6話:魔女さまと氷の漬物
ちなみに、長剣では大魔術の氷は壊せない。そんなに簡単に壊れると思われるなんて心外だなあ。単なる氷の術なら壊れるけど。
こういうところがロトスは単細胞っていうか単純っていうか直情的っていうか。第一、なんのためにわざわざ大魔術を放ったのか考えてほしい。
リュウも背中かどこかが痒そうな顔をしている。
そんなことはさておき、思いつめた表情で、氷漬けゴブリンに向かい合うロトス。リンテルちゃんは庇うようにして、さらに氷にしがみついた。
「だめです。キリハくんが死ぬなんてだめですっ」
「どけ」
「だめです!なら私も斬って!」
「いいからどくんだ!」
脅すように低くつぶやいてロトスが剣を構える。リンテルちゃんも負けじとロトスを睨んだ。二人の間に沈黙が流れる。
えーと、なんだか盛り上がっているけど。
「あーちょっと失礼。戻れるかもよ?」
庇うようにオブジェにしがみついていたリンテルちゃんと、かっこよく決意していたロトスが驚いて振りかえる。
「本当に?本当にですかっ」
「その場限りの嘘はいらん。慰めもいらんぞ。戻すというが、どうする気だ!」
喜ぶリンテルちゃんと、疑うロトス。
「さあてね。わたしもやり方知らないんだ」
リュウが不安げにこちらを見てくる。知らないものは知らないから、肩をすくめてみせた。
「やはり嘘か」
「かもって言ったでしょ。キミそんなに挑発に乗りやすい傭兵って駄目だと思うよ?」
可愛くないロトスは素通りして、リンテルちゃんの肩をたたく。
「20年前、どうしていきなりこの病気が消えたか知ってる?」
「『大泣きの』魔女さまが、奇跡を起こしたって……」
「そ。わたしの師匠はその魔女」
師匠が『大泣きの』魔女と呼ばれるのはその偉業のためだ。魔術を操り、偉業を成した女性だけに与えられるのが魔女の称号であり、大陸史上6人目の魔女が師匠である。わたしは彼女をずっとそばで見てきて、ずっと魔女に憧れてきた。
「えええ?」
「足で魔術を行うのか、魔女は!?」
そうです。イメージを壊して申し訳ない。歴代魔女6人とも、偉業に反し、実生活では残念な人だと伝えられている。わたしの夢は魔女と呼ばれることだけど、史上はじめてのまともな魔女になりたいなあ。
「今、絶賛蒸発中だからいないけどね。奇跡の起こし方なんて習ってないし」
聞いてみたことはあったが、教えてくれなかった。彼女が教えてくれたのは、むしろ毒草への耐性とか、怪しげな体術が主だ。
「だけど、クレイズさんちのお嬢さんも、パン屋の見習いくんも。たぶんわたしの母も。みんな、師匠の奇跡で戻ってきた人、だよ?」
記憶喪失になるという弊害はついたけれども。記憶喪失中であろう母は行方不明だけれども。
望みがなかったならキリハくんも殺してた。だが前例があるなら、とりあえず待てばいい。
「師匠探しつつ、わたしも暇つぶしに方法考えてみるさ。馬車の中って退屈だしね。それまで、キリハくんは眠ってなよ」
ゴブリンに手を振って、2人の反応を見ずに地下室を出た。
そのまま地下室にいると、質問攻めにされるか感動タイムに突入しそうだったからだ。
リンテルちゃんもロトスも、周りを置いて当人たちだけで盛り上がるから、ちょっとついていけない。
さすがに今日は魔術を連発しすぎたから、さっさと寝よう。
とりあえず、一件落着だよね?
