私、決めました! Ⅲ
シエルとアネットの二人は数多の商店が並ぶメインストリート、サブストリートを抜けて広大な敷地面積の憩場に出ていた。
ルオン広場と呼ばれるこの施設の中心には、アンティークキャンドルスタンドにも似た形の大きく立派な三連の噴水が常時一定の水量を天に向けて吐き出している。その周囲にはいくつもの背もたれが付いたベンチが設置され、訪れる者達に憩いを提供している。街中に敷き詰められていた石畳の地面とは異なり、新緑の柔らかな植物が一面を覆うこの区間には、買い物で疲れた者たちが一休みをしているのがチラホラ見受けられる。
左右で長さの違う二本の棒を手に持った十数人の子供達が、地面を軽快に跳ね回る羽の生えた球状の物体を、一定のリズムで楽しげに追いかけまわす姿も見られた。
アネットは小休憩も兼ねてシエルを、このルオン広場に案内していた。
「うぅーん」
シエルは手近なベンチに、スカートの裾を直しながら腰を掛け、柔らかで気持ちの良い感触の背もたれにドカっと体を預ける。両手は空に向かって、両足は地に向かって思い切り伸ばし、疲れた体を解す。そこで、誰に見せるわけでにもないから、という理由で普段はあまり履くことのない膝上丈のミニスカートを着用しているを思い出し、慌てて伸ばした脚を閉じると、恥ずかしさで赤面してしまう。
幸い前方には噴水付近に一人の老婆がゆっくりと歩いているだけで、その視線も下方に向きっぱなしなので醜態を見られた心配はなさそうである。
そんなシエルの仕草を横目にに見ながら、不思議そうな顔のアネットも隣へと腰を落とした。
二人の前方にある三連の大きな噴水は元気よく放水し続け、それが太陽光との屈折でうっすらと綺麗な虹を掛けていた。更に、キラキラと発光する小さな光球の郡が、噴水の付近を規則正しく周回しており、それが鮮やかな虹にアクセントを加えて、より幻想的な情景が生み出されている。
相変わらず頭上で広がる、心を貫くほどに澄み渡った蒼海には、白雲の船が遊覧しており、時折、翼の生えた見慣れないシルエットの生物も空を泳いでいた。
内股気味で足を閉じてちょこんと座るシエルは、何度見ても飽きることがないであろう、この美しい世界を無為に眺めていたが、思い出したかのように隣に座る少女に尋ねた。
「そういえば、アネットさんは神に仕える騎士って言ってたけど、どんな事をしてるんですか?」
「そうだな、簡単に言えば主たる神の身辺警護だな」
「主たる……?」
「あぁ、にはそれぞれ仕騎と呼ばれる専属の騎士が存在する。そして、私は失踪した神、ゲンロウの仕騎だったんだ」
訝しげなアネットの表情からは、本来自身が命に代えてでも守らなければならないゲンロウという神が失踪し、仕騎としての責任に強く縛られているのが見て取れる。
しかし、成り行きの触りだけを聞かされたにすぎないシエルには、そんな顔をする彼女にどのような言葉をかければいいのか分からない。触れてはいけない話題だったのかという疑念がシエルの頭を駆け巡る。そんなあどけない少女の内心を知ってか知らずか、アネットは言葉を続けた。
「ちなみに、もしシエルが代行神を引き受けてくれた場合は私が仕騎となる」
いままで口を一文字に閉じ、眉間に皺を寄せていた騎士の少女はそう言って隣に座る可愛らしい代行神候補の少女に笑みをかけた。そのどこかぎこちない笑顔が、アネットの中での一つの決意の現れであることにシエルが気づくことはなかった。
「そうなんですか! アネットさんなら安心です。よろしくお願いします」
ベンチに座ったままで隣のアネットに小さくぺこりと頭を下げるシエル。
「ははは、まずはシエルがどうするか、が先だがな」
アネットはさっきまでとは打って変わって心から楽しそうに笑声をあげる。
「あっ、そうでした」
シエルはアネットからセンスティアで代行神をやってほしいという説明を受けた後、少し考える時間がほしいとの理由で返事を待ってもらっている。フィンガローの観光で心が躍りすぎてその件を忘れかけており、気恥ずかしさで俯いてしまう。
検討する時間をもらってるとはいえ、いつまでも保留にしておくわけにはいかない。そんな事は分かっているのだが、はたして自分なんかに神の代行などという大それた役が務まるのだろうか、という不安がどうしても拭いきれず答えを出しかねていた。
