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代行神シエルにおまかせください!  作者: 村崎 芹夏
「それでも私は……!」
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それでも私は……! Ⅲ

 シエルが怯える少女を庇うようにラグトスの前に飛び出したのは半ば無意識に近い行動であった。いくら神の代行とはいえ、シエルに戦闘能力や防御能力があるわけではない。飛びかかってくるラグトスの攻撃を喰らえばひとたまりもないのは確実である。だが、襲いかかるモンスターから少女を守らねば、そういう思考が頭を駆け回る頃には自然と体が反応していたのである。無論、ラグトスが怖くないわけではない……むしろその気性の荒さを目の当たりにし、ひどい恐怖感に襲われておもわず顔を背けてしまうくらいである。


「――シエルっ!?」


シエルの脳内には遠くで誰かが自分の事を呼ぶ声が響いていた。声を荒らげていてもこの覇気のある凛とした声色は聞き間違うはずがない。センスティアに来たばかりの自分をずっと支えてくれている仕騎の少女である。


 そして直後……"ガウゥー"という唸り声と共にシエルの全身に、まるで大きなハンマーで殴られたかのように強い衝撃が走り、それに耐え切れなかった代行神の少女の華奢な体は一メートル以上後方に弾き飛ばされ、そのまま仰向けに倒れ込んでしまう。


「くっ、うぅ……」


 急激に襲う全身の痛みと、胸を圧迫されているような息苦しさによって言葉にならない悲鳴を漏らしたシエルは状態を確かめるために、背けていた視線を正面へと戻す。するとそこには、仰向けに倒れ込んだ自身の体に馬乗りになる形で、全身を雲のように白くフサフサした毛皮で包んだ獣が牙を突き立てようとタイミングを見計らっていた。両肩に二本の前足を乗せた形で覆い被さられているのでシエルは思う様に身動きを取ることができない。加えてラグトスに飛びかかられた際に負ったのか腕部に浅い裂傷ができていた。だが、この傷の浅さは不幸中の幸いと言えるだろう。 


 ラグトスは確実に金髪の少女を仕留めるつもりで距離を測り飛びかかっていた。それをシエルが少女よりも数歩前に出ることによって必殺の軌道から逸れた状態で狩獣の攻撃を受けたことになる。だからこそ本来は必殺になるはずの獰猛なの一撃が軽傷で済んだのだ。しかし、代行神といえど、あくまでも普通の少女の域を出ないシエルにとって傷みとはすなわち、そのまま恐怖に直結するものであった。


 シエルの体の上でタイミングを見計らっていたラグトスの口元が一瞬だけ反応を見せると、意を決したかのようにその醜悪な牙をシエルに向かって突き立てようと振りかぶる。少し先からアネットが驚異的な速さでこちらに向かっているが、それでもおそらくは間に合わないだろう。シエルは自分の身に迫る絶対絶命の恐怖から、死という馴染みのない事象を心が自然と悟る。そしてゆっくりとその瞼を降ろし、視界を一面の闇に沈める。


(あの娘、ちゃんと逃げられたかな?)


 誰かの為になりたいと引き受けた代行神として最初の依頼でこのような結末。とても褒められた結果ではないが、せめてラグトスに襲われていた少女が助かれば……それは自分が望んでいた、誰かのために何かをしたい、にあたるのではないか。そう考えれば恐怖に満ちていたシエルの感情も少しは落ち着いた。


 死に際とはこんなにも時間が長く感じるものなのか……シエルの脳内が何十倍にも加速しているのか、時間の流れが異様に遅く感じてしまう。いや……確実に時間は経過していた。しかし、一向にラグトスからの追撃を受ける形跡がないことにシエルは強い違和感を覚える。恐怖に駆られながらも、恐る恐る瞳を開いてみればそこには確かにラグトスが先程までと変わらずに存在した。ただ一つ違う点といえば、シエルに突き立てるつもりでいた四本の大牙が並ぶ口は閉じられ、代わりに嗅覚の鋭そうな鼻先を下に敷いた少女の顔元に近づけてクンクンと鳴らしている。どうやらシエルの匂いを嗅いでいるようだ。


「ひゃっ!?」


 まったく想像もしていなかった情景が映し出されていたことに驚いたシエルは、その心情をまんま表したかのような奇っ怪な悲鳴を小さくあげた。


 この獣は攻撃しようとしていたのではないか? それとも、アネットを避けたように当初の標的である金髪の少女以外は攻撃をする気はないのだろうか? ではなぜすぐさま誤って飛びかかった自分から退き、本来の目標へと向かわないのだろうか? シエルは短い間に様々な疑念をかけ巡らせるが、現状の理解しがたさに答えを見出すことはできなかった。


 鮮やかな緑色の若葉が一面を埋め尽くすセンスティアの大地に仰向けで倒れ込んでいる代行神シエルの目と鼻の先に白い毛皮に覆われた獣顔が存在している。牙狼種というだけあって、狼を一回り程大きくして、すこし凶悪にした感じの風体はいかにもといったところ。間近でみるとその瞳に宿る研ぎ澄まされた獣の本能の迫力を改めて思い知らされる。


