助かりました! Ⅱ
上下左右、前後方、周囲どこに視線を向けても赤銅色の壁が自然のままに聳えている。人の手が加えられていない環境であることに間違いはないのだが、岸壁と岸壁の間には狭いところでも二メートル、広いところでは十メートル以上の幅があり、人が歩くには十分な道が出来ていた。足元は硬い地面や柔らかい砂地が入り混じっており、やや歩き難くはあるが、通行が困難な程ではない。岸壁の高さは1000メートル以上にものぼり、内部から太陽を仰いでも、上空の隙間から微かに空の青さが滲んでいるのが分かる程度である。
太陽光が地面まで届いてないため、山峡内部は薄暗いのかと思いきや、岸壁の至るところに”ヴェルスタッチ”と呼ばれる、淡青色にうっすらと発光する鉱石が埋まっているため、ある程度先まで見通せるぐらいの明度は保っていた。
このヴェルスタッチという鉱石は魔力を帯びるとより強く発光する性質があり、照明器具や装飾用の武具などによく用いられる。部類としては魔力を帯びた鉱石、魔鉱石に分けられるが、センスティアの広範囲で採取が可能であり、入手が容易く割とポピュラーな鉱石である。しかし、ファルス・リビンの壮大な岸壁にびっしりと埋まったヴェルスタッチの郡が一斉に発光するという、息を呑むほど美しい光景は他では決して見ることは出来ないだろう。もちろん、そんな状況で好奇心旺盛なシエルが興味を示さないはずもなく、ずっと感嘆を漏らし続けている。
シエルらが虚像の山峡に立ち入ってから既に1時間近くが経とうとしていた。上空から見たときにも確認できたが、山峡内部は文字通り迷路のように複雑に入り組んでいた。そんな場所でも帰路を気にせずにどんどんと奥に勧めているのは、測量士ビブロの背中から伸びる一本のオレンジ色に光る線のおかげである。これはビブロの発動した”祝福の導き”という魔法で、発動地点から光の線が使用者を追従し続けるというものであり、帰還の際はこの光を辿っていけば入口に迷うことなくたどり着くことが出来る。使用者本人が解除するか、気を失う等で魔力を供給出来なくなる状況にならない限り光の線がどこまでも伸び続けるため、こういった場では重宝される魔法であるが、逆に言えば用途がかなり限定されるため、普段の生活ではあまり日の目を見ることがなく、アネット、ユウナは共に会得していなかった。
ビブロの目的である測量はというと、意外と地味な作業であった。山峡の入口付近で背負っていた大きなリュックサックから、先端に直径20センチ程の薄い円盤が付いた、折りたたみ式の杖を二本取り出したビブロはずっとそれをあちこちに向けながら歩き続けている。どうやら、時折ピコーンという愉快な音を発しているこの謎の機械は測量器具の一種らしい。ビブロは棒状の器具を両手に持っているため、当然二つの手は両方ともにほとんど自由を失っている。そんな中でも眼鏡の位置がズレるのは避けられないらしく、ビブロは器具を握っている手の中で唯一動かすことのできる親指だけを使用して何度も器用に眼鏡を押し上げていた。普段から彼が親指で眼鏡のブリッジを持ち上げる癖は計測作業中のこの状況から身に染みた動作なのだろう。
棒状の機器で熱心に測量を続けるビブロの傍らでは、アネットユウナが手にした用紙にちょこちょことメモを取っていた。これは、ビブロから「山峡内の動植物のメモをとって欲しい」と頼まれたからであり、入口から現在地に至るまでに見かけた動植物の種類や生息量、成長量や色彩など、確認できる範囲で事細かく書き込んでいる。もっとも、ここまでの道のりで見かけたのは、わずか二種類の昆虫を除けば全てが植物であり、用紙の内容も必然的に植物系がほとんどを占めていた。
そんな中でシエルは手にしたピンク色のコンパクトなデジタルカメラで周囲を楽しげに撮影し続けている。このカメラはシエルがセンスティアに来る直前、近所の丘から見える夜景を撮影しようと持っていたものであり、こちらの世界に来る際に一緒に持ってきてしまったものである。
虚像の山峡への出発直前にデジタルカメラを鞄の中に入れっぱなしのままにしていたことを思い出したシエルは、なんらかの形で測量の役に立つのでは? と考えて持ってきていた。当然、センスティアにはこのような精密機器は存在せず、ビブロやアネット、ユウナはカメラを見て驚いたり、不思議がったり、面白がったりと、普段のシエルを連想させるような興味に溢れた行動を示していた。
