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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

たとえ凍てついてたとしても

作者: 霧崎 射駒









 曇り空。



























 涼しくも暖かくもない気温。



 

 そんな日に公園のベンチに一人の男が座っていた。


 

 男は薄汚れたシャツにダボダボのジャケットを羽織っている。その格好似合わない綺麗な顔、潤った長い漆黒の髪を後ろで纏めている青年。



 青年の手には使い込まれたカメラを持っている。



 カメラは家庭用というよりは、マニアやプロが使うようなカメラだ。青年はそれを赤い瞳の前に持ってき、シャッターを押した。ファインダーを覗く目はなんとも穏やかなもの。






 レンズの先には広場で遊ぶひとりの少女がいる。





 つややかな金髪に海のような蒼い瞳。パーカーつきのワンピースの裾を持ちながら、彼女は無邪気な笑顔を浮かべ、公園を走り回る。青年はその少女をファインダー越しに見つめる。



   「あれから三ヶ月か。」



 青年はカメラを下ろすと空を見上げた。




 その空は相変わらず、いい天気とは言えない。


 青年はそんな空を無気力に眺めてる。


 何千年も前は、己はあの空を飛べたことを青年は思い出し、力を奪われ、空を飛ぶ力すら失った自分を嘲笑う。その拍子に口から息が通り抜ける。



 この青年は人間ではない。それも今の世の中、御伽噺の中にしか存在。昔から恐れられ、悪の手本として語られてきた。




 堕天使 ルシフェル。



 

 この世界で語られている伝承のものとは少し違うものの、元天使の長にして、神に反逆を行った魔界の王。なぜ、そんな存在がここにいるのだろうと疑問に思うだろう。


 ルシフェル本人も自分がここにいるのを不思議に思っていた。



  なぜこんなことになったのか。


 


 ルシフェルは思い起こすように目を閉じる。















 浮かび上がったのは、肌に触れる冷たい氷。



あのときまでルシフェルは氷によって、体が動かなかった。


 





 ルシフェルは神に反逆した罪で氷の檻に閉じ込められていたのだ。



 何千年も前彼は天使の長だった。彼ら天使の仕事は世界の均衡を守るために悪魔と契約した罪を犯した人間や魔術を使う人間を断罪すること。それ以外地上に行くことができなかった。彼が会う人間は悪徳を犯した者ばかりだ。ただ己がために犠牲をいとわない人間。争い、あらゆるものを壊していく。



 しかし、そんなルシフェルはそんな彼らを見て醜いと言う感情がなかった。その前にまず、彼は自分を世界を維持するための機械だと考えていた。空虚で何も感じない心。ルシフェルをある天使はこういった。




 氷のようだと。




 まさに彼は冷たい氷のようだった。何のものをも寄せ付けず、機械のような動かない表情。



 そして、彼の思考はコンピューターと同じだった。


 何をすればいいのか合理に判断し、その判断道理に行動する。




 そんなルシフェルは争いをやめず、世界を崩していく人間達を見て、彼のコンピューターはこう判断した。


  人間は世界を壊す害生物と。 


 

 そして、彼は己の主である神ににその害生物の駆除を進言した。神もまた世界を制御するコンピューターだった。だが神は人間は害生物ではないと、世界になくてはならない存在だと判断したのだ。その判断にいつもなら従うはずのルシフェルは従えなかった。普段見ている人間がとてもそんなものに思えなかったのだ。そして、神は更にルシフェルに人間の断罪を任せた。更に悪徳を犯しいく人間を見たルシフェルは、神事態も信じられなくなり、こう思った。



 神がやらぬなら、自分がやろうと。



 その瞬間、ルシフェルのすべてが反転した。




彼は闇の住人、悪魔に近い存在になっていた。そんな中、神に疑念を持っていた他の天使たちも次々と反転していく。時間が経ち、気づけば、ルシフェルは彼ら堕天使と神を怨む悪魔を統べていた。




 そして、遂に天使と悪魔の戦いが始まったのだった。



 片や神に仕えるもう一人の天使長ミカエルが率いる天使達。もう片やは魔界の王ルシフェルが率いる悪魔達。


 

 人間を守るため、滅ぼすため、両軍は激しい戦いを繰り広げた。



 決着は、ルシフェルが封印の剣で貫かれたことで終わった。


 

