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代行神シエルにおまかせください!  作者: 村崎 芹夏
「それでも私は……!」
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それでも私は……! Ⅷ

 アネットは体制を立て直したばかりのユウナへ再びクロエラの刃を叩き込むために、ロングルの湿った地を蹴る。今回は目標との距離が短めであるために脚部へと込める魔力を最小限に止めた。


 脚部に少力の魔力を込め、走り始める絶妙なタイミングでその魔力を一気に放出してやることで地面をカタパルトに見立てて爆発的な推力を得ることができる縮地術インスタント・ランナーは一連の流れこそ単純な技であるが、溜める魔力量、魔力を溜める委細な箇所、魔力を放出するタイミング、爆発的な推力を得た後のバランス操作など、どの過程をほんの少しでも見誤れば自身の魔力によって即あらぬ方向へと吹き飛ばされる危険があるため、かなりシビアな技術を求められる高難易度の技である。


 インスタント・ランナーの利便性や汎用性の高さから戦闘を行う者たちは会得しようと修練に励むのだが、その難しさから戦闘に用いる事が出来るレベルにまで至る者は極わずかである。そんな技をほぼ完璧に使いこなしているという時点でアネットのレベルの高さが並みの騎士を上回るのは一目瞭然であった。


 最小限の縮地術によって小さく滑走したアネットは、手にした紅剣を下段で構え、そのまま体制を立て直し終えたユウナへと接近する。そして間合いに入った瞬間、下段構えのクロエラを容赦なく切り上げた。しかし、アネットの予想に反して長剣からは相手にダメージを与えた感触は伝わって来なかった。騎士の剣撃をユウナはバックステップでギリギリ回避したため、紅剣は宙を斬っただけあった。


 確かに最初の一撃に比べれば、インスタント・ランナーの出力を低めていたため、瞬発力は下がっていた。しかし、戦闘慣れしていないであろう彼女が今の一撃をギリギリとはいえ、避けた事にアネットは内心で少し驚いていた。自身とユウナの間に戦闘経験や能力の差があるのは歴然である。しかし、最初の一撃を辛うじて防いだ事、そして未だ未知である彼女特有の戦術があると仮定すると決して油断して良い相手ではない。


 アネットは斬り上げによって滞空してしまった紅剣の刀身を、手首をひねる事で180度回して無理のない体勢にすると、そのまま二歩踏み込んで剣先を振り下ろす。


 連続で繰り出されたアネットの攻撃、二発目は感触が返ってきた。しかし、それは金属同士がぶつかりあう事で生じる特有の高音と共にであった。


 今度は振り下ろされたアネットの斬撃をユウナがコンバットナイフの刀身で受け止めたのである。本来、ブレード同士で受け合えば刃こぼれしてもおかしくはないのだが、アネットのクロエラ、ユウナのコンバットナイフ、どちらも無傷である。


 両者の獲物が接触しあい、互いの目と鼻の先で拮抗する。


 少しの間の鍔迫り合いの後、次いで仕掛けたのはユウナであった。 


 アネットの押しに負けぬように、ナイフに掛けていた体重を一瞬だけ抜くと、拮抗する力のベクトルを失ったアネットは自重によってバランスを崩してしまう。その瞬間の狙いユウナは一気に体重を前にかけ直し、更にそれに押す力を加えてアネットを小さく弾き飛ばす。思いもよらぬ奇襲にアネットは後方へとよろめいてしまう。


 それを好機とみたのか、ユウナが身軽なステップで瞬時に距離を詰め、手元でクルリと逆手持ちに持ち替えたナイフを横一線に薙いだ。だが、その渾身の一撃は辛うじてアネットの左腕、鎧の肘関越部の装甲が薄くなった部分を貫き、素肌を僅かに掠っただけである。ダメージにしてみれば微々たるものであった。


 絶好の機会に想像よりも成果を得られなかったことに、小さな舌打ちで苛立ちを顕にしたユウナは、軽量な武器の利点を活かし、二撃、三撃、四撃、五撃とナイフを何度も持ち直しながら連続して振り続ける。しかし、最初の一撃で致命傷を与えられなかったのは、ユウナにとって痛手であった。バランスを取り直したアネットはユウナの攻撃が繰り出される度に華麗に回避し続けた。


 そして幾度目かのユウナの正手持ちのナイフの振り下ろし。いままで攻撃を避け続けていたアネットは、バックステップで一歩分の間合いを取ると、紅剣を持ち上げて、自身へと振り下ろされたナイフを刀身で受け止める。更にブレード同士が接触する瞬間にそれを払い退け、ユウナが繰り出す攻めの姿勢を崩した。それにより、攻めの機を失ったユウナは大きく後方へと跳ね除ける。


 二人の距離が十メートル程に開く。互いに今の数撃の死闘で考えるものがあったかのようにしばしの間が空く。しかしそれも束の間、何の合図があった訳でもなく、二人は全く同じタイミングで対する敵に向けて走り出していた。 両者の距離が詰まる。


