私が神様の代行ですか!? Ⅱ
「はにゃ! 到着するまでに凄い疲れそうですね……」
あまり身体能力に自信のないシエルがやや悲しそうな表情になると、横でそれを見ていたアネットが不思議そうな顔をした後、言葉の意味を理解したらしく、可笑しそうに笑いながら補足を加えた。
「はっはっは! まさかあそこまで徒歩で行ったりはしないさ。こいつに頼む」
そう言うとアネットは右手の人差し指と中指をピンっと伸ばし口端で軽く咥え、一息の深呼吸をしてから指笛を大自然が広がる高原に鳴り響かせた。
何事かとアネットを見つめるシエル。意味がありそうな行動だった割りには何事も起こらない。今度はシエルが不思議そうな顔を浮かべているが、数秒後、《それ》が視界に入ってきた。
どこまでも続いていそうな蒼天の空の水平線上に、なにやら黒い点が一つ蠢いているように見える。目を凝らしてそれ見据えると、先程よりもその点は大きくなっており、まだ尚徐々に大きくなり続けている。
更に数秒後、それが間違っていた事に気付かされた。黒点は大きくなっているのではなく、とんでもない速さでこちらに近づいて来ているのである。
やがて、滑空飛行で風を裂く轟音と共に《それ》は完全に視認できる距離まで近づき、シエルとアネットの髪や衣服を、漆黒の両翼から放たれる風圧で靡かせながら両者の目の前に着陸すると、一声小さく咆哮し、翼をたたんで休めた。明らかに異質な《それ》の姿を確認したシエルは驚きと好奇心の入り混じった表情で大きな瞳を輝かせている。
アネットに頭を撫でられ、気持ち良さそうにうっとりとした表情をみせる《それ》はシエルが元々いた世界には確実に存在しない生物であるが、架空の物語などではよく登場する、誰しもが知っているものであった。
「――ド……ドラゴン!?」
漫画やアニメといった空想上の世界ではお馴染みというべき生物。ドラゴンが目の前に確かにいた。
体長は四m弱といったところだろう。禍々しい棘が幾重にも連なった尾を含めればもっと寸法は伸びるだろう。漆黒の鱗で覆われたその体から生える腕の先端には凶悪そうな尖爪が鈍い輝きを放ち、太い両脚はがっしりと大地を掴み、自身の巨大な体を支えている。顔の中央辺りまで裂けた大きな口元から覗く鋭牙は、まるで研ぎ澄まされたナイフのように太陽光を浴びてギラリと凶悪そうな鈍い光を放っており、いまにもシエルにかぶりついて一口で丸呑みにされてもおかしくない程の迫力である。
全身に纏った黒鱗の鎧と攻撃的な牙や爪が特徴的なそれは、まさしく神話などによく出てくる漆黒のドラゴンそのものである。
「私の大事な相棒、ギアナー・ナイトドラゴンのグドーだ」
アネットはにっこりと自慢げな表情でグドーという名の相棒の頭を撫で続けている。
「わぁ……すごい迫力!」
巨体を漆黒色で覆われた風体から、息を飲んでしまう程の威圧感を感じるものの、初めて見る異世界の生物に興味津々のシエル。だが、興味と恐怖が交差する心境もあってか、どうにもたじろいでしまい、一歩を踏み出す事が出来ない。
アネットは、まるでペットの小動物とじゃれ合うかのようにごく自然にコミュニケーションを取っており、シエルも同様に触れ合いたい欲求に駆られるも、好奇心よりもまだ若干、恐怖心のほうが上回っているため、手を伸ばしたくてもモドモドとしてしまい、なかなか触れることができない。それを見てアネットはクスリと小さく笑った。
「グドーは良い子だから他人に危害を加えたりはしないさ。怖くないから撫でてあげるといい」
「は、はい!」