 ミカエルが刺した封印の剣は、神がルシフェルを封じ込めるために作られた剣。ルシフェルは自らの力で氷の中に押し込まれたのだった。















     今、思えば、私は無知だったな。



 閉じた瞳を開けたルシフェルは再びじっと空を見る。

 

 何千年経った現代。ルシフェルは封印からどういうわけか、封印から開放された。今、こうして、ここにいるのだ。力を失い、人間としてここにいる。


  

 それを確かめるように空を見る。


 

 その空は先ほどより雲が明るくなっているように思えた。しばらく、そのまま見つめている。



 不意にお腹が軽い衝撃を受け止めた。ルシフェルが衝撃の方へと目線を移すとそこには先ほどまで公園を走り回っていた少女がルシフェルに抱きついていた。



 「ルグレ!のどかわいた!!おみずちょうだい!!」


 少女は純粋な笑顔を浮かべてルシフェルを人間としての名を呼ぶ。ルシフェルは、今はルグレと名乗り、まだ戦火の餌食になってないこの町に暮らしている。ルグレはこの平穏を愛し、のんびりとすごしていた。まさかルグレがあのルシフェルだとは思わないだろう。ルグレはその顔をみて穏やかな笑みを浮かべた。


 「ああ、マナか。びっくりしたじゃないか。」


 ルグレは少女をを持ち上げて、自らの膝の上へ乗せた。すると少女はまた嬉しそうに笑う。そんな少女の様子を見てまたやさしい微笑を浮かべた。


  これこそが本当の天使だよ。


 そう思いながら、ルグレは自分が育ってている少女マナを撫でた。


 ルシフェルは、今はルグレと名乗り、まだ戦火の餌食になってないこの町に暮らしている。ルグレはこの平穏を愛し、のんびりとすごしていた。まさかルグレがあのルシフェルだとは思わないだろう。そもそもこの町にきたのも偶然といったところだ。


  「マナ。」


 自分がつけた名前でマナを呼び、水の入った水筒を開けて差し出す。マナは小さな手でそれを受けとって水をおいしそうに飲み始めた。ルグレはまたマナの頭を撫でながら、ルグレは切なそうな顔をした。





 出会いがあんなのではなかったら、どれほど良かったか。





















 そのときの空は黒く太陽の光が届かないくらい雲が厚かった。


 ルシフェルは封印を解かれたばかりで、残りの力で魔界を出て、自分の羽を隠し彷徨う。意識も薄く、足取りも頼りない自分がどこを歩いているのか分からなかった。


 自分はここで消えるのか。


 そう思いながら一歩一歩踏みしめていった。そして足は戦争によって廃墟となった町に彼を誘い込んだ。

 

 兵士達が人々を残虐していたところだった。ルシフェルにはそれがどういうことか分からなかった。それくらい周りが分からなくなっていたのだ。


 そんなルシフェルの耳に様々な音が入り込んでいく。


 銃声、女の悲鳴、兵士の罵声、爆音、飛行機のジェットの音。どれも大きく、互いの音を掻き消していった。


 



 


 

 


 その音の中で不意に今までとは違う音が耳に入ってきた。


 

 か細く、小さな声。今まで聞いてきた声のなかで高く本当に小さな声。


 

   なんだこの声。


 

 ルシフェルは小さな声で覚醒した。ルシフェルはいままで聞いたことのなかったその声に困惑し、その主を探す。



 声は下から聞こえた。



















 




  足元から。





 

 ルシフェルはゆっくりと下を見る。


 

 「こわい。こわいよぉ。」



 そこには、小さな人間がいた。小さな体を更に小さく丸めて、あの小さな声を出している。ルシフェルは驚いた。


 人間はこんなに小さかったのか。こんな声を出すのか。そんな顔をするのか。


 ルシフェルの頭に様々な感嘆が渦巻く。


 その少女は、ルシフェルが会ったどの人間にも当てはまらなっかたのだ。


 不意にルシフェルの胸の中に暖かいが冷たい何かが現れた。それに混乱し、戸惑い始めるルシフェル。

 

  分からない。これは何だ。この人間は、私は何なんだ。


 もう何もかも分からなくなっている。今までの人間はなんだったのか。


 