 先に刃を震わせたのはアネットであった。銀鎧の擦れ合う音と共にクロエラの剣身が横一文字に流れる。慣性のまま突き進んでいたユウナにそれを回避するという選択肢は物理的に選ぶことが出来なかったのか、回避するりすら見せず、ナイフのブレードですかさず受け止める。だが、如何に最高峰の強度を持ったナイフといえど、相変わらずに重厚なアネットの剣撃の重みを相殺することは出来ず、ユウナの華奢な体を衝撃が襲う。 


 紅の騎士はガードされる事を予め考慮していたため、先ほどのような不意打ちを喰らわぬように、すぐさま剣身を接するナイフのブレードから引き離し、斜め上方からの切り下げに移行する。しかし、瞬時にユウナが横方向に動いてそれをかわす。


 そこから先はアネットが繰り出す連撃のラッシュであった。袈裟斬り、切り上げ、薙ぎ払い、上段振り下ろし、長剣の特性を活かした動きで、しなやかに幾撃も重ねるアネットに対して、ユウナはガードとギリギリでの回避を行うばかりである。致命傷こそ無いものの、ダメージは確実に蓄積している様子で、圧倒的にユウナが押されているのは明白であった。だが、戦闘に精通した騎士を相手にただのヒーラーであるユウナが良く持ち堪えているのも事実である。


 一方的な攻防戦がしばらく続き、夜の帷を裂く剣撃と二人の足音が、静寂で満たされていたロングルの深い森にしばし不穏にこだまし続ける。 


 アネットが操る武器は長剣、対するユウナの武器はいくら大型とはいえナイフである。ナイフが有効な攻撃を繰り出せる距離は相手の懐に入ってからだが、長剣が得意とする間合いを抜けて彼女がアネットの胸元に飛び込むのは至難の技である。が違いすぎるのだ。先程ユウナはアネットが油断した隙をついて上手く懐に潜り込むことが出来たが、圧倒的な戦闘力を持った仕騎に対して同じ小細工はもはや通用しない。更にいえばリーチ以上に戦闘技術と経験の差が大きすぎる。


 もはや数え切れないほどの打ち合いの嵐。かろうじて持ちこたえている様子のユウナであったが、今回の斬り込みでアネットが動いた。


 クロエラの紅蓮色に燃る剣身と、黒一色で染め上げられたナイフのブレードが接触し、互いの力が衝突した瞬間にアネットは横払いした剣先だけを後方へと大きく逸らし、ぶつかりあった力を受け流したのだ。


「――しまっ!」


 先程、ユウナが行った不意打ちに類似した戦法である。それにより今度はユウナが大きくバランスを崩す。アネットは間髪入れず、剣先を動かすことによってだいぶズレたブレード同士の接触点を支点とし、右手で握った長剣のからまで伸びる翼を模ったグリップ部分をユウナへと叩き込んだ。


「うっ……くっ……」


 致命傷とまではいかないが、ほぼ無防備に近い肩部へとダメージを受けたユウナは、数メートル後方へ飛ばされ、そのまま受身も取れずに地面に叩きつけられた。いままでガードしていた時とは比べ物にならない程の衝撃がユウナを襲う。内蔵を鷲掴みされているような圧迫感、体験したこともない全身をくまなく何十周も回り続ける激痛に少女は表情を歪ませる。


「分かっただろう。力の差は歴然だ。武器を捨てて投降しろ」


 地面に伏した状態から痛みを我慢し、なんとか起き上がったユウナの体にはいくつもの生傷ができており、煌びやかであったプラチナブロンドの髪も泥で汚れ、見た目は正に満身創痍といった様子である。対するアネットは不意を突かれて掠った左腕の小さな裂傷のみという事をみれば、その差は火を見るより明らかであった。


 だが、こんな絶対的に不利な状況に反して、ユウナは口端を釣り上げ、ニタリと小さく不詳の笑みを零していた。

こんばんわ、作者の村崎 芹夏です。


はてさて・・・ようやく今話で10万字突破致しました! これで堂々とコンテストに応募できますね!


なんと長かったことだろうか!まぁ私が遅筆すぎなだけなのですが・・・(笑)


そして記念すべき10万字の回は丁度バトルシーン。この章で一番の盛り上がり?になるはず・・・です(たぶん笑)


それにしても、バトルの描写ってやっぱり難しい>< 躍動感を出しながら流れを作って行かないといけないので、どうしても長いシーンになってしまいますね。 

そして私の頭の中で思い描いている動きがちゃんと伝わっているのだろうか・・・という点も気になります。


バトル展開は今後もちょいちょい入れたいなぁっと考えているのでもっと上手く書けるように練習しなくては!



ではでは、今回も読んでくださった方々ありがとうございました。


また次回投稿した際にはよろしくお願い致します。

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