助かりました! Ⅲ
「――えっ?」
シエル、アネット、ユウナの三人が一斉に不思議そうな顔をビブロへ向けたのと、文字通りゆらゆらと踊っていた巨大な花が突如、不自然にその動きを止めたのはほぼ同時のタイミングであった。
ビブロに向けられていたシエルの視線は指先の奇妙な感覚によってすぐさま引き戻される。そこには、相変わらずの大きさを誇る一輪の花。しかし、先程まで揺れていたその身は、硬直という言葉が適切すぎるほどにぴったりと動きを止めていた。
そして黄色系のグラデーションが掛かっていた美しい花びらはいつの間にかその色素を変え、いまでは毒々しさを漂わせる紫色に染まっている。花の中央にある蕾は、先程よりも三倍以上膨らんでおり、その内側では何かが蠢いている様子であった。
「うわぁ……」
一気に興味を削ぐようなおぞましいオーラを放ち始めた植物に、ユウナは思わず嫌悪感をあらわにしてしまう。アネットも、ユウナほどあからさまではないが、眉を寄せて気味悪そうな表情である。
「あぁ……遅かったですか……皆さんその場から離れてください!」
毒々しく変化した花をまじまじと見つめるシエルにはビブロの声は届いていない様子である。
花びらに囲まれた中で蠢く蕾の大きさはまだ増大していく。やがてそのサイズが元の五倍にも迫ろうとしたとき、ふと蠢きは止まり、代わりに蕾の上部には十文字の切込が現れた。そしてそれはゆっくりと開いていき――突如、蕾の中からブホッっという爆発音にも似た音とともに、花びらと同じく毒々しい紫色に輝く大量の粉が宙へと噴出された。
「ケホケホ……」
「――うわっ」
「なんだ!?」
三者三様の反応が岸壁の迷宮にこだました。
左右をそそり立つ壁に挟まれたファルスリビン内で放たれた紫粉は上空高くに舞い上がると、拡散することなくそのまま重力に引かれて地上へと降り注ぐ。そして不気味な花の前に立っていた三人の少女達は、濃い紫粉の鈍流に全身を呑まれて行く……。
「大変だ……」
辛うじて紫粉の射程外にいたビブロは眼鏡のブリッジを押し上げながら、悲壮感の滲みでた声をあげた。そんな、ビブロの声色を心配したシエルが声を掛ける。
「ビブロさん、どうしたんですかにゃ?」
シエルから放たれる動物じみた可愛らしい語尾。
「この怪しい粉は一体何なんだるん?」
アネットからも、普段の凛とした騎士姿からは到底想像できないような愉快な語尾が流れる。
「ひゃん! あーうー……というか二人共その語尾どうしちゃったみゃ?」
二人の変化にいち早く気付いたユウナであったが、彼女もまた愛くるしい語尾であった。
「あぁ……私が気づくのが遅かったばっかりに……すみません……」
この場で唯一、ビブロだけは通常通りの喋り方である。しかし、代わりに彼は頭を抱えてひどく申し訳なさそうな様子であった。
切り立った岸壁の迷宮の中でささやかな風が吹き上がると、その場を紫色に染めていた微粒子も手を引かれるようにして上空へと舞い昇り、ゆっくりと拡散していく。次第に薄れゆく靄の中から現れる三人の影。これらは、粉塵の嵐をゼロ距離で喰らったシエル、アネット、ユウナの三名であることに間違いはないのだが、晴れ切らぬ紫粉の中に浮かぶシルエットには微かな違和感があった。
再び絶壁の狭間で風が吹き上がる。今度は先程よりもやや強めの風である。そして、その風はまるで掃き掃除でもするかのように、空中に漂っていた紫粉の残滓を綺麗さっぱりと吹き飛ばしていった。
「――はにゃっ!? アネット、ユウちゃん、その格好なんにゃ!?」
一気に晴れ渡った視界の中、シエルが驚きつつも楽しげな声色をあげた。
「ユウナ、なんだその格好は? いや、シエルの格好もだがるん……」
「格好ってなによ? 変な格好してるのはシエルとアネットでしょみゅ」
互いの姿を見るや否や、三者三様に各人の形貌を指摘しあう事態が起きた。状況が飲み込めず混乱していた三人の少女達であったが、冷静になって自分の姿を確認する。
シエルは手にしたデジタルカメラのレンズを自身に向け、半ば強引に自撮りを行い、撮影された写真データを液晶画面で確認。アネットは身につけた銀鎧のガントレットに自らの顔を反射させ確認。ユウナはペタペタと自分の体のあちこちを触って状態を確認。
方法は異なれど、各々が自分の体の状態を確認し終えた後、その場だけ時間が止められたかのようにきっかり三秒の沈黙が訪れる。そして、タイミングの打ち合わせなんてしていないはずの三者の綺麗に重なった声達が岸壁の迷宮を走った。
「――にゃ!?」
「――るん!?」
「――みゃ!?」
