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代行神シエルにおまかせください!  作者: 村崎 芹夏
「それでも私は……!」
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それでも私は……! Ⅸ

 ユウナが見せた謎の笑みの正体。それは絶対的な力の差がある相手に対する勝算からであった。幾撃と刃先を交えて嫌というほど感じさせられた仕騎アネットの圧倒的な戦闘センスと経験。医魔師の仕事の中で薬草の類いを採取する際に、危険なモンスターが生息する地域に赴くことも少なくないユウナは、護身術として最低限の戦闘技術は持ち合わせていた。しかし、アネットの持つそれに比べたら正に天と地の差である。


 そんな状況下にも関わらず不敵な笑みを漏らすユウナが抱いている勝算……それは油断したアネットを振り払った際に一度だけ生まれたチャンス。そこでの一撃がユウナにとって起死回生の鍵となる。


「――なっ…!?」


 数十分にも渡る闘いに幕を引こうと、生傷と泥にまみれたボロボロの少女へ近づいたアネットは、ユウナの数歩手前で突如、言葉にならない奇っ怪な叫びを漏らした。そして、その驚声から数秒の後、アネットは膝を崩し、紅の剣を地面に突き立てて杖の代わりにする形で片膝をついてしまう。


 アネットの外傷は相変わらず左碗部の微かなもののみで変化はない。ユウナもボロボロの体で立つのも精一杯なのか、フラフラしながらなんとかバランスをとっており、その場から動いた様子はない。何が起きたのかを理解出来ないといった顔でアネットは必死に自身の体を動かそうとするが、まるで全身が鉛の塊にでもなったかのように激しく重く、指先一つ満足に動かすことが出来ない。


 この場の状況をたった一人だけ完全に理解しているユウナは、アネットを見つめながら小さなため息を一つ漏らし、独り言のように声を発した。


「やっと効いてきたのね」


「なにを……した!?」


 地面に突き刺したクロエラを支柱にし、なんとかバランスをとって倒れ込むのを防いでいるアネットは、重い口元の筋肉にありったけの力を込めてなんとか声を出した。


 ユウナはアネットの問いに応えるかのように、左手に持ったナイフのブレード面を向ける。ユウナの持つ漆黒色のナイフはからに沿って一本の細い溝が掘られており、その溝の中には不意打ちで傷つけた際のアネットの血液の他にもう一種類、明らかに怪しい液体が付着していた。無色透明のそれは一見すると水滴のようにも見えるが、ナイフを傾けようが、逆さまにしようが付着したブレードから落ないほどドロリとしており、粘度が高い事が見て取れる。


「――毒……か!?」


「致死性のものではないわ。というよりも、あの娘に仕込んだものと同類の神経毒よ。ただし、こっちは即効性のものだけどね」


「……くっ!」


 真っ向勝負では到底叶わない相手に対してユウナが講じた作。戦闘が始まって間もない頃に一度だけ不意をついてアネットの左腕に負わせた小さな裂傷。外傷としてのダメージは微々たるものであったが、刃先に忍ばせていた神経毒を傷口から体内に侵入させるというユウナ独自の戦闘スタイルでその小さな攻撃に大きな付加価値をつけていたのだ。 


 傷口からアネットの体内へと流れ入ったユウナ特性の神経毒は、騎士の少女を蝕む。いくら歴戦の騎士とはいえ、体内からの攻撃は想定外であり、その異質な攻撃の前では自由の欠片も与えられない。


(こっちの薬は即効性が高い分、持続力が低い。恐らくこの騎士ならすぐに動けるようになるわね)


 ユウナのナイフに塗られていた神経毒はもともとシエルを殺さなければいけなくなった場合のために用意しておいたものであった。しかし実際にはロングルの森に移動する過程で偶然にも、シエルの傷口を手当するという名目で自然に毒を仕込むことが出来たので不要の産物となっていたが、それがここに来て救世主となったのだ。いくら仕騎とはいえ、少しの間はまともに立ち上がることさえできないだろう。 


 ユウナはボロボロの体に鞭を打って片膝をついて苦しそうな表情を浮かべるアネットの元へと一歩一歩近づいて行く。自分が思ってる以上にダメージを受けていたらしい体は至るところから悲鳴が聞こえそうなほどボロボロである。痛みを堪えながら脚を引きずり気味に移動するが、まるで世界の端から端までを横断しているかのように、たった数メートルの距離が果てしなく遠く感じる。


 やっとのことでアネットを完全にナイフの射程内へと捉えた。紅の騎士は苦しみと憎しみからか、鋭い目つきでユウナを睨みつけるが、未だ体の自由は戻らない様子である。


 ユウナは左手に保持した祖父の形見のコンバットナイフを握り直す。しかし、それと同時に彼女の頭の中に一つの思考が浮かび、その場でピタリと動きを止めた。そして静まり返ったロングルの森に吹くささやかな一息吹と共に数秒の時間が流れると、ユウナは自分に言い聞かせるように小さく一度頷き、アネットに向けていた視線を逸らし、その後方で横たわるシエルへと向かいだした。


