第36話 一瞬で終わる戦い
「レ、レオンさん……!?なんでここに?!?!」
「ミナ、大丈夫ですか」
不思議だった。
ほんの数日前まで、彼に怒りを向けていたはずなのに。
今は、その姿を視界に入れただけで、呼吸が楽になる。
目の前に立つこの男が、きっと私を助けてくれる。そんな根拠のない確信があった。
レオンを見上げた、その視界の端で——息が止まった。
「あ、あぁ……俺の腕があああ──」
さっき拳を振り上げていた男の二の腕から先が、ない。
「ひっ……」
血が噴き出している。
そして、何食わぬ顔で立つレオン。その視線は、私だけを捉えていた。
「ミナ、その怪我——」
レオンの目が、私の手首の痣で止まる。
(や、やばい。めっちゃ怒ってる……)
私は咄嗟に手首を隠した。
「手を出してください」
「あ、こ、これは……ちょっと私がドジして——」
無視された。レオンは私の手首を掴み、回復魔法を流し込む。
痛みが、すっと消えた。
「……すごい、痛みが……ありがとうございます」
「ミナ。あなたとは、後で話があります」
「は、はい……」
(今まで見たことないくらい怒ってる……)
腕を失った男が、震える声で問う。
「お、おまえ……レ、レオンって言ったか……まさかお前──」
「……」
レオンは何も答えない。
「おい!答え──」
次の瞬間、周囲の男たちが一斉にもがき苦しみ始めた。
だが、不思議と彼らの声が聞こえない。口を開けているのに、音がしない。
「……な、なに?地上にいるのに、急に溺れてるみたいに……」
レオンが一歩進むたび、彼らの苦しむ表情が増す。そして、小さな声で囁いた。
「──消えろ」
男たちは、まるで最初からいなかったかのように消えた。腕の残骸すら消えて、腕を切られた男の血痕だけが、床にべったりと残っている。
「……いなく、なった……?」
震える声が、自分のものだと遅れて気づく。
レオンは私の前に膝をつき、乱れた髪をそっと払って、私の全身を確かめるように見た。
「髪を掴まれたところはまだ痛みますか?」
「……だ、大丈夫ですけど、あの人たち、どこに……」
「気にしなくて構いません」
「でも、気にしなくていいって⋯⋯あの大人数を一体どうやって──」
(やっぱり殺した⋯⋯?でも、それなら死体はどこに……?)
レオンは立ち上がり、私を支えながら抱きしめた。
その瞬間、張り詰めていたものがぷつんと切れて、涙がこぼれた。
「あ、あの、私──」
「怖かったですね。もう大丈夫です」
言葉が出ない。涙だけが落ちる。レオンは、ただ黙って頭を撫で続ける。
「もう泣かないでください。気が強いのはミナの長所ですが、自分を危険に晒すやり方はよくない。次からは必ず私を呼んでください」
「す、すみません……勝手にこんなことして……それで、こんなところまで……」
「ええ。ミナにも悪いところはあります。帰ったら、ゆっくり話しましょう」
声は優しい。けれど、その底に怒りが沈んでいるのが分かる。
「お、おい、ミナ」
背後からカイの声がする。
「そ、そのレオンって男……まさか——」
カイの顔を見た途端、こみ上げていた涙がぴたりと止まった。
代わりに、腹の底からじわりと怒りが湧き上がる。
「カイ、あなたのせいで私、こんな目に——」
「ミナ」
レオンが静かに呼ぶ。
「この男は?」
「彼は——」
(どうしよう⋯⋯ どう説明したら⋯⋯100%この男が悪いのに、本当のこと言ったらカイは殺されるどころじゃ済まない気がする……)
「……こ、この人は、一応助けてくれたんです……!でも——」
「へえ」
レオンが目を細める。
(めっちゃ疑ってる⋯⋯)
「おい、ミナ!答えろよ!」
「今、人が話してるところなんだから静かにして!」
「いいから俺の質問に答えろ!」
「もう、うるさいな!あなたが想像してるレオンで合ってるわよ!」
「はぁぁ!?なんでレオン様がお前を助けに来るんだよ!お前一体、何者なんだ——」
「だから黙っててって言ったでしょ!せっかく上手く言ってあげようと思ったのに、死にたいの?!?」
「だから俺は——!」
レオンの声が、冷たく割り込む。
「楽しそうですね」
彼は笑顔だが、その奥から嫉妬と怒りを感じる。
(ああ……終わった)
「この男、殺すか」
目が笑っていない。冗談じゃない。
「い、いやいや!あの、そ、そうだ!彼はこの事件のことをよく知ってるんです!なので殺すのは——」
「庇うんですか?」
(もう、何言ってもダメだ……)
私は諦めた顔で、心の中でカイに謝った。
そして、カイが口を開く。
「レ、レオン様、私は治安局の——」
「黙れ。お前の発言は求めてない」
ありえないくらい低い声だった。
「す、すみません……ただ——」
「総団長!!!」
背後から駆ける音。振り向くと、第一騎士団が来ていた。
(――た、助かった!見学で騎士団を訪れた時、案内してくれた副団長のアルベルトさんだ!)
その間もレオンは私の肩を抱いたまま、離さない。
「こちら、制圧完了です!って、あの人数、もう始末したんですか?」
「ああ。だが、まだ周辺に何人かいるはずだ」
私はアルベルトに向かって話しかけた。
「あの!アルベルトさん!!この男も連れて行ってもらえますか!!事件の関係者なので!殺さずに!!」
「ミナ様?」
アルベルトは私とレオンの顔を交互に見ている。
私はレオンが話に入る隙を与えないようできるだけ大声で、もう一度頼んだ。
「お、お願いします!!!殺さずに!今すぐに!!!!!!」
「お、おい、ミナ──」
「カイ、今はもう黙ってて、お願いだから」
私は小声でカイを制し、間髪入れずにアルベルトへ視線を移した。
「か、かしこまりました。後はこちらで処理します。ご安心ください」
(よ、よかった……ひとまずこの男の命は助かった……カイ、あなたは私に感謝してほしい)