情景を切り取り、データとして保存することが出来る、というカメラの説明は写真という概念が無い彼らにとってはチンプンカンプンだったようだが、「この箱がものすごい早さで絵を書いて、この中に溜め込むことができるの!」という半ば投げやり感が否めない説明をシエルがしたところ、「速写筆記装置のようなものか」と何やら見当はずれの方向で納得した様子であった。間違いを教えることに罪悪感が湧いてきたシエルは訂正しようかとも考えたが、三人が納得できる説明をする自信がなかったため諦めた。仕組みを勘違いしていても、情景を残すことができるという結果に変わりはないので……と自分に言い聞かせながら。
デジタルカメラを興味深そう眺めていたビブロは、そんな便利な道具があるならば! っとシエルには周囲の情景をなるべくたくさん記録しておいて欲しいと頼んでおり、代行神の少女は風景カメラマンとして測量に貢献していた。
「バッテリーは85%、メモリーカードも14G分の容量があるし、まだまだたくさん撮影しちゃうぞ!」
デジタルカメラの液晶パネルを操作し、メニュー画面を呼び出したシエルはまだ長時間に渡って撮影が可能なことを確認すると、再び静止画撮影モードに切り替えてレンズをあちこちへと向ける。デジタルカメラ特有のシャッターを切る機械音が更に何度かリズミカルに鳴ったあと、それはふと止まった。
「はにゃ、なんか面白い花みっけ!」
シエルのカメラの液晶画面にはレンズ越しに一輪の花が写し出されている。砂地の地面から生えた茎の太さは人間の腕ほどもあり、葉はついていない。全長が1メートル近くある長い茎の先には手のひらサイズの黄緑から黄色にかけてグラデーションの掛かった花弁が8枚付いており、それに包まれるような形で3本の柱頭らしきものと、更にそれに囲われるように蕾のようなものが一つが覗いている。その大きさもさる事ながら、まるで首をふるかのように茎を軸として花が左右に振れているのである。風は吹いておらず、明らかに自己的に動いているそれは奇妙なものであった。
「なんだかキモ可愛い!」
褒めてるのか貶しているのかよく分からない感想を楽しげに述べるシエルの声に釣られて、後方で足元に群生している雑草のスケッチをとっていたユウナとアネットが近づいてくる。
「ねぇねぇ、アネット、ユウちゃんみてみて! なんか変な花見つけたよ」
「ほぅ初めて見る種だな。ここら特有の植物だろうか?」
「うへぇ……なんかこいつウネウネしてて気持ち悪い……」
アネット、ユウナは興味と怖いもの見たさというそれぞれの理由から動く花へと顔を近づける。シエルもキモ可愛い花に触れてみようと、右手人差し指を鮮やかなグラデーションの掛かった花弁へゆっくりと伸ばしていく。
それとほぼ同じタイミングで、シエルらの少し先を歩き、棒状の計測機器を岸壁に当てて熱心に測量を行っていたビブロが後方の騒がしさに気付き振り返った。すると、彼の表情は瞬時に険しいものとなり、間髪を置かずに荒げた声を上げていた。
「皆さん、その花に触れてはいけません!」
ビブロのいつにもなく慌てた様子に一斉に驚く三人の少女達。しかし、その警告のタイミングは一瞬遅く、シエルの色白できめ細かい肌の指先はその花の花弁へとしっかりと触れていた。
こんばんわ、作者の村崎 芹夏でございます。
はてさて、じめっとした梅雨も半ば・・・これが明ければすぐに夏到来ですね。
ちなみに私はもう既に夏バテ・・・というよりも五月病を引きずりつつも夏バテに突入し始めたといった感じです。まぁ・・・年がら年中脱力感に襲われている言い訳なのですがorz
さて、今回の代行神はファルス・リビンの内部のおはなしです。タイトルからわかるように、この章の肝となるのがこの山峡地帯なので、すこーし尺をとって情景を書いておこうかなという感じです。
さてさて、最近また執筆が遅れはじめている私ですが、色々と忙しいのですorz 本当に・・・ 平日はまったく執筆できないし、休日も結構予定があったり・・・空いた時間で代行神と新作の方をバランスよく執筆となると、ただでさえ遅筆な私はもうテンヤワンヤです。
新作の方・・・次の新人賞に応募したかったけど、このままじゃ間に合わなそう・・・頑張らねば!
ということで今回も読んでくださった方々、ありがとうございました。
また次回も更新した際にはよろしくお願い致します。