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代行神シエルにおまかせください!  作者: 村崎 芹夏
「私が神様の代行ですか!?」
7/52

私が神様の代行ですか!? Ⅶ

「すまない。詳しくはまだ説明できないが、あなたでないとダメなんだ」


 説明をしたいが、それを口にすることが出来ない、そのようなもどかしさを秘めたアネットの表情は、やはり嘘や妄言を並べているとは思えない真剣なものであった。


「えっと……」


 嘘を言ってるようには思えないが、やはり信じ難い内容であるのも事実である。どうすべきか迷い、恵理が口ごもっていると、騎士の少女はビシリと姿勢を正し、右手の親指を掌の内側に折込み、それ以外の四本の指を綺麗に伸ばすと、そのままその手を左肩に当てた。


「どうかお願いしたい。あなたから見たら私が怪しいのは重々承知だ。だが、私の伝えた内容が嘘では無いことを騎士の誇りにかけて誓う」


 相変らずアネットは右手を左肩に当てたポーズを取りながら正立している。恐らくこれは敬礼のようなニュアンスのものであるのだろうと恵理は想像していた。


 どう考えても突拍子の無い話ではある。他人に話したら十中八九笑われるであろう内容だ。しかし、恵理はどうしても気になっていた。目の前の少女が嘘を言っているようには見えない。それは誇り高き騎士の眼を見れば明白であった。


 彼女の言う事を信じるのかではなく、少し信じてみたいという感情が恵理の中で湧き上がっていた。なにより、やはり異世界という誰もが憧れるファンタジー要素はとてつもなく魅力的であったのである。


 思考を凝らし、変わらず街灯りに輝く小銀河に眼をやった後、すぐさまアネットに向き直る。そして意を決した恵理は口を開いた。


「あの、私なんかが役に立てるかはわからないですけど、それでも良ければ」


 つい先程出会った騎士姿の少女にお願いされ、センスティアと呼ばれる異世界に付いて行く事を決めたなどと、考え直してもとんでもない内容である。しかし、一度決めた恵理にもう迷いはなかった。


「おぉ、本当か! 感謝する。その答えを聞けて本当に良かった。本当に……」


 アネットの言葉に偽りはないようだ。惠理が引き受けるかどうか不安だったのだろう。いままで緊張のためか、どこか堅かった彼女の表情が一気に緩み、恵理の言葉が終わるや否や間髪入れずに明るく晴れた声で感謝を示した。


 柔らかい表情が見えなかったため、やや強面に見えたアネットの顔だが、一度緊張が緩むと、凛々しさの中に微かな幼い少女としての可愛らしさも現れ、先程までとはまた少し違った年相応の女の子らしい印象である。


「でも本当に私は何も出来ないですよ? 特技とかもないし」


「大丈夫、むしろあなたにしか出来ないことだ。それよりも、あまり時間がない。すぐにセンスティアに向かいたいのだが、問題はないか?」


 念を押して自己分析した自身の価値を伝える恵理だが、アネットは先程と同じくそれをさらりと、そして力強い確信で跳ね除けた。


(私にしか出来ないことって一体どんなこと何だろう? でも、他人に頼られるのってなんかちょっと嬉しいな)


「は、はい、――って、はにゃ! 今すぐですか!?」


「あぁそうだ。何か問題があるか?」


「い、いえ、問題というか。さすがにちょっと驚いちゃって」


「すまない。無理を言っているのは承知の上だが、急を要する案件なのだ」


「分かりました。明日から夏休みだし、大丈夫です」


 明日から長期休暇に入るため、学校の事は心配しなくても良い。両親に関しても、明日の早朝から長期間に及ぶオセアニア旅行に出かけるため、惠理がいないことで心配をかけることはない。それもこの決断を後押しした理由に含まれていた。


「ナツヤスミ?」


 異世界人のアネットにとって夏休みという単語は聞きなれないものなのだろう。少々おかしなイントネーションで聞き返してきたのを、恵理は苦笑いを浮かべながら簡潔に説明をしておいた。学校という概念が伝わるかどうかという懸念があったが、問題なく伝わったところをみると、センスティアという世界にも似たような教育機関があるのだろう。