  ルシフェルはこの少女をもっと知りたくなった。


 自分の胸に現れた何かの正体を明らかにしたくなった。


ルシフェルに生まれたその好奇心が彼を動かす。ルシフェルは少女に目線を合わせるため片膝を付く。



 そしてルシフェルは少女の顔を見た。




  少女は目に涙を流して泣いていた。



 その少女を見たとたん、その姿に何故か体が震える。目が厚くなる。自分も今まで感じたことのないものが、次々と溢れてきた。


 

 その少女は弱く壊れそうで何より綺麗だった。あの醜いものではない。綺麗で儚いものだ。


 ルシフェルはじっと少女を見つめ続けた。その目線に気づいた少女は顔を上げる。



 目線が合う二人。


 

 吸い込まれるような感覚。ルシフェルは少女の蒼い大きな瞳に引き込まれる。二人の時間はしばらく止まっていた。じっと互いを確認するように動かなかった。






 ルシフェルの後ろから複数の足音が聞こえてきた。


 

 「おい!まだ生き残ってる奴がいるぞ!!」



 その兵士の声で少女の時間が動き出す。


 少女は急いでルシフェルの抱きつきすがりついた。

 

 その瞬間、あの暖かく冷たい何かが殻を破り、ルシフェルの胸に広がる。ルシフェルはそれを理解できなかった。それの存在を知らなかった。突然自分の中にできた感情を。




  だがこれだけは分かる。この少女を守らなければ。


 

 なぜ決めたのか、ルシフェルは分からないだが、そう決めた後の行動は早かった。ルシフェルは、すがりついてる少女を抱き上げ走り出した。





 走る。





 兵士が後ろから追いかけてきてるのが分かる。






 走る。




 

 しっかりと少女を包み込む。





 走る。





 弾丸が腕に当たる。





 走る。





 少女が大声で泣く。




 走る。




 頬に涙が伝う。




 走る。




 石につまずきそうになる。



 それでも走る。


 ルシフェルは走り続けた。まっすぐ、とにかくここから出たかった。飛べる力もない堕天使は少女のため、しっかりと地面を踏みしめ走った。足がボロボロになろうと腕が血だらけになろうが、無我夢中に走る。




 行き先はどうでもいい。とにかく安全な場所へ。




 そのルシフェルの想いが通じたのか、兵士達はいなくなり、二人は小さな町にたどり着いた。その町は戦火には巻き込まれておらず、寝静まった静かな町。




 音がしなくなって、危険がないことに安心し、ルシフェルはゆっくりと少女を下ろす。



 「もう。大丈夫だ。」


 

 そういいながらルシフェルは少女を撫でるとルシフェルは力尽き、意識を失った。 

















   マナとの出会いは確かに俺を変えた、でも恐らくマナの両親は殺されたのだろうな。



 自分の膝の上で水を飲むマナをじっと見て、考えた。あの状況でマナの両親が無事だとは思えなかった。思い返せば、今自分達がここにいることが奇跡だとルグレは思った。あの後、ルグレは、マナが呼んできた町の人たちに助けられた。腕の傷跡は残ったが、ルグレは回復し、外を歩きまわれるようになった。

 しかし、ある問題が残った。


 助けた少女、マナはあの惨状のショックで自分に関する記憶をなくしていた。家族も自分の名前すらも覚えてなかった。何より、彼女に身よりはなかった。そんな彼女ルグレは引き取って育てている。そして、名のない少女に名前を付けた。




 マナ=ハピネス  神に頼らぬ幸福。



 ルグレは神に頼りたらず自分の手でマナを幸福にしようと決めたのだった。




   本当にかわいそうな子だ。



 マナを撫でる手が止まる。それに気が付いたのかマナが振り向く。


 「どうしたの?」


 そう首をかしげるマナをルグレは抱きしめた。暖かい体温を感じる。あのときの暖かい体温が。


 「マナといれて、幸せだなと思っただけだよ。」


   マナは俺に色んな感情を教えてくれた。心を与えてくれた。こんなにもすばらしいものを。


  目を閉じて、体温を感じ取っていると首に新たな温もりを感じた。

 

 「マナもルグレといれてうれしい!!」


 マナがルグレを抱き返したのだ。それをみてルグレは幸せと言ってくれる少女に泣きそうになりながら、笑い返したのだった。


 

                                      fin.


 ぐうたらパーカーさん主催のアンソロジー企画「陽だまりノベルズ」第二弾に参加作品です。遅刻参加で申し訳ありませんでした。この小説はあとで連載を書く予定です。そのときはよろしくお願いします。

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