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代行神シエルにおまかせください!  作者: 村崎 芹夏
「私が神様の代行ですか!?」
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私が神様の代行ですか!? Ⅴ

 恵理が夢への誘いから開放され、ゆっくりと上瞼を上げると、琥珀色の澄んだ瞳には天井の白い壁紙が映る。今年の春に自室の壁紙を模様替えで全て張り替えたばかりなので、視界に映る一面は文字通りシミ一つない純白である。


 つい先刻まで窓からは明るい太陽光が差し込んでいたはずなのに、既に外はすっかりと陽が落ちており、陰った空には白じろとした光を放つ見事な満月と、満開に咲く星明りに映り変わっていた。その光景はまるで、深海に浮かぶ一枚の絵画のようである。


 惠理は寝ぼけた顔を手で擦りながら、枕元に置かれた時デジタル計を確認すると、時刻は既に20時22分となっていた。あれから七時間以上寝ていたことになる。


「ありゃ、少し眠りすぎちゃったか」


 ちょっとした昼寝のつもりが、どうやら本格的に睡眠してしまったらしい。だが、そう言う恵理の表情からは焦りなどは感じられない。学校の帰り道、秘密の山頂で思いついたこのあとの予定。夜景鑑賞をするには何ら問題ない、むしろ絶好の時間だからである。


 小さな欠伸が眠気を再び引き寄せるが、頬を軽く叩いてそれをなんとかを振り払い、のそりとした動作でベッドから起きると、部屋のドアを開けて一階の様子を伺う。


 両親の寝室がある下の階からは物音や人が動く気配は無く、開演間近のクラシックコンサート会場のように静まり返っている。いつもならまだ両者とも起きている時間だが、恐らく明日からの大事な旅行のために早めに就寝したのであろう。これも恵理にとっては好都合であった。両親、特に母親は夜間に惠理が外出することに常々、注意を促していたからである。それも当然といえば至極当然であろう。治安の良い街とは言え、夜間に年頃の女の子が一人で出かけるのは、親からしてみれば心配で仕方ないはずである。


 そんな親の心配も当然分かっているし、極力迷惑を掛けたくはないという気持ちもあるのだが、あの息を呑むほど美しい夜景はどうしても見たくなってしまうのである。疲れた心を癒してくれる栄養剤のようなものと言っても過言ではないだろう。


 たまにしか行かないから許して、と誰にも聞こえない心の声で言い訳をしつつ、昼間からずっと楽しみにしていた秘密のスポットへ行くために、手早く準備を始める。


 私室に置かれた長身の立て鏡に映し出された自分の姿に目がいった惠理は、自分がまだ制服を着用していることに気が付いた。帰宅後、食事をとってすぐにベッドに倒れこみ、そのまま長い仮眠をとってしまったからである。


 部屋に予め備えられていた大きなクローゼットの引き戸を開けると、中のポールに掛けられている幾つもの洋服の中から着替える服を吟味する。あれやこれやと鏡の前で洋服をあてがい、十数分にも上る一人ファッションショーの末、ようやく着ていく服を決めた。


 そのまま長時間寝てしまったため少々皺になっている学校指定のブレザーのボタンを慣れた手つきで次々と外し、首元のリボンを緩めると、清潔感のあるYシャツまで一気に脱ぎ去る。そのまま流れるような動作で腰元のホックを外すと、ほんの少し土の匂いがするスカートが重量に従い、はらりと足元に着地した。        

 脱ぎ捨てた制服の代わりに、夏らしく白と水色を基調にした可愛らしいシャツに袖を通す。誰に会うわけでもないので、普段は恥ずかしくて滅多に履くことがない、フリルの付いたミニスカートも合わせて着用してみる。このスカートは友人の紗枝とショッピングに行った際、「絶対に似合うから」という彼女の強い押しに負けて購入したものの、着用する機会がなかなか無く、長い間クローゼットで眠っていたものである。


 上下の着替えが終わり、もう一度立て鏡の前で自身の姿を確認した惠理は、履き慣れなていないミニスカートに若干の気恥ずかしさを覚えつつも、納得のいくコーディネートに満足の表情を浮かべた。