(目的を間違えてはダメよ。私の目的は仕騎を倒すことじゃない。あくまでもあの娘なんだから)


 ここでアネットを完全に仕留めなければ、シエルを倒して任務を果たしたとしても、その後に神経毒の抜けた彼女に間違いなくやられてしまう。だがユウナはそれでも良い……むしろその方が良いと考えたのだった。例え、代行神が絶対たる悪だったとしても、人の尊い命を自分が奪うことに変わりはない。善悪問わず、命とは何物にも代え難い価値の代物なのだ。それを奪うということの代償、自身の命で釣り合いを取らねばならない。それが奪うものの贖罪なのだから……そう強引に言い聞かせ、自らを納得させていた。


「ま……て……」


 ユウナが本来の目的通り、代行神の少女に意識を変えたことに気付いたアネットは、痺れる筋肉を半ば強引に動かすと、喉から殆ど音を発していない、声というのも疑わしい程に掠れた叫びを静かに荒げた。しかし、覚悟を決めたユウナはもはやそんな声によって揺らぐことはない。罪悪感を一時の間だけ忘れ去るという心の逃げで、なんとか無心を保ちながら力を込めて脚を振るうと、たっぷり時間が掛かった後、やっとのことで横たわるシエルの元へと辿り着いた。


 ユウナの覚束無い脚が、湿った地面に幾つかの小さな足跡を残して、苦しみに耐えるシエルの傍へと着いたのとほぼ同じタイミングで、ロングルの森に不穏な甲高い雄叫びが木霊した。樹木の壁を物ともしない程、鋭く突き刺さるように長く引かれたそれは、獣特有の遠吠えのようである。 


 やっとのことでシエルの近くまで這い寄っていたユウナはその遠吠えを聞くと、小さく身を震わせた。今日だけでも絶好のチャンスを絶妙なタイミングで幾度となく邪魔をされている彼女にとって、このタイミングでの不確定要素はどんな些細なことでも否応なく警戒してしまう。不愉快な苛立ちと漠然とした不安、そして殺伐とした焦りが大型ナイフを手にした少女を動揺させる。 


 若干の静寂の後、足元に生え広がっている草木をかき分ける足音、そして何者かが全力で駆けてくる気配を感じる。その方向は間違いなく先程、獣の遠吠えが響いてきた側からであった。


「――まったく! 次から次と何なのよ……」


 アネットから受けたダメージと疲弊によって心身共にボロボロのユウナは、思わず愚痴をこぼしつつも、高速で接近している何かがいるであろう方向に体を向けるが、一面の闇が覆うロングルの森は先を見据えることなど出来ない。不明瞭な視界の中、だんだんと……しかし確実に近づいてくる虚影の存在。警戒を巡らせるユウナの精神はジワリジワリと削られ、やがてそれが最高調に達した瞬間、虚ろな影は背丈の高い樹木が連なる暗がりの雑木林から勢いよく飛び出し、その実態を顕にした。


「――ひゃっ!」


 電光石火の如く、文字通り森の合間から飛び出した獣影は、そのジャンプの勢いを残したまま、シエルの袂まで近づいていたユウナへと全体重をかけて体当たりをおこなった。それに対して満身創痍のユウナは回避することも、防御することも、受け流すことも出来ず、再び衝撃と共に地面へ背中をつける事となってしまう。その衝撃で武器のナイフは手元を離れ、遠くへと飛ばされてしまった。


「――なんだっ!?」


 即効性が高い反面、持続性が低い神経毒は徐々にアネットの体から抜けつつあるのか、騎士の少女は上体を起こして周囲を確認している。だが、まだ立ち上がる事が出来るまでは回復していないようだ。


 ユウナも揺れる視界をどうにか抑えて、たったいま自分を襲った"何者か"に視線を向ける。すると、そこにいたのは、粉雪が舞い散ったかのように美しい純白の毛並みに覆われた狼獣が一匹。体と同じく雪色で染められた尾には、その獰猛な外見に似つかわしくない人工的な布……深青色のリボンがちょこんと結われていた。


 ユウナはこのリボンに……いや、たったいま自身の上に覆い被さり、喉を鳴らして威嚇を放つ獣に見覚えがあった。


「コットン……なのか」


 アネットは、視線の先で決死にユウナを押さえ込む白狼の名前を口にした。


 数時間前にシエルやアネットを襲い、しかしひょんなことから代行神の少女に激的に懐いた、今回の一件の発端であるラグトスであった。この獣が付けているリボンは、つい先刻別れ際にシエルがプレゼントしたもので間違いない。送り届けたはずのコットンがここにいるということは、シエルの危機を本能的に悟って助けに来たのだろう。


 ラグトスというモンスターは賢い知性を持ち合わせているといわれている。それに加えて、ラグトスらの生息する地帯にと呼ばれる、大地が溶けて流れ崩れるという珍しい大災害が発生した際に、それを予め察知していたかのように、事前に群れ全体が安全な地域へと避難したいた、などという他の生物とは比にならないほどの驚異的な動物的生存本能を見せたという事例もあった。動物的本能という枠組みで括っていいのかを疑ってしまう程の異様性から、ある種の近未来視を使うことが出来るのではないか、という仮説を提唱する者すら現れた程だ。


