助かりました! Ⅷ
振り下ろされたクロエラの紅蓮に染め上げられた刃が魔族種の脚に触れる寸前で、周囲に紫色の閃光が走り、次の瞬間アネットは真正面から強力な衝撃に襲われ……気付いたときには体ごと宙に舞っていた。いくら体重の軽い少女とはいえ、全身に鎧を着込んだ人間が二十メートル以上の距離を吹き飛ばされたのだ。
「――アネット!」
一歩引いた場所から一部始終を見ていたシエルが叫びに近い声を上げて、ユウナもようやく状況を理解することが出来た。
魔族種の腹部から胸部あたりの高さにかけてパラリパラリと舞いあがる無数の暗い紫色をした小さな光の欠片。それらは僅かな時間だけ瞬くと、すぐさま空中に解けて消えていき、次第にその数を減らしていた。この光の欠片は強力な魔法を発動した後に現れる特有のもので、魔法発動時に消化しきれなかった魔力の残滓が体外に放出される現象である。すなわち、この魔族種が強力な魔法を放ったということだ。そしてアネットはそれをほぼゼロ距離で、しかもガードする間もなく直撃したということになる。いかに彼女が紅の騎士とはいえ、相当なダメージを受けたはずである。
「ちょ、ちょっとしっかりしなさいみゃ!」
「――くっ……」
ユウナが慌てて駆け寄ると、アネットは苦しそうに顔を歪めてはいるが意識はしっかりとしていた。周囲はひとまず安堵の息を漏らすが、いつも着込んでいるアネットのトレードマークといっても過言ではない銀鎧の腹部が見事に破砕していた。彼女の銀鎧は特注品の魔装であり、その防御力は物理的、魔力的にも折り紙つきであったのだが、そんな代物でさえもこの有様である。逆に言えば、一級品の魔装で防いだからこそこの程度で済んだと考えると、敵の放った魔法がどれだけ強力なものであったのかは想像に容易い。
「大……丈夫……だ」
クロエラ地面に突き立てて杖代わりにしながら立ち上がったアネットであるが、辛そうな表情を見せている。鎧で防ぎきることが出来なかった魔力ダメージがやはり利いているようだ。だが、猛り狂った魔族種の攻撃はそれで終わりではなかった。
魔族種は荒々しく鼻を鳴らした後、大地が震えるほどの足音を立てながら大股で突進をしてきたのである。
二十メートル以上の距離があるとはいえ、巨体が走ればそんな距離はすぐさま消えてしまう。ユウナが反応したときには既に目の前に不気味に湾曲した浅黒い爪が迫っていた。
ユウナがナイフでそれを受け止めたのは条件反射であった。何も考える余裕などなく、まさに咄嗟にとった行動である。それゆえ、防御というには余りにも稚拙なものであった。魔族種の爪が当たったのはナイフの刃先付近だったため、まともに受け流すことができない。加えて咄嗟の出来事で力を入れることも出来ず、あえなく少女二人目の空中飛行となった。
そのまま岩壁に背中を叩きつけることとなったユウナはうめき声を洩らした。直撃を避けたとはいえ、受け流しきれなかった怪力と壁に衝突した際の衝撃で強い痛みが体中を駆け巡る。医魔師が持つには少々不似合いな形見のナイフは、先ほどの攻撃を受けた際に手からすり抜け、だいぶ後方まで飛ばされてしまった。
「――ユウちゃん!」
二人の元へ駆け寄ろうとするシエルの腕をビブロが掴んで必死に抑えている。
「今行っては危険です!」
「でも……でも二人が!」
『ギャギャッギャッー』
ユウナが起き上がるのを待たずに魔族種はその巨体を揺らし、地響きを立てながら追撃に向かう。手元からナイフが離れてしまっている今、ユウナは丸腰である。攻撃をすることはおろか、防御することもままならない。一応、ユウナも基礎的な物理、魔力防御の魔法は使えるものの目の前の敵に対しては気休め程度にしかならないだろう。
そうこうしているうちに薄暗い迷宮内で、魔族種の鋭利な爪先がユウナの正面で再び湾曲した軌跡を描いた。体制を崩して立ち上がることが出来ず、丸腰のため防御も行えない。ユウナが唯一できる事はその場で現実を逃避し、目を瞑る事くらいであった。
高速で爪先が振り下ろされる風切り音だけが岩壁に挟まれた迷宮内に静かに響く。この勢いならば、魔族種の攻撃は一秒と掛からずにユウナを襲うことだろう。あの巨体から繰り出される斬撃を生身で直接受けたならば、華奢な体など一瞬で見るも無残な姿になってしまうのは明白である……だが、驚くことにその爪先は医魔師の少女を切り裂く寸前の所で止まっていた。
「くっ……ぐぐぐ……」