色や大きさ、模様、形など若干の違いはあれど、彼女達の容姿にはいくつかの共通するオマケがくっついていたのである。頭部には本来の耳とは別にフサフサと触り心地の良さそうな毛で覆われた耳が髪の合間から覗き、各人の臀部にはこれまた種類が異なるものの、尻尾がひょっこり生えていたのである。まるで小動物になってしまったかのような三人の少女達。
シエルがそれらを試しに引っ張ってみたが、しっかりと皮膚から生えているようで外れることはなかった。そして、驚くべきことに耳と尻尾は時折ヒョコヒョコと動きを見せている。それも、かなりリアルな動物的な動きである。
突如、小動物を思わせるような外観となってしまった少女達が驚かないはずがない。だが、好奇心の塊である代行神の少女はその驚きがすぐさま興味へと変化し、自らの体に新たに構成された耳や尻尾といったパーツを撫で回し、時には指先でつまんだりしてその触感を楽しんでいる。そんな彼女の頭には、灰色と黒の縞模様をした三角形の耳がちょこんと出ており、スカートの裾からは耳と同模様のひょろりと長い尻尾。どことなく猫っぽいシルエットである。
一方ユウナは、ふわりとした質感の毛並みのいい黄金色の三角耳。こちらはシエルの三角耳と比べ、若干長さがある。ユウナが持つプラチナブロンドの長髪とは色合い的に完璧にマッチしており、元々付いていたのではないか、と思えるほど自然に溶け込んでいた。彼女のスカートの裾から覗く尻尾は、やはり耳と同色の毛がフサフサしており、太く短いものである。そして、シエル、アネットにはないパーツがもう一点……肩甲骨辺りから手のひらサイズの白く小さい羽が左右で2枚ずつ、計4枚生えていた。一見するとキツネっぽい容姿であったが、この羽のせいで一気にファンタジーっぽさが増している。
そしてアネットはというと、黒い短毛に覆われた拳程のまんまるい耳。腰の銀鎧の下に履いた丈の短いスカートの下からは細長い尻尾が二本姿を見せている。双尾は互いでじゃれあっているかのように、しかし決して絡まることがなく揺れ動いている。そして紅の騎士にも、他の二人とは異なった特徴があった。それは、下瞼にメイクされた赤いラインと口元の八重歯。アネットは普段の凛とした印象もあってか、小動物というよりも、小悪魔のような印象を受ける。
それぞれが自分の置かれた状況を把握すると、今度はその原因について考え始めた……のはほんの2,3秒である。考えられる原因などたったひとつしかなかったのだから。
三人の視線が一斉に巨大な花の方向へと向けられる。すると、そこにはあの堂々と咲き誇っていた大きな花は無くなっっており、代わりに道端で懸命に花を咲かしているような小花が一輪。茎に葉は付いておらず、黄色系のグラデーションが掛かった8枚の花びらに3本の柱頭らしき影、そしてそれらに囲まれるように小さな蕾を付けた花がリズミカルに揺れ動いていた。サイズは10分の1程になってしまったが、間違いなく先程までここで咲いていた巨大な花である。
「小ちゃくなっちゃったにゃ」
外見もさる事ながら、特徴的な可愛らしい語尾のせいでより一掃ネコ科っぽさが滲み出ているシエルは、既に自らの変化を受け入れて、それすらも楽しんでいる様子である。
「一体どういうことみゃ? ってかこの語尾、勝手に付いちゃうみゃ」
「外見だけでなく、言葉にすら変化が現れているのかるん」
三人の少女達が発する言の葉を個性的に締めくくる特徴的な語尾。これは無意識のうちに……というよりも半ば強制的に発言されていた。原因はほぼ間違いなく先ほどの花が飛散させた紫粉であるが、それが体にどう作用し、どのような原理なのかまでは分からない。しかし、普通に言葉を話し終えた途端、最後のひと踏ん張りで口が勝手に動いてお決まりの語尾を付け加えてしまうのだ……そしてそれだけなのである。それ以外で体が勝手に動いたり自由がきかなかったりといったことは一切ない。つまり”大きな実害はないが地味に嫌”というなんとも微妙な現象であった。
こんにちは、作者の村崎 芹夏です。
はーて、1ヶ月以上更新が空いてしまったのは初めてですかね・・・でしたよね確か?(笑)
忙しいながらも、ちょいちょい時間を見つけてはちょこっとだけ書いて・・・を繰り返してやっとこさの更新です。んー、来月あたりからはもう少し時間が出来るとはおもうのですが・・・
それにしても最近は暑いですね。それはもう溶けてしまいそうな程に。早く秋になって欲しいものです。しっかし、秋になってしまうと今年も数える程で終わってしまい、すぐさま新年へ。月日が流れるのはホント早くて焦ってしまいます。
っとまぁこんな話をしましても、特に何か意味があるわけではありません(笑)
そういうわけで、今回も読んでくださった方々、ありがとうございました、また次回更新した際にはよろしくお願い致します。