残された深刻な話題は、また明日。明るいところですべきだ。
前回の魔物の話とか病気の話とか魔術師の話とか。あとは――20年前でもないのに記憶喪失なリュウの話も。
***
「ところでさ、何かお土産になるものってないかな?できれば、全然使い道ないやつで。もらった人が微妙な顔しかできないやつで」
翌日。宿屋のロビーで出発まで寛いでいたわたしたちに、謝罪とお礼に来て何十回も頭を下げる痒い2人に尋ねた。氷の中で眠り続けるキリハくんを見守ることに決めたらしい。それはいいとして、周囲の目が痛すぎるから土下座はやめてもらいたい。可愛い子と厳つい傭兵の二人に半泣きで謝られるとか拷問ですか。
お土産が旅の必須事項にされたので、探さなくてはならないし、それなら地元民に聞くのが一番いい。カシの大産地で名高い街ならば、何かまずいカシ料理や郷土料理があるのではないかと期待している。ちょうどいいものがあったら、昨日のことはそれで許そうかな。
リュウは、あきれたようにこちらを眺めている。うん、純真なリュウにそんな顔されると傷つくなあ。でもあの馬鹿王――もとい、おっさんに言いたい。強制された土産なんていいものもらえないぞ、と。そういうのは日頃のお付き合いと、挨拶と、お近づきの印の賜物であるべきだ。
二人は、こんな質問にも真剣に唸りだした。恩を売ってあるって便利だ。
「ええと……カシを蒸して作るガルジェ料理は激苦で有名ですが。日持ちしないんです」
「あれはどうだ。昔売ってた可哀そうなあれだ」
「ああ、あれですね!」
ちょっと待っててくださいと言って、リンテルはカウンターの奥へ消え、ほどなくして足音を弾ませながら戻ってきた。
胸に大事そうに抱えられているのは、手のひらサイズのぬいぐるみだ。
「カッシーくん人形です!」
ただし、果てしなく不気味な。
カシの穂の涙型である輪郭はいいとしても、目が下に孤を描いた半円で、黒い瞳は投げやりに明後日の方を向いている。カシの色は黄色のはずだが、暗いところでも光そうなギラギラした濃い黄色になっている。口や鼻はなく、穂から適当に4本の手足がぶら下がっている――力なく、だらんと。
「観光事業を盛んにするためにキャラクターを作ったんですけど。気持ち悪くて客足が遠のいた原因なんですよ」
注文に沿うものを見つけられた嬉しさからか、にこにこと笑いながら説明してくれた。そもそも穀物の大産地は観光名所になれるはずがない。売れ残った品物が、商家の倉庫にあふれているらしい。
わたしがにやりと笑ったのに気がついたのは、リュウだけのようだ。
***
「王妃よ、いったいどこから間違えたのだろうな」
「陛下が余計なルールを追加したときですわね」
「これはあの子が元気でいる証拠だろうか」
「陛下が恨まれてらっしゃる証拠だと思いますわ」
「1つ王妃に進呈しよう」
「もったいなくて受け取れませんわ。胸がいっぱいになって、うなされそうですから気持ちだけありがたく」
「どこに置けばいいのだ……」
「ベッドで添い寝して差し上げては?きっと喜びますわよ、この部屋いっぱいのカッシーくんたち」
「一体どんな気持ちを込めて、郵便馬車の最速スピードで届けさせたのか……」
「きっと、『強制された土産なんていいものはもらえないぞ』ってあたりですわね」
「王妃はあの子のことをよく理解しているな。感動ものだ、ああ、本当に涙が出る……どうしようこれ」
広い謁見の間を埋め尽くすほど――いや、実際に埋め尽くしているカッシーくん人形を眺めながら、王が顔を覆った。
王妃はくすくす笑いながら、添えられたメッセージカードに目を落とす。
「もちろん、理解しています。見守るってイリファとユレと私の約束ですもの」
「魔病再発。原因不明。至急『大泣き』の魔女を呼び戻されたし」
メッセージカードの内容が、かわいい魔術師の照れ隠しでありながらも、本当のことであると、もちろん王も王妃も理解していた。