表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
代行神シエルにおまかせください!  作者: 村崎 芹夏
「代行神シエルにおまかせください!」
21/52

代行神シエルにおまかせください! Ⅸ

 神殿に入った時と同様にレーミアはなんの障害もなくあっさりと大扉を押し開けた。先刻と同様に重苦しい悲鳴をあげながら扉が開ききると、そこには腕を組みながら落ち着かない様子で立っているアネットの姿があった。二人が部屋から出てくるのを見ると、ガシャリという鎧の金属音を発しながら急いで駆け寄ってくる。


 アネットはちらりとシエルの右手の甲に視線を落とし、神の証であるが刻まれている事を確認すると、安堵したのかのように呟いた。


「無事終わったのですね」


「あらあら、恋する乙女のような顔をしているわよ、アネット」


 さっそくアネットにからかいを入れるレーミア。しかし、アネットも頻繁に弄られていたというだけあって耐性がついているのか、苦笑いを浮かべながらさらりと流している。レーミアもまるであっさりとされるのが一連の流れだと思っているのか、満足気な表情を浮かべていた。レーミアを軽くあしらったアネットは続いてシエルへと声をかける。


「シエル様、正式に神の任に就かれたこと、おめでとうございます」


「はい! ありがとうございます!」


 ふとシエルはアネットに違和感を感じた。


「これより私がシエル様の仕騎となり、全力でサポートさせていただきます。なんなりとお申し付けください」


 ここで違和感の正体が分かった。言葉がおかしいのである。言葉の内容ではなく、言葉使いそのものだ。神聖継承式の前まではシエルに対してもっと砕いたラフで対等な言葉使いだったアネットだが、急にそれが畏まったものに変わっている。まるで目上の者と話をするかのように。


「あの、アネットさん、その言葉使いは……?」


 いままでとは急に変わってしまった事に違和感しか浮かんでこない。妙な居心地の悪さに耐えかねてシエルは問いかけた。


「シエル様は正式に神の代行となられ、私はそれに仕える騎士です。お気になさらず。それと私に対しても丁寧な口調を使う必要はありません」


「えっ、そんな事気にしないでください。神様っていっても実感はないですし、それに私は私なんだからいままで通りのしゃべりかたで良いですよ」


「そういうわけにはいきません。神と仕騎の関係とはそういうものなのです」


 アネットの凛々しい声はこれまでとなんら変わらない。しかし、口調が丁寧になってしまっただけで一気に彼女との距離が開いてしまった気がする。せっかく仲良くなれたと思ったのに一瞬にして心にポッカリと穴があいてしまったような空虚感がシエルを襲う。他人行儀でよそよそしく感じてしまうこの感覚にどうしても耐えられそうになかったシエルは珍しくアネットに食い下がっていった。


「あの、私……やっぱり今まで通りのアネットさんが良いです」


「いや……しかし……」


 シエルの懇願するような潤んだ瞳で見つめるという、思わぬ反抗を受けたアネットはどう返すべきかと怯み、たじろんでしまう。それを見かねた……というよりも面白そうだとレーミアが会話に割って入ってくる。


「うふふふ、このやりとり懐かしいわね」


「懐かしいってどういうことですか?」


 幼き容姿の神が発した意味がよくわからなかったシエルは聞き返す。一方、アネットの方はなにやら思い当たる節があったのか、バツの悪そうな表情をしていた。


「アネットが元々ゲンロウの仕騎だったことは聞いてるわよね? この娘ったらゲンロウが神になった時も全く同じやりとりをしていたのよ。私は仕える身だからなんとか~って必死だったの。だけどゲンロウもシエルみたいに我の強い人でね、一向に譲らなかったのよ」


 ゲンロウが神聖継承式を受けたときもレーミアが承人になったということだろう。ならば一体この人はどれほど前から神をやっているのだろうか……シエルの中でそんな小さな疑問が湧いてきたが、そんなことよりも話の続きが気になりレーミアを急かす。


「それでどうなったんですか?」


「結局はアネットが根負けしてね。お堅い喋り方はなしになったのよ、ね?」


 言葉尻は完全にアネットに向けられたものであった。話を振られたアネットは少し悩んだ末に弱々しく口を開いた。


「私は仕騎として……」


「あの時ゲンロウが言った言葉覚えてる? 『傍に身を置く者同士なら尚更、形式ばった接し方よりも自然体の方が信頼し合える』 あれね、本当にそうだと思うわ」


「しかし……」


 レーミアに押されてなのか、徐々にアネットの口どもりが大きくなっていく。すると半ば幼神と紅騎士の会話になりつつあったところへ意を決したかのようにシエルが割り込んだ。


