それでも私は……! XIV
「まぁでも、それだけ特異な存在ならば嫌でも目立つでしょう。騎士団に搜索の手配をしておくわ。安心して。フィンガローの騎士団は精鋭揃いだから、すぐにでもノウラントを見つけられると思うわ。さぁーて、捕まえたらどんなお仕置きをしてあげるか考えてお かないと」
そう言うレーミアの表情には、良いおもちゃを見つけたと言わんばかりの小悪魔じみた笑いが覗いていた。
フィンガロー騎士団の練度の高さは誰もが知る有名な話である。ノウラントの件は騎士団に任せておけば、数日と経たず解決してしまうだろう。の少女の胸中にある不安はもっと別にあった。
ユウナは今回の一件の責任全てが自身にあると自覚し、それに対する処罰の覚悟も決めていた。そして処罰を受け止めることで、悪と決めつけていたシエルに対して行ってしまったひどい過ちに対する責任になると、そう願っていた。それが"思考をコントロールされていた"という真意の定かではない仮説によって、少なからず揺らごうとしている。ユウナにとっては明らかにプラス材料となる流れだが、そのせいで自身が本来取らなければならない責任から逃れることになってしまうのではないか? という懸念からか、やや納得がいかなそうな表情を浮かべているが、それ以上言い返せる材料はないし、何を言えばいいのかすら分からないようである。それは、人一倍責任感の強い純粋な少女故の葛藤なのかもしれない。
グラズヘイム内にいる四人の間にしばしの沈黙が流れる。そして、何かに耐え兼ねたかなのようにアネットがそっと口を開いた。
「それでレーミア様、ユウナの対処、如何いたしましょう?」
「そうね……」
レーミアは相槌でそれに応える。だが、そんな返事とは裏腹に、既に何かを決めているような表情である。そしてゴシックの紅いドレスから覗く白雪のような細い腕を口元に当て、例のイタズラっぽい笑みを滲ませながら言葉を続けた。
「代行とはいえ、シエルは正真正銘の神よ。そして、知ってのとおり神殺しは大罪中の大罪で極刑は免れないわ……本来はね」
センスティアに広がる大自然、豊かな資源、調律のとれた魔力、人々が平穏に営み、暮らすために必要なありとあらゆる事柄は神々の加護のおかげと言われており、この世界のおいてテトラ・テオスは絶対たる存在である。人々の信仰の対象でさえある神をめようとすれば、それだけでとてつもない罪であることは言うまでもない。
レーミアはユウナの犯した罪の大きさを簡潔かつストレートに伝えた。だが、彼女の本意はその点ではないのか、文末に意味深げな言葉を残した。
他の三人がレーミアの言わんとする言葉を察する前に、真紅のドレスを身にまとった神の少女は更に言葉を重ねる。
「本来なら私が処罰を決めなきゃいけないのだけど……シエルがなにか言いたそうね。今回はシエルのお手柄だし、彼女に処罰を一任しようと思うのだけど、どうかしら?」
「――えっ、良いんですか!?」
「なっ――本気ですか!?」
自身にユウナへの対処を決める権利を与えられたことに嬉しそうな笑顔を溢したシエルとは裏腹に、アネットは衝撃を隠せない程に驚きを見せていた。確かに今回の件で実際に被害にあったのはシエルであるし、それを解決したのも彼女の手柄である。それを考慮すれば、代行神の少女に采配を託すというレーミアの意見にも一理あるのだが……彼女に限ってはその理由が建前であることは明白であった。悪戯好きで有名な四神のレーミア・フィエルがそういう気まぐれを起こす場合はほぼ間違いなく"面白そうだから"という不純……いや、もはや自分の欲求に限りなく純粋な思考からである。
レーミアのそういった思惑に勘付いているアネットは、今回の大きな一件を戯れによってシエルに委ねるという事は、異世界から着任したての代行神の少女が一人の人間の今後を左右する決断を下すということになる。それはシエルにとって荷が重い責任であり、いきなりそんな事を任せることに少なからず抵抗があるようだ。
「お言葉ですが、私は反対です!」
「あら、そう? シエルはどうかしら?」
「どうしてもです」
「あの!」
アネット、レーミア、ユウナの視線が一斉にシエルに集まる。するとシエルはやや気恥ずかしそうな表情でそれに応えた。
「私が決めていいのなら、そうしたいかな」
「シエル、それがどういう事かしっかりと理解しているか?」
アネットは念を押すように、真剣な面持ちでシエルに確認を取る。
「アネットの言いたいことはなんとなく分かるよ。だから、その上でちゃんと決めたよ」
「そうか……」
アネットはシエルのこういう押しに弱いようである。主の命に従うという仕騎としての役目以前に、シエルの持つある種、頑固な信念の前にはどうも自分が折れてしまうことが多い。シエルの意見を尊重してやりたいという思い、彼女の一途な思考は曲げることができないという諦め、はたまた別の何か、それが一体どこから来るものなのかはアネット自身でもよく理解出来ていないようだ。
「じゃあ決まりね。この件はシエルに一任するわ」
事の流れに満足しているかのように悪い笑みを浮かべているレーミアは、流麗な銀髪をはらりと揺らしながらその場から一歩後ろに下がると、後を託したシエルにユウナの対処を促した。