「おっと、では気を取り直して出発だ」


 興味深そうに恵理の話を聞いていたアネットだが、思い出したかのようにそう告げた。銀鎧を纏った少女は、今まで惠理と向き合っていた体を、先程まで潜伏していた雑木林のほうへと向き直り、掌を上向きに差し出て右手をめいっぱい伸ばす。その状態でアネットが、なにやら日本語ではない言語で呪文詠唱のような構文をすらすら口にすると、まるで周辺に浮かぶありとあらゆる光が彼女の手元に収束するかのようにエフェクトがかかり、ゆっくりと天に向けた右掌にバスケットボール程のサイズで、金色に瞬くまばゆい光の球が現れた。


「わぁ、綺麗!」


 アネットの手に浮かぶ光の結晶は、目の前に広がる美しい夜景をそのまま収縮させたかのように宵闇の中で煌びやかで力強い輝きを放っていた。


 ちらりと瞳だけを動かして恵理の反応をみたアネットは、手の中に収まる光のボールをひょいっと垂直上に放り投げ、またしても異世界の言葉で手短に詠唱を開始する。


 黄金の光の推力が頂点まで達し、重力に導かれるまま自由落下に入ろうとした時点でアネットは詠唱を終えた。すると、落下状態に入っていた光の球が突如音も無く弾ける。そして数え切れぬほどの光の欠片となり、空気中に飛散して二人の少女を包み込む。


 一瞬の間の後、恵理とアネットの周囲で漂う金色の片割れ達がより一層強く発光したかと思うと、今度は地上から雲を突き抜けるほど天高くまで、金色のベールに包まれた光の柱が姿を現した。それはこの広場から望める街の夜景に負けず劣らず風光明媚なものであった。


 金片をひらひらと舞わせながら夜空に向けて高らかに伸びた光の柱に、惠理は思わず心を奪われてしまう。


「すごい! こんなの夢見たい!」


 明らかに現代科学では成しえることが出来ない謎の現象。こんなものを目の前で見せられてしまったら異世界の存在も誰しもが認めてしまうだろう 恵理は驚きと感嘆の声を洩らすと共に、異世界というファンタジーに更なる好奇心を抱いた。


空間転移門(テレス・ポータル)だ。これでセンスティアまで飛べる。……それと、名前なのだが、あちらでは下川惠理というのは少々都合が悪いんだ」


 光柱の簡単な説明の後、アネットはとても切り出しづらそうな表情を浮かべながらそう告げた。


「はにゃ、そうなんですか?」


「あぁ……言い難いのだが、あなたが異世界から来たということをあまり多くの向こうの住人に知られるのは少々都合が悪いのだ」


「そうなんですか。んー、えっと、私はどうすれば?」


「失礼なのは重々承知だが、暫定的なもので構わないのであちらでは何か別の名を名乗ってもらえないだろうか?」


 申し訳なさそうにアネットは恵理に頼み込む。詳しい事情は分からないが、センスティアでは下川恵理という名前は都合が良くないらしい。 


 気まずそうな表情の騎士とは裏腹に、恵理は別の名前を名乗る事に関して、さほど抵抗は無かった。確かに自分の名前は好きだし、両親からもらった大事なものではあるが、現代社会においてもインターネット上でを使う事は珍しくない。それを不快に感じることも無かった。


 だが、異世界ではそういった概念はないのだろう。目の前の騎士少女の表情を見れば、彼女にとって名前の持つ感覚が自分達と違うのだろうという事は容易に想像が出来た。アネット達にとって名前とは自身を表し、誇る高潔にして無二なるものなのだろう。それを暫定とはいえ一方的に変えて欲しいと申し出ているのである。心苦しいのも頷けた。  


