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代行神シエルにおまかせください!  作者: 村崎 芹夏
第二章 false ravine編
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プロローグ それでも私はこの世界が大好きです

 センスティアに暖かな陽光をもたらす双子の太陽は、もう幾時もすれば一日で最も高い位置に登るであろう。


 この神が統治する世界で最も栄えている都市フィンガローは普段から溢れかえる程の人ごみで賑やかにごった返しているが、今日のそれはいつもの比にならないほどとなっていた。 右を見ても左をみても人族や獣人族、小人族、種族は違えど人の山である。 そしてその誰しもに共通する点は、皆一様に浮き足立って見えることである。ガヤガヤと雑談をする声、ケラケラと人だかりを楽しむ愉快そうな笑いが絶え間なく街を彩る。


 元より人口の多い街であるが、今日この場にはフィンガロー以外の街からの渡来者も数え切れないほどいるため、その総数は計り知れない。 ほんの数メートル進もうとするだけでも相当に苦労するであろう、このすさまじい人だかりには一つの大きな理由があった。


「えぇー、みんな聞いてちょうだい」


 突如、妖精が(ささ)かのように甘く可憐な声がどこからともなく流れた。その声質はどこか細く小さい印象を受けるものであったが、不思議と文字通り街全体にしっかりと行き渡っていた。 その声が流れるや否や、いままでガヤつくというレベルではないほどに騒がしかった人々が何かの魔法を使ったかのようにピタリと一斉に鳴り止む。


 日中だというのに、フィンガローの道端に備えられた魔導灯や道路に埋め込まれた路面照明はおろか、商店の軒先の看板や、住人たちが持つ正八面体をした小型の照明でさえも多彩な色が絶え間なく変化しながら光を放っている。 魔導機巧で生み出される鮮やかな光の群達は日光がさんさんと降り注ぐ中でもはっきりとその色を主張している。 フィンガロー全体が光細工のアートに包まれているかのような不思議な風景はこれから(もよお)されるお祭りへの前準備なのであった。


「今日はみんなに紹介する人がいるわ」


 まるで街全体がスピーカーとなっていて、声が流れてきているのではないかと思うほど、すみずみまで行き渡る少女のセリフからほんの少しの間を置いて一瞬だけフィンガローの上空が灰色の世界に包まれる。 その後、すぐさま元の太陽が昇った快晴の天が顔を見せると、そこには現代世界で発達し始めていた立体ホログラムの解像度を遥かに上げたような鮮明な映像で真紅のドレスを(まと)ったお人形という言葉がお似合いの可愛らしい女の子が映し出されていた。


 街にいる人々が一斉に天を仰ぎ、上空に映し出された四神(テトラ・テオス)の一人、レーミア・フィエルへとその視線を向けると、彼女は言葉を続ける。


 「昨日、事前に発表があったと思うけれども、四神(テトラ・テオス)の一角を勤めていたゲンロウが調整のために《果ての地》へ長期間滞在することになったわ。 いつごろ帰って来れるかも今のところ未定よ。 皆も知ってのとおり、果ての地はセンスティアの最果てに位置し、行き来はおろか、連絡さえままならないわ。 そうなってしまうと、テトラ・テオスの責務に支障が出てしまう」


 レーミアは銀糸を紡いだような輝く銀髪を揺らしながらひと呼吸入れると、更に話を続けた。


 「そこでテトラ・テオス全員による協議の結果、テオス見習いの娘にしばらくの間ゲンロウの代行として四神(テトラ・テオス)の任に就いてもらう事になったわ。 さぁ、自己紹介を」


 レーミアの最後の言葉は代行神として一時的に四神の仲間入りをした少女に向けられたものであった。 その声に背中を押されるように代行神シエルは軽快に挨拶をするはず……だったのだが……


