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代行神シエルにおまかせください!  作者: 村崎 芹夏
「代行神シエルにおまかせください!」
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代行神シエルにおまかせください! Ⅳ

 繊維のきめ細やかさが、まるで美しい夜景を細部まで表現しているかのようなパープルブラックのカーテンの隙間から心地よい温もりを持った朝日が差込み、スヤスヤと気持ちよさそうに眠るシエルの顔をうっすらと照らす。 


「う……うぅん~」


 閉じた瞼越しからでも十分に分かる日昇の合図を受け、アネットが準備してくれたであろう純白のシーツで眠っていたシエルは睡魔と闘う小さな呻き声をあげた。すると部屋の外から睡魔に誘われるシエルを引き戻すがノックが響いた。


「シエル、起きてるか? 朝だぞ」


「わぁ……あねぇっとさぁんー。ふぁ~い」


 首をコックリコックリと上下させ、寝ぼけ眼を指で擦りながらなんとも気の抜けた返事をすると、鈍足の動作でベッドから這い出しドアへと向かうシエル。ショートボブの髪はところどころハネており、典型的すぎる寝起き少女像が出来上がっていた。


 ふらふらとおぼつかない足取りながら、やっとのことで部屋の入口までたどり着いたシエルが軋み泣くドアを開けると、そこには昨日と変わらずに豊満な胸元がひときわ目を引く姿のアネットが笑顔で出迎えていた。


「はははっ、シエルは朝が弱いみたいだな。おはよう」


「はにゃ、おひゃようございますぅ」


「髪もボサボサだな。引き継ぎ式までまだ時間もあるし、シャワーを浴びてくると良い」


 寝起きの姿が面白かったのか、クスリと優しい笑顔でシエルを眺めたアネットは廊下の奥を指差しバスルームの場所を示した。


 一瞬だけボーっとするシエル。そして昨日は一日中歩き回ったり、探し物をして汗をかいていたにも関わらず、疲れのあまりにお風呂に入らずに寝てしまった事を思い出した。何かを思い出したように、ハッと俊敏な動作で目を見開く。服の袖を鼻先まで持っていき慌てて嗅いでみるが、そこからはシエルが危惧するようなものは漂ってこなかった。むしろ洗剤の清潔感ある香りがほんのり鼻腔くすぐる程である。しかし、そんな行動をとってみたものの、シエルにとって臭いが出ているかどうかは問題ではなかった。年頃の少女が例え一日とは、いえシャワーを浴びる事が出来ないということは死活問題といっても過言ではない。


「お言葉に甘えてシャワーお借りします」


 アネットに軽く会釈したシエルは、彼女の示した先へと向かう。

 神務所の浴場はある種、幻想的な空間であった。床は綺麗に正方形に切り揃えられた純白と漆黒の石質のタイルが交互に敷き詰められている。壁側のタイルは爽やかで落ち着いたスカイブルーで統一されているが、至るところにオレンジ色に発光する魔導灯がお洒落に埋め込まれており、室内灯の役割も兼ねていた。


 恐らくシャワーヘッドだと思われる物は、シエルが知っているそれとは少々形が異なっていた。二の腕ぐらいの太さがある棒状の物体が壁際頭上の空中から生えており、水を供給するはずのホースの類は存在せず、蛇口等も見当たらない。


 大人四人が優に浸かれそうな程の広さを持つ浴槽は、黒曜石にも似た深い黒色の不思議な材質だが、その見た目の厳つさとは裏腹に触り心地はなんともしっくりと落ち着くもので、この浴槽でウトウトしてしまったらそのまま気持ち良く夢の中に入れそうである。


 アネットがあらかじめ用意しておいてくれたのだろう。浴槽には湯気を吐き出す熱いお湯が既にいっぱいまで張られている。昨日の疲れが少し残っているが、とりあえずシャワーだけでもと思っていたシエルにとってこれはとてもありがたかった。


 浴室にある仕切扉の奥、脱衣所から人影が現れ浴場に目を輝かせていたシエルに声を掛ける。


「シャワーはノズルのすぐ手前を指で軽くタッチすると水が出てくる。指を上下させれば温度、左右で水量の調節が可能だ」


 少し戸惑いながらアネットの指示通りシャワーヘッドらしき物体のすぐ手前の何もない空間に手を触れてみる。すると微かな接地感とともに空中から生えている棒状のそれから勢いよく微温い水がシエルに向かって吐き出された。新鮮な操作方法に感動を覚えつつ次は温度調節を試みる。再度、何もないはずの空間に指を置き、少しずつその指を上方へとスライドさせてみる。すると、その動作に一縷の遅れもとらず、比例して流れ出てくる水温が上昇していく。 


