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第13話 デートの準備

総団長室の重厚な扉が閉じると、先ほどまでの騒然とした訓練場の気配は遠ざかり、広々とした部屋に静けさが満ちた。


窓辺の小卓に腰を下ろすと、香り高い紅茶がすぐに用意される。


「紅茶、ありがとうございます。あの⋯⋯本当に良かったんですか? 団員の方を指導していたのに、途中で抜けてしまって」


不安げに尋ねると、レオンさんは微笑み、まるで当然のことのように言った。


「ミナより優先するものはありません」


頬が熱くなるのをごまかすように、抱えていた包みを差し出す。


「そ、そうですか⋯⋯あ、これ、エドガーさんからいただいたものです。それと、私からも改めてお礼させてください。今度また何か作ってお渡ししますね」


「楽しみにしています」


そう言って受け取ったレオンさんの目元が柔らかくなり、胸の奥がじんわりと温かくなる。


「それで、結果はどうでしたか?」


「嬉しいことに、合格できました!」


報告すると、彼は嬉しそうに微笑んだ。


「よく頑張りましたね。おめでとうございます」


「ありがとうございます。本当にレオンさんのおかげで、なんとお礼を申したらいいのか⋯⋯」


「ミナの努力があったからこそ成し遂げられたことです。自分を褒めてあげてください。では、今日はお祝いにどこか出かけませんか?」


「いいんですか?行きたいです!」


「クリスタリア通りにあるルミエールはご存じですか?」


そこはたしか、カリナとも前に話していた王室御用達で予約困難と噂のレストランだ。


「もちろんです。でも、予約は数ヶ月待ちって聞いたことがありますよ?それに一見は難しいとも」


「実は、予約してあるんです」


「え?予約してある?」


「合格発表が今日でしたから」


「ほ、本当ですか?わざわざ覚えてくださっていたんですね。本当にありがとうございます⋯⋯」


改めて考えると、こんなに気も遣えて顔も整っているのだから、モテないわけがない。門番の人も、訪ねてくる女性が多いと言ってた。


(でも、きっと私だけに優しいわけじゃなくて、誰にでも優しいんだろうな。私に優しいのは、日本語を教えてあげているからで、それ以上の意味なんてない。勘違いしないようにしなきゃ)


「では、私は少し片づけたい仕事があります。迎えは手配してありますから、ミナは先に屋敷へ戻って準備をしておいてください」


「わかりま——」


すると、突然レオンさんは私を軽く抱き寄せ、手の甲にキスをした。


「では、また後で」


「な、な、な——」


微笑む彼に見送られ、私は赤くなった顔を隠すように急いで馬車に乗った。






「なんなの⋯⋯一体⋯⋯なんか最近距離が近い気がする⋯⋯」


部屋に戻るなり、私は頭を抱えた。


訓練場で会ったときもそうだったけど、なぜあんなにも距離が近いのか。この国では珍しくないのは分かってるけど、赤くなってしまう。


「あ~、それに、服もどうしよう⋯⋯」


逃げるように帰ってきたため、高級レストランに着て行けるような服なんて持ってないと言いそびれてしまった。


悶々としていると、ちょうど部屋に入ってきたメイドのエラが首を傾げた。


「どうかなさいましたか、ミナ様?」


「ああ、エラさん、ちょうどいいところに。実は、急にレオンさんとディナーへ行くことになったんですけど、着ていく服がなくてですね⋯⋯この国のドレスコードも礼儀もいまいち分からなくて、どうしたらいいでしょうか?ルミエールに行くのに、こんな格好じゃ場違いですよね?」


私は手にしていた、普段使いのシンプルなコットンワンピースを掲げて見せた。


エラはくすりと笑い、落ち着いた声で言った。


「そちらもお似合いですが、せっかくでございますから、今夜はドレスをお召しになってはいかがでしょう。屋敷には十分なご用意がございます」


「ドレス?」


「はい。こちらへどうぞ」






案内されたのは、屋敷の奥にある大きな扉。開かれた瞬間、思わず息を呑む。


「わあ!なにこれ!すごい⋯⋯!ドレスの展示会みたい!」


壁一面に並ぶドレスはどれも美しく、光沢のある生地と繊細な刺繍が目に入る。


だが、私の好きな色ばかりが揃っていて、驚きよりも不思議が勝った。


(どうしてこんなに女性用のドレスがあるんだろう。まさか、レオンさんの恋人のものとか⋯⋯?

いや、でも恋人がいたら、自分の家に私を住まわせたりしないはず⋯⋯でもでも、日中は私が留守にしていることも多いし、レオンさんは謎が多いし、あり得なくもない⋯⋯?)


当初は次の家が見つかり次第すぐ出るつもりだったが、受験までは、と滞在を延ばしてもらった。けれど、もうそれは終わった。


(そっか、もう家探しを始めなきゃいけないんだ⋯⋯)


――そう思うほどに、なぜか胸の奥に小さな棘のようなモヤモヤが刺さる。


(いや、今考える時間じゃない。まずはおめかし、おめかし!!)






「どうですか?これなら大丈夫ですかね?」


「大変お似合いです。苦しい場所などありませんか?」


最終的に一着を選び出すと、まるで仕立てたかのように体にぴたりと沿った。


「はい。大丈夫です」


「それはようございました。では、髪とお化粧を整えましょう」


「お願いします」


「髪はまとめてお上げいたしましょうか?」


「エラさんに全てお任せします」


(ここは下手に口を挟むより、委ねるのが賢明だよね)


「かしこまりました」


エラは器用な手つきで髪を結い上げ、艶を引き出す程度のナチュラルメイクを施す。


鏡に映った自分を見て、私は目を見開いた。


「どこか直したいところはございますか?」


「ないです⋯⋯完璧です!私じゃないみたい⋯⋯!」


頬を押さえながら、思わず笑みがこぼれた。


「では、ご当主様のもとへまいりましょう」


「はい!」

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