代行神シエルにおまかせください! Ⅷ
神聖継承式、それは大それた名称の割には想像よりもだいぶあっさりとしたものであった。レーミアとシエルの二人だけで魔法紋様の刻まれた青炎ゆらめく室内に入ると、入口の扉は悲鳴のような低音を発しながら自動的に固く閉ざされた。
自分よりも幾分背丈の低い可愛らしい容姿の神には「リラックスをして居ればいい」とだけ伝えられた。それ以外はどんなことをどうやって行うのか、どのくらいの時間がかかるのかなど何も聞かされることが無かったため、少々不安になるが、レーミアの言葉通りにできるだけ落ち着くことの出来る姿勢で待機する。するとレーミアは如何にも儀式らしい口調で言列を繋げ始めた。
「センスティアに身を捧げし四神が一人、レーミア・フィエルがとなり、ここに新たなる神の継承を見届ける」
腰程まであるしなやかな銀髪を揺らしながら発せられるレーミアの声は、相変わらずに銀糸で紡がれた弦を弾いたかのように高く、柔らかく、甘美な音色であったが、この儀式の流れの中ではどこかアネットのそれにも似た力強さが感じられた。
「レーミア・フィエルが承人としてシエルに問おう。そなたには神の代行人としてセンスティアに身を呈す覚悟はあるか?」
レーミアのガラス細工のように澄みきった翡翠色の双眸がシエルへと向けられる。シエルは一度大きく深呼吸を行うと、あらかじめ心に決めていた決意を言葉にする。
「はいっ! しっかり務まるか不安ですけど、でもやりたいです! 精一杯この世界のためになりたいです!」
その言葉を聞いたレーミアはそのあどけない顔に一瞬だけ優しい笑みを浮かべる。しかし、それをシエルに悟られる前に表情を締め直し、式を続行する。
「そなたの意志は然と受け止めた。我が名を持ってシエルをセンスティアの新たなる神の代行として迎えよう」
ここまで言い切るとレーミアの形式ばった硬い口調は一気に解け、先程までと変わらない少しばかり上品なしゃべりかたに変わる。
「シエル、右手を出してごらんなさい」
レーミアに言われた通り右腕を前に差し出してみると、手の甲には身に覚えのない、しかし見覚えのある紋様が浮かんでいた。センスティアに来て幾度となく目にした純白の双翼に西洋剣が添えられたものである。
「いつの間に!? これって?」
儀式を行う前には確かに存在していなかったものである。おそらくは神聖継承式の中で知らないうちに浮かび上がったのだろう。そして、神聖なグラズヘイム内でも何度も見かけたエンブレムであることを考えれば、シエルにもこれが重要なものだということはなんとなくわかっていた。
「神紋よ。まぁ、簡単に言ってしまえば神様の証ってとこかしら」
「神様の……証……」
手の甲を顔の前にまで持っていき、授かった証の重みをじっくりと眺めるシエル。
「神紋は基本的にはテトラ・テオスとその仕騎に授けられるの。シエルは神の代行という立ち位置だから例外にあたるのだけどもね」
レーミアは細いラインの顔に優しげな表情を浮かべつつ説明を続ける。
「神の居城に入るときにアネットがやってみせたと思うけれど、神紋を持つ者は神域の地踏み入ることが出来るわ。そうね……鍵みたいなものかしら」
確かにアネットの左手の甲にもリーンがあったのをシエルは思い出していた。彼女はリーンを使いこの城の入口を開けたのだ。
「リーンに刻まれた剣の柄の部分を見て。色が付いてるのがわかるかしら?」
「あっ、はい! 綺麗な緑色です」
シエルの手の甲に浮かんだ紋様の西洋剣の柄の部分だけ塗質が違うのか、磨き込まれた宝石のようなエメラルドグリーンに輝いていた。
「そこだけは神々でそれぞれ色が異なっていて、自分の仕騎とお揃いになっているの。ちなみに私はルビーレッドよ」
そう言ってレーミアはゴシック調の真っ紅なドレスの袖を捲り、自身の雪化粧を施したかのように白みがかった綺麗な右腕をシエルに差し出した。すると、そこには確かに麗美に煌く深い紅色の柄を持った西洋剣が添えられた双翼のエンブレムが存在していた。
城門の時にはチラリとしか伺うことが出来なかったが、この話からすればアネットの神紋もシエルと同様のエメラルドグリーンの柄のはずである。
「それともう一つ、リーンは主たる神と仕騎を強く結びつけるの」
「結びつける……ですか?」
「これは感覚的な事も含まれるから口で説明すると色々と面倒なのよね。まぁ、慣れてくれば徐々に分かると思うわ」
「はにゃ、わかりました」
「さて、これで式は終わりよ」
「はい――って、えっ? これだけなんですか?」
時間にすれば十数分といったところであった。神聖継承式などという如何にもな名称からもっとお堅い内容を想像していただけに、あれだけの応答で全てが終わったという事にシエルは思わず拍子抜けしてしまう。センスティアでは本当に事あるごとに想像の上を行くことばかりである。
「そうよ。言ったでしょ。説明するよりも進めちゃったほうが早いって」
「なんかちょっとだけ拍子抜けしちゃいました。なんか実感がないっていうか」
「うふふ、私も式を受けたときは同じことを思ったわ。でもリーンを授かったって事はちゃんと式は完了して、正式に神として認められているから安心していいわ」
「はい!」
「それと……神聖継承式とは本来、その名の通り前任の神から神聖、つまり神としての地位や神力を受け継ぐ式なの。でもシエルは異例中の異例。前任のゲンロウが神の任を解いていない状態での継承だからあくまでも代行扱いになるわ。だから神としての力とかも本来よりもかなり不十分になってると思うから、その点だけは注意しておいてね」
「わ、わかりました」
「さぁ、これから神としてバシバシ働いてもらうから覚悟してね」
どこか楽しげに、期待の篭った妖麗な笑みを投げかけるレーミアに、シエルはさっきよりも一層強く返事をした。
「はいっ!」
「さぁ、そろそろ部屋を出ましょうか。きっと外であなたの仕騎がそわそわしながら待っているわ」
一見アネットの事を心配しているような口ぶりであるが、そんな言葉とは裏腹にレーミアの緩んだ表情にはどこかイタズラ好きな子供を連想させるものがある。きっとアネットに対して何らかの弄り遊びを考えているのだろう。
こんばんわ、作者の村崎 芹夏です。
どうにも思い通りにストーリー展開が行かなくてシクシクしております。
今回でキリにしたかったのにまた少しだけつづいちゃいました><
というのも、この先ももう少し執筆できてるのですが、どうにも長くなりそうなので例によって2分割での更新にしちゃいます。
次こそ、次こそ…この章の区切りになるはず!
それと、代行神とは別に男主人公+ヒロインのバトル物の執筆も少しずつ勧めております。 というか、以前から書いてあったものを修正を加えながら書き下ろしているって感じなのですが。 できれば賞に応募したいものですが、どう考えてもいまの執筆ペースだと文字数制限に届かない><
そして代行神は代行神で応募要項に沿った内容ではないので応募できなさそうな……
ちょっと残念ですね><;
そんなこんな今回も読んでくださった方々、ありがとうございます。
次回投稿した際にもよろしくお願い致します。