「わぁ! 面白いっ!」


 調子にのって水温を上げ過ぎてしまい、慌てて少しだけ戻す。やがて自分にぴったりの温度を見つけると、昨日の疲れを全て洗い流すかのように全身にシャワーを浴びる。


「洗剤は足元の物を自由に使ってくれ」


 扉越しでも相変わらず覇気のある声のアネットに促され、足元を見てみるとそこには実に二十種類以上のビンが小棚に綺麗に並べられており、中には高粘度で色とりどりの液体が収められていた。各ビンにはそれぞれ中身を記したラベルが貼られている。それを見れば、ボディソープだけでも五種類、シャンプーやリンスで十種類、その他に洗顔剤などが一通り揃っているようだ。たくさんの種類があるのはアネットの趣味なのか、それぞれ香りなどが微妙に異なるようである。 


 そこで再度脱衣所にいるアネットからの声が届く。


「シエル、昨日と同じ衣服というわけにもいかないだろう。タオルと一緒に代わりの服をここに置いておくぞ」


「あっ、はい。ありがとうございます!」


 そこまで言うと引き戸を動かす音が静かに響いた。アネットが脱衣所から出て行ったようである。 


 センスティアでも水自体は元の世界となんら変わりはない。しかし、体を包み込む熱を帯びた水流が妙に気持ち良い気がしてシエルは思わず微笑みをこぼしてしまう。纏わりついていた眠気がみるみる吹き飛ばされ、身体だけではなく心の奥まで綺麗になっていくような不思議な感覚である。顔元から流れた水滴の雨は首筋を伝わり肩、そして年齢相応に育った二つの膨らみ有する胸元へと止め処なく流れ落ちていく。  


 早速シエルは一番手近にあったシャンプーに手を伸ばしてみた。瓶に貼られたラベルには”シャンプー・フェルノン”と記されている。 


「ふぇるのん?」


 フェルノンというのが一体何なのかシエルには全く検討もつかなかったが、瓶の蓋を開けてみた瞬間、そんなことはどうでも良くなってしまった。微かに漂う柑橘類にも似た酸味と甘味を帯びた爽やかな匂いが鼻腔に優しく響く。妙にリラックスできる優しい香りである。


「これにしてみよっと」


 透明の小瓶を傾け、中からドロリと粘度の高いローズレッドカラーの液体を手に取り、もう一度その香りを楽しむと、少し泡立ててから寝癖でハネが出ているショートボブの髪を優しく洗い出す。 


「わぁ、このシャンプー良い! 後でアネットさんふぇるのんって何か聞いてみよ」


 アネットの揃えたシャンプーに続いて、ボディソープなど他の洗剤にもいたくご満悦だったシエルは、小さな幸せの余韻を残しながら湯張りされた大きな浴槽に浸かる。内装のお洒落さと、浴槽の広さからぱっと見小さな温泉に見えなくもないお風呂を一人で貸し切るのはなんとも贅沢というものである。些細な幸せを噛み締めながらシャワータイムを楽しんでいたシエルは時を忘れてしまう。


 どれくらいたっただろうか。あまりの気持ち良さにすっかり酔いしれてしまったシエルは我に返った。


「そろそろ上がらなきゃ」


 この後に大事な神聖継承式が控えている。何時からなどという説明は受けていないが、もし本当に切羽詰まった時間であればアネットが呼びに来るだろう。それがないということはまだ大丈夫なはずである。だが、かといってアネットをずっと待てせるわけにもいかないので、少々名残惜しさが残るがシエルは極楽タイムから這い出す。しばらくこの家に滞在するとなれば毎日このお風呂に入ることが出来る。それが今この瞬間では最大の幸福に感じられた。


 長湯から上がり、脱衣所へ出てみればそこにアネットの姿はなかった。その代わりに自分が着ていた服を脱ぎ捨てた籠の中には、ふかふかとした大きなバスタオルと新しい着替えが用意されていた。


 ほのかな熱と水滴を帯びたシルクのようにきめ細やかで透き通る白肌を、拭きこぼしがないようにしっかりと拭うと、籠の中にアネットが用意してくれた衣服へと手を伸ばす。そしてそれを手にした瞬間、シエルの全身に動揺が駆け巡った。そこにあったのは、純白色のブラウスとスカイブルーのワンピースである。シエルが驚きを見せたのは……全体的に可愛すぎる衣装であったからだ。


 ブラウス、ワンピース共に全体的にフリルの装飾が施されている。丈自体は昨日シエルが履いていたミニスカートと差ほど変わらないが、ワンピースの左側面部には深青色の大きなリボンが一際目を引く。清潔感あふれるブラウスの胸元には蝶結びされた赤いタイが結われており、可愛らしいアクセントなっている。


