8話:魔女さまの旅行プラン
黒い。
それが始めてみる国境の第一印象だった。
コロムの街から馬車で5日、山を越えて谷を越えてもう一つ山を越えたところが、トトロフ王国西の国境線である。
高い石壁と門が国をわけている証だ。長い年月風雨にさらされてきた石壁は、夕刻のせいもあってか、一段と黒ずんで見えた。
「なんだか、物々しい雰囲気だねー」
馬車から降り、宿屋に向かいながらキョロキョロと街を眺める。夜には門が閉まるため、今日はトトロフ側の街で一泊する予定だ。
石壁の上にカラスが飛び交い、不吉な鳴き声で喚いている。国境の街は、コロムのような安穏とした空気もなく、王都のような活気もない。大通りもすでに店は閉まっており、閑散としていた。
「いや?普段からこんなものだ。王都やコロムが賑やかなだけだろう」
わたしの感想に、先を歩くロトスが驚いて振りかえった。ロトスの肩でリュウの荷物が軽く跳ねている。ちなみにリュウは長旅に疲れ切り、街を見る余裕もなく、ふらふらと後ろを歩いている。3日間は馬車で野宿だったため、仕方ない。見かねたロトスが荷物を預かってくれたけれど、どうせならリュウごと背負えばいいのに。厳ついんだから。
コロムの街での事件以来、ロトスは何かと面倒を見てくれる。弟やリンテルちゃんみたいな妹分がいるから、世話焼きな性分なのかもしれない。有難いけど、少々口煩いところが、兄貴っぽい。
「そんなもんかな。わたし、王都周辺以外は見たことないしなあ」
「そんなものだ。特に、ここは獣人との国境だ。人間が暮らすには辛いこともあるだろうな」
「そっか。獣人族はわたしたち嫌ってるらしいね」
「ああ」
ロトスは同意するようにうなづきながら、溜息をついて立ち止った。
視線につられて後ろを振り返ると、寝ながら歩いていたリュウが派手に転んでいた。
「よし、いい飲みっぷりだなじょーちゃん!将来有望だー!」
「ばーろー!じょーちゃんはこう見えても魔術師さまなんだぜ!有望なんてのはとっくにわかってんだよー」
「寂しくなるなー。うちでまた働いてくれよー」
熱気のこもった酒場を乗っ取り、次から次へと酒を注いで注がれて注いで。
こういうあまり上品でない宿屋の1階は、たいてい小さな酒場がある。ロトスにリュウを運んでもらって、ベッドに寝かしつけてから、大人だけで集まった。
キャラバンの皆が開いてくれた、わたしとリュウ(不参加)へのちょっとした送別会だ。
明日国境を越えたら、キャラバンとのお仕事は終了。一週間ほどの短い仲間だったけれど、親切にしてもらった。その分、盗賊に出会ったらしっかり叩きのめして馬車代分は働いた。
キャラバンは、国境の先の街、大陸一の商業都市トリッシュで荷を売り、銭を得て、王都へ帰る。帰りがてら、コロムに寄ってちょうど収穫されたばかりのカシを仕入れ、王都で売るらしい。ロトスはキャラバンお抱えの護衛だから、もちろん一緒に王都へ帰る。
「おい、あの小さい小僧はどーした?」
「もー潰れたのか?酒飲まんと大きくなれんぞー!」
「旅疲れで寝ちゃいました!未成年にお酒はだめです!」
周囲の喧騒に負けないように、叫びながら話す。トトロフの法律ではお酒は成年16歳からだ。
リュウは見た目12,3歳だからまだまだ先。ちょうど寝ていて良かったと思う。お酒も駄目だけれど、まずこの宴会のノリにリュウがついていけないだろう。
街の様子が暗くても、宴会の賑やかさには全く影響しないようだ。お酒の力って偉大。
わたし自身こんな賑やかな宴会は初めてで、目まぐるしくって誰と何を話しているのかもわからなくなってきた。
王宮の晩餐会でお酒を飲んだことはあるんだけどな……。もっと静かで、落ち着いていた。その分参加者たちは、下らない策略を企てたり、下心有り余る交流をする余裕があったが。
ここで飲むのは違う。熱気と喧騒、お酒と人ごみでぐらぐらしてくる。
オマケに何故か料理が辛めで脂っこい。
四方八方から声をかけられるので、いちいち返事ができない。
「じょーちゃん達はこれからどーすんだ」
「お前、野暮なこと聞くんじゃねえ。見りゃわかるだろ」
「若いからって反対されちゃ、逃げたくもなるわな」
「だけどな、落ち着いたら親御さんにも連絡してやれよ!」