「それは全然構わないですよ。違う名前ならなんでも良いんですか?」


「あぁ、別のものであればどんな名でも構わない。何から何まで本当にすまない」


「大丈夫です! 気にしないでください」


 申し訳なさそうに俯き加減のアネットに向かって満面の笑みを浮かべながら恵理は、どんな名にしようかと考える。


 しかし、急に別の名前と言われてもなかなかしっくり来るのが思い浮かばない。

 恵理はインターネット等でを使用する際はいつも、昔大好きだった”ポンタックス”という犬のキャラクターから取って《ポンタ》といものを使っていた。だが、それはインターネットという数字で構成された情報世界で、バーチャルの自分が名乗るからなんとも思わなかったが、いざ仮とはいえ本当の自分が名乗るとなると恥ずかしくて少々抵抗がある。


 数分間考え、結局納得の出来る良い案が浮かばなかったので、恵理はアネットに託してみようと考えた。


「あの、自分だとあまり良い名前が浮かばないんで、アネットさんが私の名前考えてください」


「私がか? でも良いのか? 私なんかが決めてしまって」


「はい、お願いします。それにアネットさんなら、あちらでも馴染める名前を考えてくれそうだし」


「そうか、分かった。では……」


 そう言って右手を口元に当てて少しばかり考え耽るような動作をし始めたアネット。惠理が気に入る名前を考えるべく必死の様子である。

 

「しもかわえり。この名は響きが綺麗で私は凄く好きだ。だからこの名前の形を少しでも残しておきたい。しもかわ……しもえり……しえり……しえる……シエル! シエルというのはどうだろうか? センスティアの言葉で《祝福の運び手》を意味する単語だ」


 小声でぶつぶつと案を呟いていたアネットは、突如閃いたと言わんばかりに嬉々とした眼で恵理に提案した。 


「シエル……シエルですか! すごく可愛いです。私気に入っちゃいました。これにします」


 そして恵理もアネットが発案した自分の新たなる名前を噛み締めるように繰り返し発音すると、嬉しげな表情でそれに答えた。


「そうか、気に入ってもらえたのなら幸いなのだが、思いつきで出した名前なのに本当にいいのか?」


「はい! なんかこうビビッと来たんです! 凄く可愛いですし」


 楽しそうに笑う恵理の姿を見て、申し訳なさそうに表情を曇らせていたアネットにも自然と笑みが浮かび始める。


「それは良かった。では行こうか」

「はい!」


 闇夜の世界を貫いて伸びる一本の神々しい光柱のヴェールを目掛けてゆっくりと歩み寄るアネット。恵理改め、シエルもそれに習って草が生い茂る地を進んでいく。やがて両者の体は金色の光に包まれた。どことなく暖かいような不思議な感じである。


 光柱の内側に完全に入った恵理は、ふとグラデーションの灯りが輝く街の方に眼をやった。すると周りを囲う金色のオーラから透けて、あの大好きな絶佳の夜景が眼に映った。数多の光芸アートが折り重なる地上の銀河全体に降り注ぐ金色の欠片の雨。その光景の美しさに思わず息を呑んでしまう。ただでさえ大好きな景色なのに、光柱の内側から見下ろすと、その美しさは幾十倍にも跳ね上がる。


 魅入ってしまうとはまさにこのことなのだろう。広がる景色にただただ感動するばかりである。この情景を眺めていると、自然と顔が綻でしまうのが自分でも分かる。 


「さぁ、出発だ。最初は少しクラっとするかもしれないから、しっかりと私に掴まっていてくれ」


「は、はいっ!」


 シエルは恐る恐る、装甲の装着されていない柔らかそうなアネットの腕を握る。しかし、すぐさま紅の髪を揺らす騎士から「もっとしっかり掴んでくれ」と促され、小声で「失礼します」などと、なんともおかしな礼儀正しさを出しながら、今度は彼女の二の腕に自身の腕を絡ませる形でがっちりとしがみつく。騎士鎧の腕部は、動きをスムーズにさせるためか、関節部周辺には装甲は着いていないため、彼女の肌を下地の布越しに感じる事が出来た。アネットの腕は細身の割りに、しっかりと筋肉も付いており、ぷにっとした柔らかさとガチリとした堅さを併せ持つ、なんともさわり心地の良いものであった。


