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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ユーカリの木の下で

作者: 羽生河四ノ

ユーカリの性質を又聞きして書いたので、ホントかどうかは知りませんよ。

 人間は死んだら終わりだ。

 少なくとも、私は子供の頃からそう思っていた。そう思って生きてきた。それが間違いなどと考えたことも無い。そうだ、あたりまえだ。死んでも来世など無い。あってたまるか、そんなもん。そんなものあるわけない。

 だから、なるべく私は悔いのないように生きてきた。なるべく、出来るだけ。自分で出来る出来るだけ。

 そのような思いで私は小さい時から勉強をした、そして小中高大といい学校に入った。それは将来の為だ。いい会社に入るため。お金がなければいい生活、豊かで恵まれた生活は出来ない。そう思った。いい会社に入ればそれだけの生活が出来ると考えたからだ。それは間違いではなかった。何事もまずは金だ、地位も名誉も私にとっては不必要なものだったが、金銭だけはしっかりしていなければいけない。そのような志のおかげで私の生活水準は間違いなく向上した。それと同時に自身の体のことも気をつけるようにした。

 健康のことや、女としての生き方の事。勉強ができるだけ、仕事ができるだけ、それだけでは人の生としては不完全だ。そう思った。だから学生時代から今に至るまで私は走ることを続けている。毎日。毎日だ。それは社会に出てからも変わらない。いや、変えなかった。どんなに疲れていてもだ。私は毎日走った。息が切れても走った。前だけをむいて走った。

 社会人になって生活水準の向上したおかげで今ではスポーツジムに通っている。そこではランニングだけではなく、水泳もやっている。そういう生活を私自身は苦だと思わない。むしろ幸せなそういった類の脳内麻薬が出てくるくらいだ。だから毎日行なっている。

 会社が休みの日は美容の為にエステにも行く。他に整体や鍼治療にも行く。健康診断も、会社以外のところで自分でやる。歯医者にも行く。それが私の生き方だ。後悔はなるべく最小限に抑えたい。自らのために。あの時こうしておけばよかった。そんなの時間の無駄だとしか思えない。

 そのような生活を続けて私は間違いなく無駄なく人生を豊かにした。そこには後悔などたったのひと切れも入り込む余地は無い。今私は人生を謳歌している。きっとこのままいけば、死ぬ間際も「ああ、私は一辺のの悔いのない人生を送った。幸せだ。そうだ、これが本当の幸せなんだ」そう思って死ねると思った。そんな甘美な想像までしていた。一人悦に浸っていた。そのおかげで私は人に笑顔が綺麗だと言われたりした。

 この生き方を私は誰に教わったのでも無い。これは私が小さい頃に発見したものだ。頭上でまわるカラフルなモビールを見ながら、私はベビーベットの上でそう思ったのだ。きっと生まれた時から勘がよかったのだろう。そしてそれが分かって私はすぐに、字を書く練習を始めた。親にとても奇妙に思われたが、そんなことに構ってはいられなかった。そして字を書けるようになった私は、ノートを親にねだった。買ってもらったキャンパスノートに自身の理想を書いた。自分の将来ランキングなども考えた。どうなりたいか。どうすればどうなるか?子供の頃からそれを考えるのは楽しくて仕方が無かった。そんな子供がそのまま大人になった。私はそんな人間だ。

 人間は死んだら終わりだ。なら、なるべくでも人生に後悔の無いよう生きたい。来世などどうせないのだから。万が一、もし、たまたま偶然に、それが、そんなふざけた設定があるなら、誰も生きることを頑張ったりしない筈だから。


 にも関わらず、私は今、生まれ変った来世の自分のことを強く考えていた。 

 そして、そんな自分の思考に私はとてもがっかりしていた。でも、それには理由がある。

 それは今ここが、とてつもない暗闇だからだ。

 更に言えば、私は今、麻袋のようなものを頭からかぶっているからだ。体の自由も効かない、拘束されているからだ。ガムテープやら、ロープやら、鎖やらで。私は今、車のトランクに監禁されているからだ。そしてその車が今おそらく、山奥に向かって走っているからだ。私はどうやらこれから殺されるからだ。

 だから私はそれを考えずにはいられなかった。


 何で、こうなったのか?

