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代行神シエルにおまかせください!  作者: 村崎 芹夏
「それでも私は……!」
34/52

それでも私は……! XIII

「うちは……センスティアが大好き……だから許せなかったの……」


「許せなかった? シエルを? それはなぜかしら?」


 途切れ途切れではあるが、ユウナは自身の内に秘めていた真意を言葉にし始めた。それをレーミアは、母性を感じるような優しい言葉で続きを促す。


「シエルが……前任のテトラ・テオスだったゲンロウ様を意図的に失脚させ、自分がこの世界を支配しようとしているから……よ」


「――えっ!?」


「――なにっ!?」


「それは、どういうこと?」


 シエルは勿論、アネット、レーミアもユウナが発した言葉に驚きを隠せない様子であった。シエルにそんな気は……というよりもそんな発想すら欠片もなかったし、彼女がそんな人間ではないことは疑う余地もないとアネット、レーミア共に分かっていた。 


 更に言えば、現段階では四神、仕騎などのそれに近しい者、それ以外には極少数の者にしかゲンロウが失踪したために、メモに従い代行神を立てたという事を公表していなかったが、シエル着任までの一連の全てを知っている者達にとっては、開いた口が塞がらない馬鹿げた話であった。 


「その反応……やっぱり……そうよね」


 ユウナからポロリと溢れた一言は何かに納得したような、それでいて何かを受け止めたような雰囲気であった。彼女が一体どうしてそのようなとんでもない勘違いをしているのだろうか。その答えはそのあとに続くユウナの言葉で徐々に理解することができた。


「うちはフィンガロー北部の医療所で働いているの。医療所って言っても祖父の親友だった老年の医長と中年の男医、そしてうちの三人だけしか職員のいないホント小さな所よ。 小さいなりにも訪れてくる患者さんは結構多くてね、近所の人達からはそれなりに頼りにされている医療所だったの。患者さん達が『ありがとう、おかげで調子が良くなったわ』なんて笑顔で言ってくれるのがすごく嬉しかった。誰かの役に立ててるんだなって思うとうちまで元気になった。うちはこの街の暖かい人々が好き。そんな皆が住むフィンガローが好き。そしてなによりこのセンスティアが大好きなの」


 ゆっくりと心の内を吐露し始めたユウナの声は、グラズヘイムの広い空洞となっているエントランスホールを微かに揺らす。泥だらけの髪を揺らすユウナは、心なしか先程よりもしゃべることが嬉しそうに見えた。彼女の表情をみれば口にしている話に嘘偽りがあるとは思えなかったため、三人はユウナの話に黙って耳を傾け続ける。


「あれは一週間くらい前だったわ。医療所のお使いでフィンガロー西区の薬草屋に買い物に出かけた帰り道で長身の変な男に声をかけられたの。"ノウラント"って名乗ってて、全身を覆うフード付きの黒いコートを着てたのが特徴かな。そいつに言われたのよ。『この世界にまもなく新たなる神が生まれる。しかし、そいつは前神であるゲンロウ様を貶め、自らを神の地位に持っていくことで、この美しきセンスティアの支配を目論む罪人だ』ってね」


 ユウナは俯き加減ではあるが、それでも落ち着いた様子で話を続ける。


「最初はなんだこいつ? って思って関わらないように、何食わぬ顔でやり過ごそうとしたんだけど、どうにも振り切れなくて……それで仕方なく話を聞いてたら、いつの間にか不思議とその新しい神様が本当に悪人なんじゃないかって思えてきちゃったの。元々私はセンスティアが大好きだった。爽やかに広がる草原も、荒々しくそそり立つ山岳も、青々と伸びる空も、一面を覆う海洋も……そしてなにより、この世界で暮らす人々が大好きだった。そういう気持ちが強かったから、怪し気な言葉も信じちゃったのかもしれないわ」


 神の居城(グラズヘイム)のエントランスホールの遥か高い天井に吊るされたシャンデリア状の照明が照らすユウナの顔には、呆れや後悔にも似た自嘲気味た表情が揺らいでいる。ユウナの話はそこからもまだ続いた。



 新しい神が悪であるという話を信じたユウナは、その黒いコートの男から任務と称して新神を排除する手順と任務開始日時が書かれたメモと、半円筒状で小指サイズ程の黄色い筒を受け取ったという。その小さな筒の先端には大きな穴が一つと、半円筒の表面に小さな穴が三つ空いており、筒先の大きな穴から息を吹き込むことで人の耳では捉えることが出来ない高音域の音を発することが出来るらしい。この笛を吹くことによって、人よりも遥かに広い音域を拾う事ができる狼種の精神に作用し、獰猛なラグトスを一時的に操ることが可能だという。 