「いくぞっ!」


 アネットの掛け声と共に二人の周囲を包んでいた光の壁が一層強く発光し、その密度を増し始める。


 目の前で次々と移り行く不思議な情景の全てを記憶に焼き付けたいという思いとは裏腹に、未知なる体験への緊張が高まり、シエルはきつく瞼を閉じてしまう。


 宵闇を演出する煌びやかな光のオブジェは、全てのエネルギーを一点に収縮するかのように、グイグイと二人の周囲で加速し始めた。


 それと同時に、シエルは体内の隅々から力が外に向かって抜けていくような、なんとも言えぬこそばゆい感覚に襲われ、アネットに掴まる腕の力を一層強める。


 やがて異世界への架け橋となるに集まる力が頂点に達したのか、最高頂の輝きを放った天に向かって伸びる光の柱は金色に輝く派手な外観とは裏腹に、シュンという小さく地味な効果音だけを立てた。そして、中に囲っていた二人の少女を異空の彼方まで転移させ、すぐさま何事も無かったかのように丘から伸びる金色の柱は残滓も残さずに、その姿を消した。


 下川惠理のお気に入りである裏山の山頂と天を繋いだ異世界の転移装置は、ものの数分で余韻すら残さずに消え去り、様々な光源が賑やかに彩をみせる街並が変わらずにあるのみとなっていた。


 光の柱に飲み込まれたシエルは、まるで生身で空を飛んでいるかのような感覚に襲われていた。落下する感覚こそないものの、自分の足は地に着いておらず、しがみついたアネットの腕以外にはなんの感触も得られない。瞼を閉じているため、周囲の状況がどうなっているのかは分からない。しかし、この感覚はいままで体験したどんなこととも、似ても似つかな。アネットの言っていた転移というものが一体どのような技術なのか検討もつかないが、少なくとも魔法という言葉で表現するのがパッと思いつく中では最適であろうだろう。


 浮遊感のような不思議な感覚はそう長くは続かなかった。接地感のなかったシエルの足元に、すぐさま大地を踏みしめる安心感にも似た感覚が戻ってくる。それと同時に、浮遊感を味わっている最中にずっと感じていた、ドアの開いた冷蔵庫の前に立っているようなひんやりと冷たい感覚が突如消え去り、次の瞬間には初夏が訪れたような心地良い暖かさが辺りに広がった。


「さぁ、着いたぞ。ここがセンスティアだ」


 アネットの言葉を合図に、シエルはきつく閉じていた瞼を恐る恐るを上げる。瞼に守られていた瞳に太陽からの照りつけが飛び込んで来る。目が眩むような眩しさで思わず視界を庇ってしまうが、幾時の間、眼が陽光に慣れるのを待ってからゆっくりと視界を遮っていた腕をどかしてその情景を確認する。そして、シエルは元いた街、いや世界とは異なる場所に立っていることを知った。


「すごい!」


 視界の隅から隅まで一面に映る広大な大地には、見たことも無い不思議な植物がゆらゆらと吹き抜ける風に合わせてリズムを刻み、これまた初めて目にする、角を生やした前傾姿勢で逆関節二足歩行の生物が群れで周囲を駆け回っている。大自然が織り成す圧倒的な迫力の絶景が広がる平野、遥か遠くに見える外国風の綺麗な街並。蒼々とした空に浮かぶ白く巨大な雲と双子の太陽。まるでロールプレイングゲームの世界に入ってしまったかのような光景である。


 やはりアネットの言葉に偽りはなく、どうやら本当にに着てしまったということをシエルは確信した。


「どうしたシエル? ぼーっとして」


 コバルトブルーの水彩絵の具を垂らしたかのように澄み切った蒼空を、風のように飛行する漆黒竜の上で自身がこの世界に至るまでの経緯を思い起こしていたシエルは、アネットの言葉で記憶の世界から現実へと呼び戻された。


「はにゃ! なんでもないです。ただちょっと、ホントに異世界に来ちゃったんだなぁーって考えていて」


「やはり、迷惑だっただろうか?」


 声質のせいもあってか、風を切っての飛行中であってもアネットの凛々しい声はハッキリとして聞き取りやすいものであった。しかし、その声色には少しトーンの低さが垣間見える。