「若いっていいなあ……」
なんだか凄まじい誤解を受けている。せめて血の繋がらない兄弟とか孤児とかのほうが分かる気がする。だってリュウはまだ子どもで……。
反論しようと口を開くけれど、頭がぼーっとして言葉にならない。えーっと、何て言いたかったんだっけ。
ジョッキを片手に口をぱくぱくさせていると、いささか乱暴にジョッキを取り上げられた。
「ちょっとまら飲んでまふ!」
「飲みすぎだ」
「……はい」
厳つい顔で眉を顰めたロトスは、迫力満点だ。ちょっと酔いが醒めたかも。
「おいおい、まだ飲もうぜ!お開きにゃ早いよ」
周囲の反論を一睨みで黙らせる。
「明日はトリッシュに着きます。忙しいでしょう。早く寝ないと持ちません――行くぞ」
ジョッキを求めて伸ばしたを掴まれ、有無を言わさず客室に戻された。
翌日。
「あー。頭痛いー」
初めての国境越えは、呻き声を上げながらとなった。
乗り慣れた狭い馬車とも今日でお別れだ。感慨に耽りたいところだが、振動が頭に響いて痛い。
「酒に弱いなら早く言え」
リュウが心配そうに、水筒を手渡してくれるけれど、その隣ではロトスが呆れて小言を垂れている。ロトスに呆れられるなんてちょっと癪だ。
「弱くない。今までこんなに酔ったことなかったんだもん」
「強い酒を飲んだことがなかっただけだ。もう飲むなよ」
後で聞いた話によると、王宮で飲むものはお酒の種類が違うらしい。そういえば、王宮で出されるものは、普通の果実水のようだった。昨日のお酒とは全く違う。昨日のお酒は、なんというか、グワッと来て、匂いもきつい。
「こんな風で大丈夫なのか。国の外は治安も悪い。十分気をつけろ」
反論できずに、黙っているとさらに小言が追加される。朝起きて、二日酔いを訴えてから、ロトスはずっと小言状態で、リュウはオロオロしている。
「ぼくは国外初めてなんですけど、ロトスは行ったことあるんですか」
話の矛先を変えようと、リュウが口を開いた。優しい子だよ全く。
「ああ。国境の隣のトリッシュは、キャラバンで年に2,3回は行く。その先には一度しか行ったことがないな」
「その先?どんな街があるんですか」
「……おい、話してないのか」
ロトスは質問には答えず、じろりとわたしを見る。
「……話してないというか、決まってないんだよね。これからどうするか」
気まずくなって、答えてから水筒に口をつけた。もうしゃべりたくないから、ロトスが説明してくださいアピールだ。
今日31回目にして最も大きな溜息をつきながら、ロトスはリュウに向き直った。
「その先に当分街はない。東西に渡って馬鹿でかい草原が広がっている。獣人たちが一族ごとにまとまって生活してはいるが、遊牧して暮らすからな。正確な位置は分からん」
「え、それじゃあこれからどこへ行けば?」
「ルハナンに聞け」
リュウの真っすぐな視線が痛いです。
いや、ノープランってわけじゃないけれど、漠然としてるんです、はい。
「ええとね、とりあえず、この旅では、四大精霊に挨拶回りしなくちゃいけないでしょ?草原のどこかに、獣人族へ加護を与える風の大精霊がいるはずなのよね。そこを目指したいんだけど、大精霊の居場所ってのは聖域でして、汚されないように秘匿されてまして。はい。行き方、分からないんです」
「……」
「あ、だけどね?トリッシュって大陸で一番大きい商業都市で、人もたくさんいるし、情報集まるかなって。あ、あは、あはは……」
「計画性って言葉を知ってますか」
「はい……」
「任せきりにしたぼくも悪かったです。これからは一緒にきちんと綿密な計画を立てましょうね」
「はい……」
眉間に皺一つ立てずに、迫力を出して怒る人を初めて見ました。いや、むしろこれは叱られているんですか。
年下の子に頭を下げていると、馬車が大きく揺れて止まった。
前方でなにやら会話がなされ、しばらくすると、何事もなかったかのようにごとごとと振動を立てながら発車する。
こうして今、国境を越えた。
長らくお待たせしてすみません。いろいろ詰まってました。
ここからはスピードあげたいと思います。
とりあえずお兄ちゃんゲットー。意外に行き当たりばったりな新しい妹にハラハラさせられてますね。