表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/42

第40話 答えのでない夜

あれから、アレクの言葉が頭から離れず、結局カリナとご飯に行く約束も断ってしまった。


『兄上はなぜあなたの記憶を書き換えずに、消したと思いますか?』


帰りの馬車の中でも、屋敷の廊下を歩く間も、その声だけが耳の奥で反響している。


(書き換えるんじゃなくて、消した⋯⋯)


部屋に戻り、椅子に座った。


「記憶を書き換えるってのは、作られた記憶に差し替えるってこと⋯⋯」


(たしかに、なんで今まで疑問に思わなかったんだろう。レオンさんなら、それくらい簡単にできるはずだ)


なのに、彼はそれをしなかった。


私が元の世界に戻らないように、日本語の本まで解読した人だ。だったら最初から、私の頭の中まで綺麗に整えて、疑いようもない形で従わせればいいはずなのに。


(でも、やらなかった。それとも、何か理由があってできなかっただけ?)


答えは出ない。胸の奥のざわつきだけが居座って、眠気を追い払う。


結局そのまま夜が明けてしまった。






次の日。


いつも通り大学へ行ったが、講義中は全く集中できなかった。


休み時間、私はセシルを捕まえて、できるだけ自然な顔を作った。


「ねえ、セシル。変な質問していい?」


「どうしたの? ミナちゃん。何かあった?」


「もし、セシルの好きな人に対して、記憶を書き換えるか、消すかできるとしたら、どっちを選ぶ?」


セシルは眉を寄せた。


「そんなの、どっちも嫌だよ」


「……例えばの話だとしたら?」


セシルは私を一度まっすぐ見て、それから少しだけ視線を外した。


「うーん。状況によって変わると思うけど……まず、書き換えるって、自分の都合のいい記憶を作るってことだよね?」


「うん」


「それで、消すっていうのは、自分に都合の悪い記憶……たとえば、好きな人が元カノを忘れられないとか、そういうのを消すってこと?」


「まあ、そんな感じ」


セシルは少し考えてから、肩をすくめた。


「私なら、書き換えって答えるかも。実用的なのは、そっちだから」


「どういうこと?」


「だって、相手を望む方向に誘導できるから。関係を築きたいなら、いちばん手っ取り早いかなって」


なるほど、と頷きかけて――私はそこで止まった。セシルが続けたからだ。


「……とは言っても、後味は最悪だよね」


「どういうこと?」


「たとえどんなに好きって言われても、それって言わせた言葉になっちゃう。本当の気持ちじゃない。信じたいのに、心の底から信じられなくなると思う」


「たしかに……」


「だから、うーん……前言撤回。どう転ぶかは分からないけど、相手の意思だけは奪いたくないから、消す方を選ぶかな。そのうえで、好きになってもらえるように努力するしかない。まあ、記憶を触る時点で最低なんだけどね」


(意思を奪いたくない……)


セシルが、今度はまっすぐ私を見た。


「ミナちゃん、何かあったの?」


「えっと、ちょっと考え事があってさ。でも大丈夫」


嘘は下手だ。でも、セシルは追及しなかった。最後にぽん、と肩を叩く。


「ミナちゃんが何に悩んでるのか、私には全部はわからない。でも、わからないうちは無理に結論を出さなくていいと思うよ。ただ、自分がどうしたいかだけは見失わないで。気持ちに嘘をつくと、いちばん最後に苦しくなるの、自分だから」


「⋯⋯ありがとう」


セシルの言葉が、胸の奥にじわりと広がった。









翌朝。

目を開けた瞬間、頭の奥に鉛が沈んでいるみたいに重かった。

夜更けまで眠れず、同じところをぐるぐる回っていた。アレク王子の囁き。セシルの言葉。レオンのこと。


結局、私には分からなかった。


だったら――確かめるしかない。


これまでの私は、レオンさんの『用意した日常』の中で生きていただけだ。

そこに乗っている限り、見えるのは優しい顔だけ。本当に知りたいのは、私が彼の計算を外れたとき、あの人がどう反応するか――その一点だ。


だから、今までしなかったことをする。


──わがままを言ってみよう。


そう、決めた。


意味がわからない、と笑われそうな思いつきだ。


けれど冷静に振り返れば、彼が何を許し、何を嫌がり、どこで線を引くのか、少し興味がある。



私はベルを鳴らした。


「エラさん、ちょっといいですか」


扉が静かに開き、メイドのエラが顔を覗かせる。


「お目覚めでございますか、ミナ様。何かご用で?」


「あの、最近流行ってるものが分かる雑誌みたいなの、ありますか?女性が好きそうな服とか宝飾品とか載ってるやつがいいんですけど」


エラの眉がほんのわずかに上がった。驚きというより、珍しいものを見るような表情だ。


「承りました。王都の流行誌でよろしいでしょうか?」


「はい、お願いします」


エラは一礼し、足音ひとつ立てずに去っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