 憂惧で表情を曇らせそうになるアネットに、シエルは慌てて補足を加える。


「あっ、違います。そういう意味じゃなくて、ついさっきの出来事のはずなのに懐かしいなって。ここはすごい綺麗な世界だし、来れたことは本当に良かったです!」


「そうか。それなら良いのだが……」


 詳しい事情を話さぬまま、急にシエルを連れて来たことにまだ負い目があるのか、アネットはまだ少し心配そうな表情である。それを感じたシエルは何気なく、センスティアに到着した時から気になっていた事に話題を切り替えた。


「そういえば、私がいた世界は夜だったのにセンスティアは明るいんですね」


「あぁ、そのことか。シエルの世界とセンスティアでは暦法が異なるらしい。私も詳しくは知らないのだが」


「じゃあ私の世界とここでは時間の流れが方が違うってことですか?」


「そういうこと"らしい"。というのも、私も情報として聞いただけだから断言はできないのだ。異世界の暦歴を研究している者など恐らくいないからな」


「そうなんですか」


「そもそも、自分たちが暮らす世界以外の世界が存在すると考えている者自体ほとんどいないだろう」


「私のいた世界でも、異世界なんてのは存在しないのが常識でした」


「とはいえ、現にシエルが元いた世界という、こことは別の世界が存在していることは確認できている。だが、それをセンスティアの人々には公表していないんだ。つまり異世界が存在している事実を知る者はこの世界でも極少数だけとなる。そういうこともあって、シエルが異世界から来たことを当面は伏せておきたいという理由で仮の名を使ってもらっているんだ」


「そういう事だったんですね」


 あちらの世界でアネットが説明を後回しにした、仮の名を使用する理由を聞かされ、首を縦に振りながら納得するシエル。確かに、この情景を実際に目にして異世界という存在を確信しなければ到底信じ難い理由であった。逆に言えば、この状況だからこそ納得出来た。アネットが説明を後回しにしたのはこのためなのだろう。


「それにしても、私が言うのもなんなのだが……シエルはよく私の話を信じたな」


 アネットの疑問は至極当然のものである。異世界という概念が存在しない環境下で突如現れた見ず知らずの人間に「異世界へ着いて来て欲しい」などと、詳しい理由も説明されずに告げられたら胡散臭いなんてレベルの話しではないはずである。

 もし立場が逆で、自分がそのようなことを言われたら、アネットは相手の話を信じられる自信が無かった。故になぜこの少女が迷いはしたとはいえ、怪しさ全開の自分について来てくれたのかそれが気になって仕方無い様子である。

 しかし、そんなアネットの深い興味に対して、シエルが返した答えは少々予想外のものであった。


「んー信じた、というか信じてみたかったって言うのが正しいかも。私、異世界とか夢のあるファンタジーにずっと憧れてましたので! それに……アネットさんが嘘をついているとは思えなかったから」


「そんなことがわかるのか?」


「なんとなく、ですけどね。アネットさんの瞳、凄く澄んでいて綺麗で、それでいてなんていうか輝いていたから。この人は悪い人じゃないかなって」


「それだけで……か?」


 なんとも抽象的な理由で大きな選択をしたシエルに、アネットは眼を見開いて驚いた。


「それだけで十分ですよ!」


 天使のように屈託のない満面の笑みで、シエルはそう力強く答えた。


 シエルのこの笑顔は本当に不思議である。彼女の笑みは周りを自然と暖かくする。シエルの表情が感染したのか、アネットも少し前の憂いなど完全にどこかへ吹き飛び、既に表情には笑みが戻っていた。


 風の流れに逆行するささやかな抵抗力が首筋から背中のラインを走り、頬を撫でて髪をなびかせ、体全体に空気の流れを感じ取ることが出来るようで、とても気持ちが良い。


 平野の丘を出発してからどれほど飛行していただろうか。話に夢中になっていて気付かなかったが目的地である街、フィンガローは既に目と鼻の先にまで迫っていた。


 アネットは股下ののぷにっとした背中を先程と同様に指先で数回小突いて合図を送る。するとグドーはそれに反応するかのように、一度短い咆哮をあげると、今まで取っていた雲に手が届きそうな高度から徐々に降下を始める。