 ラグトスを始め、センスティアに存在するモンスターの生態については解明されていない部分も数え切れないほどあり、真実がどうなのかは定かではないが、コットンの持つ知性と本能がシエルを救ったという点に変わりはない。


 薄暗い一帯でも鮮明に光る純白の毛を揃えた獣に押さえ込まれているユウナは、コットンを必死に振り払おうとするも、アネットとの戦闘で蓄積したダメージもあり、なかなか上手くいかない。


 その隙に、歩行可能な程度までは痺れが薄れてきたアネットは、重く地面に引き寄せられる体に鞭を打って、歯を食いしばりながら歩き出す。


 多少動けるようになったとはいえ、ユウナに仕込まれた神経毒が完全に抜けたわけではなく、かろうじて動くことが出来る程度である。当然、いまの状態ではまともに戦闘を行うことなど出来ない。だが、ダメージのハンデを追っているのはユウナも同じである。そして何より、勝つ負ける以前に、シエルを守ることが自分の存在意義の全てであるアネットにとって、この行動は考えることさえ必要のない何ら当然の事柄であった。


 ユウナとコットンの小競り合いは尚も継続されている。だが、絶対的優位な位置にいるコットンはユウナを地に押さえ込むばかりで、自分からは攻撃をしようとはしていない。もともと満身創痍であったユウナは、コットンへの必死の抵抗で更に心身を疲弊し、ついに限界に達したのか、押し退けようとする力が一気に抜け去った。その瞬間を待ってましたと言わんばかりに上に被さるラグトスは"ガルルルゥー"と喉を鳴らし始めた。それに強い警戒を覚えたユウナはビクリと体を震わせるが、もはや全てを出し切ってしまった彼女は逃げることも、抵抗することすらも敵わない。やがてユウナは何らかの覚悟を決めたのか、下唇を噛みながら瞳に涙を浮かべて、一直線にコットンの瞳を見つめ返す。その様子はまるで「私を裁きなさい」とでも言っているかのようであった。


 コットンもユウナの涙ぐんだ瞳を見つめ返すと、更に二回喉を鳴らし、一度顔を退けてから巨大な四本の犬歯と数々の鋭牙が並ぶ口を最大限に開く。この開口量ならばユウナの小顔など一口で消え去るであろう。 


 白狼がユウナに目掛けて首を振り下ろすと同時に強靭な顎を動かし、獲物を砕こうとする。ロングルの森には猛獣の低い呻き声と、歯と歯が噛み合う悲痛な音が響いた。


「んっ……」


 コットンの鋭い歯は、横たわるユウナの顔の少し上空を掠め、宙を砕いていた。当然、下で小さな悲鳴を上げた泥まみれの医魔師には外傷ひとつ増えていない。だが、ユウナは溜まりきった疲労とダメージ、極限の恐怖、そして一種の罪悪感から逃れることができる安堵によってコットンが空中に噛み付く瞬間に意識を完全に失っていた。コットンがここまで読んで、攻撃を加えずに無力化を図ったのか……それは定かではない。

こんにちは、作者の村崎 芹夏です。



すみません!!! 戦闘シーンがまだちょっと終わらないです(笑) 


そしてかなり急いで書いたので見直しも何もしてないのでおかしい部分が結構ありそうな予感・・・これはちょいちょい治していくしかないですね。


ちょっと今回も更新が間に合わなそうだったのです。 ただ、前の活動報告で更新すると言った手前、何かしら更新せねば・・・ってことで急ピッチで進めた結果がこれです><  うむむ、ちょっとクオリティーが下がるのは避けたかったのですが、これ以上更新を遅らせるわけにも・・・苦渋の選択ですね。


短めで乱雑な文章、そしてチグハグな内容とかなり不満のある更新となってしまいましたが、ちょいちょい修正していきますのでご容赦をorz


最近、自分の文章ですごい気になる点が一つ・・・「視点」が安定しないんですよね。

基本的に第三者目線からの文章で書いているのですが、キャラの心情を書きたい場合はそのキャラ目線になっちゃうんです。 そして、気づいた方もいるとは思いますが、ここ数話の戦闘シーンでアネット目線とユウナ目線が何度か入れ替わっているのです。 特別意図したわけではないのですが、お互いの心情を書く際にどうしても無意識のうちに入れ替わってしまって・・・読み手側が混乱するし、文章としてもあまり正しい表現方法ではないというのはわかってるのですが、具体的にこういう場合はどうすればいいのかがわからなくて、最近ではどうにも視点がとっちらかってしまいます><


読みやすい文章ってのも一朝一夕で書けるものではないので本当に難しいですよね。



今回も読んでくださりありがとうございました。 また次回も更新した際には宜しくお願いします!

(次回は少し更新日が空いてしまってもクオリティを保ったものを更新します!)


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