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代行神シエルにおまかせください!  作者: 村崎 芹夏
「それでも私は……!」
26/52

それでも私は……! Ⅴ

 三人と一匹がロングルの森の入口についた頃には既に空は黄昏色に変わり、センスティアの大地を神秘的なオレンジ色に染め上げていた。


 ユウナがラグトスに襲われていた丘陵に生えていた一本の大樹と比べれば幾分も背丈が低いが、それでも見上げるほどの高さを持った木々が幾百、幾千と不規則に立ち並んでいる。足元は太い木々の根が縦横無尽に生え広がている。周囲に生え広がる樹木の背が異様に高く、また枝も乱雑に伸びているせいか、夕刻とは言えかなり薄暗い。森というよりは樹海と言ったほうが適切な趣きである。


 ラグトスは実家の森に着いたのが嬉しいのか、団体の先頭を軽快に進んで行き、三人の少女はゴツゴツとした歩きにくい足場に苦戦しながらも、なんとか前を行く白毛の獣の後を追って行く。


 林海の中では双尾を持った手のひらに収まりそうな程小柄な栗色の小動物や、赤からオレンジにかけて八枚の花弁にグラデーションが掛かっている植物、半透明の透き通った水がチョロチョロと湧き続ける樹木など、シエルが元いた世界では決して見られないセンスティア特有の情景がいっぱいに広がっていた。


 ロングルの森に入ってどれほど歩いただろうか? ふと景色が変わり、辺りが他よりも少しだけ明るい広めの空間に出た。


「どうやらここらは背の高い木々が無いようだな」


 アネットの言うとおり、この周辺にはある程度の背丈の樹木しか存在していないようである。そのため、太陽光を遮るものが少なく、他の場所よりも幾分明るくなっているようだ。とは言え、そんな木々でも幹は人間三人分程の太さがあり、これまた太い蔦や蔓が足場に使えそうなほど頑丈に巻き付いている。どの木の幹の表面にも獣の爪痕のような傷が幾つも付けられていた。更に上部を見てみれば、樹木の枝には拳程のサイズの水々しい桃色の果実が数え切れないほど実っており、果物特有の酸味と甘味が混ざり合ったような心地よい香りが一面に広がっている。 


「うわぁー。 すごい! 果樹園みたい」  


 一本の木の枝に数十ものピンク色の果実が実っており、その木が何百本と生えているため、栽培しているのではないかと間違うほどに圧巻な光景であった。周囲に溢れる果実の優香を堪能していたシエルは、この匂いをつい最近どこかで嗅いだような感覚にふと襲われる。


「ここは……あっ、なるほど。そういうことか」


 麗しい果実を眺めながら何やら考え込んだアネットはクンクンと小さく数回鼻を鳴らした後、シエルの傍に寄って同じように匂いを嗅いだ。そして何か結論が出たのか、頷きながら一人で納得した様子である。


「えっ? なになに? アネットどしたの?」


「シエル、今朝シャワーを浴びた時にフェルノンのシャンプーを使っただろう?」


「あ、そういえば、うん。えっと、もしかしてダメ……だった?」


 今朝、シエルは起床してから神聖継承式に行く前の間にシャワーを浴びることをアネットから勧められ、その際に自由に使っていいという洗剤の中から"フェルノン"とラベルに書かれたシャンプーを確かに使用していた。ただ、センスティアに来て間もないシエルにはフェルノンという物について一切の知識が無く、どういったものなのかさっぱり分からなかった。シャンプーの入った小瓶の蓋を開けた瞬間に広がった柑橘類のような甘酸っぱく優しい香りは今でもはっきりと覚えている。


「いや、それは全然構わない。そうではなくてな。あのシャンプーはフェルノンという果物を使って私が作ったものなんだ。日の光に極端に弱いフェルノンは環境の性質上、このロングルの森でしか実をつけないと言われている。そして目の前の木々に広がっているのがフェルノンの果実だ。この森で生まれ育ったラグトスはこの香りと常日頃から共にしていることになる」


「それってどういう……?」


 アネットが何を言いたいのか、いまいち掴めないシエルは首を傾げる。騎士の少女は詳細の説明を続けた。


「ラグトスはさっきシエルに飛びかかった際に匂いを嗅いでいただろう? シエルの髪についたフェルノンの香りでこの森の懐かしさか、仲間意識みたいなものを感じ取ったのだろう。人もモンスターも故郷を特別に思うのは変わらないからな」


「はにゃ! そんなことってあるの?」


「もともとラグトスは仲間意識の強い種族だと言われている。シエルのような前例は聞いたことがないが、よっぽどのことがない限り常に群れで行動するこいつらの生態を鑑みれば、可能性としては十分有りうるだろう」


「そっかー。そうやって考えるとなんだが皆が言うほど凶悪なモンスターには見えなくなっちゃうね」


 シエルはパーティーの先頭で、暖かそうな白い毛に覆われた尻尾を楽しげに振りながらこっちを眺めているラグトスに近づくと、頭から背中、そして尾に掛けて優しく手を撫で滑らせる。それに応えるかのように白狼はシエルに体を預けた。


「さて、ここらで良いだろう」


 ロングルの森へ来た目的はラグトスを本来の住処へと送り届けることである。結局なぜ集団行動が基本なラグトスが一匹だけフィンガロー付近に現れたのかは分からず終いではあるが、レーミア・フィエルに依頼された内容はラグトスの対処だけである。原因の究明や今後の対策については今考える必要はない。


「そうだね。せっかく仲良くなれて名残惜しいけど……」


 シャンプーの香りというイレギュラーな手助けがあったとはいえ、凶悪と言われていたラグトスが自分に懐いてくれた事に喜びを隠しきれない反面、別れというどうしようもない事象に切なさがシエルの胸中にこみ上げてくる。


