それでも私は……! Ⅰ
初夏にも似たやや暖かで眩しい日差しが頬を照りつけると同時に、街中に涼しげな風が一撫ですると爽やかな感触と自然の恵みを肌で堪能することができる。
センスティアを司るの一角を担う幼い容姿の神、からの依頼でラグトスというモンスターの対処を引き受けたとアネットはでレーミアと別れた後、街の外へ通じるに向かうべを抜け、街門まで来ていた。
レーミアからは「詳しい情報は入ってきていない」という理由から、数日前にラグトスがフィンガローの南方で確認された、という事以上の情報は得られなかった・そのためアネットと話し合った結果、とりあえず街外に様子を見に行ってみようという運びになり、フィンガローの南門へと向かっている最中である。
シエルの膝丈程までの身長しかない小人族や獣耳を生やした獣人族など、多種多様な種族が買い物を楽しみ、一番の賑わいを見せている南門のメインストリートを抜けると、そこには相変わらずに巨大なアーチゲートが姿を現した。
眼前で重厚な口を開いているフィンガロー南門は先日、シエルが興味と期待に胸を膨らませながら、同時に神の代行という大役を頼まれ、驚きと不安を抱きながら潜った大都市フィンガローの中でももっとも大きな街門である。
守衛に就いている門兵に対して、アネットは四指の敬礼を、シエルは軽く会釈をしてアーチゲートを抜けていく。すると二人の目の前に広がっていたのはやはり変わらず、見渡す限りに広大な大自然が織り成す丘陵の大地であった。
「とりあえず目撃情報のあった場所まで行ってみるとしよう」
「うん、そうだね。ところでその場所って結構距離あるの?」
先のグラズヘイム内でのやり取りの末、代行神シエルと仕騎アネットは神騎という形式の垣根を越え、より親密な関係として接する事を約束していた。その第一歩としてシエルもアネットに対して丁寧な口調は無しという流れに至った。初めこそは慣れのせいもあってか、意識をしないとつい丁寧な口調が出てしまっていたシエルだったが、グラズヘイムを後にし、フィンガローの街門を抜けるまでの間中ずっとアネットとの会話に花を咲かせ続けていた結果、若干のぎこちなさは垣間見えるものの、それなりに自然体で言葉を交わすことが出来るようにまでなっていた。この順応力の高さもシエルならではだろう。
朝早くから神聖継承式に出向いていたが、いつの間にか、様々な形をした白雲が散らばり浮かぶ爽快の空天にいる太陽はすでにてっぺんまで昇り、チリチリと熱を帯びた光をセンスティア全土に浴びせている。
「レーミア様の話によればあの大きい丘の根元辺りという事だ」
そう言ってアネットが指さした先には、いくつかの連なった小さな緑丘の先に他よりも背の高い丘……というよりも小規模の山といった方が正しいだろうそれが伺える。距離にしてみれば三、四キロはありそうだ。
「はにゃ、結構遠いんだね」
あまり運動が得意ではないシエルは、この時ばかりはセンスティアの広大な大地を恨めしく思ってしまう。
「はははっ、そういえばシエルは体を動かすのはあまり得意ではないのだったな」
「学校でも体育はあんまり……」
「そんなシエルには悪いが、今回はグドーでの移動は出来ないんだ」
「えー、グーちゃん来ないの?」
シエルは残念そうにそう呟いた。しかしそれはグドーに乗って楽をしたかったという意味ではなく、昨日の今日であるがグドーにまた会えることを心の底で楽しみにしていたからであった。
グドーは昨日、シエルとアネットがフィンガローまで移動する際に背中に乗せて運んでくれたギアナー・ナイトドラゴンである。ドラゴン種は気高い生き物で本来は他種族に懐く事は滅多にないのだが、アネットが怪我をしていた幼いグドーを保護し、育てているうちに大事な相棒となる仲にまでに至っていた。アネットの育成の賜物もあってか、漆黒の鱗に全身を覆われ、悪牙を口元から覗かせ、鋭爪が鈍く光る、見るからに禍々しい外見ととは真逆にグドーは大人しく落ち着いたドラゴンであった。そしてシエルに対しては、初対面にも関わらず大いに懐いていた。
シエルも初めこそはその強面な外観に臆していたものの、興味、欲求、好奇心の塊である彼女に限って本物のドラゴンに惹かれないはずがない。重ねてグドーの容姿とは正反対ともいえる愛くるしさのギャップに心を奪われ、すっかりと仲良くなっていたのである。
「あぁ、グドーに乗って行ったらラグトスが怯えて出てこないだろう。それで街の方向へ逃げていってしまう可能性もあるしな」
センスティアに住むモンスターの中には驚異度を示した大まかなランク別けがあり、とりわけ最上位に位地するドラゴン種が他の種族にとって恐怖にならないわけがない。ラグトスも決してランクの低いモンスターではないが、ドラゴン種の前では石ころ同然で、成す術が無いことを本能で理解しているのだろう。
「そっかー残念だなー」
「なに、グドーなら呼べばいつでも会えるさ。なんならこの件が片付いたらグドーに乗せてもらって街へ帰るのも良いだろう」
「本当!? なんか俄然やる気が出てきちゃった!」
シエルはグーに握った両手をいっぱいに空に向けて伸ばし、無邪気に嬉しそうな笑顔を浮かべた。そんな中、代行神の少女はふと思い出したかのように呟いた。
