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代行神シエルにおまかせください!  作者: 村崎 芹夏
「助かりました!」 
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助かりました! Ⅶ

『ガッガゥ、ガッガゥ』


 すっかりと頭の中に張り付いた声、聞きたくも無いのに幾度と無く耳にすることで危険の対象と認識されてしまった咆哮が鋭く走った。声主は言うまでも無く目の前の魔族種からである。


距離をとって逃げ回っていたときにはさほど感じられなかったが、いざ間近で相対するとその音圧の凄さに萎縮してしまう。クリーチャーのいる周囲の岩壁が細かく振動し僅かな砂埃をあげているところをみると、大地が震えるという表現がまさにふさわしい。

 

『――ガッガゥッ』

 

 続けざまに放たれた二声目は先ほどよりも短く、しかし一層威圧感のあるものであった。それがスタートダッシュの合図だったかのようにクリーチャーはその巨体を揺らして走り出す。動きこそ重厚感のあるもっさりとしたものであるが、その歩幅が人間の比ではないため見た目以上に移動速度が速い。シエルらがこの魔族種から走って逃げ切ることが出来なかったのはこれも要因の一つであろう。


「――くるぞっ!」


 もはや戦闘は避けられないと覚悟したアネットは、真紅に輝く刀身を持った長剣、神装クロエラを後方下段に構えて走り出した。これだけの質量の相手と戦うなれば少なからず周りにも被害が及んでしまう。これは戦闘となる場所を非戦闘員であるシエルやビブロから少しでも遠ざけるための措置である。ユウナもその意図を察したのか、後に続いて走り出した。その手には漆黒に染め上げられた大型のナイフがしっかりと握られている。


 双方が走り出しておよそ二秒後……ついに戦闘が始まった。


 最初に繰り出したのはクリーチャーからである。その巨体から伸びた右の長い鉤爪をがむしゃらに大きく振り下ろしていた。


 先陣を切っていたアネットはその動作をしっかりと視線で捉えると、左後方の下段に構えていたクロエラを抜刀術の如く切り上げる。化け物から荒々しく振り下ろされた一撃と、騎士の鍛え抜かれた一撃が空中で衝突しあう。互いに高威力の一撃であったことを証明するかのよに、甲高い衝撃音とインパクトの余波が周囲を襲った。


 アネットの初撃はクリーチャーが振り下ろした鋭爪に間違いなく会心の一撃を加えていた。しかし、目の前の巨体はそれでも揺らぎ一つ見せることなく、右の鉤爪を受け止め続けている神装クロエラに対して、左の鉤爪を同様に振り下ろして容赦なく叩き込んだ。


 拮抗した剣身の重心を二発目が来るであろう位置にずらすことでなんとか次撃を受け止めたアネット。しかし、攻撃自体は防ぐことが出来ても衝突の際のエネルギーまでは相殺することが出来ず、踏ん張っていた足元の地面を削りながら三メートル程後方まで押し込まれてしまう。


 荒々しく、ただ乱暴に振り下ろされるだけの攻撃であるが、異様に発達した筋肉から容易に想像できる怪力の前ではアネットも防ぐのがやっとといったところだ。純粋で絶対的な力とは時に技量の差を一瞬でゼロにしてしまうだけの凶器となりうる。


「くっ……」


 アネットの表情は自然と渋く歪み、同時に苦い声が口先から漏れる。


 全身の筋肉を隅から隅まで活性させ、渾身の力を込めても、両爪とせめぎあったクロエラの剣身は力の差によってジリジリと押し戻されていく。このままではアネットは数分と持たずに魔族種のその巨体に間違いなく押し潰されてしまうだろう……彼女が一人で戦っていたのならば――


 まるで獲物を狩る小動物のように静かに、しなやかに、そして俊敏にアネットのすぐ横を駆け抜けるひとつの影。空気抵抗を減らすために屈んだ状態で走っているためアネットの腰ほどまでの高さしかないその影の右手には逆手で握られた一振りの大型ナイフがしっかりと収められている。


 その影を横目でチラリと流し見たアネットはこれまで浮かべていた渋い表情を一気に吹き飛ばし、代わりに口元を吊り上げて自信に満ちた表情になっていた。


「ユウナっ!」


 ただ名前を叫ぶ。それだけの行為であったが、アネットには自らの意思がユウナに伝わった自信があった。なぜならユウナの意思がアネットに伝わっていたからである。互いの考えていることが、次にとる動作が、それに合わせて自分がどう対応すればいいのか、それが瞬時にわかる仲間ほど頼もしいものはない。互いの信頼があってこそなせるものである。


