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代行神シエルにおまかせください!  作者: 村崎 芹夏
「私が神様の代行ですか!?」
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私が神様の代行ですか!? Ⅳ

 下川恵理はいわゆる現代の社会で生きる平凡な女子高生であった。明るく気立ての良い性格から交友関係には恵まれ、それなりに有意義な学園生活を送っていた。

 しかし、そんな彼女でも昔から心の奥底で密かな、それでいて小さな悩みがある。


 幾度となく繰り返される何の変哲もない日々、決してそれに不満を感じていたわけではない。ただ、彼女にとって人混みに紛れて自分という人間がどこにいるかもわからず、ちっぽけに感じるこの世界は少々狭く、ちょっとだけ退屈なものであった。少しだけ、少しだけでいいから自分が埋もれない何かをしたい。それはとてつもなく漠然としたものである。しかしそんな子供じみた夢をずっと振り払えずにいた。


「紗枝、じゃあまたねー」


「はいよー、恵理またなー」


 通学している高校からの帰り道。二手に分かれる道路で一緒に帰宅していた友人に別れを告げ、惠理は自宅への帰路に着いた。


 ここ最近になって少しずつ栄え始めてきた住宅街へ続く道に向けて踏み出す恵理。今日は夏季の長期休暇入り前日ということで、終業式と休暇前の諸注意や宿題の説明のためだけに登校したようなものである。なので半日で学校から開放されており、帰宅中ではあるが、まだ昼前という時間だ。


 明日からは、学生なら誰しもが首を長くして楽しみにしているであろう夏休みに突入する。当然、恵理もその例外ではなく、多数の友人から色々な所へ遊びに誘われており、これから練らなければならない計画が満載である。


 惠理はポケットから、いかにも女の子らしいピンクの可愛らしい携帯を取り出し、画面の時刻を確認する。デジタルの数字は11時30分を表示していた。ここから住宅街にある自宅までは徒歩でおよそ二十分程。ゆっくり帰ればちょうどお昼ご飯が出来上がる頃だろう、などと考えながら歩みを進める。


 成体となった蝉もいよいよ本格的に活動を始め、七月も終わりに近づいたとあって、夏の日差しがより一層元気を増し、そのうだるような熱射を容赦なく浴びせて生物の体力をごっそりと奪う。


 数分ほど歩いたところで、恵理は太陽からの嫌がらせにも近い暑さに心を折られ、少しばかり休憩を取ることにした。


 手近に合った自動販売機に駆け寄ると、徐に財布から取り出した硬貨三枚を投入し、ミルクティーの商品ボタンを押す。自動販売機の中からお目当ての缶飲料が、”ガラン”という景気の良い音と共に取り出し口に吐き出された。心地良く冷えたミルクティーを手にすると、そのままスカートのポケットに押し込んで駆け出す。


 通学途中にある木造の古めかしい雑貨屋の脇を抜け、その先にある民家の裏道を通り、現れる細い農道の先に緑が生い茂る裏山が見えてくる。山といってもさほど高いものではなく、むしろ小高い丘といった方が適切かもしれない。


 ここは場所の分かりづらさに加えて、頂上まで上っても人工的なものが何も無い、ただの草が生い茂る広場だけという事で、他人が滅多に来ることがない場所である。少なくとも、恵理は小学校時代にこの場所を発見してからちょくちょくと訪れているが、いままでここで他人と出会ったことは一度もなかった。


 大都市程ではないが、割と栄えたこの街で恐らく唯一、この山は普段から人気のない場所である。しかし、恵理はこの場所が大好きであった。自然に囲まれた誰もいない静かな空間、これは何もしないという贅沢な時間を過ごすには最適な場所だからである。 


 そして、それ以上にこの場所が好きな理由。それは夜間にここから街を見下ろすと、道端に光の花を咲かす街灯や、車のヘッドライトから成るサーチライト、家屋に灯る生活灯の数々が幾重にも折り重なるネオンとなり、まるで街全体で一つの巨大な灯芸作品を作り上げているかのように美しく、煌びやかに光り輝くのである。