 手早く着替えを済ませた惠理は、部屋の真ん中に設置された、折り畳み式のテーブルの上に置かれた小さな肩掛け鞄を手にする。お小遣いを貯めて去年の冬にやっと買うことが出来た、可愛らしいピンクのデジタルカメラも忘れずに鞄に収納し、自室を後にする。そこで恵理は大事な物を忘れた事に気付き、慌てて部屋に翻ると、タンスの小物入れからペンライトを取り出して鞄に放り込んだ。


 いくら徐々に発展してきた街とはいえ、あの夜景スポットの山がある付近はまだ田舎風景が多く残っており、道を照らす街灯も少ない。それに加えて、例え慣れてるとはいえ、真っ暗な山道を歩くためには灯りがなくては少々心もとない。


 だが、その昔ながらの街並みが残っており、周辺に人工灯が少ないからこそ遠くに浮かぶ夜景が一層美しく見えるのも事実であるため、恵理はそのことに関してさほど苦には感じていなかった。


 忘れ物がもう無いことを確認した恵理は、再度部屋からのそりと出動する。床の軋み音で両親を起こさぬようにゆっくりと廊下の突き当たりにある階段を降り、早足で玄関先まで駆けると、手早くお気に入りのブーツを履いて、忍者の如き手際で自宅からの脱出を果たした。忘れずドアに鍵を音を立てないように細心の注意を払いながらかけておく。ロックが掛かった時に発する独特の金属音が静寂の空間に異様に大きく響いた気がして慌ててしまうが、それで両親が起きた様子はなさそうだ。


 ここまで来るともはや隠密に行動する必要性はない。意味は無いと分かっていても、家を抜け出す間に少しでも気配を消そうと息を殺していたため、緊張の糸が解けると同時に息苦しさに見舞われ、恵理は思わず大きな深呼吸をしてしまう。昼間の照りつける暑さとは対照的な夜の涼しげな空気が一気に流れ込んで肺が満たされる。


 宵闇の雰囲気もあってか、空気がこんなにもおいしいものだったのかと感じ、ちょっとした幸せな気持ちに包まれた。


「さぁ、行きますか」


 更なる幸せな気分を味わえるといことで高まる興奮を抑えつつ、誰に言うでもなく楽しげに呟いた恵理はお気に入りの裏山まで駆け足で進みだした。


 昼間に通った道も、夜間ということでその印象はガラリと変わる。軒先で楽しげに井戸端会議を開いていた主婦達や、公園で元気に走り回ていた子供の影は一切なくなり、代わりに疲れた顔をした仕事帰りのサラリーマンが帰路に着いている姿がちらほらと見受けられる程度となっている。


 主要道路にこそ立派な街灯が備わっているものの、一本裏道に入ってしまえば一変して先の見えない暗がりがそこにはあった。惠理は肩掛けの鞄から用意しておいたペンライトを取り出すと、円柱状の底にあるスイッチをノックし、頼りになる照明を味方に付けて先を急ぐ。

 

 目的地である裏山の入口までは特に問題もなく辿り着く事が出来た。時間にすればずっと駆け足であった為、昼間の帰宅時よりも幾分早く移動出来たであろう。


 いつもと同じように通学路の途中にある、まだ営業しているのが不思議なくらい時代を感じさせる雑貨屋の脇道に入り、その先にある民家裏の狭い通路を抜けた先の細い農道の向こう側に望む小山。


 逸る気持ちを脚に込め、ペンライトの僅かな灯火を頼りにしながら、転ばぬよう注意を払いつつ、山頂へと続く石段を一段飛ばしで駆け上がる。そして、最後の一段に脚を踏み込んだ時、恵理の視界には久しく眼にする懐かしい絶景が広がっていた。 


 山から見据えることが出来る街の全貌一杯に広がる大パノラマ。それを埋め尽くす数多の光源の数々。主要道路に規則正しい距離感で並ぶ街灯、緩急の速度差がある車のヘッドライト、テールライト、家々で人が営んでいる証の生活灯、普段から目にする何気ない光の郡でさえ、ここから見ればそれは作品を彩る立派な欠片に早変わりする。


