不老不死①
「方士、方士、千年方士よ。是非、不老不死の仙術を授けてくださらぬか」
高毅はすがるようにして方士に訴えた。
始皇帝の内官である高毅は始皇帝の命を受け、不老不死の妙薬、不老不死の術を会得した仙人を探し求め、中国各地をさまよっていた。
泰山の麓に延吉という小さな村があり、そこで、「山に千年方士という仙人がおり、不老不死の術を会得したと言っている」という噂を聞いた。やはり霊験あらたかな泰山だ。いるとすれば泰山の近くだと思った。予想が当たっていた。
村人の話では、千年方士はごく稀に、酒や米を求めて村にやって来る。不思議な仙人で、酒や米の対価として、病に困っている村人がいれば、たちどころに治して見せると言うのだ。
本物だ。ついに不老不死の術を会得している仙人を探し当てることが出来た。高毅は、山中の鄙びた庵に仙人を訪ねた。
千年方士は痩せ細ってはいたが、黒髪、黒髭で髪を長く伸ばした山賊のような老人だった。
「お願いです」と跪き、服裾にすがる高毅を、千年方士と呼ばれた痩せた老人は「断る!」と足蹴にした。何処にそんな力があるのか、偉丈夫の高毅が子供のように転がった。
「私に何の得があって、不老不死の仙術を授けなければならない」
「お望みのままに。王侯貴族の生活も夢ではございません」
「くだらぬ。現世の欲を断ち切って修行を積んで来た身だ。今更、栄達を願うものか」
「さる、やんごとないお方が、不老不死を求めております」
まさか皇帝陛下が不老不死の術を求めているとは言えなかった。始皇帝は何度も刺客に暗殺されてかけている。仙人に身をやつした刺客であったならば、高毅など膾にされてしまうだろう。
「不老不死など求めて何とする! 無用のこと。そう、やんごとないお方に伝えるが良い」
「それでは私の務めを果たすことができませぬ。是非、私と一緒にお出でください」
千年方士はにやりと笑うと、「私が刺客であったならどうする? 秦王の命を狙う刺客であったとしても連れて行くのか?」と言った。
「えっ⁉」始皇帝のことは話していない。心を読まれたようだ。
「そうよ。お前の心を読んだのだ。秦王に永遠の命など授けて何とする」
「秦王ではございません。始皇帝陛下です」
「世の中の民が秦王を恨んで怨嗟の声を上げているのが分からぬのか?」
始皇帝は有史以来、見たこともないような規模の土木工事を行っていた。絢爛豪華な煌びやかな都、阿房宮、地下宮殿を兵馬の俑の軍隊に守られせた巨大な墳墓、北方異民族の侵入を防ぐ為、万里に渡り築かれた長城、征服した領土を視察する為に建設された幹線道路などだ。中華統一が成り、平和が訪れたはずだったが、民は労役に駆り出され、疲弊していた。
「・・・」これには高毅も口を噤むしかなかった。
ここにたどり着くまでに荒れた田畑を年老いた老人と女だけで耕している姿を散々、見て来た。ただでさえ戦に明け暮れ、男手が不足しているのだ。始皇帝が行っている土木工事がいかに民の負担となっているのか、高毅にも分かっていた。
「お前にも、分かっているようだな」と千年方士は言った。
高毅の心が読めるのだ。
高家は韓の出身だ。韓は最初に秦に滅ぼされた国だ。ここから十年に渡る始皇帝の中華統一事業が始まったと言える。韓王は始皇帝に対し、土地と印璽を献上し、藩国になろうとした。頭を低くして許しを請うたが、始皇帝は聞かず、攻め滅ぼしてしまった。
高毅にも亡国の怨念が無いとは言い切れない。
「そうだ。秦王に不老不死の力を与えてなんとする。老百姓(民)が苦しむだけだ。高毅よ。不老不死がどんなものか、お前自身、味わってみるが良い」
千年方士が言い終わるや否や、ゆらゆらと周りの景色が揺れ始めた。陽炎を見ているかのようだった。
高毅は気を失った。




