第16話 大学生活
王立大学での生活が始まって数日。
慣れない講義や空気の中で、私は少しずつ大学に馴染んできた。
入学してから三か月間は座学が中心だ。内容は主に魔法の基礎知識や歴史など。そして三か月後に実技試験がある。
それまで私とセシル、ディランは同じクラスということもあり、大学では三人で行動することが多くなった。
この日も私たちは、朝の魔法基礎学の講義を受けていた。
「詠唱を省略するには、強い意図と技術が不可欠です。いかに才能があっても、精神集中が甘ければ失敗します」
(もう詠唱の話をしてる。まだ中級魔法だって安定しないのに)
詠唱とは、魔法を発動する際に唱える呪文のことだ。
たとえば「火よ、我が手に集え!」のように、言葉で魔力を制御する。
中級者になると、その詠唱を省いて魔法を使えるらしい。つまり、口に出して詠唱しながら魔法を使う魔導士は下級――という認識になる。
(個人的には、詠唱した方がかっこいいと思うんだけど。中二病かな)
「では、皆さんも一度挑戦してみましょう」
(しかも、珍しく実技だ)
講師の合図で、生徒たちは緊張した面持ちで杖を構えた。
私も手元の杖にそっと意図を込める。もちろん声には出さずに。
――水球〈アクア・スフィア〉。
杖先から小さな水の玉がふわりと浮かび上がった。けれど数秒で形を崩し、床にぽとりと落ちる。
「ミナちゃん、できたね! すごい!」
セシルが笑顔で声をかけてくれる。
「形を保てたのは数秒だけだったけどね。セシルの方がすごいよ」
セシルは一般枠で入学しただけあり、詠唱なしの操作も難なくこなしていた。
「ミナちゃんだってすぐできるようになるよ!絶対、同じクラスで頑張ろうね。教えられることがあったら、なんでもするから!」
すると横で黙っていたディランが、ぽつりと呟く。
「そんな数日でできるようになったら、誰も苦労しねぇけどな」
「ディラン、私はあなたに言ってない。黙っててもらえますか?」
「いや、いいって。ディランの言うことは事実だし」
私は二人の間に入って、喧嘩を止めた。
「まあ、練習くらいなら付き合ってやってもいいけどな」
その一言に、思わず笑ってしまった。
「ありがとう。ディランって優しいね」
二人とも実力が高い分、劣等感を覚えるときもある。でも、教えてもらえるなら頑張れそうだ。
午後の歴史の講義。
「今日は、アストリア王国の歴史において特に重要な人物について学びます」
教授はそう言いながら、黒板に大きく名前を書いた。
――ユリ・クサナギ
その文字を見た瞬間、私は息をのむ。
(ユリ・クサナギ?これ、日本人の名前じゃない?)
「この人物は数百年前、突如として現れたと記録されています。外見は黒髪、黒眼。異国より来たりし賢女と呼ばれました。伝承によれば、現王家の始祖に見初められ、王妃となったそうです」
(……これ、実話なの?)
「彼女がもたらした知識は、王国の制度や魔法体系を根本から変えたと言われています」
教授の語り口は淡々としているのに、私の胸だけがざわついた。
(つまり……昔、この国に日本人がいたってこと?私と同じように転移してきた人が――)
休み時間に入っても、その名前が頭から離れない。私はセシルに尋ねた。
「ねえ、セシル。クサナギって名字、アストリアではよくあるの?」
「え? ああ、そっか。ミナちゃんは外国から来たから分からないんだね。クサナギ……うーん、歴史の授業以外では聞いたことないかな」
「じゃあ、近隣の国とか、もっと昔の民族には?」
「それもないと思うよ。……なんか、ミナちゃんの名字に少し似てるよね。音の並び方とか」
「そ、そうかな?」
(鋭い……)
けれど彼女に、私が転移してきたことは言えない。信じてもらえるか分からないし、変に目立つのも避けたい。
「それで、記念広場の中央記念碑は初代国王夫妻が出会った場所って言われてて……って、ミナちゃん、聞いてる?」
「あ、ごめんごめん」
ユリ・クサナギのことが気になって、それ以上は話が入ってこなかった。
「では明日は外部から講師を招き、実践演習を行います。貴重な経験になるはずですので、必ず参加してください」
教授の言葉に、生徒たちが一斉にざわついた。
「えっ!?ほんと!?今年は誰が来るのかな?」
「毎年、有名な魔導士が来るんだよね?」
隣のセシルが身を乗り出す。
「ねぇミナちゃん、今年の演習、誰が来ると思う?」
「え?ごめん、あんまり聞いてなかった。演習ってなに?」
「王立大生にとっての大イベントだよ! 高度な結界魔法を扱う授業で、学内の先生たちだけじゃ対応できないから、毎年、外部から上級魔導士が招かれるの。去年は第二騎士団の団長が来たんだって!」
「へえ、そんなのがあるんだ」
さすがお金持ち大学だ。
でも、この国のトップクラスの魔法を間近で見られるなら――ちょっと楽しみかもしれない。




