表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/46

第45話 愛している

「⋯⋯私の」


声がやっと出た。


「私の記憶を書き換えなかったのはなぜですか。消すのではなく」


レオンは一瞬、言葉を失ったような表情をした。


「さあ、なぜでしょう⋯⋯」


レオンは湖面へ視線を落とした。


「最低な私ですが……それでも、あなたの選択だけはあなたのものとして残したかった。そういう見栄が、まだ私の中にあったのかもしれません」


「⋯⋯」


レオンが、ゆっくり私を見る。


月明かりが瞳を照らし、そこに深い影を落とす。


「でも、結局やり直しても同じでした。私は自分の気持ちを抑えられない。

記憶を消した後も、ユリ・クサナギが残した本の中身を知らずにはいられなかった。だから、あなたに日本語を教えてほしいとお願いしたのです」


レオンは、少し自嘲するように鼻で笑った。


「それに、一人暮らしのあなたを放っておけなかった。縛られず自由にいたい気持ちも分かっていたのに、怪我をしたのを見た瞬間、もう抑えられなくなった。結局――あなたが屋敷に来るしかない状況を、私が作ってしまった」


「⋯⋯ もしかして、大家さんに立ち退きを迫られた件のことですか?」


「はい。私が、あの一帯の土地を買いました」


「えぇ?!」


(いくら第五区の土地とはいえ、王都の土地だ。相当な額のはず⋯⋯感覚が追いつかない)


「私はあなたを失う未来だけは選べなかったのです」


沈黙が落ちる。


(⋯⋯何を言えばいいんだろう)


レオンの話は、辻褄が合っている。実際、私は彼を恐れていて、逃げたかったのだろう。


私は喉の奥を押さえつけられたような感覚のまま、月の映る水面を見つめた。


「その⋯⋯」


言葉を探そうとして、見つからない。


ふと胸元のルビーが目に入った。


(これ⋯⋯私のために買ってくれたもの。何が欲しいか分からないからって、レオンさんは雑誌に載ってるもの、全部買ったんだ⋯⋯)


正直、異常だと思う。


だけど、今の彼は、昔とは違う。


夢で見た以前のレオンは、もっと露骨だった。私の行動をすべて監視して、逃げ道を塞いで、支配下に置くことを躊躇しない。


でも今の彼は、私の選択を露骨に奪ったりしない。大学にも通わせてくれるし、アルバイトも続けられている。食事だって私の好みに合わせてくれる。私の好きなものも全部覚えている。


深夜に私が抜け出したことも知っていながら、彼は気づかないふりをして、私の好きにさせた。


それが自分から、もう逃げられないと確信していたからなのかは分からないけど──


『兄上は変わった』


アレクの声が、頭の中を横切る。


もし本当に昔の自分を悔いて――同じことを繰り返さないように、必死でやり方を変えているのだとしたら?


私は聖女でもない。何か特殊な魔法が使えるわけでもない。彼から何かを奪われている実感もないし、実際私は何も持っていない。


それでも彼が欲する理由があるとしたら、


私のことが好き──


「⋯⋯レオンさん」


やっと出た声は、震えていた。


「今、この話をしたのはなぜですか?」


「あなたが決める前に、逃げる道も、残る道も――どちらも選べるようにしておきたかった」


私は彼の目をまっすぐ見た。


「そうですか⋯⋯。でも、私はまだ⋯⋯帰るか帰らないかの決断はできないです」


レオンの瞳が、わずかに揺れる。


「でも、ひとつだけ言えることがあります」


胸の奥に、セシルのあの言葉が残っていた。


──自分の気持ちにだけは、嘘をつかないで。


私は自分でも驚くほど静かに言えた。





「──私はあなたが好きです」 





言いながら、自分の心臓の音が耳の奥で鳴り響く。でも、目を逸らしたくない。


「勘違いしないでください。あなたのしてきたことを全部許したわけじゃないし、簡単に信じられるわけでもない。だけど、あなたは優しいふりだけじゃなくて、私のために動いた。友達を助けてくれた。私が傷つくのを本気で嫌がった。そこに、嘘じゃない気持ちがあるって思ったんです」


レオンは驚いたように目を見開き、まっすぐ私を見据えた。


「ミナ」


月明かりの中で、レオンの表情がほんの少し崩れた。


「あなたを愛しています」


安心なのか、痛みなのか、分からない。


それでも、その目が、ほんの僅かに潤んだように見えた。


小舟は、湖の真ん中で揺れている。


(もし、彼が嘘をついていたとしてもそれでいい。私がした決断なんだから)




月明かりの下、私たちはキスをした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