「そういえば、レーミアさんはラグトスの対処をして欲しいとしか言わなかったけど、対処って具体的にはどうすればいいのかな?」
「あのお方の事だ。被害が出ないようにしろ、対応の仕方は任せる、という意味だろう。まぁ、もっとも有効な手段は倒してしまうことだろう」
「やっぱり倒しちゃうの?」
人を襲うモンスターと聞いていた時点である程度予想はしていたものの、それが生き物という事に変わりはない。ゲームやアニメではモンスターを倒すなど、呼吸をする事ぐらいに当たり前に行われている行為であるが、いざ我が身となれば色々と考えさせられることが多い。それ故に倒すという方法での対処にシエルは少なからず抵抗を感じていた。しかし、それがもっとも適切な処置であるということも理解できるために、小さな葛藤が少女の頭の中を駆け巡る。
「場合にもよるが、現状でそれが一番確実だろう」
「そっか……」
センスティアの住人であり、騎士であるアネットはその点をしっかりと割り切っている……というよりも、何の疑問もないごく自然な事だと考えているのか、シエルのようなためらった様子は見られない。シエルが元いた世界でも国が違えば文化や風習、常識や考え方などが異なるのはそう珍しいことではなかった。郷に入っては郷に従えということわざがあるように、こればかりは慣れるしかないようだ。
少し落ち込み気味になったシエルの様子を悟ったかのようにアネットはフィンガローの事、魔力の事、魔巧師の事、魔導雑貨の事など、センスティアに来たばかりの好奇心旺盛な代行神の少女が喜びそうな話題を振り続けた。シエルも永遠に尽きることは無い程の興味という欲求に惹かれるがまま、アネットとの話を食い入るように聞き惚れ、先程まで抱いていた異世界との文化の違いは一旦頭の片隅に追いやることに決めた。
シエルとアネットは時間も忘れる程に尽きることのない会話を楽しんでいた。その間も半ば無意識に歩みを進めていたため、いつの間にかとりあえずの目的地である背の高い丘は目の前に迫っていた。街の出口から眺めた時は随分と距離があるように感じたが、何かに夢中になりながらの移動となれば随分と短く感じるものである。
「ここらが情報にあった場所だな」
そこは周りよりも少し高い丘になっており、辺りを一望できる見晴らしが良い場所であった。遠くには小さくフィンガローのアーチゲートも伺える。足首程までの背丈の植物が一面に青々と生え渡り、白や黄色、赤といった見たことない花々も至るところで根を張っている。丁度シエルが初めてセンスティアに降り立った場所の雰囲気と似ていた。ただひとつだけ違う点……それは見上げてようやく天辺を見ることができるほどの大樹が一本だけ鎮座している事である。人間十人分はあろうかという巨大な幹からは、複雑な構造で伸びた枝が幾重にも連なり、その先には正に大自然とでも言うかのように深緑色をした葉が一面を覆っている。葉々の垣根から僅かに溢れる優しげな木漏れ日がなんとも気持ち良さそうである。
「ここらへんか~、ってあれ? そこに誰かいない?」
シエルが見つめる先、大樹の真下あたりに確かに人影のようなものが確認できる。そして影は一つだけではなかった。その人影の横にもう一つ。こちらは人ではないようだ。もっと背が低い……というより四足歩行の……まるで大型犬のようなシルエットである。
アネットもそれを確認すると何か予感が走ったのか、やや慌てた様子である。
「急ごう、なんだか嫌な胸騒ぎがする」
「うん」
二人は駆け足で大樹の元に落ちる二つの影を目指した。二つの影が見えた大樹の根元まではそう遠くはなかった。シエルとアネットの両名は逸る予感を打ち消すかの如く、全力で柔らかな新緑の植物が生え並ぶ大地を翔ける。
こんばんわ、作者の村崎 芹夏です。
はてさて……大変お待たせいたしました! 週間更新を目指していたにも関わらず、3週間も間が空いてしまうという失態を犯してしまいましたorz
そして3週間もあった癖に今回も割と短めという>< ダメダメですな。
その詳しい言い訳はあとで活動報告にでも^^;
お気づきの方もいるとは思いますが、私が代行神で章ごとに使用しているサブタイトルはその章の中でのシエルさん(今後、アネットがメインで進む話があればアネット)のセリフを使っているのですが、今回のサブタイはもしかしたら途中で変更するかもです。
今回はグラズヘイムを出てからフラグ発生までを書いていますが、移動メインですね。
移動というのはあっさりと数行で終わらせることもできるのですが、私自身がそういうのは苦手でして…… っというよりも”小説”という文字で全てを表現するメディアの面白みは単純な動作でも鮮明に伝えることだと思っています。
読み手側からすればもっと手短にストーリーを進めて欲しいものだとは思いますが、やはり私はこういう回りくどい書き方しかできないので^^;
こんな私の文章でも読んでいただき、あまつさえお気に入りに入れてくださっている方々には本当に感謝です。
次回からはいよいよラグトスの話が動いてく……のかな!?(笑)
ではでは今話も読んでくださった方々、本当にありがとうございます。
また次回更新した先にはよろしくお願いいたします。