助かりました! Ⅳ
「あの花はレプトネテロ科の植物で、名前をベルベクトナナトバナと言います」
眼鏡のブリッジを親指で持ち上げながら近づいてきたビブロが申し訳なさそうなに言った。
「ベルボ……トトバナナにゃ?」
長いカタカナを覚えるが苦手なのか、シエルは眉間に皺を寄せて難解な顔を浮かべながらビブロの言葉を繰り返す。しかし、案の定しっかりと言うことが出来ず、首をかしげた。
「ベルベクトナナトバナです。現在、ファルスリビン周囲でのみ確認されている地方固有種なのです」
「なるほど。どうりで見たことがないわけだるん」
至って真面目な表情で真面目な話をするアネットであるが、そのユニークな語尾のせいで真剣さがあまり感じられない。
「本来はファルスリビンの手前に広がっている荒野で花を咲かせているのですが、岸壁内にも生息している可能性を失念しておりました……面目ない……」
ビブロは申し訳なさそうに項垂れた。
「それで、そのべルなんちゃらって花はなんなのみゃ?」
ユウナが手振りを加えて質問をするが、それに呼応するかのように三角の長耳とふわふわの毛に覆われた尻尾も揺れ動き小動物感が増大している。
「ベルベクトナナトバナは魔植物に分類されており、身の危険を感じると魔力を帯びた花粉を周囲に撒き散らします。今回の場合は代行神様が花びらに触れたことによって身の危険を感じたベルベクトナナトバナが自衛手段をとったわけです」
「ふーん。その花粉は危険なのみゃ?」
「いえ、身体に害はありません。ただ、ご覧のとおり、花粉浴びた者に魔法をかけて容姿と言葉に変化を与えてしまいます」
「なんというか……地味な自衛方法だなるん」
強制的に語尾が発音されてしまうため、言葉の切り方によってはなんとも強引な音になってしまう。
「自衛手段とは言いましたが、実はベルベクトナナトバナの研究はまだほとんど進んでおらず、本当にそうなのかははっきりしていません。一説では容姿を変化させて外敵を動揺させるためや、付近の生物の容姿を変えて外敵の標的を自身以外に移すため、などといったものがありますがいずれも仮説段階の話です」
「すごい植物だというのは分かったが……やはり聞けば聞くほど地味だるん」
アネットがビブロの話に聞き入っている横ではシエルが耳をピクピク、尻尾をフリフリと動かしながら色々なポーズをとって遊んでいる。すっかりとこの姿にも慣れ、むしろ楽しんでいた。アネット、ユウナも身体に害がないと分かると胸を撫で下ろし一安心の様子である。
「容姿変化の魔法も個人差はありますが、1,2時間もすれば自然と元に戻ります。ただ、持続力は低いですが魔力自体は強力で最高位の魔導師でも解除するのに時間を要します」
「となると、しばらくはこのまま……っかみゃ」
横ではシエルがまだ楽しげに遊んでいる。今はアネットの耳と自分の耳を触り比べて感触の違いを味わっているところであった。アネットはというと、シエルの無邪気さに抵抗が出来ないのか自身の耳に触ることを暗黙で許諾していたが、耳が敏感なのか……はたまたシエルの触り方が上手いのか、やや頬の緩んだまんざらでもない表情を浮かべている。
アネットの反応が面白いのか、シエルは更に調子に乗りはじめる。アネットの鮮やかな紅髪の中に浮かぶ黒毛耳を左手で弄り、空いた右手でスカートの裾から覗く尻尾を撫でまわし始めたその時である――ほんの一瞬、まさに瞬きをするよりも短い間、紅騎士の体が微かに青白く発光したのである。そして、一切の余韻も残さずに光は消え去ると、そこには皆がよく知るアネットがいた……皆がよく知る、黒い毛に覆われた耳も、スカートの裾からニョロニョロと覗く尻尾も背中から小さな羽根も生えていない、威厳に満ち溢れた凛とした表情の紅の騎士アネットがいたのである。
そんなアネットの姿を見るや否や、シエルやユウナ、ビブロでさえもキョトンと目を丸くしてしまう。アネットの普通の姿に対して。"おかしい格好ではないことがおかしい"というややおかしな現状においてアネットの普通の姿は皆を驚かせるには十分であった。
「はにゃにゃ! アネットどうしたのにゃ!?」
「ちょっと、あなただけずるいじゃないのみゃ。一体何をやったのよみゃ?」
「ちょっと待て。二人共何を言っているんだ?」