 一抹の寂しさを感じながらも、それをなんとか押さえ込んだシエルは、ふと何かを思いついたかのように、自身が今着ているヒラヒラの衣服のスカート部に付けられた深青色のリボンを解いた。この可愛らしいスカイブルーのワンピースは今朝方シエルがシャワーを浴びた際に代わりの服としてアネットが用意してくれた物である。シエルはアネットに確認のために問いかけた。


「あの、このリボン……コットンにあげてもいいかな?」


「コットン?」


「うん、この子の名前。真っ白でもふもふした毛が木綿みたいで可愛いからコットン!」


 そう言ってシエルは太陽ような笑顔を浮かべながら足元のラグトスに視線を落とした。


「シエルの命名の仕方はなんというか、個性的だな。リボンなら私は構わないさ。コットンに付けてあげるといい。きっと似合うぞ」


「ありがとっ!」


 シエルはアネットに感謝を示すと、手にした柔らかく触り心地の良い生地で紡がれたワンピースと同じスカイブルー色の布帯をラグトス改め、コットンにプレゼントする。コットンはシエルの行動をやや不思議そうに眺めているものの、特に抵抗する様子もなく終始落ち着いており、そのおかげもあってか、シエルの作業は難なく終了を迎えた。目の前には真っ白な毛で覆われた尻尾に鮮やかな水色のリボンを結ったラグトスの姿。白に水色というカラーリングのせいか、白雲と晴天の空を連想させられる。これに加えて太陽に見立てたオレンジ色の色彩があれば完全にピクニック日和になりそうである。


「わぁー可愛い!」


「ふむ、やはり似合うな」


「なかなか可愛いわね」


 コットンを囲む三人の少女達が一斉に口を揃えた。それを知ってか知らずか、ラグトスは自分の尾に結ばれたスカイブルーのリボンを見ると尻尾を左右に振って嬉しそうに周囲を駆け回る。


「良かった! 喜んでくれたみたい……じゃあここでお別れだよ」


 シエルの放った言葉の後半は白狼に向けられたものである。友情の記念という意味を込めたリボンを渡し終わったシエルは、ラグトスに旅の終わりを告げた。コットンもその意味を本能的に理解したのか、嬉しさで走り回る脚を止めるとシエルに瞳を向ける。 


 ロングルの森に差し込んでいた黄昏色の光はすっかり消え落ち、薄闇が姿を現し始めている。この森に済むモンスターには夜行性の種族が多く、危険なものも決して少なくはない。じきに腹を減らしたモンスター達が活動を始めるという事を考えるともうあまり長居は出来そうになかった。


「じゃあねコットン」


 シエルはもう一度だけコットンを優しく撫でてやると、別れを惜しむ気持ちをなんとか押し込めて森の出口へと歩き出す。コットンはそれを追いかける事無く、切なそうな表情で去りゆく三人の後ろ姿を静かに見送った。


 シエル、アネット、そしてふたりの数歩後ろをユウナが歩く形で、来た時よりも勢力が減ったパーティーはロングルの森の出口へと向かうべく歩みを進めていた。


 日没を迎え、尚且つ背の高い木々が辺り一面を囲うロングルの森は暗闇が漂い、一層の不気味さを醸し出している。視界不良の中、地に這う太い木々の根やゴツゴツとした荒い岩で歩き難い地形に加えて、いつどこから凶暴なモンスターが飛び出してくるかも分からない状況に先を行くアネットとシエルは緊張の色を隠しきれない。


 そんな二人の後を付いていくユウナには、違う意味での緊張が駆け巡っていた。闇の中でもはっきりと識別できるほど艶やかなプラチナブロンドの長髪がはためくユウナの額にはじわりじわりと汗が滲んでいることに前を歩く二人の少女が気付くことはなかった。

こんにちは、作者の村崎 芹夏です。


実は今回、初めて予約掲載機能とやらを使っております。


ですので、実際にこの文章を書いているのは深夜なのです! なんか未来に文章を書くなんて不思議な感じですね。


はてさて、代行神を更新致しました。


今回はラグトスを故郷へ返してあげるまでのおはなし。 そして次辺りからフラグを立てておいたユウナさんの流れの回収に入っていきます。 今回はそのための布石となるわけです。


例によって(今回は時間があるんだから事前にやっとけよ!っという正論は置いといて)誤字脱字、修正は読み返して随時行っていきます。



そういえば、新しい大賞のエントリーが開始されましたね。 今回は異世界+バトルと割と書きやすいテーマなので当然応募させて頂きます。


もはやおなじみとなった応募規定の文字数ですが、代行神は既に9万字弱・・・さすがにこれなら8月までにはゆっくり進めても10万字には届きそうなので一安心できそうです。


ただ、代行神もバトル要素はあるとは言え、メインではないので、出来ることならばバトルメインの物を新しく書いて応募したい!


しかし、いまから書き始めたらさすがに10万字は厳しそうですね><


まぁ余裕があればちょいちょいと進めていきます!




っといいつつ・・・実は今月末に急遽引越しが決まってしまい、今月半ば~来月半ばにかけてドタバタとしてしまうため執筆が進められるかわかりませんorz


週間更新が間に合わない時がちょいちょいとあるかと思いますが、ご容赦ください><


私の遅筆っぷり・・・お気に入りに入れてくださってる方々や読んでくださる方がたに申し訳なくいったらありません。



こんな作者ですけどもこれからもどうかよろしくお願い致します。


次回更新した際にも読んでいただけると嬉しい限りでございます。

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