 自分が着るには少々可愛すぎるであろう服に戸惑っていると、今度は脱衣所と廊下を隔てるドアの向こうからシエルに声が投げられた。


「シエル、そろそろ上がったか?」


「いま上がったところです。それでなんですけど、替えの服って……これですか?」


「あぁ、タオルと一緒に置いてあったやつだ。気に入らなかったか?」


「いえっ、そんなことはないんです。むしろこういう服は好きなんですけど……なんというか、ちょっと恥ずかしいかなって……」


 シエルのこの言葉に嘘はなかった。下川恵里は基本的に可愛らしい服が好きであった。ただ、それはあくまでも見る側からのことである。可愛い服というのは着る人間を選ぶもので、誰が来ても同様の可愛らしさを得られるわけではない。シエルは好きであるからこそ、それを良く理解していたし、自分のようなごくごく平凡な容姿の者では到底似合わないことも予想できた為、自身で着ることはほとんどなかった。それ故に突然、自分好みのふりふりとした衣服を渡されて動揺してしまったのである。


「私、こういう服って似合うか心配で……あんまり容姿に自信もないですし……」


「はははっ、なんだそんな事か。大丈夫だ。シエルは可愛いんだからきっと似合うさ」


「そ、そうですかね……」


 正直に言えばものすごく着てみたい。似合わないだろうと少しだけ戸惑ったが、せっかく用意してもらったものだ。それになによりアネットからお墨付きをもらったのだから躊躇いを上回る理由としては十分だと自分に言い聞かせ、広げたブラウスに袖を通す。


 もじもじと気恥ずかしさを感じながらも、意を決してアネットとの間に立ちふさがる脱衣所の扉をゆっくりと開いた。こんな格好、やはり似合わなくて笑われるだろうか……そんな微かな不安を未だに少し抱いているシエル。扉が開ききるとそこには先ほどと変わらぬ格好のアネットが立っていた。そして彼女はシエルの全身を上へ下へとなんども繰り返し眺める。そしてニコリと笑顔を見せると口を開いた。


「ほら、やはり似合ってるではないか。可愛いぞシエル」


 騎士の少女の優しい微笑みとその言葉に思わず照れ恥ずかしさから頬を紅潮させ、この服を見た時とはまた違った動揺がシエルを襲う。


「あ、あの、そんなこと……でもありがとうございましゅ……」


 語尾が掠れて上手く発音できなかったため、なんとも締りのない感謝となってしまい、更に頬に赤みを増すシエル。だが、アネットに褒められたことで似合わないかもしれないという不安感は見事に消え去っていた。


「さぁ、もうそろそろ時間だ。行こうか」


 アネットの心地良い凛とした掛け声で我に返ったシエルは、先に歩み出した騎士の少女へと続いて階段を下っていく。これから神聖継承式なるものを受け、正式に代行神としてその任を預りに行くのだ。そう意識すると突然に心臓の鼓動がみるみる早くなり、体が硬くなっていく。今までの人生の中でここまで緊張したことはどれだけあっただろうか。何かを考えれば考えるほど頭の中が強張り混乱していく。だが、自分で考えて決めたことである。シエルはワンピースの裾を揺らしながら、階段の一段一段を踏みしめている最中に大きく深呼吸をし、気持ちを切り替える。


(私に何が出来るかはわからない。でも……私でも力になれるのなら頑張りたい!)


 シエルは再度決意を確認し、アネットが開け放った神務所の玄関の扉から一歩を踏み出した。これから始まる代行神としての一歩を踏み出したのである。 

こんばんわ、作者の村崎 芹夏です。


 いやはや、なんとか今日中の更新が間に合いました(汗

 先週は平日に一文字も続きを書く事が出来ていなかったので、土日での更新は諦めていたのですが、なんとかついさっき書き上がりました。


 とはいえ…お気づきだとは思いますが…完全に風呂回です(笑)


 言い訳をしますと、最初はこんな予定ではなかったのです。 シャワーシーンすら入れる予定ではなかったのに…


 あれ?シエルさんお風呂入ってなくね?⇒女の子だしさすがにシャワーくらいは⇒あれ?そしたら服どうするよ?⇒服新調だな。


 こんな流れで急遽導入したシーンです。しかも、異世界っぽい浴室を意識したら妙に説明が多くなってしまい。

 服も折角なら可愛いのがいいよなーってな流れで執筆していたら、お風呂入って着替えするだけで一話丸々使ってしまいましたorz


 前回の意味深なシーンから打って変わって、全く話の進まない展開でホントすみません! でも後悔はしてない!  オイロケダイジネ。


 そんなわけで今回もいつもどおり、ちょいちょい読み返しながら誤字脱字、変な部分を修正していきます。


 ではでは今回も読んでくださった方々、ありがとうございました。

 また次回更新した際にはよろしくお願い致します。

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