ユウナの目の前には腹部の砕けた銀鎧、ボロボロになった体でも尚、瞳に強い力を宿した、紅色の髪を揺らす騎士の姿があった。両の手でしっかりと柄を握られた神装クロエラの刀身はジリジリと音を立てながら魔族種の爪を押さえ上げている。だが、すぐさまもう魔族種のもう一つの腕が横から滑り込んできた。両腕を塞がれているアネットにはこれを防ぐ手段はなく、裏拳打ちをまともに受けて、派手な衝撃音を立てながら再び壁へと叩きつけられる。しかし、それでも騎士の少女が倒れる事はなかった。
先ほどの魔法攻撃により腹部が損壊した銀鎧であるが、今の打撃により胸部にも一部破損が出ている。しかし、アネットはボロボロになった体でそのまま魔族種の前へと立ちはだかった。
「――アネットっ! 怪我してる! もうこれ以上はやめて!」
今にも泣き出しそうなほど顔をグシャグシャにしながらシエルが叫んだ。
「そうみゃ……そんな体で無茶だみゃ!」
「私は騎士アネット。代行神シエルの仕騎だ。この命に代えても彼女を守ることが私の使命。そして彼女の大切なもの全てを守ることも私の使命だ」
「シエルを守りたいのは私も同じみゃ。だけど……」
「ここで私達が倒れてしまったら次はシエルやビブロが狙われる。それだけは何としても阻止しなければならない」
「でもあんたはもう慢心相違みゃ」
「騎士は見た目以上に丈夫でな……それに策がないわけではない。ユウナの手持ちの薬でどうにか奴の動きを止める事は出来ないか?」
「えっ……えっと、麻痺薬ならあるみゃ。即効性のやつ。ただ、その分持続時間が短いから逃げ切るのは無理だと思うみゃ」
そう言いながらユウナが愛用の肩掛けポーチから取り出したのは、無色透明のドロリとした液体が入った小瓶である。アネットもこの液体には見覚えがあった。というよりも身に覚えがあった。先日、ロングルの森でシエルを襲おうとしたユウナと戦ったときに彼女がアネットに対して使用したものである。傷口に入り込んでからわずか数分で効果が出始め、まともに体が動かせなくなるほどの強い麻痺が襲う代物だ。もっとも、ユウナもこの薬を魔族種に対して使用した事は無く、魔力体勢の高い相手にどれほどの効果があるのかは分からない様子である。
「大丈夫だ。少しの時間だけ稼いでくれれば後は私がケリをつける」
アネットの瞳を見つめ、その作戦のに全てを託そうと決めたユウナは小さく頷いた。
「この薬は皮膚の上からじゃ効果が薄いみゃ。あいつの装甲みたいな皮膚じゃ尚更期待できないみゃ。私がなんとかしてあいつの傷口にこれを入れるから、そしたらあとは任せるみゃ」
「あぁ、頼むぞ」
再び小さく頷いたユウナは、持ち前の俊敏性を生かして右へ左へと細かくフェイントを入れながら駆け出した。狙うのは魔族種の左右の腕についた傷口。アネットによってつけられた右腕の傷のほうが、ユウナが左腕につけたものよりも傷が深く、麻痺薬の効果が強く出る。少しでもアネットの助けになるならば狙うのは右腕であろう。
猛った咆哮とともに手近にあった岩をユウナ目掛けて投擲する魔族種。それをフェイントをいれながらギリギリのところで回避しながらも、最短の時間で巨体の右側に迫って行く。
時間にすれば僅か数秒であるが、暴れ狂う猛獣の懐に飛び込むという、息が詰まるほどの緊張感に縛られていたユウナはやっとのことで魔族種の手前五メートルの位置までやってきた。あと二メートルほど進んだ場所で勢いを利用した大きめの跳躍を行えば右腕の至近まで飛びつくことができる。抵抗はうけるだろうが、あの巨体では自らの懐に潜り込まれた者に対して有効な攻撃を行うことができないだろう。その隙に傷口にお手製の麻痺薬を流し込めばそれで完了である。
脚を止めることなく、頭の中で考えをまとめたユウナはすかさず地面を蹴って右腕へ向けて跳ねた。
こんばんわ。作者の村崎芹夏です。
いやはや、春ですね。もはや春ですね><
春眠暁がなんとやら。毎朝眠くて眠くて仕方ありません。
最近月一回更新がデフォになってきている気が・・・もっとペースを上げたいとは思うのですが、なかなか上手くいかないですねorz
さて最近少し視点について悩んでいるというか、分からなくなってきているといいいますか・・・自分の書き方が正しいのか、読者に混乱を与えなてないのか、そういったことがイマイチ分からなくなってきています。一人称視点で書けばそういった迷いもなくなるとは思うのですが・・・他の作家さん達は視点で迷ったり困ったりってことはあるのでしょうか?
なろうで小説を書き始めて何年か経ちますが未だにこんなことで迷っているへっぽこな私です><
もっと精進せねば・・・
それでは今回も読んでくださった方々、ありがとうございました。
また次回更新した際には読んでいただければ幸いです。