「あ、あの! 私、アネットさんとは神様とか仕騎とか関係なく接したいです」


 シエルの純粋な気持ちがいっぱいに篭った力強い発言は、頑固に徹してきたアネットの心を大きく揺さぶる。


「今まで通り……がいいのか?」


 アネットの喋り方がこの瞬間だけ元に戻る。シエルはそれを聞き逃さなかった。天使のような屈託のない満面の笑みをアネットに向けると、最後に一言優しく、そしてめいっぱいの気持ちを込めて呟いた。


「だって友達だから!」


 アネットとは出会ってまだそれほど時間は経っていない。彼女と行動を共にした少ない時の中でアネットという人間を全て理解したとは到底思っていない。しかし、彼女の持つ優しさ、物事に立ち向かう勇敢さ、背負うものの重さ、この世界を愛する気持ち、色々なものが伝わってきた。自分を美しきセンスティアへと導いてくれた紅の騎士の少女。アネットには心から感謝をしている。彼女からの温もりはとても心地の良いものであった。たった少しの時間しか過ごしていないのに、シエルの中でアネットは一緒にいると楽しい、安心できる、そしてなにより信頼できる存在となっていた。そんな彼女の事を既に大事な友人だと自然に認識していた。


「私とシエルが……友達……?」


「えっと、もしかして嫌でしたか?」


「そんな事あるわけがない! すごく嬉しい……だが、神騎の関係である私たちが友達などと……」


 アネットは困り顔を浮かべながら、是非を問うかのように隣にいる幼子のような容姿の神へと視線を移した。レーミアもそれに気づいて軽く応える。


「あら、別にいいんじゃないかしら。神と仕騎が友達になっちゃいけないという決まりがあるわけではないのですし」


 そう言うレーミアの表情は、面白いものを見つけた子供のようにニタリと微悪な笑みが滲んでいた。しかし、それを聞いたシエルはレーミアの思惑など気にも止めず、嬉しさが存分に弾けでている愛らしい笑顔をアネットに向ける。


「じゃあ決まりですね!」


 シエルとレーミアの強い押しに完全に負けたアネットはどこか清々しいような苦笑を浮かべながら遂に折れた。


「そういうこと……みたいだな。ただし、ひとつだけ条件がある」


「条件……ですか?」


「私を友としてくれるならば、シエルも私に対してのその丁寧な口調はやめて欲しい」


「はにゃ!」


 少し考えてみれば当然の事である。今まで通り砕いた口調で話して欲しいと頼んでいた本人がずっと丁寧な言葉遣いで話していたのだ。そんな不公平なことを、今更ながら指摘されて気が付いたシエルは思わず変な声を上げてしまった。


「そうです……だよね。私も直さないといけないで……いけないよね」


 いままで自然に丁寧な言葉を使っていただけに、友達らしい喋り方というものはなかなかに難しい。油断するとすぐ言葉が戻ってしまいそうになる。シエルは慣れない訂正を加え、苦戦しながらアネットに応えた。


「はははっ、実にシエルらしいな。まぁ無理のない範囲で構わないさ」


 すっかりシエルのペースに飲まれてしまったアネットは、既に神聖継承式の前の接し方に完全に戻っていた。アネットとしても正直に言えばこちらの喋り方の方がしっくりとくるし、シエルとの繋がりも強く感じられた。シエルが自分の事を友達だと言ってくれた。代行神としてではなく、シエルという一人の少女として、その人間性に惹かれていたアネットにとってこれは心から嬉しいことであった。 


「はい! ……あっ、うん!」


 まだぎこちない喋り方でシエルの発する明るい声は、グラズヘイムの内部を照らすように優しく響いた。 


「二とも話は纏まったみたいね。お互い自然な方がこっちとしても安心だわ。それはそうと、いきなり話が変わって申し訳ないのだけど、フィンガローの近くでラグトスが出現したっていう噂は聞いたかしら?」


 後半の言葉を聞いた瞬間、シエルとの会話で緩んでいたアネットの表情が一気に険しくなる。


 ラグトス……シエルはその言葉をつい最近聞いた覚えがあった。今朝、メルヴィンとの会話の間際に出てきた名称であった。『フィンガローの近くに《はぐれラグトス》が現れた』メルヴィンは確かそう言っていたはずである。ついでに不確かな情報なのか、噂という点も強調していた。あの時はラグトスという生物が現れてあまり良くない状況かもしれない、という程度の認識でしかなかったし、シエルはその意味や重要度なども全く理解していなかった。


