3話:魔女さまの庭
耳につけた涙形の深紅のピアスが視界の端で揺れる。たしかに少し重いけれど、慣れると心地よい重さだ。
力ある鉱石はいつ触っても冷たいものなのだと聞いたことがある。ピアスが頬に触れると少しひんやりしたけれど、わたしがこれを外すことはないだろう。
これが、魔術師の証。
***
「クレイズさーん!」
大きく手を振って、角を曲がりそうな人を呼びとめる。白い石畳と白壁、赤い屋根の家々が王城を中心にぐるりと都を成しているトトロフ王都の片隅である。
東門間近の商店街大通りで、見慣れた人物を見つけて嬉しくなる。我が家は東門から出て畑しかない道を馬車で20分。クレイズさんは東門から3軒目の肉屋でご近所さんだ。
クレイズさんはぽってりした体を上手く人ごみに滑らせながら、近づいてきた。
「ルハナンちゃん!久しぶりだねえ、試験は終わったのかい」
「はい。クレイズさんのコロッケのおかげです。無事に合格できました!」
ぺこっと素直そうに頭を下げる。ご近所づきあいって大事なもので、そこから噂が広がることだってあるのだ。都内の噂を広めるの担い手は、普通に生活する人々なのだから。
「そう言ってくれると嬉しくなるよ。ルハナンちゃんじゃなくて、魔術師さまって呼ばなきゃね!」
「まだまだ修行中です。師匠みたいになれる日は遠いです」
苦笑しながらそう言うと、クレイズさんはちょっと唇の端をひきつらせた。
「あ、はは。いやルハナンちゃんはルハナンちゃんのままで十分さね……。ところで、そっちの坊やは?」
わたしの横で口を挟まず微笑んでいたリュウに目をむける。
リュウはいきなり話題をふられて、ちょっと慌てながらもしっかり頭をさげた。
「あ、リュウといいます。神殿のもので、ルハナンさんの友人です」
いつ友人になった。17歳と12歳では見た目で友人には無理があるだろう。大人びているのに、たまにやらかすなあリュウ。
「そうかい、可愛いお友達だね。相変わらず面食いだねえルハナンちゃん」
「そんなんじゃありませんよ?親戚の弟みたいなものです」
「なんだい、残念。この子は成長したら良い男になるね、つかまえときな!」
クレイズさんはいい人だけれど、たまに会話が通じない。不思議だ。
リュウもさすがに反応しづらいようで、笑ってごまかそうとしている。
「今日は買い物かい?あいにく今日はいいもんがなくてね。明日なら、ちょうど美味しい牛を仕入れるんだけども」
「ありがとうございます。でも、その、実は修行の旅に出ることになりまして」
驚いて寂しがってくれるかと思ったが、クレイズさんは意外にも大きく頷いた。
「ああ、魔術師さまにはそんなものもあったね。そうかい、ルハナンちゃんも旅立つのかい」
そんなに有名なものだったのか。だから何故だれも教えてくれなかったのだろう。
思わず心の中で愚痴をつぶやいていると、クレイズさんのまるっとした大きな手が、わたしの頭をなでた。温かくて、なぜか安心する。
「ちゃんと帰ってきておくれよ。そしたら商店街みんなで祝おうじゃないか!約束だよ」
「はい」
嬉しくて気持ちよくて少しだけ目を閉じると、隣でぽつりと死亡フラグとつぶやく声がきこえた。街の雑踏でクレイズさんには聞えてないけれど。
なんだかリュウの性格がつかめてきたぞ。
クレイズさんと別れてから、再び旅の準備にとりかかった。
買うものはたくさんある。地図とランプ。火魔術があるのでマッチはいらない。水筒と毛布。丈夫なロープ。いや別にサバイバルをする予定はないのだけれど、野宿をすることも多いだろう。
旅費はすでに受け取っているが、一応金目のものを換金しておき、少しだけ身につけ、残りは3つ買った水筒のうちの1つに入れた。
リュウが身につけている神殿の服は、真っ白な生地に金糸の刺繍がほどこされ、足首まで覆っている。旅装どころか商店街ですら浮く格好だ。たかだか保護した少年に神殿がこれほど気を使うのは、持っている魔力のせいだけなのか。けれど神殿の者という便利な肩書は欲しいので、王城の小神殿に修行服を取りに行かせた。
その間にわたしは自分の旅装をそろえなくてはならない。
普段から通っている古着屋をのぞく。倹約する必要はないけれど、服に凝る趣味もないのだ。師匠には、物の価値を見抜く目を持つためにも、色んなものを着ろと言われているが。
手にとったのは、黒いワンピースだ。膝下までの丈で、袖と裾に白いラインが入っている。その上に臙脂色のケープを羽織る。これで温度の変化にも対応しやすい。
常連客ということで、試着させてもらう。
鏡をのぞきこむと、銀髪を短く束ね、尻尾のようにちょっと垂らしている深紅の瞳の少女と目があう。
少女がつけている瞳と同じ色のピアスがゆらゆら揺れる。それが何度見ても嬉しいのだ。
ぐるんぐるん肩を回し、大きく腰をのばして体をほぐしてみた。動きやすく、汗も吸収しやすそうだ。
「うん、こういうワンピースってお腹が出てみえやすいのよね。太らないようにしようか」
一人でうなづきながら、1式購入。
夕方噴水前でリュウと合流するまで、商店街の顔なじみに出発の挨拶をして回った。国王に似ている酒場のおっちゃん、パン屋の親方さんと見習い君。宿屋の双子レジィとコジィ。真っ白な髭を伸ばした馬屋の御隠居さま。門番1号、2号さん。
満足いく買い物にふんふん鼻歌を歌いながら、石畳でステップを刻む。商店街の人ごみは別に好きではなかったけれど、しばらくここへも来られないんだなと思うと街並みを一つ一つ眺めてしまう。
ここが、わたしの故郷なのだ。
ついに噂のクレイズさん登場。おかしいなあ、なかなか旅立ってくれません。
ようやく主人公の外見を述べる機会が登場しました。一人称で進めると主人公自体の説明って入れにくいですね。