5話:犯行の原因
軽いグロ表現があります。
また先端恐怖症の方はご注意ください。
このままの体制は疲れるので、
『ウレ・アマクト』
風の鎖で拘束しなおして完了。とりあえずお兄さんを床に座らせる。
「安眠妨害で訴えるよ、まったく。しかも何か勘違いっぽい気配がぷんぷんするし。傭兵ってそんな単細胞でできるの?キャラバンの人もこんな護衛じゃかわいそうね」
言ってるうちに腹が立ってきて、途中からすごく嫌みっぽくなってしまった。本物より言葉のナイフの方が扱いやすい。
わたしがぶつくさ言っていると、リュウがもう一人の下手人を連れてきてくれた。
震えながら部屋に入ってくる人物を椅子に座るよううながす。拘束の必要はないだろう。
リュウが安心させるように微笑む。
「料理すごく美味しかったですよリンテルさん。でも、眠り薬のスパイス、ぼくはあまり好きな味じゃありませんでした」
言われてびくりと縮こまるのは宿屋の看板娘リンテルちゃんだ。リュウより少し年上らしく、深い紺色の髪と目が印象的な大人しい系の美人だが、その目は涙でいっぱいになっている。
「リュウ、あんまりいじめすぎないで」
「前から思ってたんですけど、ルハナンさんって美形にだけ態度違いませんか?」
「当たり前でしょ」
差別するわけじゃないけど、かわいい顔でうるうるされると、ね。不満気なリュウだが、キミもわたしの中では美形扱いなのだよ?
だからといって許すかというと、それは別問題だ。
先ほどのナイフ(本物のほうだ)の切っ先を、今度はリンテルちゃんの目に突き付ける。
「やろうとしたら、やられても文句ないよね?」
「ひっ……ご、ごめんなさいっ」
「それはこちらのセリフだ!お前たちは弟を殺しにきたのだろうが!リンテルに手をだすな!」
だから何を勘違いしているのか。説明するまえに訳も分からず怒鳴られると、ますます腹が立ってしまう。
風の鎖の位置をちょっとずらして、お兄さんの口をふさいだ。
「少し黙ってて。先に言っておくけど、名前も知らないお兄さんの弟なんて知らない。だれかを殺しにきたわけでもない。修行の旅でここを通ったら、眠り薬を盛られるわ、寝込みを襲われるわ」
「ちなみに、ぼく解毒剤持ってます」
「ちなみに、わたし毒効きにくいから。師匠に鍛えられててさ」
いえーい毒効かなーい。リュウと目線をあわせてハイタッチ。
軽すぎるノリにお兄さんは身体をぷるぷる震わせている。
もちろん挑発したのだが、リュウも鬼畜だな。
魔術師を倒そうと思ったら、まず指と口を狙うのが定石だ。傭兵のお兄さんがそれを知らないはずもない。眠り薬が効いていると思ったからこそ、いきなり急所を狙ってきたのだろう。なぜリュウが解毒剤を持っているのかは知らないけど。
「で、説明してくれる?くれないなら、ぐさっといっちゃうよ?」
白状しやすそうなリンテルちゃんに頼んだ。
「は、はい……。私とロトスさんは、キリハくんが大事なんですっ、だから我慢できなくて」
「あー。人間関係明確に。ロトスってのはこのお兄さんで、その弟がキリハくん。で、弟のキリハくんって確かこの街の魔術師。合ってる?」
「そうです……」
このお兄さん――もとい、ロトスはこの街の人だったのか。この街唯一の魔術師はたしか、
「キリハくんは、半年前から伏せってるって聞いたけど、なんかやらかしてたの?」
殺されると思い込むほど、やっかいなことでも引き起こしたのか。
聞くとリンテルちゃんはいよいよ泣きだした。首を横に振るたびに、涙が散る。そういえば、リンテルちゃんはキリハくんの花嫁って……。
「いいえ……!優しい人です!どうしてキリハくんが、こんな風になったのか、分からないんですっ」
「こんな風って?キリハくんは今どうしてるの?」
「……宿の地下室に……閉じ込めてます……」
「いい人だけど、理由があって、宿に閉じ込めてる。殺される可能性がある。うーん、ごめん、はっきり言っちゃってくれない?」
考えてもよくわからない。勿体つけずに、さくさく教えてほしい。
