなんですね」
キラキラ眼を輝かせながら首を縦に何度も振りながら納得したようなシエルは、止めていた足を再び動かし、溢れんばかりの好奇心を満たすためにフィンガローの観光を再開し始めた。
街門の入り口でアネットが告げた言葉。「シエルにはセンスティアで神の代行をやってもらいたい」、あの後すぐに騎士の少女はその言葉の意味をシエルに説明していた。
シエルがいま立つ世界。神々が統治する世界センスティアにはと呼ばれる四人の神々が存在し、世界のためにその身で尽くしているという。神といっても、シエルが元いた世界のように超常的で偶像的な存在などではなく、一般の者(とはいえ特別に秀でた能力がある者であることに変わりはないのだが)の中から選ばれた者が神聖な儀式を受けて神としての力を授かり、世界のために尽くすというものだ。という。なんとなく選挙を経て国会議員になるという感覚に似ている。もちろんスケールは遥かに異なるのだが。
そして先日、センスティアを統治する神の一人が欠落したのだという。というのも、その神が突如消息を絶ったというのだ。その神の行方を知るものは誰もおらず、連絡も付かない。のうち一人が完全に不在という事態に陥った。しかし、センスティアの掟で、テトラ・テオスは自ら神を辞退するか、他の三人の神が満場一致で強制解任を宣言する、もしくは神である者の死が確認される、のいずれかに該当しない限り次の神を選ぶことができない。
自ら神の地位を辞退するか、他の三神の意見が合致することによって神の座を降りることは落神と呼ばれている。
今回の神の失踪にあたり、当然残った三神達によって新たな神を立てるかどうかの協議が行われた。だが、三神のうち二人が”失踪した神を解任しない”という意見であったため、強制解任が執行される事はなかった。そして失踪した神は辞退を表明したわけでもないため落神には該当しない。現状では、失踪したという事だけしか分かっておらず、死亡が確認されたわけでもないため、センスティアの掟により新たな神を立てることは出来ないという結論に至った。
一般の中から選ばれた者とはいえ、センスティアでは神々を神聖な者として敬い、崇める。そんな対象を突如失った人々が少なからずパニックに陥ることは当然予想される。残りの三神は落神でもなく、消息を絶った神の安否が判明もしない以上、どう対処すべきかと悩んでいた。
そんな中、失踪した神の私室から一通の手紙が見つかったという。そこには『四神諸君へ。ワシはしばらく留守にする。留守の間は、あちらの世界のとある少女にワシの代行を頼むように』という短い文章と本人の直筆のサインが書かれていた。
結局、他に良い代替案の浮かばなかった三神は手紙の指示通り、超特例的措置ではあるが、異世界の少女を神の代行とすることを決め、アネットを遣わせたというのが経緯らしい。
それは自分のことではなく、誰かと間違えているのではないか? とシエルはアネットに必死に訴えたが、騎士の少女はひたすらに間違いではないと言うだけであった。アネットには、確信に至る決定的な根拠があるようだ。しかし、シエルには自分が神から直接指名を受ける理由など皆目検討もつかなかった。当然、神と知り合いであるわけはないし、この異世界の存在ですらつい先程知ったのである。ますます訳が分からなくなっていた。
アネットはそこまで一通りの説明を終えると、困惑の表情を浮かべるシエルをじっと見つめた。
「何も詳しいことを伝えずセンスティアに連れて来てしまったことは本当に申し訳ないと思っている。いきなり異世界で神の代行をやって欲しい、などと言ったところで到底信じてもらえないだろう事は私にでも分かる。だからまずはセンスティアという、あなたたちとは別の認識があることをその眼で確かめてもらいたかったのだ」
尚もシエルの琥珀色の瞳を真っ直ぐに見つめる騎士の少女は、頭の中で内容を整理するかのように一瞬だけ間を置き、すぐさま話を続けた。
「この地に実際に立ってもらい、私の言う事が単なる世迷言ではないと分かってもらえた上で再度シエルに頼みたい。どうかこのセンスティアで少しの間、神の代行を務めてもらえないだろうか」
紅の騎士はそこまで言い終えた後、何かを思い出したかのように少々慌てながらもう一言付け足しを行う。
「もちろんシエルの意思が第一だ。もし嫌であれば遠慮なく断ってもらって構わない。その際はすぐにでも、元いた世界へ送り届けることは約束するので安心してくれ」
断ったらお前の命はない、などという臭い物騒な脅し展開にとられることを危惧したのか、間髪入れずに補足を行ったアネット。その眼はあちらの世界の丘の上でみた嘘偽りのない騎士としての誇りが滲み出たものであった。