 それが分かれば苦労は無い。特に今の私にはわかるはずもないことなのかもしれない。

 ガチガチにされた状態で覚えているのはもはや断片的なものでしかない。

 私はいつものように会社終わりのジム帰りに家に帰っていた。それだけだ。駅からの帰り道、突然私は後ろからものすごい衝撃を受けた。何がなんだか分からず私は無様にコンクリートの道路に倒れ込んだ。そのとき咄嗟に私が心配したのは着ていたスーツのことであった。なにせお気に入りだったから。

 何だ?なんだろう?私に走ったのはとても硬い感触だった。あれはなんだったのか?木刀?瓶?コンクリートのブロック?バット?分からない。でもついで痛みがあった。いきなり何かが自分にぶつかったのかと考えた。交通事故、せいぜいそんなものだと思っていた。車、いや自転車程度のものかしれない。

 でも、違った。その痛みの正体を確認しようと、苦痛に耐えて私が苦労して間抜けにもぞもぞと振り向いてみると.....。

 そこには一人、男がいた。

 私の全く知らない男だ。

 その男の無表情だった。そいつはただじっと、私を見下ろしていた。茫漠とした視線で私をただ見下ろしていた。

 この男に何かで殴りつけたれたのだ。私にもそれだけは理解できた。何のためか、誰なのか。色々と考えたが、私は改めて自分を後ろから何かで殴りつけたその男の顔を見て、咄嗟に、助けや介護を求める声を封じ込めた。不思議だった。我ながらどうしたのかと思った。しかし私は男の、その名も知らない、どこであったのかも分からない、何も関係の無い、その男の顔を見て、私は分かってしまった。察してしまった。悟ってしまった。

 私はこの男に殺されるんだ。

 そう思った。

 それは確信とかそういうものだ。

 悲しい出来事だとも思う。

 私たちはしばらく黙って見つめ合っていた。

 するとその男は、おもむろに片足を中空に挙げた。

 その掲げた足をどうするのか?私はそのとき既にわかっていた。思考はそこで止まった。

 私のその思考を感じとったのだろうか?次の瞬間すごい勢いで私を蹴り始めた。その男がアディダスのスニーカーを履いていたのが見えた。その足が私を何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もなんども何度も、私の体を蹴りつけた。

 何も考えられなくなった私は、なんとかその攻撃に耐えようと体を縮こませてその衝撃に耐えていた。いや、正しくは耐えるしか無かったのだ。自分の肺から勝手に空気が漏れた。内蔵がどれもこれも直接プレス機で潰されているように感じた。両目から勝手に涙が出た。止まらなかった。止めることが出来なかった。すると次の瞬間に、ジンッという音がどこからか聞こえた。なんのことはない。私の体内からその音は聞こえた音だ。肋骨か何かの折れ音だったのだろう。

 私はそのような痛みをそのとき人生で初めて経験した。ものすごい痛みだった。信じられない痛みだった。私は小さく縮こまりながら吐瀉した。自分の髪にそれがついてしまったが、そんなこと、考えている余裕は無かった。嫌な匂いがした。口の中も気持ち悪かった。それでもそんな事を気にする余裕は無かった。その間も男は私を蹴り続けていた。

 「・・・※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※・・・」

 私にできるのはそれだけだった。口の中が知らないうちに切れていたせいで小さな声しか出なかったと思う。私は意味のわからないことを沢山言い続けていた。すると男の足が突然、止まった。

 恐る恐る薄目を開けて、私は男を見た。男は私を見下ろしていた。目が真っ赤に血走っていたのがなんとも印象的に写った。

 ・・・イタイ。

 男はそれだけつぶやいた。

 相変わらず、男には表情が無かった。目だけが違う生物みたいだった。それが私と同じ生物だとは思えなかった。私はその後すぐに、側頭部にアディダスのスニーカーの連続を加えられた、一発、二発、三発、四発めで私は意識を失った。


 ほんの少し、夢を見たような気がする。夢の中で私は少女だった。子供の頃、私は一生懸命になって、ノートに将来の事等を書いていた。夢はその時の記憶のフィードバックだった。私は確か、将来の設計や、なりたいものランキングとか、そんな頭の悪いことをそこに書いていた。一生懸命に必死になって、そうだ、そのランキングに確か・・・・・。


 次に気がつくと私は既に、暗闇の中に居た。正しくは車のトランクの中だ。体は身動きが出来ないほどガチガチに拘束されていた。自分の体のあちこちが痛んだ。きっと血も出ているだろう。とても正気じゃない状態だった。例えば私が何かのロボットだったとしたら、きっともうスクラップだろう。もうとても使い物にならないだろう。スクラップになっているのにもかかわらず、廃棄工場でまたプレスに潰されてしまうような状態に違いなかった。

 自分がなぜそうなったのか?あの男は誰なのか?どこに向かって走っているのか?私はそんなことを考えていた。

 考えるだけ無駄なのではないか?