 どんなに巧みに言葉を用いても、的確且つ、鮮明に情景を伝えることは困難であろうこの絶佳の夜景が疲れた心に染み渡り、元気にしてくれるのだ。


「やっぱり休憩するならここだよねー」


 学生服のスカートの裾が皺にならないように、両手で裾を膝裏まで伸ばすと、青々とした野草達が自由気ままに生え散らかる地面へと腰を落とし、ポケットから先程購入したミルクティーの缶を取り出してタブを開ける。


 頂上の広場後方にあるちょっとした森林では、背の高い木々の梢から微かに溢れる木漏れ日と、山頂を吹き撫でる爽やかなそよ風が初夏の訪れを優しく演出している。


 手にした缶飲料に数回口をつけ、口内いっぱいに広がるほんのりと甘いミルクの風味を楽しむと、それを一旦地面の平地に倒れないように置く。


 それから手足を大きく伸ばして深呼吸をすると、今度は背中を大胆に地面に預ける。そうすると新緑の草々が、地に据え置かれた天然のベッドとなり心地の良い気分にさせてくれた。


 仰向けに寝転んだことで制服の背部が土や草で汚れているだろうが、いま視界に入る蒼海のような空をじっくりと味わえるのならば、そんなことは瑣末な問題である。


 うだるような熱射を吹き飛ばすかのように、少し強めの夏風が大地を走ると、恵理のさらさらとして髪と制服、そして周囲の草花や木々が靡き踊る。


 惠理はこの秘密の場所に来ると、日々の疲れや悩みを忘れて落ち着ことが出来た。


 高木林が自然のパラソルとなって、降り注ぐ日光を防ぎ、涼しげな風までも吹く、休憩には最高の場所である。 


 惠理は自然の心地良さを味わいながら、瞼をゆっくりと下ろしてリラックスをする。しかし睡眠に入るわけではない。こうして何もせずに、目から飛び込んで来る情報をシャットアウトする事によって、嗅覚、聴覚、触覚といった視覚以外の感覚器官でこの場所を楽しんでいるのだ。


 およそ十分間、満足するまで自然を堪能した少女は、ぱちりとした大きな瞳を開き、再度ポケットから携帯を取り出して時刻を確認する。


 どこかの国の綺麗な海の写真を切り取った待ち受け画面に浮かぶ時計は11時50分を告げていた。名残惜しいが、そろそろ丁度良い時間なので帰宅しなければならない。傍らに置いたミルクティーの残りを一気に飲み干すと、空き缶をポケットに詰め込み、先程登って来た道を引き返し始める。


 広場から下る山道に入る手前で振り返り、先程まで自分がいた場所をまじまじと見つめた恵理はふと独り言をつぶやいた。


「そうだ、今夜久々に夜景を見にこよう!」


 昼間ののんびり過ごすこの場所も好きだが、やはり夜間のここが一番魅力的に輝いている。最近はなかなか忙しくて夜に来ることは出来なかったが、明日から長期休みに入るという事で恵理は久々に夜景を見に来ようと決めた。


 そうと決まれば名残惜しさが後を引くことも無い。またすぐに来るのだから。


 雑草は伸び放題、ところどころで手摺りに破損のある、整備のあまり行き届いていない山道だが、幾度と無く訪れたここは、惠理にとって自宅の庭先みたいなものである。少女は軽快な足取りでずんずんと下っていった。


 下山後、来た道を逆戻りで辿って通学路まで出ると、そのまま陽気な足取りで自宅へと向かう。


 惠理が自宅に着いた頃には、携帯の待ち受けに表示されている時刻は12時10分となっていた。《下川》という門表札が掛けられた、クリーム色を基調とした外壁のごくごく一般的な二階建て一軒屋の中からは、食欲が唆られるハンバーグの香り漂っている。その匂いを嗅げば予定通り、丁度よい時間に帰って来られたことが分かった。


