平民令嬢たちのコソコソ話
童話ではありません
「ねえ……あの男爵令嬢、やばくない?」
肉屋の娘が、周囲をきょろきょろ見回してから小声で言った。
小柄な身体に似合わないほど、顔は真剣だ。
「何が?」
本好きの娘は、本から目を上げない。
「何がって……あの子よ。男爵令嬢」
「ああ」
「なんであんなに平気で高位貴族に近づけるの?」
花屋の娘が、少し困ったように笑った。
「まあ……怖いもの知らず、ということでしょうか」
「王子様にもだよ?」
「ええ」
「怖くないのかな?」
肉屋の娘は声を潜める。
「だって王子様だよ。私たちが何か失礼なことしたら、無礼討ちで殺されても文句言えないんでしょ?」
本好きの娘がページをめくった。
「法律上はそうね」
「ほら!」
肉屋の娘が花屋の娘を見る。
「やっぱり怖いじゃん!」
「まあ、貴族の方が平民を殺しても罪に問われない場合がある、というのは事実ですね」
花屋の娘も頷く。
「でも、私たちがハエとか蚊とか叩き潰しても、誰も気にしないじゃない」
「……ああ」
「きっとあっちからしたら、私たちなんてその程度なのよ」
「でもさ……なんで貴族って、平民を殺しても罪にならないんだろうね」
「簡単な話じゃない?」
本好きの娘が、本から目を上げた。
「自分たちと同じ人間だと思ってないのよ」
「……同じ人間じゃない?」
「犬や猫だって、可愛がるでしょう?」
「うん」
「でも、犬や猫が人間と同じ権利を持っているとは思わない」
「……ああ」
「だから貴族は、平民を可愛がることもできる。でも、気に入らなくなったり、邪魔になったりすれば、簡単に切り捨てられる」
花屋の娘がぽつりと言った。
「可愛がられることと、大切な人間として扱われることは違いますものね」
「……怖い」
肉屋の娘が小さく呟く。
「だって、青い血だもの」
「怖すぎるわよ!」
三人はしばらく黙った。
花屋の娘が苦笑する。
「まあ、でも実際、貴族の方には気をつけたほうがいいですよ」
「近所のお姉さんもそうだったし」
肉屋の娘が言った。
「貴族に嫁いだ人」
「そうですね」
「五年くらいで消息不明になったんだよね?」
「ええ」
「骨も帰ってこなかったって」
「…………」
「血筋を残されても困るから、殺して埋めたんじゃないかって」
「うわ……」
三人の顔が引きつる。
「もうやめてよ!」
肉屋の娘が頭を抱えた。
「貴族怖すぎる!」
「でも」
花屋の娘がぽつりと言う。
「そう考えると、あの男爵令嬢はすごいですね」
「何が?」
「王子殿下や公爵家のご子息に、あれだけ堂々と近づいているでしょう?」
「……確かに」
「私だったら、目が合っただけでも逃げます」
「私も」
肉屋の娘が即答した。
「目が合って『無礼だ』って首を落とされたら嫌だもん」
そのとき、別の令嬢が肉屋の娘を見た。
「そういや、あなた。この前、男爵令嬢に絡まれてなかった?」
「うん」
本人はあっさり答えた。
「大丈夫よ」
「本当に?」
「うん。動物って首落とせば、大体死ぬから」
「…………」
「…………」
「あなた、何の話をしてるの?」
「何って、動物の話」
「肉屋の娘が人間を基準に話すな!」
肉屋の娘は少し頬を膨らませた。
「だって、鳥、豚、牛、猪……何を捌くにしても、ちゃんと急所を見ないと駄目でしょう?」
「だから人の話はやめて!」
「人は肉屋の仕事じゃないもの」
「そこじゃない!」
肉屋の娘は、困ったように笑った。
「でも、動物を苦しませないためには、ちゃんと知っておかないといけないのよ」
「……そこだけ聞くと、まともなのに」
「でしょ?」
「前半が怖いのよ」
三人はため息をついた。
しばらくして、今度は肉屋の娘が本を抱えた娘を見る。
「そういえば、あなた。図書館でいつも何読んでるの?」
「私?」
「うん。いつも一人で難しそうな本読んでるじゃない。面白い本でもあるの?」
本好きの娘は少し考えた。
「そうね……今は拷問について興味があるわ」
「…………え?」
「人を身体と同じくらいの大きさの箱に入れたり、爪を剥いだり、指の骨を一本ずつ折ったり」