 真っ暗な街中で光るそれらは、まるで夜空に浮かぶ星々であるかのような印象だ。


「わぁー、やっぱり凄く綺麗!」


 目の前に堂々と広がるこの景色は、恵理が過去に幾度となく脚を運んで記憶に焼き付けたそれと変わることなく彼女を包み込むかのように輝きを放っていた。


 しばらく夜景に見とれていた恵理はハッと思い出したかのように鞄からデジタルカメラを取り出し、電源を入れて構える。去年の冬に念願叶って購入することが出来たこのカメラは、嬉しくて近所の何気ない風景から旅行先の撮影スポットまで何百枚とフレームに収めて来たため、操作に関してはばっちりである。


 大地に浮かぶ地上の銀河を記憶以上に鮮明なデジタルの思い出として残そうと考えていた恵理だったが、その指がシャッターを切る前に構えたカメラを下げてしまう。


「やっぱやめとこ。この景色は実際に見るから良いんだよね」


 如何に性能の高いカメラで撮影しようとも、デジタルで見るこの夜景は本物ではない。きっとその写真を見たところで、いま感じているこの心が澄み渡る感覚は得られないだろう。 


 恵理は取り出したばかりのデジタルカメラを鞄に戻すと、昼間に座って缶ジュースを飲んだ辺りに腰を落下ろす。そして液晶画面越しではなく、自身の視覚でもう一度景色を堪能し、記憶に焼き付ける。


 何度見ても、どれだけ眺めていても全く飽きのこない、そんな素晴らしい景色に出会えた自分はとても幸福なのだろうとなどと考え、時間が経つのも忘れて眩い光のアートに趣を感じながら心を預ける。


 どれほどこの情景に魅入っていただろうか。恵理が屈めた腰を上げ、同じ姿勢をしばらく続けていたことによる筋肉の固まりを伸びで解した。すると、恵理の後方にある林のほうから生い茂った木々を掻き分けるような微かな音が聞こえたような気がした。


「――ひゃっ!?」


 なんとも間の抜けた驚き声を小さく上げた少女は、暗く先の見えない林のほうへ手持ちのペンライトを向けて様子を伺う。しかし、細いライトから放たされる一線の光は何も気になるものは照らしていない。


「き……気のせいかな?」


 そうであったと信じたい。必死に気持ちを落ちつかせる少女を余所に、先程と同じ音が今度は一段と大きく響いた。誰もいない静寂な空間であるからこそ、その音は間違いなくはっきりと聞こえた。こうなっては確かめなければならない。


「あ、あの……誰かいるんですか?」


 返事は返ってこない。


 もちろん公共の場なので誰かしらいても不思議ではないのだが、この秘密の山頂でいままで他人と出会ったことは一度も無い。ましてやこの時間帯である。余程の物好き(自分で言うのもなんだが)でもない限り寄り付くことはないはずだ。それなのにこの場にいる人間となれば警戒する必要もあるかもしれない。 


(やだ、変な人だったらどうしよう……逃げたほうがいいのかな……)


 相手を確認できない恐怖から恵理の心臓は徐々に鼓動を早めていき、警戒の早鐘を打ち鳴らし始めた。もはや夜景どころの話ではない。


 暗林では尚も何かの気配を感じる。


 一目散にここから離脱すべきかどうかの判断を迷っていると、ついに視線の先で何かが蠢く影を捉えた。その影形からしてやはり人間のようだ。年齢や性別まではシルエットから判断することはできないが、身長は惠理よりも幾分高そうである。


 幽霊や怪奇現象であったほうがまだマシだったのに、と心の中で声にならない叫びを上げる少女。


 その影は草木を踏み、木々から伸びる小枝を押しのけて少女の立つ広場の方へと向かってくるのがはっきりと分かる。惠理の内心では、いよいよ警笛が鳴り渡り、一気に緊張感が膨れ上がっていた。


 夜空に浮かぶ満月の青白い光がこの場を更に不気味に演出する。 


 こんな時間にこんな人気のない場所で年頃の女の子が一人でいるのである。分かってはいたつもりだったが、その危険さを改めて実感し、逃げたいという意識とは裏腹に、恵理は恐怖で脚がすくんでこの場から動くことが出来ない。


