私が神様の代行ですか!? Ⅵ
(外国の人なのかな? こすぷれってやつ?)
目の前の者がとりあえずは自分に危害を加える気はなさそうな事、そして自分とあまり歳が変わらそうな少女であったことによって恵理に張り巡らされていた緊張の糸と警戒心はすっかり緩められている。
既に恵理の頭の中では異質な存在に出くわした恐怖よりも、異質な存在に出くわした興味の方が圧倒的に強く湧き上がっていた。そしてその好奇心に飲み込まれていく恵理は、じっと自分のことを見つめる紅髪の少女に声を掛けていた。
「あ、あのー、どうかしましたか? あ、えっと、日本語で大丈夫なのかな?」
「あなたが下川惠理か?」
「はい……ふぇ!?」
月夜の光を吸収して深みをより一層増した鈍銀色の鎧を着込んだ外国人風の少女は、恵理の問いに対して解となる答えを言うどころか、流暢な日本語で恵理のまったく予想だにしていなかった内容の質問を返してきた。
それに一瞬の間を置いて驚いた恵理は奇怪な声を上げてしまう。
「あのあの、えっと……」
「私と一緒にセンスティアに来て欲しい」
あたふたしながら混乱する頭の中で、必死にどう答えるべきかを探している恵理を余所に、紅髪の少女は言葉を続けた。それを聞いた恵理の頭の中は色々と理解し難い事が山積みになっており、いよいよパンク寸前である。
少しの間を置いて、若干の冷静さを取り戻した恵理はとりあえず一つずつ疑問を解決していく事にした。
「えっと、色々と分からないことがあるのですが……まずどちら様ですか?」
「おっと、これはすまない。私としたことが名乗りを忘れてしまうとは……私の名前はアネットだ」
アネットと名乗る少女の声は力強くハキハキとしており、それでいて落ち着きを払ったものである。見かけよりも大人びた印象だが、聞いていて気持ちの良いものである。
「アネットさん、なんで私の名前を? それとここに私がいるってことも分かったんですか?」
当然の疑問である。全くの初対面の相手が自分の名前を知っているということはどう考えても不可解である。更に、今夜惠理がここに夜景を見に来ようと決めたのはつい昼間のことで、もちろん誰にも言ってはいない。
「私はあなたを探していたのだ。名前を知っていたのには理由があるが、それを現時点であなたに話しても信じてももらえないと思う。居場所に関しては、絶対ここに来るということだけ分かっていたので数日前から待っていた」
「はにゃ、そうなんですか」
どうやらアネットは、今度はちゃんと質問に答えてくれるようだが、謎めいた返答も含まれており、恵理には良く分からない部分もある。
「アネットさんのその格好は……? あっ、別に変とかそういう意味じゃないんです。ただちょと気になって」
惠理は慌てて申し訳程度のフォローを入れたが、当のアネットは全く気にしている様子はない。
「あぁ、そうか。こちらの人々には騎士はあまり馴染みが無いものであったな」
「騎士……ですか?」
「私はセンスティアで騎士をやっているんだ」
騎士、恵理の想像が間違ってなければ甲冑を着込んだ戦士の事だろうか。映画や漫画などではそれなにり目にするとはいえ、現代社会において不釣合い極まりない単語ではあるが、それ以上に気になる言葉があった。
”センスティア”先程も出てきた単語である。文脈からしてどこかの場所の名称ではあるようだが、全く聞きなれない地名である。そこそこ地理が得意な恵理は、自身の脳をフル稼働して今まで得た知識の山を掘り起こすが、センスティアなどという国はおろか、都市名も聞いたことがない。もちろん、この世界には恵理の知りえぬ都市などいくらでも存在するのだが、やはり自分に一緒に着いて来て欲しいセンスティアという場所が気になって仕方が無かった。
「あの、さっきも言ってましたけど、センスティアってのは……?」
アネットは、恵理からいくつも浴びせられる質問の嵐に対して、嫌な顔ひとつせずに答え続ける。むしろ彼女の表情は緊張からなのか、少々強張っているようにも見えた。
「センスティアは神々が統治する世界だ」
「えっと、それはどういう……意味ですか?」
またしても理解の範疇を超える返答が飛び出したことに困惑を隠せない少女。
「うむ、こちらの世界の人々の視点から分かりやすく言えば……《異世界》ということになるだろう」
「い、異世界ですか!?」
「いきなり異世界なんて言われても信じ難いとは思う。だがそれは付いて来て貰えればすぐに証明できる」
恵理は、自分が全く想像していなかった突拍子もない答えが飛び出したことに驚きを隠せない。しかし夜風で真紅のポニーテールを揺らすアネットは真剣そのもので、冗談を言っているようには見えなかった。
科学的根拠が物を言うこの現代社会で、異世界というとんでもなく非科学的な言葉を聞くとは思ってもみなかった。
恵理の内心ではどう対処すればいいのかという困惑が大半を占めていたが、それに紛れて心の奥底では燻る何かが芽を開こうとしていた。兼ねてより抱いていた思い。毎日毎日同じ事を繰り返し続けるこの世界を抜け出してみたいという子供じみた夢に少し近づけるような気がしたからだろう。ほんの少しだけアネットの話でワクワクしてしまっている自分が居るのである。
勿論、常識的に考えれば異世界なんてものあるはずはないだろう。だが、アネットの真剣な眼差しは嘘八百を適当に並べているとは思い難かった。上手く説明はできないが、騎士の眼とでも言うべきか。騎士としての誇りと強い信念が篭っているように見える。
アネットの宝石のように澄んだサファイア色の力強い瞳に魅了された恵理は、少しだけ彼女の言っている事を信じてみたいという不思議な気持ちに見舞われていた。
「それで、私に異世界に一緒に行って欲しいというのはどういうこと何ですか?」
「実はセンスティアで少々厄介な事が起きていてな。それであなたに力を貸して欲しいんだ」
騎士の少女は小さな手振りを加えながらそう言った。彼女が動くたびに、鎧の擦れる金属音がリズムよく鳴る。
「私に力をですか? あの、えっと、自慢じゃないですけど私そんな、異世界で何かを出来るほどの人間ではないんですが……」
これは決して謙遜で言ったわけではない。恵理は全く持って普通に生活を送る女子高生なのである。それは自分自身が一番よく知っていた。
校内の学力成績は多少良い方ではあるが、自身よりも上位の成績者は数え切れない程いる。それが異世界で役に立つとは到底思えない。運動神経に関しても普通よりちょっと上程度だと自負しているし、これといって目立った特技があるわけでもない。無論、漫画やアニメに出てくる主人公のような、いわゆる特殊能力とよばれるようなものを持っているわけでもない本当に平凡な女の子なのである。
なぜ自分なのだろうか、という疑問が真っ先に浮かんできた。
こんばんわ、作者の村崎 芹夏です。
はてさて、予定は狂うもの! あと1話でセンスティア到着までを書きたいといいましたが、執筆が捗りまして、長くなりすぎました(笑)
とりあえず、センスティア到着まで書けてはいるのですが、一度の更新にしてはちょっと長いかな?って事なので2回に分けさせていただきます。
次話で序章は終了させる予定です。 序章が終わればさっそくシエルさんの代行神としてのお仕事を本格的に書いていきます。
過去話はちょいと読み手から見れば退屈かもしれませんが、もう少しだけお付き合いください。
ではでは今回も読んでくださった方々、ありがとうございます。
また投稿した際にはよろしくお願い致します。