 どうしたって私はもうあいつに殺されるのではないか?

 そんな思いを同時に併用しながら。

 そしてそんな自分に驚いたりしていた。意外と冷静なんだと思った。体中が熱をもっていた。意識も混濁していた。とても何かをしようと思うような気は起きなかった。画期的なコトを考え出してこの窮地を脱出しようという考えもわかなかった。口の中が気持ち悪いし、車もすごく揺れていた。それにトランクには変な匂いが充満していた。獣の臭いなのか?何かの薬液の臭いなのか?とにかく気持ちの悪い臭いだ。嫌なことだけを思い出してしまいそうな臭いだ。それを嗅いでいるとまた吐いてしまいそうだったので、私はそれが嫌でまた少し眠ることにした。

 もしかしたら、次起きたときはまったくの夢だったのかもしれない。

 夢じゃないにしても、この状況は少し良くなっているかもしれない。

 自身の仕事で全く眠っていなかったので、眠気はすぐに来た。

 何年も蓄積されていた厚い厚い地層のような眠気だ。バームクーヘンのような眠気だ。

 全くの暗闇だったこともよかったのかもしれない、それを最後に思った気がする。


 子供のころの夢だ。私だってある瞬間だけは少女のだったんだ。みたいな夢を見た。それを私は夢の中で思い出した。私はそのころコアラが好きで、毎日あのマーチを食べていた。私はそのころ何百のコアラを虐殺した。毎日毎日コアラの虐殺を続けた。笑いかける動物を私は口の中で潰していた。毎日。毎日。しかしある時、私はそれを止めた。

 突然に。

 唐突に。

 彼らの名誉の為に言っておくが、けして私が彼らに飽きたのではない。私に飽きるという感情などないのだ。


 「眉毛のあるコアラを見つけると、願いが叶うんだって」


 それを学校で聞いたからだ。そんなくだらない事を私に聞かせた同級生を私は心底憎くんだ。三階の校舎から突き落としてやろうかとおもった。そんなわけないと思った。願いが叶うなんて、そんなわけない。お前はこの美味しくて可愛いお菓子に対して、まだ何かを望むのか?自身の力で叶えるのではない、それなのに異常とも思えるような願い事に託すのか?そんなことで願いが叶うならそれは・・・・。

 純粋にそれを愛していた私はまるで、騙されたような気分になった。殺されたような気分だった。私が両親を殺した、しかもぶっ殺したりしたら、親は同じような気持ちになるのかもしれない。そんな感情だった。

 その日の夜にはもう既に、私の中で※※※のマーチは過去のものになっていった。そしてコアラは私のランキングをすごい勢いで降っていった。そのとき私は完全に私として生まれたのかもしれない。今になってみればそう思う。

 自身の理解力や許容力のなさが完璧なモノへの進行を早めたのかもしれない。


 次に目を覚ますと、やっぱり暗闇の中だった。最悪の目覚めだった。私はなんだか汗みたいなモノをかいていたし、涙ももしかしたら出ていたかもしれない。でもどうすることも出来ないのだ。体は相変わらずガチガチである。それに目覚まし時計変わりの衝撃が痛かった。私はそのとき自身の頭に何かの衝撃をうけて目を覚ました。車のトランクにぶつかったらしかった。芋虫のような私がバウンドしてトランクの内側にドリブルされて目を覚ますなんて、今まで考えたこともないことである。

 そして不思議なことにそんな最悪の目覚めにもかかわらず、その時は先ほどよりも自身の状態が楽だった。もちろん体はあちこち痛いし、血もどこそこから出ているかもしれない。トランクにぶつかって私の頭にはたん瘤が出来ているかもしれない。次ぶつかったらそこが破けて、凄い血が吹き出すかもしれない。それどころか私自身が腐ったみかんのようにぶよぶよな状態なのだ。いつ死んでもおかしくない。骨だって折れているかもしれないのだ。このような状態は今まで経験したこともないのだから、そのあまりのストレスに体内に癌細胞でも出来ているかもしれない。

 それは世界最大級の悪性でもうすでに手の施しようが無いかもしれない。

 それでも今の私にはそれを確認しようが無いのだ。

 ここは相変わらず真っ暗闇なのだ。

 それに相変わらず車の運転も乱暴だし、トランクの中は変な匂いが充満して気持ち悪いのは変わらない。寝ている間に失禁などもしているかもしれない。しかし、もう私は自身の状態が気にならなかった。

 どうしたのだろうか?