 「あれ、もうこれ喋っても良いんですか? あわわぁ、あのえっと……」 


 相変わらずと言うべきか、なんとも間の抜けた流れからシエルの自己紹介が始まった。


 「えっと、センスティアの皆さん、初めまして! この度、僭越(せんえつ)ながら神様の代行を務めさせて頂くことになりましたシエルと申します。 えっとえっと、お恥ずかしながらまだまだ未熟な身ですのでわからないことだらけです。 それでも皆さんのために何かをしたいって気持ちはいっぱいです! 神様とかそういうのはあんまりよく分からないんですけど、いろんな人と仲良くなりたいと思ってます! 」


 シエルのなんとも初々しい自己紹介を聞いたフィンガローの人々は一様にやや難しそうな表情を浮かべていた。


 センスティアを統治する最高権威(けんい)であるテオスは年齢、性別、種族などに関係なく秀でた能力を有する者から選ばれる。 その選ばれ方は、四神(テトラ・テオス)による推薦や、一定以上の功績を残す、立候補からの住民投票など様々であるが、どのような選抜方法からの就任者であっても神格としての威厳あるオーラが(にじ)み出ているという共通点があった。 しかし、現在フィンガロー上空に浮かぶホログラムで映し出された代行神の少女はどうであろうか……可愛らしい容姿という点を除いても、なんとなく間の抜けた印象で威厳の欠片も感じないのである。 悪い人ではないのだろうが、代行とはいえこの娘にテオスの座を任せてもいいのだろうかという不安と、今までにないタイプのテオスに興味があるという感情が入り混じっていた。


 フィンガロー上空に映し出されたホログラム放映用の魔導機構は一方通行の情報発信装置である。 放映者の姿を映し、音声をリアルタイムで大勢に配信する事ができる反面、それを視聴している者たちの姿や声などを配信者が知ることは出来ない。 それ故にシエルは自分の放映を見ている街の人々がどのような思いを抱いているかなど知る由もなかったのだが……。


「えっと、私はセンスティアが大好きです! 緑の広がる平野、澄みきった湖畔、鮮やかな群青色の空、そしてこの世界で活き活きと暮らす人々。 私が目にしてきたのはセンスティアのほんの一部にしか過ぎないと思います。 でも……それでも私はこの世界が大好きです。 そして、これから代行神としてもっともっとセンスティアやここで暮らす人達の事を知ることが出来たら、今よりもずっとずっとここが好きになっちゃうと思います。 神様としては経験もないし、すごく頼りない存在だというのは自覚しています。 だけど、センスティアのために、そしてここにいる皆さんのために私に出来ることがあるのなら全力を尽くしたいんです!」


 代行神として他人の顔色を伺った模範的な演説ではなく、シエルという一人の少女としての純粋な気持ちをぶつけた。そんな気持ちが抑えきれないほど溢れかえっていた内容であった。 事前にレーミアやアネットからは異世界から来たことやゲンロウの失踪についてなど、一連の流れの根源に関わることは公言しないようにとの指示はあったが、それらに触れない範囲で自分が感じた事をキラキラとした目でシエルは語った。


 そんな初々しくも確たる信念を秘めた内容を楽しげに話すシエルが純粋無垢な少女であることはフィンガローの人々にもひしひしと伝わり、民衆は自然とシエルの精一杯を込めた挨拶に聞き入っていた。


 確かにテオスとしての頼りなさはまだ拭えないが、それは大なり小なり初めて事を成すには付き物である。 そこは経験を積んでいけばどんどん成長する部分である。 それよりも、四神(テトラ・テオス)としてもう一つ重要な点……それは信頼にたる者かどうかである。 自分たちの世界を任せられる程、高い志を持っているかは大事な選定の要素である。


 そして目の前に浮かぶ代行神の少女はどうであろうか? 決して威厳ある風格というわけではないのに、なぜか彼女からは不思議と強い意志を感じる事が出来る。 歴代のテトラ・テオス達が放っていたオーラとは違った"不思議な魅力"がシエルからは(にじ)み出ていた。 