 ユウナは指示通りにこのを使用し、コットン……もといラグトスを操り、フィンガローの周辺をうろつかせる事によって噂が広がるように仕向けた。


 街の近くで危険なモンスターが徘徊しているとなれば当然誰かが対処をしにやってくるが、それは戦闘に長けたフィンガロー騎士団かテトラ・テオス直々でほぼ間違いない。一般の警備兵がそういった街外の任務に駆り出されることが全くなくはないが、可能性としては極低であり、戦闘経験のある民間人が対処に当た可能性はゼロに等しい。となれば前者のどちらかが現れるのは必然である、という事も黒コートの男、ノウラントから受け取ったメモに書かれていたという。


「まぁ、確かに本来はラグトスの討伐なら騎士団か四神が向かうわね」


 レーミアはこくりと小さく銀髪を揺らしながら納得したかのように頷いた後、一つの疑問をユウナに投げかけた。


「でも、目的はシエルだったのでしょ? なぜ彼女が行くとわかったのかしら? 合理性で言えば新米のシエルなんかよりも、私かセンスティアの騎士団が向かう可能性の方が遥かに高いわよ?」


「それについては口頭で説明されたわ。今、フィンガローに滞在しているテトラ・テオスはレーミア様のみ。つまりこの件はレーミア様が判断を下すこととなる。あなたのいたずら好きな性格とラグトス一匹だけという危険度を考えれば、新しい神を試しに向かわせる可能性は十分にあるって事らしいわ。それに、もし予想が外れてレーミア様直々であったり、騎士団が来てしまったら、その場は普通にラグトスを対処してもらって何食わぬ顔で次の機会を測れば良いって算段だったみたい」


「何よ、なんかその黒コートの男って随分と私に詳しいんじゃない? 結構私の思考の的を射てるのがちょっと悔しいわね。私の熱狂的なファンなのかしら?」


 言葉とは裏腹に、全くもって悔しそうな表情を見せていないレーミアの冗談にシエル、アネットがクスリと小さな苦笑を見せる。ユウナはどう反応していいのか分からず、バツの悪そうな表情であった。そんな顔でも愛らしさの残るユウナの表情をちらりと伺ったレーミアは話の続きを促し、こくりと頷いたユウナが再び話し始める。


「新しい神を計画通りにおびき出せたら……もっともこの時点で新しい神に関しての情報は全くもらえてなくて顔や名前は全く分からなかったんだけどね。それで、シエルをおびき出すことに成功したら、うちが狼笛を使ってラグトスに襲われている演技をする。ちなみに、さっきも言ったように、この段階でシエル以外の者が来てたら、そのまま演技を通してその場をやり過ごす手筈だったわ。計画通りだったらタイミングを見計らってラグトスの標的を私からシエルに変更って算段よ。レーミア様はテトラ・テオスとして有名人で顔を知っていたし、アネットはどっからどう見ても正に騎士って感じで疑う余地がなかったけど、一緒にいたシエルに関してはヒラヒラの服を着てるし、動きも至って普通でどう見ても騎士じゃないからすぐに確信したわ。騎士を連れているこの娘だってね」


「そっかー」


「なるほどね」


「……」


 シエルは他人事のように面白そうに、レーミアは興味深そうに、アネットは意外にも冷静に各々ユウナの話に耳を傾けている。


「最初は危害を加えるつもりはなかったの。少し怖い目を見せて神の座から降りてくれればそれで良かった」


「だが思うような結果にならず、ロングルの森で実力行使に出たというわけだな」


 不意に口を挟んだアネットの声には少なからず怒気が込もっていた。やはり、ロ

ングルの森で直接的にシエルを狙った事を許すことは出来ていないようだ。それに対し、ユウナはこくりと頷くことで肯定の意を示した。


「こんな事言っても今更信じてもらえるとは到底思ってないけど、大樹の下でうちを必死に守ろうとするシエルを見てたら、なんか聞いていたほど悪い人じゃないのかもって思えたの。そこから丘陵地帯を歩いてる間とか、ロングルの森の中でもそんな感情はどんどん強まっていった。だけどね、不思議なんだけど、心の奥底に刷り込まれたような"シエル=悪"という思い……というより概念に近いものが抜けなくて……同時に、任務をこなさなくてはいけないという気持ち悪い感情が邪魔して素直にシエルを見定めることが出来なかったの。ううん、もしかしたらシエルが悪ではないかもしれないという可能性から目を背けたかっただけだったのかもしれないわ」


「「「……」」」


「だからね、正直アネットに負けて任務に失敗したときは少し嬉しかった。こんな迷いが生まれているで、もしかしたらセンスティアをより良い方向に導くかもしれない、優しい少女を傷つけなくて済むのならってね。それだけよ……さぁ、これが今回の件の全貌よ。私は未遂とは言え神殺しという大罪を犯した。どんな処罰でも甘んじて受けるわ」