 もしかしたら体や頭が再生不能まで麻痺してしまったのかもしれない。

 麻痺して。

 それかとっくに壊れて機能しないのかもしれない。

 壊れて。

 実はもうとっくに死んでいるのかもしれない。

 死んでいる。

 要は気の持ちようだ。こんな状態でもだ。自由が効かないし、体は動かせない。まるで芋虫だ。頭だって自分の考えていることをちゃんと考えているのかわからない。でも、

 思考が先ほどよりも段違いにクリアなのだ。

 霞がみるみる晴れていくような情景だ。

 その時の私は気持ちよくすらあった。

 そう。

 私はとっくの昔にイカレテシマッタのかもしれない。

 面白かった。人は(まあ、この場合自身のことだが)殺されると分かっているのに、その行為までに時間をかけると、こうやって狂っていくのだろうと、そう思った。何でもかんでも時間をかけるものではないのだなぁ。私は拘束された暗闇のなかでそんな発見をして、ニコニコした。確認の使用は無い。

 でもそれは今までで一番の笑顔だ。

 個人的にはそれが望ましい。

 

 車の運転の乱暴さが全く変わらない。もしかして前よりも乱暴になったかもしれない。一体私はどこに向かっているのだろう?暗闇のなか、身動きも取れない。目も見えない。鼻ももう完全に麻痺してしまった。口はもう機能しているのかもわからない。私は自身のこれからの事を考えたかった。自分がこれからどうやって殺されるのか。それを集中して考えたかった。しかし私の思考はクリアになった代わりに絶え間なく壊れた自販機のように私にいろいろな想像を押し付ける。

 拷問されるのかもしれない。まず爪などを剥がされるのだろうか?髪もむしられてしまうのだろうか?目をくり抜かれるかもしれない?鼻を削がれるかもしれない?鼓膜を金串で破られるのかもしれない?もちろん途中で死なないように慎重にだ。ショック死などしないように慎重に。そのあとまずは左手の薬指をもぐのだ。そして乳房を切り落とす。女としての尊厳を破壊するに違いない。子宮を体から切り離す。そこまでされても私は死ねない。もはや自分で死ぬことも出来ない体にされる。口には猿轡をされて、舌を噛み切ることもできない。私は泣き叫ぶだろう。それしかできないのだ。男はそんな私のことを喜ぶに違いない。その証拠に私は顔の皮膚を焼かれて、鏡で見せ付けられる・・・・、いや、目は既にくり抜かれているから、それは出来ない。どうするのだろうか?人間としての尊厳を完全に破壊するにはどうするのが最もふさわしいのだろうか?こんな最後を迎えるために私は生まれたのか?生まれたことを後悔するような死に方に最もふさわしいのはどんな死に方なのだろう?私が大量虐殺したあのコアラの様に死ぬにはどうすればいいのか?いや、もしかしてそれは違うのかもしれない。あのコアラは私に食べられるその瞬間まで死ぬことに気づかないのでわないだろうか?だからコアラは最後まで笑っていた。そうだ、それでは意味がないじゃないか?死ぬのに死ぬことをの意味も無いなんて。そんなの嫌だ。せっかくこんなに盛大なセレモニーを開いてもらっているのだから。


 私は目を閉じて自身の施行をなんとか落ち着けようとした。暗闇で目を開けていても意味が無いんじゃないかと気づいたということもある。目を閉じると精神衛生的にいいらしいと何かで読んだというのもある。 


 私が自身の持った夢に疑問を持ったのはいつのことだったろうか?確かその瞬間、その時が私にとってはピークだったのだろうと思う。私は自身の夢であった人生の完全燃焼のその瞬間がけして素晴らしいものではないことに気がついた。私は思ったのだ。あんなのなんともないことだ。そう思ったのだ。私はそのころ、ほとんど完璧に近い状態だった。仕事ができて、プライベートも素晴らしくて、美しさもマックスだったと思う。そしてそれを誇るでもなく、誇張するでもなく、鼻にかけたりもしなかった。私はストイックに自分の理想を追いかけていた。そしてその時たまたま、私の前を走る私の理想のその背中に追いついた。それだけだった。そしてその先に何もないことがみえてしまったのだ。スポーツジムの鏡の中の自分を見ていて私はそこに映る人間にとてつもない恐怖を感じた。