 眼を離すことが出来ない緊迫の距離。身動きの取れないシエルが、尚も匂いを嗅ぎ続けるラグトスの瞳を見つめていると、獲物を仕留めようとするその猛獣の鋭い眼光が一瞬だけ緩み、どこか優しくなった……ような気がした。無論、シエルは動物……この場合はモンスターなのだが……の表情や気持ちを読むことなんて出来ないし、いままで試したこともない。だが、例によって、なんとなく、その見間違えかもしれない程の一瞬の動作が胸の中に響いた。


 視線を僅かに横にずらしてみれば、そこでは驚異的な瞬発力で滑空していたアネットがいつの間にか間合いを完全に詰め、手にした深紅の刃が揺らぐ剣先を、今まさに中段からなぎ払いを繰り出そうとしていた。上段からの切り下ろしや下段からの切り上げと違い、中段からの払いはラグトスに下敷きにされているシエルへの配慮からである。


 ラグトスの微かな瞳の動きに何かを感じた気がしたシエルはそれを確認するなり咄嗟に叫んでいた。


「アネット! 待って!」


 突然の腹下からの大声にラグトスはビクリと体を振るわせるが、それでも尚襲いかかってくる様子はない。紅剣をラグトスに向けてほぼ振りかけていたアネットもシエルの声に一瞬の困惑を見せる。アネットからしてみれば、自身の主である少女が絶体絶命の危機に陥っている状況で手を止める理由が分からない。しかもそれを叫んだのが危機真っ最中の張本人であるシエルなのだから更に怪奇極まりなかったであろう。


 だが、アネットの振り払った刃は、ラグトスの体に僅かに届かない位置でピタリと静止していた。主であるシエルの命令に従った……というのはあまり適切な表現ではないだろう。アネットの心情を表すならば、友たるシエルの言葉を信じた、こちらの方がしっくりとくる。


 紅の騎士の剣先がラグトスのすぐ稜に置かれたままなのは、いざという時に咄嗟に反応出来るようにであろう。振りかぶった時のような体重を乗せた攻撃を繰り出すことはできないが、瞬時にダメージを与えられる分、至近距離では十分有効である。


 攻撃を一旦停止したとはいえ、未だに敵意を放つアネットに対して、ラグトスは一向に興味を示さない。自身に剣先が向けられているにも関わらずそちらを見ようともせずにシエルをただ見つめている。そして……先程までシエルの匂いを嗅いでいたウルフは再び四本の牙が覗く口を開いた。


 アネットは瞬時に紅蓮の剣に力を込めようとする。だが、次の瞬間の光景はシエルが想像したものとは異なる驚くべきものであった。


 シエルの透き通るような雪化粧の肌に当てられたのは狂嫌な犬歯ではなく、淡いピンク色の温い舌であった。ラグトスはシエルの顔をペロペロと二度、三度、無邪気に舐めている。てっきり牙を突き立てるものだとばかり考えていたアネットは呆気に取られ、手にした紅剣をぶらりと垂れ下げ、脱力した様子である。


 シエルはこの展開にそこまで驚いた様子はなく、擽ったそうな笑みをこぼしていた。この展開を予想していた……とまではいかないが、ラグトスが自分に対して敵意を失ったことを、持ち前の天性で"なんとなく"で悟っていた。


 数回程シエルの顔を舐め回したラグトスは、やがて満足したかのようにゆっくりと仰向けに倒れるシエルから立ち退く。それに合わせてシエルもゆっくりと立ち上がった。


「シエル、無事か!?」 


「うん、大丈夫だよアネット」


 小さな裂傷や軽い打ち傷はいくつか見えるが、致命傷になるようなダメージはない。シエルの元気な声を聞きアネットには極大の安堵が駆け巡っにているようである。理由は分からないが、どうやらシエルに降りかかっていた危機はとりあえず去ったようだ。


 

 切迫した状況を脱し、安心するシエルとアネットを余所に、不満気に顔を歪めるプラチナブロンドの髪が特徴的な少女は、誰にも気づかれない程小さな舌打ちを鳴らした。不快に歪んだ表情を目の前にいる二人の少女に悟られる前に、涙で潤んだか弱い少女っぽさが演出されたものに作り変えると、そのまま両名の元へと駆け寄っていった。

 

こんばんわ、作者の村崎 芹夏です。


とりあえず今週分はちゃんと更新できて良かった!(笑)


毎度ながら見直しせず、執筆⇒即投稿なのでちょくちょく誤字脱字、不具合の修正をしていきます。



今回はすこーし意味深な最後で終わらせています。 今後、この金髪の少女がどう関わってくるのか、ちょこっとでも気になって頂ければっと。


それにしても、MFブックスさんの賞に代行神も一応エントリーはしているのですが、3連タグのうち最後の郡だけかなり強引なものを選択しました(というか適切なものがなくて悩んだ末、苦し紛れに)


タグに一致しない作品は弾かれるとのことでしたが……それ以前に文字数制限で弾かれそうです(笑)


一応、一度の更新で三千字程が私の平均。それを調子が良くて週一回なのでどう考えてもあと2週間で二万字近くは厳しいですね><


十万字の壁は高いですorz



しかし悪あがきはしてみましょう。 ということで頑張って今後も執筆していきます!


では今回も読んでくださった方々、ありがとうございました。


また次回投稿した際にもよろしくお願い致します。

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