 質量感を感じる低音の羽音を何回も鳴らしながら高度を下げていくグドーはやがて、フィンガローの入り口である大きなが視認出来る距離まで近づき、衝撃を背中にのる客人の伝えないようにゆっくりと大地に脚をつけて着陸をした。


 グドーは完全に地に脚を据えて安定した体制を取ると、そのまま脚を折り、鋭爪が鈍く光る前腕も地に着けた。背中の少女達が降りやすいように四つん這いの格好でその身を屈めたのである。


「グドーはさすがに街の中には入れないから、ここからは徒歩で行く」


 アネットはそう言いながらここまで運んできてくれたギアナー・ナイトドラゴンの働きを労うかのように、下顎を撫でながら感謝の言葉を告げている。 


 アネットからの労いが終わると、シエルもすぐさまグドーに近づいて、感謝を伝えながら頭と頬周りを何度も撫でてあげた。アネット、シエルの感謝の印が気に入ったのか、グドーは気持ち良さそうにコミュニケーションを楽しんでいる。


 そんな交流も束の間、騎士の少女がフィンガローに向かって歩き出したので、シエルも少々名残惜しそうな表情を見せながらグドーを撫でていた手を離し、アネットの後に続いて脚を動かす。心なしか、グドーもシエルが去っていくことに少し寂しげな表情をしたかのように見える。


「あの、グーちゃん街に入れないなら、普段はどうしているんですか?」


「おとなしいとはいえ、さすがに竜族が街中にいたら皆が怖がってしまうからな。私が街中にいるときはそこらへんで自由に遊んでいる」


 アネットは遥か遠くに見える刺々しい山脈の頂上あたりを指さしながらそう応えた。


 確かにグーちゃんは優しいけど、外見はちょっとおっかないから皆を怖がっちゃうのも分かる、とつい先程グドーと仲良くなる前の自分を思い出したシエルは納得した。同時にアネットから、グドーは特殊な指笛を鳴らせばいつでも呼べるという事も聞いて、長いお別れにならなそうなことを知ると、シエルはホッと胸を撫で下ろした。


 グドーが街のすぐ近くまで運んでくれたおかげで、二人の少女達は少しだけ歩くと、すぐさまフィンガローの入り口に聳える街門(アーチゲート)までたどり着いた。


 まずシエルが驚かされたのは門の大きさである。遠目で見ても、ある程度のサイズがあることは分かっていたが、間近で見ると笑ってしまう程に壮大な迫力である。高さ三十メートル、幅十メートルはありそうなアーチ型の門には、それに見合ったサイズの大きく丈夫そうな観音開きの扉が開かれた状態で設けられている。有事の際には扉を閉めて街を守ることが出来るのだろう。


 街門(アーチゲート)の前では街の警備のために、アネットとは真逆でデザインよりも機能を重視したのであろう重厚な鎧姿で、先端が尖った細長い円錐状の金属に笠状の鍔を備えたランスを手にした四人の兵隊が姿勢を正して立っている。


 フィンガローは街全体がぐるりと高い外壁で囲まれており、出入りする際は外壁の東西南北に一箇所ずつと、北西間、東西間に一箇所ずつ、計六ヶ所設置されているアーチゲートのいずれかを通ることになる。とはいえ、街自体がセンスティアでも最大級の規模、最高の人口であるため、必要な物は全て街中で揃ってしまうたので街の外に出る人間は各所を渡り歩く行商人、旅人、街の外に仕事で赴く兵士ぐらいである。フィンガローの住人達の中でも、街の外に一度も出たことがないという人間は決して少なくはなかった。


 二人の少女の眼前に聳え立ち、大口を開けた入り口はフィンガロー最南端に位置し、六門の中でも一番大きなゲート、通称、南門である。


 守衛の四人の兵士らがアネット達の存在に気づくと、俊敏な動作で二人の方に向けて、あちらの世界で騎士の少女が下川惠理に向けて行ったのと同じように、右手の親指だけを掌の内側に折り込んだ状態で他四本の指を伸ばして左肩に当てる姿勢をとった。