 私は山は登りきった。

 あとは降るだけ。

 そこに広がる光景はけして素晴らしいものではなかった。何も無かった。私はもうあとは降るだけ。あとに残るのは何だ?私は光というものがけしてすべてに置いて素晴らしいものではないことをその時知った。遅すぎる位だった。

 その光を今まで追いかけていた自分を思った。仕事ができることがなんなのだ?健康な事がなんなのだ?美しいことがなんなのだ?夢が叶うことがなんなのだ?どこにそんな意味があるのだろう?いい人生にどんな意味があるのだろうか?私にどんな意味があるのだろうか?こんなことに気づくために私は生まれたのだろうか?そうなのか?降る道は楽だろうか?私は下っていくために生まれたのか?いやだ。いやだいやだいやだ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


 私は次の日からまたあのマーチを食べ始めた。そしてある特殊なそれを探した。


 今度私が目を覚ますと、なんだかさっきまでよりも少しぼんやりと明るい感じがした。

 トランクが空いているのかもしれない。

 ガチガチに拘束されていることも忘れて、私は無意識に手を伸ばした。ガチっ何かが外れた音がした。偶然に拘束が外れたのだろうか?手が自由になったので、トランクの中に入っていることも忘れて私は起き上がろうとした。

 ?抵抗が無い。トランクが開いていた。どういうことなのだろうか?あの男が最後に私に少しの間の自由を与えてくれたのだろうか?私の願いを叶えるために。人間にとって最も最悪な死に方を叶えてくれるために。その願いを叶えてくれるために。だとしたらそれは最後にもっとも素敵な時間だな。そう思った。トランクが開けても私は何も感じなかった。鼻は相変わらず麻痺しているし、風も何も感じないのはきっと体のセンサーが狂っているからだろう。仕方なく感覚のない自分の手で私は自分にかかっている拘束をひとつずつ丁寧にゆっくりと時間をかけて外していった。まるでそこに愛おしい時間の経過を感じているかの様にゆっくりと外していった。麻袋を脱いで、そして猿轡を外した。最後にアイマスクを外して、自身がこれからどうやって死んでしまうまでを過ごすのか想像した。

 

 まず、見えたのは大きな大きな大木だった。それがなんの木なのか私は見た瞬間すぐに分かった。昔の私はあのマーチつながりでコアラの生態を一通り調べたいたのだ。何でも知っていると違うのだ。それは子供の頃の運の良さだと思ったことに感謝しなくてはいけないだろう。

 そこには一本だけのユーカリの大木があった。

 そこからは山下の街が一望できた。私が居たのは山の山頂に近い駐車場のひとコマの部分だった。

 そしてどういうことか?その全てが真っ赤に私には見えた。最初は自分の目がおかしくなったのだと思った。でも違った。私の目に見えるすべてのものが燃えているのだった。

 世界の全てが真っ赤に燃えてしまったのだろうか?燃えていないのは私と私を乗せた車と、そのユーカリの木だけ。男はどこにもいない。私はおぼつかない足取りで、ユーカリの木の下に近づいた。山も木も全てが燃え盛っていた。私は不思議と全く熱さを感じなかった。脳が狂ってしまっているからかもしれない。眉毛のついたコアラを探して自身を抹殺してくれる存在の誕生を祈ったのにこれでは違うでは無いか。結局私の願いは叶わなかったのか。そう思うとがっかりした。

 私はそのユーカリの根元に座り込んで燃えていく世界を眺めた。じっと呼吸も忘れたように眺めた。私はどうすればいいのだろう?それを考えなかったと言えば嘘になる。でも考えないことにした。世界は燃えているのだと、そのことを考える事にした。

私は二ヶ月何もしていなかったけど、その後輩は半年何もしていなかった。

お互いリハビリしたくて、こんな無謀なことをしました。

昨日電話でそういうことを話したんだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 深酷なストーリーですね。今まで築き上げてきた人生すべてが、何者かの手によって壊されることの恐怖を感じました。美しさマックスで、仕事も順調で、そんな主人公の悲劇は見るに忍びないです。地位や名…
2020/09/24 00:32 退会済み
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