「ただいまー」


 恵理は自宅の玄関ドアを元気よく開けると、そのまま明朗な声で帰宅の挨拶を中にいるであろう家族に向けて言う。


 下川家の本日の昼食は特性ソースの豆腐ハンバーグと夏野菜のサラダである。帰宅後、手を洗ってすぐさま、可愛らしい花柄のテーブルクロスが引かれた四人掛けのテーブルに着いた恵理は、母親自慢の手作りハンバーグに手を出した。


 惠理の向かい側には母、下川幸恵が楽しそうな表情で座っており、その横では父、下川源治がサラダを美味しそうに頬張っている。 


 専業主婦の幸恵はともかく、会社員の父が平日の昼間に家に居ることはかなり珍しいのだが、それには理由があった。


「お父さん、お母さん、明日からだよね?」


 恵理は幸恵自慢の特製ソースがふんだんに絡められた熱々の豆腐ハンバーグを冷ましながら、向かいに座る二人に話しかけた。


 今月末で結婚20年目を迎える両親は明日から一ヶ月半の長期旅行に出かけることになっていた。旅行先はオセアニアをぐるりと一周してくると言っていたはずだ。


 会社員の源治が常套手段で一ヶ月以上という長期休暇を取得することなど到底できないのだが……通常の土日休みに加え、入社後一度も使わずに溜まっていた有給休暇、休日出勤の代休等々、ありとあらゆる手段を使い、なんとか今日から丸々一ヶ月半の休みを確保していた。会社側も、まとめて出した休暇の申請に驚いてはいたものの、それなりに大企業なだけあって、二日後にはきっちりと申請が許可されたという。


 普通ならば、結婚20年の節目というだけで超連休を無理に取ってまで旅行に行くほどではないが、下川家の夫婦は諸事情で当時、新婚旅行に行くことが出来なかった。源治はその事をずっと後悔していたという。幸恵も源治を気遣ってか、口にこそ出したことはないが、新婚旅行に行けなかったことを残念に思っていることは薄々感じられた。長いことそんな思いを引きずっていたため、ちょっと無理をしてでも、二人は今回の旅行に踏み切ったのだ。


 両親は、恵理にも一緒に行かないかと誘っていたが、夏休みは友人との遊びの約束が既に入っているし、学校から出された課題もやらなければならない、という理由で断っていた。無論、それは建前である。本当は、いつも家族のために頑張ってくれている両親に、夫婦水入らずで少し遅れた新婚旅行を楽しんできて欲しかったのだ。娘の気遣いを察したのか、二人はそれ以上恵理を誘うことは無く、代わりに「ありがとう」と微笑んだのはいまでも強く印象に残っている。


「えぇ、明日の朝早くから出かけるわ。恵理、しばらくお留守番よろしくね」


 リビングの隅には、既に荷造りされている旅行用の大きなトランクケースがいくつも並べて置かれている。


「なにかあったらすぐに電話するんだぞ」


 やや心配そうな眼差しで娘に念を押す父。普段は、携帯電話など必要最低限の機能があれば良いと何年も前の機種をずっと使い続けていた源治だが、今回の旅行中、娘の事が心配で、わざわざ国外からでも日本に連絡することが出来る最新機種に買い換えていた。ずっと使っていた機種が壊れたから、という見え見えの言い訳をする父は照れくさそうであった。


 いつもは厳格で頑固な一家の大黒柱だが、家族をとても大事にしている事はこういう面でも感じることが出来る。母は父のこういう面も好きになったのだな、などと恵理は心の中で想像していた。


「大丈夫だよー、そんなことよりも楽しんできてね。――あっ、それとお土産もよろしくね!」


「はいはい、分かってますよ。それよりも留守の間、しっかりご飯食べるのよ? 買い置きはたくさんしてあるけど、もし足りなくなったらいつものとこにお金入れてあるから。 それと掃除と洗濯も」