アネットのように頭部を撫でようと再チャレンジするシエル。それに反応したのか、グドーがフンと鼻を鳴らしたのに驚きつつも、ゆっくりと手を近づけ、そしてついにドラゴンの頭部に指先を触れさせることが出来た。
全身を鱗に覆われているため、硬質な質感だと想像していたが、それは思っていたよりも柔らかく、フニフニとしていた。
指先でちょんちょんと数回小突いた後、恐る恐る手のひら全てを撫でるように優しく鱗肌に滑らせる。それに呼応するかのようにグドーは"クーン"と一度小さく鳴くと、アネットの時と同様に気持ち良さそうな表情で「もっと撫でてくれ」と言わんばかりに頭を突き出して更なる触れ合いを要求してきた。
その外見とは似つかわしくない程の愛くるしい仕草を目の当たりにして、シエルがいままで抱いていた恐怖心はあっという間に吹き飛び、これでもかと言わんばかりに頭部から首元にかけて優しく撫で滑らせる。
「ホントだ! ちょっと怖かったけど、凄く可愛いです!」
興奮した面持ちでグドーを可愛がり続けるシエルの横で、意外にもアネットは目を丸くして驚いている様子であった。
「これはビックリだな。ドラゴン種、特にギアナーナイトドラゴンはプライドの高い生き物で本来人間に懐くことはほとんどないんだ」
「えっ、そうなんですか? でもこの子は……」
「グドーはこいつがまだ赤ん坊だった時に巣であるギアナー山脈から遥か遠く離れた森で弱っていたのだ。恐らく群れからはぐれ、自分で狩りも出来ずに衰弱する一方だったのだろう。それを私が発見、保護していままで育ててきたのだ。だから人間慣れしているし、ちゃんと躾てあるから人間を襲うこともない。だが、それでも今まで私以外の人間に懐くことは無かったんだが……」
両腕を胸元で組み、なにやら嬉しそうな笑みを浮かべるアネット。その横では漆黒色のドラゴンが背から伸びる黒翼を小さくバタバタと動かしながら、口元から舌をチョロンと出し、シエルの顔を一舐めした。
「ドラゴン種が相手を舐めるのは友好の証だ。どうやらグドーは本格的にシエルの事が気に入ったらしいな」
「きゃあ、グーちゃん、もうくすぐったいよー」
シエルがグドーと楽しげに接している時に口にした単語にアネットが興味深そうに食いついた。
「グーちゃん?」
「あっはい。グドーだとちょっと怖いイメージかなって。だからグーちゃんです!」
シエルはまだ楽しそうにグドーとじゃれ合っている。それを見ているアネットの表情もどこか楽しげである。
「グーちゃんか、なかなか可愛らしいな」
「ですよね!」
そこでアネットは思い出したかように話を変えた。
「おっと、ちょっとのんびりしすぎたな。では行こうか」
そう言うと、アネットはおもむろに眼前でくつろぐグーちゃんこと、グドーを駆け上がり、漆黒の鱗が覆う背中に跨ると、シエルにも同じく乗るよう促した。
こんばんわ、作者の村崎芹夏です。
代行神の2話目の投稿になります。 1話の時にも書きましたが、代行神は執筆のストックがないため完全に更新頻度、量は気分次第になります(笑)
書ける時になるべく書き溜めて、ちょっとずつ更新というスタイルが理想的なのですが、なかなかそうも行かないもので・・・orz
これを書いていて思ったことなのですが、クルーエルラボのようにダーク系よりも明るいファンタジー系の方が情景を文章にし易いですね。
クルーエルラボはどういう風に説明すればいいのか悩んでたりするのが多いのですが、こちらはスラスラと筆が進みます。
はてさて、今後シエルさん、アネットさん、そして後々出会っていくことになる個性豊かなキャラクター達にどんな波乱万丈な展開が待ち受けているのでしょうか?
今後も不定期更新になるかとは思いますが、どうぞよろしくお願い致します。