リュウが隣で青ざめ、まさかとつぶやいた。
「あの病気の再発ですか?」
「違います!彼は、優しいままですっ。キリハくんのままですっ」
興奮してリンテルちゃんが泣きわめく。激しい否定は肯定だ。これ以上聞きだすことはできないし、その必要もない。
ロトスの風の鎖を口と足だけ解いてやる。
攻撃されたわけでもないのに、ロトスは痛みを堪えるような顔で、黙っている。
一昨日と今日と、なぜこんなに遭遇してしまうのか。ブームなんですか。
20年前まで、とある病気が魔力ある人々だけを襲っていた。
「地下室に案内して」
「……頼む、殺さないでくれ。あいつしか家族はいないんだ!」
「聞いちゃったからには、放っておくわけにはいかんでしょうが」
ロトスが襲って来なければ、わたしだって何事もなくこの街を旅立ったのに。知りたくなかったよ。殺したくないよ。でもそれは、誰のためにもならない。
「キリハくん――いや、元キリハくんの魔物の居場所を教えて。……手伝えとは言わないから」
20年前まで、魔力ある人が魔物に変わる病気があった。魔物は無差別に人を襲った。襲われた人に家族が多かったのは、一番近くにいたせいだった。
家族では魔物を殺せない。友人でも恋人でも知り合いでも殺せないだろう。だから、元の人物を知らない通りすがりが一番いい――わたしたちのような。
***
地下室というか地下にある物置が正しい。
なんとか鍵を受け取って、カウンターの奥の階段から地下へ入ると、一室だけ扉が頑丈に作られた部屋があった。
そんな都合のいい部屋があるのかと聞いたら、20年前まで同じ理由で使っていたそうだ。魔物になってしまった人を殺せず、閉じ込めておくための場所。そんな曰くのある場所だから宿の主人も普段は開けないらしい。
扉の前で、リュウと2人、息を整える。残る2人は置いてきた。
「空けるよ」
鍵をはずし、やたらと重い扉を押した。
月のささない地下の部屋は真っ暗で、リュウのもつ灯りがなければ、指先すら見えない。
こつこつと靴音が響くと、奥から低いうなり声があがった。
目を凝らすと、影が見える。
後ろでリュウが内から扉をしめた。万が一にも外に出してはいけない。
「があああ……」
標的をわたしに向けるため、あえて大きな足音を立てて近づく。
ゆらりと身を起こす影はよく見えないが、赤いピアスは闇の中でも輝いていた。キリハの魔術師の証明であるピアスだ。
「こんにちは、キリハくん」
「ぎぃいいい……」
「ルハナンさん、無駄です」
「わかってる。でもね、挨拶は人の礼儀。礼儀くらいは、払う……来るよ!」
イノシシよろしく真正面に突っ込んでくる影から、2人左右に逃れる。速い。
わたしに狙いをさだめてくる、ランプに照らされたその姿は、
「ゴブリン……?」
絵本に出てくる悪鬼に似ている。人には見えない。頭ばかり大きく、手足がほそく短い。深緑色のぬらりとした身体。目がある場所は、窪んでいて何もない。尖った耳についているピアスが非常に浮いている。
一昨日の魔物とは全く違う出で立ちだ。これがキリハくんの成れの果て。
『エテサローク』
パキンと音がし、ゴブリンの足から氷が覆い始め、体全体にも及ぶ――前に、相手からも空間を割る音がした。
「魔術――いや魔法!?」
ゴブリンの指先から紫の霧がでる。それがゴブリンの足に届くと氷が溶けた。相手の魔術を無効化する闇魔法。
精霊や大陸神の力を借りて行う人間の魔術とはちがい、魔物や魔獣は、自らの力で不可思議な現象を起こす。それが魔法であり、呪文も詠唱もいらない。魔獣は半精霊の存在であり、自分の属性の魔法を使う。魔物はどの魔物でも闇魔法だが、その効果は
「反則的だよなあ」
つぶやきながらも、ステップを踏んで後退した。目の前でゴブリンの長い爪が空を切るが、
「ちっ」
狭い地下室。背中が壁につくのを感じた。次は避けられない。
両手で2つ防御魔術を描いてもいいが、描く動作と詠唱があるため相手より発動が遅い。最速の防御魔術でも次を発動するまでに、無効化されるだろう。
