望月さんは好きな人の前で話ができない?!
今日のバイトは最悪だ。いや、普通の人なら嬉しいのかもしれない。
まず、俺の大切な休日の朝にバイトが入っていること。ここまではいい。
問題はこれからだ。
そのバイトの相手が、望月さんってことだ。しかも二人きり。
この間、彼女に好きって言われたけど、俺は本当だと信じていない。
だって、あんなテンションの望月さんなんて見たことがないんだ。
それに隠キャの俺に好意を抱くとは、地球が平らで天動説なくらいありえない。
だから、「望月さんは酒に酔っていた」ということにしている。……彼女、未成年じゃね?
とにかく、俺は今、先日届いたばかりの両替機を準備していた。
一方、望月さんは開店準備をしている。とはいえ、ワンオペでする台数ではないのは確かだ。
ここから見てもわかる。めちゃんこ忙しそうだ。
これは手伝ったほうがいいな。
「望月さん、俺も手伝おうか?」
案の定、望月さんは冷たく返す。
「いいです。私がやるので」
全く、酷いもんだ。
やることがなくなったので、俺は両替機を移動しようと押し始めた。
いや、重い! まじで重い!
これ一人でやるもんじゃないだろ。キャスターがついているとはいえ、硬貨がぎっしり詰まっている機械は、運動不足の俺にとって些か厳しい。
力一杯押していると、急に軽くなった。
後ろからちらりと前を覗くと、望月さんの綺麗な白い手が角を掴んでいた。
「ありがとう、望月さん」
「……暇だったので」
やっぱり根はいい子なんだよなぁ。なんで俺にだけ冷たいんだろう。
「望月さん、後ろのコード気をつけて」
「わかってます」
その時、望月さんの踵がコードに引っかかった。
「あっ」
「危ない!」
咄嗟に手を出し、手を握って望月さんを引っ張った。
だけど俺は、望月さんの上に乗るような感じで一緒に倒れてしまった。
「大丈夫? 頭打ってない?」
望月さんの顔を確認した。
彼女の俺を見る目は、まるでゴミを見るような地獄みたいな目をしていた。
「どこも打ってません。ですので、早くどいてください」
声が重い。
俺はやっと理解した。今この状況、俺が押し倒しているみたいだ!
誰かが来たら誤解される!
「ごめん! そういうつもりじゃないんだ!」
必死に弁明したが、望月さんの俺の見る目は変わらない。
「知ってます。もう話しかけないでください」
終わったな、俺の人生。
その日のバイトは生きた心地がしなかった。
まあいいさ。
この世の女一人に嫌われたとしても、今日は合コンがある!
そこで挽回すればいい、と思っていた時期が俺にもありました。
中学の友人に連れて行かれた合コンに、なんと望月さんがいましたとさ。
* * *
今日は最悪な日だと思っていたら、まさかの最高な日に!
だってだって、先輩と二人きりでのバイト。それになんと、今日は先輩に押し倒されちゃいました。
……実際はつまづいた私を助けてくれただけだけど。それでも、先輩の手を握れたんだから、結果オーライね。
だけどあの状況、あと少し長かったらまたオーバーヒートしてたかも。
それで最悪な日とは、合コンがあること。
最初は参加する気なんてなかったけど、押し通されて来てしまいました。フリーなのが悪いのかな。
今日は好きなゲームのアップデート日だから、適当にあしらって帰ろう。
「こんにちは〜。春日井遥さんですか?」
「ええ、そうですよ。あなたは島野冬弥さんですよね」
「そうです。今日はお願いします」
島野冬弥、確かにイケメンだけど、私のタイプじゃないな。
あとの二人は……うそっ! なんで!
どうして先輩がいるの!
「望月葵さんだね。こんにちは」
「こんにちは! 君は藤沢健介くんだよね。よろしくね」
「ああよろしく。葵ちゃんのネイル綺麗だね」
「ありがとうございます! 結構こういうの好きなんです!」
社交辞令なんてどうでもいいから、今は先輩が気になってしょうがない。
だって、一番合コンとかに来なそうなタイプじゃん!
先輩と、引き立て役が座ったところで、私は右隣のもう一人の友達、綾瀬由依に小声で話しかけた。
「由依、私ちょっとだけトイレ行ってくるから、この場よろしくね」
「よしわかった! 葵ちゃんのために頑張るよー」
そして、そそくさと席を立ち、トイレに向かった。
「健介ごめん! 俺もちょっとトイレに……」
「押し倒すなよ〜」
「俺が度胸ある奴に見えるか?」
後ろでそんな会話をする先輩はわかってる。
そりゃバイトの後輩がいたら、理由も聞きたくなるよね。
幸い、ここのトイレは扉一つに手洗い場、また扉を挟んで便器がある。
聞き込みにはピッタリだ。だから私は、扉の奥で先輩を待った。
ガラガラと引き戸が開き、先輩が気まずそうな顔で入ってきた。そんな顔もかっこいい!