 「シエルは見ての通りポヨヨンとしてるけど、代行神がちゃんと務まることはあたしが保証するわ。 彼女には主に依頼所を担当してもらうと思うから何か困ったらシエルに相談してみてちょうだい」

 

 人々の心の中で浮かんでいる微かな不安を打ち消すかのようにレーミアが後押しの一言を告げた。 しかし、その中でシエルにとってどうしても気になる点があった。

 

 「ポヨヨン!? 私ってそんなにポヨヨンしてますか!?」

 

 「あら、気づいてなかったのかしら? あなたは随分とポヨヨンしてるわよ」


 口をへの字に曲げて随分とショックを受けた様子のシエルがばっちりとホログラムで映し出されている。 そんな様子を見て街中の人々が親しみを感じた様子でクスリと小さく笑いを溢すが、テオスに対する不敬があってはならないと必死に堪えている。 


 「そんなぁ……私、自覚なかったです。 自分ではしっかりしているつもりだったのに……」


 「ところでシエル。 落ち込むのはまた後にしたほうが良いんじゃないかしら? まだ放映は続いているわよ?」


 「――えっ! あっ! あ、あの、えっと。 どんなことでも気軽に相談に来てください。 精一杯頑張るのでよろしくお願いします!」


 シエルが言葉を言い切ると、シャランという軽い効果音と共に、フィンガロー上空に浮かんでいたホログラムの映像はあっさりと消え去り、街中に伝わっていた音声もぱったりと止んだ。 そして、街中に残った人々は一瞬の間の後、なにかが不切れたかのように抑えていた笑いを一斉に解き放った。 親しみや好意など、暖かい感情がいっぱいに溢れた笑い声が街全体に広がっていく。 


 人々の中で不安が全て消えたと言えば嘘になってしまうが、四神(テトラ・テオス)であるレーミア・フィエルが保証すると言ったのだ。 それは信じて良いのだろう。 フィンガローにいる者達の大半があの短い自己紹介の間でシエルという前例のないユニークさと初々しさを持った代行神の少女に興味が湧いていた。


 一頻(ひとしき)りの笑い声の後、どこからともなく拍手をするパチパチパチという音が流れ、それは街全体に連鎖するように増えていき、最終的にはフィンガローを全て包み込むように拍手と歓声が上がっていた。シエルが代行神として人々に認められた瞬間である。


 シエルの就任挨拶が終わった後のフィンガローは就任式を楽しもうとする人々で文字通りお祭り騒ぎであった。 商店街(メインストリート)に軒を連ねる商店はどこも例外なく人で溢れかえって大盛況。 普段はメインストリート程の賑わいはない遊覧街(サブストリート)にも負けじと人の波が押し寄せている。 誰しもが飲料の入ったジョッキや食べ物を持ち、光り物を振りながらシエルの就任を祝してワイワイと唄い、踊り、騒ぎ浮かれている。 ただ、街の外れにいる数十人の全身を覆うフードの付いた真っ黒いコートを着込ん団体を除いては……

こんにちは、作者の村崎 芹夏でございます。 遅くなってしまいましたが、明けましておめでとうございます。 へっぽこ作者ではありますが、本年もどうぞよろしくお願い致します。


はてさて、年明け一発目の更新ということで、代行神も新章に突入です。


本来は・・・実は先週にこのプロローグは書き上がっていたのですが、珍しく見直しをしたらどうにも気に入らない点が・・・そしてそれを修正していたら更新が遅れてしましました(´Д`;)ヾ ドウモスミマセン


この章のタイトルは”false ravine編”となっていますが、一応仮題ということで、もしかしたらこの先変更するかもしれません>< 


また、今年も週一更新を目指していますが、去年の私の所業を見ていると、二週間にいっぺんの更新も怪しいかも・・・読者の皆さんには申し訳ありませんが、気長に待っていていただけると幸いです。


それと、代行神とは別の新作もちょっとずつ書き進めていますので近々お披露目できればと。


それでは、今回も読んでくださった方々、ありがとうございました。 また次回更新した際にはよろしくお願い致します!

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