ならば片手で攻撃魔術、片手で防御魔術か。どちらを無効化されるかは賭けになる。発動した瞬間に、わきに逃げられればいいが。
一瞬で思考を回転させ、1撃くらう覚悟を決めながら、指先をかざす。
「ルハナンさん!」
呼ばれて顔をむけると、リュウが白い紙を投げたのが見えた。こんな状況でも笑ってしまう、ちょっといびつな魔術陣。
『エタトニフ!オガコネザク!ウルーエボヌジム!エバコニット!イオーネザクッ』
火の盾、風の籠、水のベール、土の壁。4属性防御魔術+攻撃吸収魔術。魔術師の十八番は、早口言葉だ。
魔物に4属性防御は効かないが、無効化させる数を増やせる。時間稼ぎだ。
魔術陣を唱えながらも、両指先は次の攻撃魔術を完成させた。
ゴブリンも素早く、最初の火の盾を無効化されるが、わたしの方は、後は唱えるだけだ。
『アビアヨネザク、エテサローク』
「ぎぃがぁぁあ!!!」
2つ目の風の籠が無効化されると同時に、風の刃で紫の霧が出ている両指を落とし、右手だけを凍らせる。
まだ終わらない。
『エテサローク、エテサローク』
左手、右足が凍りつき、
『エテサローク、エテサロークッ』
左足と頭が凍る。
仕上げは、
『二ミウス・オティエル!!!』
五体を氷らせて始めて使える大魔術、冷凍睡眠。
ひときわ大きく空間を割る音と同時に、ゴブリン全体が氷の中に閉じ込められる。オブジェの完成だ。
わたしは壁にもたれて、ようやく深呼吸できた。早口はいいけれど、息を吸う暇がなくて軽く酸欠。
「ルハナンさんは、やっぱり優しいですね」
褒めているのか、甘いとたしなめているのか。
リュウのほっとしつつも複雑な表情を見ると、その両方だと思う。修羅場慣れしており、解毒剤を持ち歩く。リュウはどれだけ甘くない環境で生きてきたのだろう。
「後味が悪いのは嫌なんだ」
ぽんぽんと、ゴブリン入りオブジェを叩いて答えた。
見た目はただの凍り魔術と同じだが、中身がちがう。魔術を施した人間が解かない限り、ゴブリンはそのままの状態で眠りつづける。老いることもなく――死ぬこともない。
殺すのは簡単だった。2つ同時に攻撃魔術を放てばいい。攻撃力の高い火精霊なんてちょうどいいかもしれない。
ぎごーっと音を立てて、重い扉が開いた。
上の部屋にいるはずのロトスとリンテルが飛び込んでくる。足音がしなかったから、きっとずっと扉の外にいたのだろう。
「キリハくんは……?」
「氷漬け始めました」
「氷の中で眠っているだけです。生きていますよ。ルハナンさんが解かない限り眠り続けて――生き続けます」
投げやりな説明にリュウが補足を加えてくれた。
「ありがとう。殺さないでくれて、ありがとう!」
リンテルが氷オブジェに抱きついた。冷たくないのか。そして中身はゴブリンですが。
愛とやらに呆れながら、ずるずると壁に背をつけて座りこむわたしを、ロトスが支えてくれる。
「大丈夫か」
「自分を殺そうとした人にそんなこと言われると複雑」
まだ許したわけじゃないぞ。睨みつけると、真摯に頭を下げられた。
「すまなかった。魔物になったやつは殺せ。そう言われて、4つのときに両親が殺されたんだ。もちろん放っといたら、俺たちが死んだんだがな。だからどこからか弟のことがばれて、お前たちが殺しにきたんだと思った」
あいつしか家族がいない、か。
「殺すべきだとわかっていた。傭兵やってりゃ人殺しなんてざらだ。俺の手で殺してやりたいと思ってた。今まで決心がつかなかったけどな」
寂しげに笑って、わたしから離れ、オブジェへと向かう。
手にはいつ取ってきたのか、長剣をたずさえて。
「もう戻れないなら、いまここで俺が楽にしてやるよキリハ」
わたしは先端恐怖症です。ビューラー持つ手が震えます。
ようやく火の魔術がでました。嫌ってたわけじゃないんですが、出すタイミングが難しいです。
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