「大丈夫だってばー。私ももう子供じゃないんだよ?」


 心配そうに留守中の事をあれやこれやと注意する母の言葉を、プクリと風船のように頬を膨らませた呆れ顔の恵理が遮った。幸恵の心配も十分に理解できる。しかし、娘としては自分の心配をされるよりも、明日からの旅行を楽しむ事を考えていて欲しかった。


「そう、でも……」


「母さん、恵理はしっかりした子だ。本人もこう言ってるんだし信じよう」


「まぁ、あなたがそう言うなら……ねぇ」


 やや心配は拭い切れていない様子だが、源治の説得でしぶしぶ納得する幸恵。それを見て恵理はホット胸を撫で下ろすと、追撃の小言が飛んでこないうちに残りのご飯を口の中に急いで放り込み、ご馳走様でしたと一言告げ、いそいそと二階の自室へ退避した。


「もうお母さんったら本当に心配性なんだから。私のことばっか気にしてたらせっかくの旅行楽しめないのになー」


 自室へと逃げ込んだ恵理はブツブツと独り言を呟きながら、ふかふかの布団が敷かれたシングルサイズのベッドに背中から思い切り飛び込んむと、仰向けで木質の天井を見つめた。


 今朝、幸恵が布団を干しておいてくれたためか、とても暖かく優しい太陽の香りが僅かに余韻を残しており気持ちが良い。肌触りの良い布団に抱かれ、リラックスモードに入った恵理は気が抜けたせいなのか、ふといつも自分が抱く微かな夢を思い出していた。 


 両親や友人、教師に近所の人達など、交友関係には恵まれており、特別不自由のない生活を送っている。勉強や運動も胸を張って得意だとまでは言えないが、それでも上の下くらいを常にキープしている。特に大きな不満もなく回る世界。だからこそ何事もなく円滑に回る世界に若干の不満を抱いていたのかもしれない。小さい事で構わないから、心からワクワクするような出来事が起こって欲しい、平凡にただ繰り返される惰性の毎日にちょっとした変化が欲しい。昔からそういった事に憧れていたのである。


 朝の決まった時間に起きて学校に行き、日中は授業を受けて、夕方になったら帰宅し、夜には学校で出された宿題をこなしてから寝る。また朝になったら学校に行って……社会に出れば学校が会社に、授業が仕事に置き換わるだけで物事の本質が変わることはない。そんな永遠に終わりの見えない長旅の事を考えると、広いはずの世界がどうにも狭く窮屈で、居心地の悪いものに思えて仕方なかった。

 

 世界の流れの中で個が埋もれてしまうのは生きるうえで仕方ないことかもしれない。でもせめて、自分が埋もれない希望くらいは持っていたかったから、漠然とした抽象的すぎる少々恥ずかしい夢を今まで大事にしていたのである。現実を理解しているからこそ、抱いた夢だけは無下にしたくはなかった。無論、こんな子供じみた夢は誰にも話したことなどはない。


 そんな物思いに耽っていると、焼きたてのパンケーキに挟まれたかのように、気持ちの良い布団の柔らかさに加えて、食事後という究極の誘眠コンボに襲われ、心地の良い眠気が容赦なく押し寄せて来た。睡魔との数十秒の激闘の末、恵理はあっさりと敗北し、瞼を緩やかに閉じて夢の世界へと旅立っていった。


 ベッド枕元の小棚に置かれた水玉模様のデジタル電波時計は13時15分に変わったばかりである。

 こんばんわ、 作者の村崎 芹夏です。 今回の代行神はストックしてたものの更新となります。

 今話からシエルこと下川さんがアネットと出会い、センスティアに旅立つまでの経緯を書いております。

 ですのでストーリー自体の進展はありません。 そしてもうちょい回想が続きますので、物語の進行はもう少しお待ちください。

 あんまし、長々と遠回りで書くと飽きられてしまいそうですが、物語の入り口ってのは凄く大事な部分だと思いますので精一杯頑張ります(笑)


 ではでは今回も見てくださった方々、ありがとうございます。

 また次回更新した際はよろしくお願い致します。

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