「その話は耳にしました。しかしあくまでも噂の域を出ない話だとも」


 相変わらずに険しい表情のアネット。ラグトスという生物が街の近くで発見されたのがなかなか好ましくない事が容易に伺える。彼女から発せられる声からは、噂であって欲しい、という願望にも似たものを感じられる。


「そう、やはり話は広がってしまっているのね」


「と言いますと、やはり?」


「えぇ、残念ながら本当よ」


 二人の会話がグラズヘイムの廊下を不穏な空気で包み込む。話の内容からあまり良くない方向に事が進んでいることだけは分かったが、それ以上を理解しようとシエルが口を挟む。


「あの、そのラグトスってのは何なんですか?」


「そうか、シエルは知らなかったな。ラグトスは中型ののモンスターだ」


「狼……ですか?」


「まぁそんなとこかしら。気性が荒くて人に危害を加える事例も少なくないわ。昔、小さな村がラグトスの群れに襲われて壊滅的な被害を受けた、っていう事件もあったのよ」


「じゃ、じゃあ危ないんですか!?」


「そういう事になるわね。ただ、幸いなことに今回フィンガロー近くで見つかったラグトスは一体だけ。普通は群れで行動するモンスターなんだけど、はぐれたのが迷い込んだのかしら」


 そこまで言うとレーミアは、小さくニタリと悪戯めいた笑みを浮かべてから、あらかじめ何かを決めていたかのように言葉を続ける。


「このラグトスの対処、あたしがやってもいいのだけど……ねぇシエル。せっかくだし初めての仕事やってみないかしら?」


「――それって私が……」


 シエルが豆鉄砲をくらったように驚いた表情でレーミアに意味の確認をしようとしたとき、それを完全に遮る形でアネットが声を上げていた。


「レーミア様! いくらなんでもいきなりラグトスの対処とは如何なものかと!」


 アネットの焦りから見るに初任のシエルにとって荷が思い事案であることは間違いなさそうだ。しかし、高揚した剣幕で迫られたレーミアは表情を変える事無く、相変わらず小悪魔のような笑みで話を続けた。


「ラグトスと言っても一体だけよ。それにアネットだって従いているじゃない。ふふふっ、それともあなたじゃシエルを守ることはできないのかしら?」


 普段弄られ慣れていると言っていたアネットだが、どうやらレーミアの方が一枚上手のようである。アネットのツボを完全に理解してそこを突いて来た。いかにも安っぽい挑発だが、レーミアのこの発言は完全にアネットの騎士としての誇りに火をつけることとなった。 


「くっ……分かりました……しかし、あくまでも引き受けるかどうかはシエルの意思が第一です」


「そうね。シエルはどうかしら?」


「私が付いているから安全面では一切心配しなくて良い。ただ、大変な案件に変わりはない。それを踏まえて……」


「あの、私!」


 今度はアネットの言葉をシエルが遮る。


「私……そのお仕事やってみたいです!」


 その言葉は半ば自然とシエルの口から流れていた。一筋縄ではいかない事であることはなんとなく分かる。アネットが自分の事を心配していることも分かる。しかし、自分が代行神となって初めての依頼である。誰かのためになれる仕事なのである。自分がセンスティアに来た理由、そして代行神になった意味を決定づけるためにもシエルは何としてでも成し遂げたかった。なにより、アネットという頼れる友人が一緒にいるというだけで絶大な安心感があった。


「それじゃシエル引き受けてもらえるかしら?」


 まるでこうなる事があらかじめ分かってでもいたかのようにレーミアは特に驚いた様子もなく最後にシエルに確認をする。


「代行神シエルにおまかせください!」


 シエルのめいっぱい明るい太陽のような声色が辺りいっぱいに翔ぶと、不敵な笑みを浮かべていたレーミア、やや厳しい表示で顔を顰めていたアネット両者の顔に優しい笑みがこぼれていた。


 

 


こんばんわ、作者の村崎 芹夏です。


はてさて、やっとこさ少しだけ余裕をもって更新できました。


今回は会話が多めかな? アネットさんとシエルの敬語を使うだの使わないだののくだりはお互いの仲の前進のために前々から入れようと思っていたのですが、ちょこっとだけ強引だったかな? という懸念もありますが、まぁいいでしょう(笑)


そしてやっとこさ本題に突入できました!ここまで来るのにこんなに長くかかるとはorz


一応、このラグトス事件の解決で一巻の終わりにしようと最初から考えていたのですが、本題に入るまでの長さが異様でしたね(笑)


なにはともあれ今話で場面の区切りとなりましたので、次からは新しい段へと入っていきます。


ではでは今回も読んでくださった方々、ありがとうございました。


また次回投稿した際にはよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