やはりこの人は悪い人ではない。むしろその間逆。シエルはこの時点で彼女のことをそう認識していた。出会ってからまださほど時間は経っていないのにそう確信できるということは、その人物の人柄がそれだけ良いと言える。
しかし、シエルの心の中にはまだ迷いが生じていた。
こんな人にここまで頼まれてしまったらどうにか力になってあげたい。断りづらいというわけではない。こんな自分でも彼女のために……いや、この美しいセンスティアという世界のためになることが出来るのなら、と心の底から衝動が沸き起こっていたのである。しかし"やりたい"と"やれる"は似て非なるものである。代行とはいえ、神になることをそう易々と引き受けるわけにはいかないことも事実であり、それがシエルの決断を鈍らせていた。
「あの、神様の仕事。世界を統治するって具体的にはどんなことをやってるんですか?」
「そうだな、世界を円滑に廻すために調整を行ったり、政治的な事を行ったりがメインだが、その他の雑用も結構こなしている」
「雑用……ですか?」
「あぁ、簡単に言えば、センスティアの人々からの依頼を受け、それを遂行するといった感じだ」
「はにゃ、神様ってそんなこともするんですか!?」
神様という偶像的な存在からは少々想像し難い内容の仕事も行っているという事に思わず驚いてしまうシエル。
「先にも説明したとおり、シエルのいた世界とセンスティアでは少々神に対する認識が違うようだから驚くのも無理はないだろう。ちなみに、シエルにやってもらいたいのは正にそれなんだ」
「私が皆さんから相談を受けて、解決すれば良いって事ですか?」
「大雑把に言えばそういう事だ。世界の調整やら政治やらはいくらなんでも荷が重過ぎるからな。そこらの面倒事は残りの三神の方々がしばらく分担して引き受けてくれる段取りになっている」
人々からの依頼をこなすというのは、すごく噛み砕いて例えるならば、近所のおばちゃんにお手伝いを頼まれるようなものであろう。もう少し実感のある言い方をすれば、ロールプレイングゲームでクエストをクリアしていく感覚に近い。
抽象的に神というものを捉えていたシエルであったが、そんなぼやけたイメージとは裏腹に便利屋さんのような仕事もこなしているという事を聞き、少し親しみやすい存在に感じられた。その上で、世界の調整(もっとも、これが一体どんなものなのか検討もつかないのだが)や政治といった小難しい案件に関わらなくても良い事を知り、自分でも出来るかもしれない、という思考が現れていた。
だが、やはり安請け合いをして、万が一期待通りの結果を出すことが出来なかったらという思考がまだシエルの脳内を強く蹂躙していた。そこでシエルを考えをまとめるため、アネットに一つのお願いをした。
「あの、えっと。少しだけ考える時間をもらえないでしょうか?」
「もちろん構わない。すぐに決めろと言われてもなかなか難しいことだろう。そうだ、せっかくだからフィンガローを案内しよう」
「あ、はい! お願いします!」
考える時間を要求したシエルに対して、アネットは二つ返事でそれを了承し、その間に街の案内を申し出た。
満面の笑みを浮かべ、嬉々とした表情でそれを受け入れるシエル。好奇心溢れる彼女にとって異世界の街が気にならないはずがない。住人達、文化、行動、食、建造物、眼に映る何もかもが新鮮で見ているだけでも心が躍る光景なのである。
その笑顔を見てアネットも釣られて顔が綻んでしまう。
コホンと一度だけ咳払いをすると、アネットはを抜けた先、買い物客で大いに賑わうの中をゆっくりと進み始めたのだった。
お久しぶりです。 作者の村崎 芹夏です。 なんともまぁ期間が空いてしまい申し訳ありません。 すっげー忙しいんです!(笑) 平日なんてまともに執筆できる時間はないし、土日は土日で外出が多かったりでorz
そんなこんなでなんとか代行神の更新をいたしました。
ただ、例によって見直しする時間がなかったので誤字脱字、意味不明な部分が多分あると思います。 それは気づいたときにちょいちょい直していきます。
はてさて、今回から第二章突入です。
フィンガローの町並みを書こうとしたのですが、どうもイメージが固まらずに曖昧な表現が多いですね>< ここらもちょいちょい修正していきます。
微妙にネタバレ気味・・・というかタイトルみれば分かっちゃうことなんですが、はたしてシエルさんは代行神を引き受けるのでしょうか!?(笑)
1月後半あたりまではまだまだ忙しさが続きそうなので、次の更新もちょっと間が空きそうですが、もしよければ次も見てやってください。
ではでは、今回も読んでくださり、ありがとうございました。 また次に投稿した際はよろしくお願い致します。