 そうこうしているうちにその影は、木々や小枝達による自然のバリケードなど全くものともせず、ついに林を抜け出した。


 そして薄暗い広場をこちらにゆっくりと近づいて来る。


「――いやっ!」


 惠理はまともに発音出来ていたかも怪しいくらいに掠れた小声で悲鳴を発すると、目の前の現実を受け入れるのが怖くなり思わず雑木林の方向から目を背けてしまう。脳裏には走馬灯のように、悲愴的な出来事ばかりが次々と浮かび上がる。しかし、惠理の恐怖とは裏腹に……


 何秒程たっただろうか? あまり広くない山頂の敷地面積ならば、どんなにゆっくり歩いたとしても、雑木林の出口から惠理の立ち竦んでいる場所へ十分到達できる程には時間が経過したはずである。林から出てきた人物がこちらへ来ているのならば何らかの反応がなければおかしい。少なくとも体に危害は加えられていない。なにかの間違いだったのかもしれないという淡い期待を抱きつつ、惠理は恐る恐る反らしていた視線をゆっくりと正面へと戻した。


 ――すると、その人影は恵理の眼前で堂々と立っていた。


「ひゃっ!」


 ある程度は想像していたはずなのに、間違いであって欲しいという強い願望のためか、その存在に思わず悲鳴が漏れた。しかしそれは彼女の想像していた人物像とは少し違い、別の意味で異様な人であった。


 目の前でこちらを見つめているのは、恐らく恵理とさほど年齢の変わらないであろう少女だったのだ。そしてその少女がこれまた特徴的なのである。


 激震に渦巻く業火のように鮮明で麗美な紅色の長髪を、暗闇色のリボンを使い後部で纏めあげた立派なポニーテール。磨きこまれた宝石を思わせるほど美しい深蒼の瞳が覗く目元はきりっと大きく、そして力強く開かれている。血色の良い鮮やかなピンク色をした口元にすらっとした輪郭。顔を構成するパーツそれぞれが繊細でバランス良く整っており、文句なしに美人と言える顔立ちである。


 そして、彼女が異質たらしめる要素は何よりも身に纏っているものであった。西洋の甲冑を思わせるような防具を装着しているのである。しかし、鎧といっても全身をがっしりと覆い隠す窮屈そうなものではなく、むしろ機動性確保のために要所のみを防御するようなコンセプトのものに見える。彼女の豊かに育った胸元を強調するかのように、胸部の装甲は薄く、所々で綺麗な肌色を覗かせる部分もある為、デザイン性も高いようだ。


 この山頂の広場には人工灯がないため、辺り一面が薄暗いのこの場所で彼女の身に付ける白銀の軽鎧は月星による天然光を幻想的に反射させている。


 つい先程まで恐怖で立ち竦んでいた少女は、今度は目の前に立った者の麗美さに眼を奪われ、立ち惚けてしまう。

 こんばんわ、作者の村崎 芹夏です。


 5話目となりました代行神ですが、今回もシエルがアネットと出会い、センスティアに旅立つまでの話になります。

 一応、あと1話でセンスティア到着までを書ききりたいなぁーとは思っていますが、もしかしたらもう少しのびるかも?


 それは気分次第になります(笑)

 現在序章が進行していあるのですが、序章は話がセンスティアに戻ってからちょこっとだけ話を進めたとこで章終、1章から本格的にシエルが代行神としてお仕事を始めるようにしようかと考えております。

 何分、なんもプロットを考えずに書き出した作品なので先行きがなにも決まってないという不安っぷり!(笑)


今後もなんとか頑張って更新していきます。


クルーエルラボとの更新割合が7:3くらいになりそう~的な事を以前書きましたが、なんだかんだで交互に更新しちゃってますので、しばらくはこのまま交互更新を目標にやって行こうかと思います。


 ただ、片方がネタに行き詰ったり、執筆が驚異的に進んだりしたら一方を連続更新なんてパターンもあるかもしれませんのでご了承ください。


ではでは今話も読んでいただき、ありがとうございました。


また次回更新した際にはよろしくお願い致します。

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