「先輩、なんでいるんですか?」
「俺も無理やり連れてこられたんだよ!」
小声で話す行為に、私は嬉しかった。
「とりあえず、私たちは知らない人同士で話を進めましょう」
「ああそうだな。俺が先に戻るよ」
私はトイレの個室に隠れて先輩が戻るのを待った。ある程度して、私は自席に戻った。
それから合コンは続き、遥と島野くんは一緒に店を出た。
ちなみに、今の相関図は私調べでこうだ。
望月→先輩(不明)
↑
藤沢←由依
いざ考えると恥ずかしいな。もちろん、私は藤沢くんに興味がないので、ここで振るつもり。
だけど、藤沢くんにはさっきからグイグイこられている。私は由依に繋げているのに全部断ち切られている。
いよいよ、隠している困り顔が、表情に現れてきた。
いままで気を遣ってか私に話しかけてこなかった先輩に、助け舟を出してほしいのに!
私は由依に耳打ちして、もっとグイグイ行くよう頼んだ。
由依も私が誰も興味ないのを知っていて、頼んだようにしてくれた。
でも、それでもだよ! 話が私に向いてくるの!
なんとか会話の先を由依に向けた、その時だった。
先輩が立ち上がり、私の隣に座った。
「望月さん、正直困ってるよね」
耳元で小さく話す先輩の息が、私の耳に!
「えっ、あ……うん」
緊張と、素の自分が混ざって頭が熱くなっているのがわかる。
「ごめんね。健介は昔からああいう奴なんだ。だから、俺が望月さんを店から出すから、そこで解散しない?」
これって誘ってるの?!
てゆうか、私が誰にも興味がないこと気づいてたの?!
「……わ、わかりました」
本っ当にやばい! 合コンで一緒に帰るとか、実質告白じゃん!
頭がぼんやりしてきた。
私の手が、何か手のようなものを掴んだ。
いや、これ手だよ?! なんで先輩の手を?!
「由依ごめんねっ! 私、せ……氷川くんと帰るから」
私は何を言ってるの!
こんなの、私から誘ってるようなもんじゃん!
「と、言うわけだから、俺は葵さんと帰るぞ。お代はそこに置いておくから」
先輩が、下の名前で、読んでくれた!
顔が真っ赤になっちゃう! もう冷静じゃいられない。
「行きま……い、行こう、ゆゆゆゆ、優くん……」
先輩のこと、下の名前で呼んだよね! 今、絶対呼んだよ!
一応年上だし、バイトの先輩なんだよ、私!
気づいた時には、先輩の手を強く握って店を出ていた。
「あああああああもうやだぁぁぁぁ……」
私は地面にうずくまると、涙目で叫んだ。
だけど先輩は、心配そうな目で私を見ている。
今その目で見られたら、また自制が効かなくなっちゃう……
「も、望月さんごめんね。強引すぎたよね」
「だ、大丈夫です。……助かりました」
縮こまってオロオロしている私に、先輩は手を差し出す。
「立てる?」
手をそっと受け取り、私は先輩の顔を見ないよう俯いて立ち上がった。
「流石に二次会なんかはしないよね」
冷静になった私は、どこからか勇気を引っ張り出して言った。
「あの……私、先輩の家で、ゲームしたい、です……」
普通なら絶対にこんなことは言わない。
でも、ネジが緩い今の私だからこそ、勇気を出して顔を見ながら言った。
まさか私に言われると思っていなかった先輩は、目を丸くして固まっていた。
「誘ってるわけじゃないです。……ただ、先輩とゲームがしたい、だけなんです」
そうだよね。いきなりこんなこと言われたら、誰でも固まるよ。
だからこそ、私はゲームがしたいことを伝えた。
「しょうがない。俺のことが《《大好きな》》後輩の頼みを聞き入れよう」
揶揄うように喋る先輩はなんだか懐かしい。
多分スマホが割れた時……ということは、私が「大好き」って言ったこと覚えてたの?!
私の身体が、真っ赤になって熱くなり出した。恥ずかしい!
「もう! そのことは忘れてください!」
さっきの涙がぶり返して来たけど、なんだかおかしくなって私は笑っていた。
* * *
「先輩、キャリーすらできないんですかっ!」
「敵が強くて……」
「今蘇生するんで、少しは役に立ってください!」
「……はい」
望月さんは、強かった。