「はいっ! 任されました!」
相変わらずに爛漫な笑みを浮かべるシエルは、他の三人の顔をぐるりと見回すと、心の準備をするかの如く、大きな一度の深呼吸とたっぷり数秒の間を取った後に、胸の内で決めていた事を口にした。
「えっと、レーミアさんに代わりまして、私……代行神シエルがユウちゃんの今回の一件の処罰を言い渡します」
グラズヘイムの広大なエントランスホールに四人の少女だけという、ただでさえ静かな空間であるが、シエルが言葉を始めると、その場が途端に緊張に支配され、張り詰めた空気によって心臓の鼓動が聞こえるのではないかと思うほどに一段と静まり返る。お茶目な表情ばかりを見せていたレーミアでさえも、この一瞬だけは真剣な眼差しでシエルを見据えている。
各人の注目を浴びつつ、シエルは言葉を続ける。
「ユウちゃんには……私と友達になる刑を言い渡します!」
城内にいた者達の時間が止まったかのように、見事に空白の時間が流れた。そしてアネット、レーミア、ユウナの三人がほぼ同時にその言葉の意味を理解し、一斉に反応を示した。
「――えっ!?」
「ふふふっ、ふふっ」
「なっ!……いや、まぁ……そうだな。シエルらしいと言えばらしいか」
当人のユウナは信じられないといった表情で目を見開きながら驚いている。それは至って当然の反応であろう。自身の命を狙った者の処罰を下すことが出来る状況なのである。 憎悪や怒りといった私情を極刑という形で容易にぶつけることが出来る場で、代行神の少女は裏表がない事を疑う余地も無い程の純粋な笑顔で、実質的に刑罰でもなんでもない事を言い渡したのだから驚かない方がおかしいだろう。
レーミアはシエルの判決に満足しているのか、口元を抑える手首では隠そうにも隠しきれない笑いを漏らし続けている。
アネットは一瞬こそ驚きを見せたものの、短時間とはいえ彼女と共に過ごしたことによって大まかにシエルという人間を把握しつつあったため、諦めに近い納得をした。シエルという心優しい代行神の行いを鑑みれば、ここでユウナが傷つくような罰を望む事がないのは明らかで、それどころか彼女を救える選択を考えることはある意味必然であった。
「それにしても、友達って。ふふふっ」
「仮にもシエルの命を狙った相手だぞ? 一応理由を聞いておきたい」
絶えずこみ上げる笑いと必死に戦いながら途切れ途切れで言葉を繋げたレーミアに続くように、アネットが半ば答えの分かっている内容をシエルに問う。
「だって……本当に私を殺すつもりだったら、手当するときに痺れる薬とかじゃなくて命を奪える毒を塗っていたと思うの。そうしなかったってことはやっぱり悩んでいたんだと思う。そのうえでユウちゃんは間違った方向に進んでしまった。生きていく中でやり直しが利かない事もたくさんあるよ、でもここは違う。やり直していいところなんだよ。悩んでいた地点まで戻ってもう一度考えるチャンスをあげようよ。ユウちゃんがそれで正しい道に戻ることが出来るのなら私は全部許すよ」
シエルはずっと胸の内に秘めていた理由を打ち明ける。ユウナの過ちを認め、友となってそれを正しい道に導きたい、そんな思いで溢れるシエルの中には、怒りや憎悪といった負の感情のいるべき場所は微塵もありはしなかった。
「あたしはシエルに処分を一任したからそれで異論はないわ。アネットはどうかしら?」
「正直に言えば、我が主に刃を向けた事は今でも許し難いです。しかし、シエルがそう决めたのであれば私も異論はありません。それに、シエルならそう言うのではないかと少し予想していた面もありますし」
「じゃあ決まりですね!」
こんばんわ、作者の村崎 芹夏でございます。 はてさて、2週間以上更新が滞るのも珍しくなくなってきてしまった私なのですが、さすがに3週間も更新できないと少し焦るわけでして……
なんとか短くても更新せねば状態でございます。 故に・・・今回も短め><
安定して更新できないのが申し訳なくてたまらないですorz 毎日更新されている作者様は本当にすごい! 私も少しでも見習わねば・・・
短いものを何度も更新してるので当初、あと2回くらいの更新でこの巻が終わるという書いたと思いますが、案の定伸びそうです。
ですので話のまとめはもうちょい続きます。
まとめの部分では各キャラクターの心情などを重視して表現して、”こういうキャラ”というキャラ付けをしたいのですが、それぞれにスポットを当てようとすると同じシーンでも視点が曖昧になってしまうので難しいですね><
こういうのも書いてるうちに慣れで上手くなっていくのでしょうか? 一応意識をしてはいるつもりですが、書いてるうちに気づかないなんてこともザラにあるのでもっと経験を積まねば・・・
遅筆な上に、まとめも非常に長くなってしまい申し訳ありませんが、また次回更新時も読んでいただけると嬉しいです。
いつも通り、ちょいちょい誤字脱字、設定の齟齬などを修正していきます。
それでは今回も読んでくださり、ありがとうございました。
また次回もどうかよろしくお願い致します。