「ちょっと待って」
「水滴を頭に落とし続けると、どれくらいで精神に影響が出るのか、とか」
「…………」
「面白いわよ」
「そんな本読んでたの!?」
「学園図書館に普通に置いてあるもの」
「怖っ!」
「さすが貴族の学校……拷問の本が普通にあるのね」
「歴史書よ」
「歴史!?」
「昔の兵士や犯罪者への刑罰について書かれているの」
「いや、それでも怖いわよ!」
「政治的な事情で拷問が使われていた時代もあるから」
「何人殺しても罪に問われないための方法、とか?」
「そういう記録もあるわね」
「…………」
肉屋の娘が、そっと距離を取った。
「あなたも怖いわ」
「どうして?」
「その本を読んで楽しそうにしてるからよ」
本好きの娘は首を傾げる。
「そう?」
「そうよ」
ふわりと風が吹き、花の香りが周りに漂った。
三人の視線が花壇に向いた。
色とりどりの花が、午後の日差しを浴びて咲いている。
肉屋の娘が花に手を伸ばす。
「わあ、綺麗」
「危ないですよ」
花屋の娘がすぐに止めた。
「それ、毒があります」
「えっ」
「触っただけなら大丈夫ですけど、口には入れないでくださいね」
「よかったぁ……」
肉屋の娘はほっとして手を引っ込めた。
「さすが花屋。詳しいね」
「毎日扱っていますから」
花屋の娘は花壇を眺めた。
そして、小さくため息をつく。
「……そういえば、あの男爵令嬢」
「うん?」
「最近、毎日のように花束をもらっていますよね」
「もらってる」
「高位貴族のご子息から、ですか?」
「そうそう」
「それがですね……」
花屋の娘の声が少し低くなる。
「一日デートしただけで、翌日には返品されてくるんです」
「ええ!?」
肉屋の娘が目を丸くした。
「花を?」
「はい。『もうしおれているから、代金を返してくれ』と」
「一日デートしたら、そりゃしおれるよ!」
「ええ。ですから困っているんです」
「返品された花、どうするの?」
「捨てるしかありません」
「ひどい……」
肉屋の娘が眉を寄せる。
「それ、腹立たない?」
「……立ちますよ」
花屋の娘は静かに答えた。
「とても」
そして、毒のある花を見た。
「返品された花を見るたびに思うのよ」
「何を?」
「次に返品されたら、毒花だけで花束を作ってやろうかって」
「怖い!」
「普通の花屋さんはそんなこと考えない!」
肉屋の娘が飛び退く。
「毒が水に溶ける種類もありますから」
「やめてよ!」
「毎日お風呂に入れていただいたら……」
「怖いって!」
「まあ、冗談ですけど」
花屋の娘は、にっこり笑った。
本好きの娘がぽつりと言う。
「でも、毒物によっては致死量が――」
「あなたも参加しないで!」
三人は顔を見合わせた。
肉屋の娘は胸を撫で下ろす。
「よかった……」
「何が?」
「私、普通で」
「いや」
残りの二人が同時に言った。
「あなたも普通じゃない」
「なんでよ」
「首を落とせば大体死ぬとか言うからよ!」
「じゃあ、私は普通じゃないとして……」
肉屋の娘が二人を見る。
「あなたたちは?」
「「普通よ!」」
即答だった。
そのとき。
花壇の向こうから声がした。
「ごきげんよう」
三人が振り向く。
男爵令嬢だった。
今日も腕には、大きな花束。
三人は固まった。
男爵令嬢はにっこり笑って、そのまま通り過ぎていく。
三人は無言で見送った。
やがて、肉屋の娘がぽつりと言った。
「……あの花束、返品されるのかな」
花屋の娘が答える。
「たぶんね」
本好きの娘が続ける。
「歴史上、こういう状況では――」
「歴史の話はいい!」
「そう?」
昼休みの鐘が鳴った。
三人は何事もなかったかのように教室へ戻っていった。
――この学園では、貴族に近づくよりも。
**この三人に近づかないほうがいい。**
「貴族って怖い」と怯えている三人ですが。
肉屋は、人を的確に殺せて、解体して証拠隠滅可能
花屋は、毒の知識が豊富で、暗殺可能
本好きは、歴史と拷問に詳しい
……あれ?
怖いのは平民の方かもしれない。
本人たちは、いたって普通です?