シエルとユウナから同時に迫られるアネットはどうやら何かが起きたことを自覚していない様子である。しかし、二人の小動物っぽい少女からの言葉攻めでなんらかの異変に気付き、自分の発言に例のおかしな語尾が追加されていないことでおおよその状況を予想し、そしてガントレットの表面を軽く擦ってから自身の体を映すことで自らの予想が的中したことを理解した。
「これは……どういうことだ?」
慌てた様子でアネットは頭とお尻に手を当てる。しかし、そこにあるはずのないものがしっかりと無くなっていた。本来あってはならないものがないのだから不自然な点はないのだが、それが不自然なのである。
「元に……戻っている?」
ファルス・リビンの固有植物、ベルベクトナナトバナが放った鱗粉によって半獣化していたアネットであったが、いつのまにか彼女の身体からは黒毛に覆われた丸耳も、お尻からひょろりと伸びる双尾も、目元に施された真っ赤なアイラインや小悪魔じみた八重歯も綺麗さっぱり消え去っていた。無論、半ば強制的に発せられていた語尾も出なくなっている。
「ちょっとアネット、あなた何をやったのよみゃ?」
よっぽど早く元の姿に戻りたいのか、ユウナが今にも顔と顔がぶつかりそうな距離までアネットに迫って声を荒らげている。おそらく無意識だろうが、まるで鳥が羽ばたくかのように両手を小さくパタパタと動かす仕草を見れば、ユウナがどれほど混乱しているかが容易に見て取れた。
間近に迫ったユウナの瞳を見据えるアネットであるが、その表情はあまり芳しくはない。
「わからない……」
「わからないってどういうことみゃ?」
アネットから溢れた言葉にユウナが疑問で返す。決して怒っているわけではないが、真剣みを帯びた声色はやや低くなっていた。
「私は何もしていないんだ。気づいたら元に戻っていた」
怪訝な表情を浮かべながら首を横に降るアネットを見てユウナは落胆の表情を浮かべた。
「じゃあ自然に戻ったってことみゃ?」
明らかにがっかりとした感じが伝わるユウナの問いに答えたのはビブロであった。
「それはありえないでしょう。確かにベルベクトナナトバナの魔法は時間経過で自然と解けます。しかし、個人差があるとはいえ、どんなに早くてもそれには一時間以上掛かると言われています」
「となると……可能性はひとつしかない……ということか」
紅の騎士が腕を組みながらポツリと呟く。ユウナ、ビブロも共に同じ結論に至ったらしく、三者は一斉にその現象の根源たる可能性のある人物の方へと顔を向けた。
こんばんわ、作者の村崎 芹夏です。
はい、また更新までに1ヶ月以上かかってしまいました・・・ツイッターの方でもちょぼちょぼと呟いているのですが、最近本当に時間が取れなくて・・・執筆ソフトを開いたのすら1ヶ月ぶりくらいですorz
誰だよー、夏終わったら少しは時間ができるって言ったやつー!(私です)
はてさて、時間はめまぐるしく流れるもので、すでに今年の終わりもチラチラと見える季節になってきましたね。現状で分かっているだけでも、来月もかなり忙しくて執筆している暇があるかどうか・・・
こんなとてつもなく遅筆な私でもお気に入り登録してくださってる方々には本当に感謝です。そんな方々のためにも断言しておきます。ものっすごく更新が遅い私ですが、途中で失踪はしません。執筆は好きですし、続けたいと思っています。
ですので、どんなに投稿が遅くなっても気長に待っていただけると幸いです。
はてさて話は変わりまして、今回の更新分です。ちょいと空いた時間にわさわさしながら書いたのでちょいと短めになってしまいましたね><
書きたい内容はたくさん浮かんでくるのに、それを文字に変換する時間がないのが本当に悔やまれます。
ここでちょこっとだけ裏話。シエルさん達がお花の粉を浴びて半獣化してしまいますが、この内容はファルスリビン編のプロット段階から入れる予定でした。ただ語尾の変化は完全にその場のノリで追加した設定になります(笑) 書いていて自分でも強引だなぁーと思いつつも、なんかもしかしたら可愛いんじゃないかな?っという適当な理由で追加しちゃったわけです。
あとがきを読んでくださってる方がいるかどうかはわかりませんが、こういう裏事情もおまけ程度に!
というわけで今回も読んでくださった方々、ありがとうございました。
また次回投稿した際にはよろしくお願いします。(まだまだ忙しさが続くので更新は来月になりそうです)