シエルが悩み、アネットがまだ微かに笑みの余韻を残していると、二人の前方に先ほど噴水の前で地面に視線を落としながら歩いて行った老婆が再び姿を現した。今度をもっと二人の近くを、相変わらずに地面を眺めながら歩いている。よくよく見ると柔らかい新緑の植物が生い茂った地面を見つめる視線は右へ左へ忙しなく動かされている。
それを見たシエルは何事かとアネットと顔を見合わせてしまう。地面にある何かを探しているかのような仕草。思い起こしてみれば先ほど噴水付近で見かけたときもずっと視線を落としながら歩いていた。つまりシエルたちがルオン広場に来てから……いや、下手をすればその前からずっと何かを探し続けていることになる。そう考えてしまうとシエルはいてもたってもいられなくなり、近くまで来ていた老婆に駆け寄り声を掛けていた。
「あ、あの、どうかしましたか?」
地面に向きっぱなしだった老婆は、突然見知らぬ者に声を掛けられたことにより驚きの表情で目の前に立つ可愛らしい少女と、少し遅れてやって来た騎士の少女を交互に見つめる。そして少しの間の後にその皺の寄った口を開いた。
「大切なものを落としてしまったの……それを探してるのだけど、なかなか見つからなくてねぇ……」
「良ければ探すのお手伝いしましょうか?」
その言葉はシエルの口から、自身でも驚く程に自然と流れ出ていた。困っている老婆を目の前にして自分でも何かできるならと思いに駆られ、いてもたってもいられなくなっていたのである。
「気持ちはありがたいけど、そりゃ悪いよ。ほら、見ての通りこんなに広い場所だし」
老婆はルオン広場の端から端までを一周眺め回して申し訳なさそうにそう呟く。それを聞いたシエルは熱の入った声で返した。
「だから、ですよ。こんな広いとこを一人で探すなんてそれこそ大変じゃないですか。お手伝いさせてください」
「でも……」
人手が増えれば探し物も遥かに見つかりやすくなる。手助けを頼みたいのは山々であろう。しかし、見ず知らずの他人に迷惑をかけるという申し訳なさからなのおか、老婆は困った顔をしながら悩んでいた。そこに、シエルの後ろから現れたもう一人の少女が口を開いた。
「私で良ければ力になろう」
シエルは少々驚いた様子で、ガチャリと鎧が擦り合う独特の金属音を鳴らしながら横に並んだアネットを見る。自分が突発的に老婆の手助けを申し出たけであり、アネットを巻き込むつもりはなかったからである。しかし彼女はなんの迷いや驚きもなくアネットは自身も手伝いに名乗りをあげた。そしてそんな騎士少女の姿を見て驚いたのはシエルだけではなかった。
「あら、騎士様まで……本当にご迷惑じゃないんですかね?」
アネットの事を騎士様と呼んだ老婆は驚きの表情を見せながら、いままで迷いのあった心に一歩の進展を見せていた。
「無論だ。困っている者を助けるのも騎士の勤めだ」
「もちろんですよ」
シエルとアネットの返答は、ほぼ同時に即答であった。そのことが無性に可笑しく、お互いに顔を見合わせて苦笑してしまう。そんな二人のやり取りを見ながら、ついに老婆は折れたのか頭を下げた。
こんばんわ、作者の村崎 芹夏です。
最近では、クルーエルラボよりも代行神の方が書いていて楽しいのでこちらの執筆ばかり進めております。
ということで今回もこちらの更新になります。
今回はちょっと区切りが変なとこになっていますがご容赦ください><
この続きも少し書いてあるのですが、どうにも長くなりすぎて……でもちょうど良い区切りもないし、ということでちょっと無理矢理なところできっております。 あと、一応この章はシエルさんが代行神を決心するところまでにしようかと考えておりまして、次回で章の区切りになる予定です。
それと、気づいた方がおられるかわかりませんが、章のタイトルをちょっと変更してます。 「代行神シエルにおまかせください!」⇒「私、決めました!」になっております。 「代行神シエルにおまかせください!」というタイトルは次章で使う予定です。
ではでは、今回も読んでくださった方々、ありがとうございました。 また次回投稿した際にはよろしくお願いいたします。