 アネットの意思を受け、振り返ることなく小さく頷いたユウナは、せめぎ合う魔族種に向かって飛び掛る。


 魔族種も赤く濁った瞳でユウナの接近を確認したようであるが、アネットがクロエラで魔族種の強靭な両腕を押さえているために対処できない。腕をどちらか片方でも放せば騎士からの反撃をくらうことを理解しているのだろう。つまりアネットは劣勢に見えて、事実上でこの魔族種を拘束していたことになる。


「いくみゃっ」


 気合一声。見えない鎖で束縛された巨体へと猫のような瞬発力で飛び込んだユウナは、敵の左腕にナイフの刃を突き立て、そのまま勢いに任せて横一線に深い傷を入る。クリーチャーの皮膚は見た目どおりの硬さを誇っているようだが、ユウナの愛用する魔力が付加された魔装のナイフならば傷つけることも至難ではない。

 

 左肘より少し下辺りの端から端まで細い一文字を付けたユウナは、そのまま柔軟な身体能力を生かして側面へと素早く退避する。


『ギュギュューガァー!』


 魔族種から発せられた声はこれまでの威圧感のある咆哮ではなく、明らかにダメージを追った証であった。傷口からはドロリとした粘度の青紫色の血液らしき液体が滴り落ちている。だが深い傷とはいえ、場所が場所だけに致命傷には到底及ばないらしく、絶命の気配は見られない。……しかしアネットにとっては片腕の力が抜けるだけで十分であった。


「――はぁっ!」


 ユウナに気をとられたこと、そして左腕にダメージを負ったことにより弱まった巨体の重圧を、渾身の力で払いのけたアネットはそのまま丸太のような右腕へとクロエラの剣先を走らせる。そして流麗な上段からの一撃が魔族種の肉を切り裂いた。とはいえ、咄嗟の一撃であったため左腕同様に致命傷には程遠い傷である。しかしこれも彼女らの想定内であった。もとよりニワトリとダチョウのような体格差である。一撃必殺の僅かな望みにリスクを掛けるよりも、小さなダメージをヒット&アウェイで積み重ねたほうが確実で効果的なのだ。今回の戦闘は目の前の巨人を倒すことが目的ではなく、全員が逃げる隙を作ることさえ出来ればそれで勝利となる。


 アネットの斬り込み後に生じる僅かな隙を埋めるため、間髪を入れずにユウナが再び飛び込む。両の腕に小さいとはいえダメージを負って取り乱している今がチャンスである。狙うは先ほどと同じく左腕。鋭く伸びた爪は異様に硬質であることがアネットとの打ち合いで判明している。神装クロエラですら断ち切ることが出来なかったところをみると、いかに鋭利な魔装のナイフでもダメージを与える事は出来ないだろうと判断し、爪以外のどこか、というアバウトな標的を決め駆け寄った。そして逆手に持ったナイフの刃先がなぞったのは先ほどユウナ自身がつけた傷口の二十センチほど隣。


 痛みの条件反射なのか、クリーチャーは咄嗟に右爪をユウナへと叩きつけようとするが、いつのまにか懐まで入り込んでいたアネットが寸前のところでそれを弾いて防いだ。


 細かい作戦を事前に立てていたわけでも、深い言葉を交わしながら戦っているわけでもないのに互いの長所を生かし短所をカバーしあっている理想的な戦術である。


『ギャギャギャッガー』

 

 眼つきが異様なまでに鋭く変化している魔族種から発せられる声はもはや痛みからではなく怒りから来る狂声であることは誰の目から見ても明らかであった。しかし、ここまでの連携の取れた良い流れを崩すわけにはいかないとアネットは爪を弾いたばかりのクロエラに体重を乗せ、剣先をそのまま魔族種の右脚へと振り下ろす。相手の間合いに長居するのは危険であるが、少しでも蓄積させるダメージが多いほうが逃げ切るチャンスが増えることに繋がる。度重なる攻撃で混乱したクリーチャーからの反撃はまだないと判断したからこその一撃である。――しかしそんなアネットの読みは無情にも外れてしまうこととなった。

こんばんわ、作者の村崎 芹夏です。 はてさて、代行神の更新はなかなか久しぶりになります。


さて、今回から戦闘シーンにはいっていくわけなのですが、戦闘の流れを考えるとなかなか執筆がすすまないですね><


なるべく迫力や緊張感をだしたいのですが、かといって前に書いた流れと同じだと飽きられてしまう・・・色々考えながらの執筆なのでなかなかペースがはかどらないです>< でも個人的に戦闘シーンを書くのは好きだったりします。もともとバトル物を書きたかったってのもあるのですが(笑)


それでは今回も読んでくださった方々、ありがとうございました。


また次回更新した際にはよろしくお願いします。

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