 アネットもそれに対して同様の姿勢で答礼をする。アネットが左肩から手を下ろすのを待ってから守衛達はきびきびとしたキレのある動作で通常の勤務姿勢へと直った。


 守衛達の傍らを抜けて街門の真下に差し掛かると、ふとアネットはその歩みを止めた。そして徐に後方から付いていくシエルの方へと向き直る。急な動作にシエルはキョトンと目を丸くしてしまう。


 紅髪騎士の少女は一度深呼吸をすると、意を決したかのように口を開いた。


「シエルにここに来てもらった理由なのだが……」


「あっ、はい!」


 シエルは突然の内容に少々驚いた。センスティアの美しい景色や、たくさんの初めての光景を目の当たりにしたこと、異世界という夢見話のようなものを実際に経験してしまった興奮などで自身がここに連れてこられた意味を忘れかけていたのである。 


 あちらの世界で聞いたときは、センスティアで問題が起こったので自分の手を借りたいということだったはずである。だがその理由は詳しくは話をしてもらえなった。そんな事を思い出しながら、シエルはやっと明かされるであろうその理由を、やや緊張した面持ちで待つ。


 はたしてこんな平凡な自分にしかできない事とは一体何なのだろうか……シエルの頭の中では色々な思考が駆け巡るが、答えらしい答えは浮かんでこなかった。


 アネットの静かな碧い瞳は緊張顔のシエルのことをじっと捉えている。そのままひと呼吸おいた騎士の少女は、意を決したかのように言葉を続けた。


「シエルにはセンスティアで神の代行をやってもらいたい」


「神の……代行……」


 アネットの言葉を身構えて聞いていたシエルは、彼女の発言の内容を途切れ途切れに復唱する。そして、少しの間、そのあまり馴染みのない言葉の意味を理解しようとする。


「神の――って……えぇぇぇぇぇぇぇ!」


 一度では理解しきれずに、二度目の復唱に入ろうとした時、アネットの言わんとする内容の答えに行き着いたシエルは、フィンガロー全土に響き渡りそうなほどの大声で言葉にならない驚きの悲鳴をあげた。


「――私が神様の代行ですか!?」


シエルの声は驚きと混乱が入り混じって裏返っていた。


 神様の代行というのがどのようなものか全く想像ができない。しかし神様というものはどの世界であっても崇高なるものに違いないだろう。ましてやこれまでのアネットの発言では、センスティアは神々が統治しているということらしい。つまりどう考えたっておいそれとやって来た異世界人の、全く平凡な自分そんな大役が勤まるはずはない。一体どういうことなのだろうか。シエルが詳しいを説明を求めるように、困惑の瞳でアネットに視線を送ると、騎士の少女は隣でシエルに微笑みを投げかけていた。

こんばんわ、作者の村崎 芹夏です。 はてさて、お待たせ致しました。

代行神シエルの更新になります。


 一応、今回で予定通り序章は終了という事になります。

 しかし、心残りが…前々回から序章を終わらせることを匂わせながらやたらと長くなってしまっていたのでちょっと焦って内容を省略しちゃいました>< 本当はもっと情景とかを書きたかったのですが、さすがにこれ以上序章を伸ばすのは・・・ということで泣く泣く終わらせました(笑)

 まぁ、急いで執筆したので恐らく誤字脱字、設定の矛盾、等々あると思いますので、見直し時にちょこっとずつ加筆していくかもです。


 次回からいよいよ代行神としてシエルさんがデビュー。 シエルさんやアネットさん、の成長、時にはサブキャラ達との触れ合いなんかで話を進めていければと考えています。

 ただ、最近かなり忙しくてほとんど執筆する時間がないという・・・(今回の更新が遅くなったのもこれが理由です)

 なんだか毎回時間がないってばっか言っている気がしますが(笑)

 執筆のストックもあまりないため、クルーエルラボ含めて更新が少し遅くなるかも・・・ご了承ください。


 では今回も読んでくださった方々、ありがとうございます。


 また次回投稿した際はよろしくお願い致します。

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