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第30話 歪んだ告白


「──こんなにも早く、ここまで辿り着くとは思いませんでしたよ、ミナ」


(な、なんでここに⋯⋯)


いつもの黒い上着。胸元にはヴァルティエル家の紋章。表情は穏やかで、静かな微笑みを崩さない。


私は、動揺が顔に出ないよう、必死に平静を装った。


「それはこっちのセリフです」


「おや、驚かないんですね。私はさすがに強行突破でここまで来るとは予想していませんでしたが」


「私が警備を無理やりすり抜けたら、あなたに連絡が行くとは思ってましたけど、少し早すぎませんか。今日は隣国へ出張だったはずでは」


絞り出すように返すと、レオンは封印庫の中へ一歩足を踏み入れ、背後の扉に軽く手を添えた。


ごとり、と重い鍵のかかる音。


「それは、中止になりました」

 

(こんな完璧なタイミングで中止になるなんて考えられない)


「最初から、私が今日ここに来るって知ってたんですか」


自分でも驚くほど、乾いた声が出た。


レオンは、少しだけ目を細める。


「まあまあ、そんなに睨まないでください。ミナのことなら、だいたい分かるだけです。記憶がなくなっても、どう考え、行動するかは、そう変わりませんから」


視線が、私の手元──抱いている本に落ちる。


「再会できて、よかったですね」


「⋯⋯やっぱり。この本のこと知ってるんですね。ここに移したのはあなたですか」


問いかけると、彼はあっさり頷いた。


「ええ。1年前もあなたがこれを見て『帰れるかもしれない』と嬉しそうに言っていたのも覚えていますよ」


そのときのことを思い出すように、遠くを見る目をする。


「でも⋯⋯あなたはこの本を取り上げたんですよね。なぜですか」


「取り上げたなんて心外です。守ったんですよ」


「守った⋯⋯?」


悪びれる様子は、欠片もない。


「1年前、私は日本語が読めなかった。だから、私が読めるようになるまで、ここで大切に保管させていただいたんです」


私は本を胸元で抱きしめ直す。


「その言い方は、今は読めるようになったというふうに聞こえます⋯⋯」


「ええ。あなたに、教えていただきましたから」


「人の記憶を勝手に消して、ですか」


「はい」


(やっぱり、私の記憶を消したのはレオンさんだった)


心底楽しそうに言うその顔が、腹立たしいほど綺麗だった。


「記憶を消さずとも……一年前の私から本の内容を教わらなかったのは、なぜですか」


「あなたが教えてくれなかったからです」


「どういうことですか」


「昔のあなたは、ひどく私のことを嫌っていたので」


「え……?」


喉の奥が、ひゅっと縮む。

頭の中で組み立てていた仮説が、音を立てて繋がっていく。


――彼から逃げていた。


夢の中で見た光景が蘇る。

あの時の恐怖は、現実だった。


「……じゃあ」


声が震えないように、歯を噛みしめる。


「どうして今日、私がここに来るのを止めなかったんですか」


「もう、この本をあなたが解読したとしても構わないからですよ」


「⋯⋯構わない?」


「だって、その術式──」


レオンは、私の持つ本を指先で示した。


「あなたには、難しすぎるでしょう?」


図星すぎて、言葉が出ない。


「さっきまで、真名を取り戻す術式を読んでいましたよね。必要な魔力、必要な術式構造の複雑さ。全て、理解したはずです」


「⋯⋯」


否定できない。


「ユリ・クサナギは天才です。真名を切り離し、外の世界とこちらを繋ぐ橋を、ひとりで編み上げた。あれは、普通の魔術師が生涯をかけても辿り着けない領域ですよ」


(ここまで知っているってことは⋯⋯本当に全部解読したんだ。もう手遅れだったんだ)


レオンは、肩をすくめるように微笑んだ。


「だから、もうあなたからそれを遠ざける必要はないと思ったんです。あなたひとりでは、絶対に発動できないと分かったから」


「⋯⋯ひどい言い方ですね」


「事実ですから。ですが、あなたのことは認めていますよ」


レオンは、余裕ぶった笑みを薄く貼りつけた。


私は、唇を噛みしめながら問いをぶつけた。


「結局レオンさんは、何が目的なんですか。私をこの世界に縛り付けて、何がしたいんですか」


「それは──」


レオンは、ほんの一瞬だけ黙り込んだあと、柔らかく笑った。




「──愛しているからです」








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