それでも私は……! Ⅻ
ぼんやりと橙色に輝いていた双子の太陽が水平線の彼方へと沈んでから随分と時間が経っていたらしく、フィンガロー内に無数に点在する民家や商店に灯る明かりはかなり疎らになっている。道の両脇に等間隔で備えられた魔導機構の街灯がゆらりゆらりと街の中を優しく照らす。
フィンガローの地に敷き詰められたタイル調の床材をコツコツコツと小気味良いリズムで叩く複数の足音が人気のなさで静まり返った宵闇の街に反響し、それに続くように地面にぼんやりと伸びる三つの影。
三人の先頭を行くは、真紅の長髪をポニーテールで結った騎士アネット、その後ろから両の手を黄色く光った円錠によって拘束され、衣服やプラチナブロンドの長髪の所々に傷や汚れが見受けられるユウナ。そしてユウナの隣には、ハニーブラウンのショートボブをゆさゆさと揺らしながら歩く、代行神シエルがにこやかな笑みを浮かべている。シエルの全身もユウナ同様に、水分の多い泥やロングルの森に生えていたであろう植物の鱗片、もはや何なのかすらよく分からない色の液体などでぐしゃっと汚れていたが、本人はさほど気にした様子ではなかった。
昼間や日暮れ時とはまた違った装いを見せるフィンガローのメインストリート、建物の極一部からわずかに溢れる灯火にどこか暖かさを感じるサブストリートを抜け、街の真ん中に位置する中央区までやってきた3人の目の前には、フィンガローの中で最も大きく、最も派手で、最も威厳と迫力ある建造物、が堂々と鎮座していた。
「わぁ……相変わらずすっごい建物だよね」
今朝方、シエルはこの城を目の当たりにし、城内でテトラ・テオスの一人であるレーミア・フィエルから神聖を授かり、正式に代行神としての任を得た。そして、はぐれラグトスが街の付近に出没したから対処して欲しいと、着任早々に代行神として初の依頼を受けることなったのだが、丘陵地帯でラグトスに襲われている少女を救うと、実はその少女がシエルの事を狙う者であった……ロングルの森での死闘の末、なんとかその刺客の少女を取り押さえる事に成功し、現在に至る。
これがたった一日で起きた出来事だと考えると、元の世界の普通の生活では一生かけても経験できない事であることは間違いない。シエルは改めて自分が異世界に来て、代行神という立場になってしまったことを実感し、深い感慨を覚えてしまう。
「さぁ、中へ」
アネットが今朝と同様に、グラズヘイムの大きな門の前で一連の開錠の動作を行うと、ガチャリと重音が辺りに響き、ゆっくりと巨大な城が三人を飲み込むために大口を開き始めた。紅の騎士はそれが開ききるのを待たずに、シエルをやや急かして中へと誘導し、両手の自由が奪われているユウナも城内へ入ったことを確認すると後に続いた。
グラズヘイムの内部は数十メートルはあろうかという高い天井に、数え切れないほど設置されたシャンデリア状の魔導灯のおかげで、日光が指した昼間のように明るく保たれていた。呆れてしまう程の広さを持つエントランスホールの、深赤色の絨毯が敷かれた二階へと続く階段の手前に一人の小さな影が存在した。
シャンデリアの優雅な光を受けて、普段よりも更に深みを増す流麗な長い銀髪を揺らすその少女の背丈は小柄なシエルよりも更に一回り程小さい。床に敷かれた絨毯よりも明瞭で上質な真紅を基調とし、洋所々にアクセントとして黒い生地を用いた、どこか攻撃的で……それでいて可愛らしさと気品が見え隠れしているミニスカートドレス。ドレスのアクセントに用いられている黒と同色の、膝上まで伸びたニーソックスにロングブーツという格好が相まって、高価な観賞用人形なのではと見紛う程の端麗さである。
「あら、お帰りなさい」
まるでファンタジー世界にいる羽の生えた可愛らしい妖精が囁いたのではないかと思うほどの、柔らかく、優しく、甘美な声色の持ち主はセンスティア全土を統治する四神の一人であり、シエルにラグトスの対処を依頼したレーミア・フィエルである。
「レーミアさん、ただいまです」
「レーミア様、只今戻りました」
「……」
「二人共お疲れ様。 あら、その娘は?」
シエルとアネットが口を揃えて帰還の挨拶をした後、レーミアから二人へ労いの言葉が送られた。そしてそのあとすぐにレーミアがもう一人の見知らぬ少女を、やや不思議気な顔で眺めながら問いかける。
その言葉を予想していたかのようにアネットは、今朝シエルと、グラズヘイムを後にした所から今に至るまでの全てをレーミアへ報告した。依頼とは依頼人から仕事を受け、仕事内容を完遂して、それを依頼人に報告して初めて終了となるのである。
「~という訳です」
真剣な面持ちでアネットの報告に聞き入っていたレーミアは、騎士の少女が話を終えると「そう」と小さく頷いて現状を把握したようであった。
「ラグトスの対処だけのはずだったのに大変な事になっていたのね。二人共、大丈夫だったかしら?」
「ええ、私はかすり傷程度です。しかしシエルが……」
「私も大丈夫ですよ! 怪我とかもしてないですし、ほら!」
シエルはユウナの薬品によって神経毒を受けて苦しんでいたが、それも解毒剤でしっかりと中和され、既に全回復といっても過言ではない状態にまでなっていた。そしてそれ以外は外傷らしい外傷も受けていなかったため、シエルの発言は強がりなどではなく、正真正銘のものであった。
「もう、アネットは心配性なんだからぁ」
「当たり前だ、心配するに決まっているだろう」
ぷくぅーっと両の頬を膨らませて不満気に文句を流すシエルと、困った顔をしながらそれに応えるアネットをクスクスと小さく笑いながら微笑ましく見つめるレーミア。
「それでレーミア様、この少女の処置の方、いかがいたしましょう?」
アネットがレーミアにそう問いかけると、神様という威厳ある地位には少々似つかわしくない銀髪の小柄な少女は、ユウナのことを少しばかり眺めた後口を開いた。
「ユウナ・アルテレイ、と言ったかしら?」
「……えぇ、そうよ」
「どうしてシエルを狙ったのかしら?」
「……」
レーミアが問いかけた全ての核心を突く質問に対し、ユウナは沈黙で応えた。それを見守るアネットとシエルも口を閉じ、少女の説明を待つ。何やら考えるような仕草を取り、更に少しの間の後、ユウナは意を決したかのように少しづつ言葉を繋げ始めた。
お久しぶりです。 作者の村崎 芹夏です。 やっとこさ更新できました。1ヶ月近く更新できなくて申し訳ありませんでした><
なにかと忙しくてなかなか執筆できなくて・・・今回の話も久々に空いた時間を使って急いで書き上げたものなのでいと短し!
あと3~4話くらいでこの巻は終わる予定です。 いやはや、来月中までには次の章に入れればなぁーっと思ってますが、私のペースだと厳しいかも!orz
期待せずに気長に待ってもらえればと思います(笑)
毎度恒例ではありますが、誤字脱字、おかしな点はちょいちょい見直して直していきますのでご容赦ください!
ではでは、今回も読んでくださった方々、ありがとうございました。 また次回更新した際にはよろしく願い致します。