 ここまで淡々と一連の全容を話し続けたユウナの表情は、自分を圧迫していた全ての感情を吐き出して楽になったのか、少しすっきりとしていた。同時に、自分が受けるべき罰への覚悟も決まっていた。


 ユウナの話を鑑みれば、今件の全ての筋が一本に繋がるし、ユウナの様子からして嘘をついている雰囲気は微塵もなかった。これが事件の全貌ということで間違いないだろう。だが、そうなると一つだけ情報が極端に少ない点がある。それはユウナがフィンガローの西区で出会ったという黒コートの男だ。その人物に関してユウナに問いかけても、ノウラントという名前以外、素性は最後まで明かされなかったから分からないという。これに関してもユウナは、ノウラントという男を庇っているという素振りが無く、嘘偽りはない様子であった。


 レーミアの少々意地の悪い性格を把握している点から、ある程度テトラ・テオスに詳しい、一般にはまだ公開されていなかった代行神の存在を掴んでいた、ラグトスを一時的とはいえ、操る笛を作り出すことが出来る、そしてシエルへの攻撃になんの興味も抱いていなかった少女を短期間で心変わりさせ、尚且つそれを強い意思とさせたノウラント……何者かは分からないが、友好的でないことだけははっきりとしていた。


 ノウラントの正体や目的についてまだはっきりとはしないが、ユウナの話を整理していたレーミアの中で一つの確信めいた可能性が浮かび上がっていたのか、それを口にする。


「ユウナ、あなたそのノウラントって男に思考を操られていたのね」


「思考を……操られて……? それはないわ。私は私の意思で行動したもの。それに思考を操るなんて事できるわけが……」


 ユウナは確かにノウラントから代行神の話を聞き、それに納得して行動に移していた。それは間違いない。それに魔力という概念が存在するセンスティアだが、魔力がなんでもかんでも可能にする万能力ではないという事は周知の事実である。時空間への干渉然り、人体への直接的な影響然り。センスティアに住む誰もが知っている初歩中の初歩であることをまさか四神であるレーミアが知らないはずがないと思い、否定の意を口にしようとしたユウナであったが、今しがた自身が話したばかりの内容の中で引っかかる点があり、言葉を途中で切った。


「気付いたようね。そう、ノウラントって男から受け取った狼笛。それはラグトスの精神に作用し、一時的にコントロールすることが出来るらしいわね。恐らく、支配系の魔導式を独自で編み出し、それを魔導機巧として笛に組み込んで獣にのみ聞こえる高音域に乗せて飛ばしたのでしょう。その笛を作ったのがノウラントだったとしたなら、別のものに魔導機巧で組み込み、人間に作用させる事が可能……かもしれないわ。勿論、そんな魔導式も魔導機巧品も実在するとなれば禁忌に当たるけれども」


「確かにその可能性はあるかもしれないけど……でもそれだけでは……」


「確かに憶測でしかないのは認めるわ。でも考えても見てごらんなさい。あなたはノウラントと初めて会い、新しい神がなんちゃらって話を聞いた段階で馬鹿げた話に聞く耳すら持たなかったのよ。それが少ししたら完全に考えが変わるなんて普通じゃ考え難いわ。むしろ、そこに何かしらの手品があったと考えるのが妥当じゃないかしら? ユウナ自身は自分の意思で……って言っているけれど、恐らく強制力を弱めて、あくまでも自然な流れで思考をコントロールするという質の悪い代物だと思うの」


 レーミアが言ったとおり、憶測の域をでない推論だが、説得力はあるのも事実である。 ノウラントという男の存在を含め、まだまだ不明瞭な点は少なくないが、情報が少ない以上これより先に進むことは出来ないだろう。


こんばんわ、作者の村崎 芹夏です。 2週間ぶりの更新です。


今話はいままでの流れの辻褄合わせといいますか、解説といいますか、とりあえずそんな感じです。 こういう流れがあって物語が進んでいたんですよー的なものになります。 

 

そして書いているうちにどんどん長くなってしまったので、今話の最後は非常に歯切れの悪い部分で終了してます・・・すみません>< どうにも切るタイミングがなくて・・・この流れもうちょい続いちゃうんです。 一応、この流れが終わって少しだけ余談を入れたら1巻というか、1つの物語が終了予定です。 次の話の大まかな構想も練り始めてますよ!  


数話前から思ってたのですが「それでも私は……!」のパート前半のサブタイトル変更して分割しれば良かった・・・ここまで長くなると予想してなかったのです。 

作品を書いてると、予定よりどんどん文字数が増えていっちゃうので先読みタイトルだと結構難しいですね><


そんなこんなで例によってちょいちょいと修正を加えて行きますので、ご了承ください。


それでは、今回も読んでくださっ方々ありがとうございました。 また次回更新した際にはよろしくお願い致します。

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