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第七話

 怪物の消滅と共に、空間全体が瞬時に変化していた。


 黒い石材の壁は、元のコンクリートの壁に戻っていた。天井も元の高さに戻り、普通のオフィスフロアの様相を取り戻している。


 窓の外を見ると、深い闇が消えており、元に戻っていた。街灯の光、遠くの建物の明かり、そして空には満天の星が輝いている。

 その変化は瞬きをする一瞬のことで、まるで怪物もその奇妙な空間も初めから存在していなかったかのように、すべてが元通りになっていた。


「外が……見えます。」


 エリスが窓に近づいて呟いた。彼女の剣はもう光を放っておらず、普通の刀身を見せている。

 しかし、その表面には使い込まれた跡があり、戦いの激しさを物語っていた。


「ああ、やっと現実に戻れた。」


 俺はスマートフォンを取り出した。画面には正常な時刻が表示され、電波も受信している。

 時刻は午前四時半を過ぎていた。俺たちがこの異常空間に囚われていたのは、二時間以上にも及んでいたのだ。


 エリスも疲労の色を隠せていない。

 甲冑は所々に傷がついており、激戦の痕跡を残している。彼女の美しい顔にも疲れが見えるが、同時に達成感に満ちた表情をしていた。


「下に降りよう。あの怪物を倒した以上、ここはもう安全だと思うが、念のためだ。」


 俺たちは階段を下り始めた。五階から四階、四階から三階へと、一歩一歩確実に降りていく。

 各階の様子も完全に元に戻っており、もはや超常現象の痕跡は見当たらない。あの血のような液体も、腐食した床も、無数の扉がある部屋も、すべて消えていた。


 しかし、俺たちの疲労は蓄積されていた。特にエリスは、最後の戦闘で力を使い果たしており、階段を降りるのも辛そうだった。


「大丈夫か?」

「はい……ちょっと疲れただけです。」


 俺はエリスの腕を支えながら、ゆっくりと階段を降りた。甲冑越しでも、彼女の体温が低くなっているのが分かる。相当な消耗をしているようだった。


 二階に到達した時、俺たちは最初に出会った場所を通り過ぎた。あの時は想像もできなかったことが待っていたのだ。


「ここで初めてお会いしましたね。」


 エリスが感慨深げに呟いた。


「そうだな。あの時は、まさかこんなことになるとは思わなかった。」

「ボクも……でも、あなたに出会えて良かったです。」


 一階に降りると、出入り口がはっきりと見えた。割れたガラス扉の向こうに、外の世界が広がっている。


「やっと……外に出られる。」


 俺たちは出入り口に向かって歩いた。そして、外に出た瞬間、新鮮な空気が俺たちを包んだ。

 夜風は冷たく、肺の奥まで清々しい空気が行き渡る。俺は深呼吸をして、現実世界に戻った実感を噛みしめた。


「やっと出られました。」


 エリスも同じように深呼吸をしていた。月の光に照らされた彼女は、甲冑を着ているにも関わらず、とても優雅に見えた。


 俺たちは廃ビルから少し離れた場所まで歩いて、振り返ってみた。

 そこには、普通の廃墟が立っていた。外壁は錆び、看板は色褪せ、全体的に古びた印象を与える、ごく一般的な廃ビルだった。先ほどまでの超常現象など、まるで嘘のようだ。


「夢だったのかな……」

「いえ、現実だったと思います。」


 エリスが俺の腕に触れた。


「この傷も、疲労も、全て現実です。そして……」


 彼女は俺を見上げた。


「あなたとの出会いも、現実です。」


 その言葉に、俺の胸が熱くなった。確かに、エリスとの出会い、彼女との冒険、そして互いへの想い。それらは全て現実のものだった。


「そうだな。君がいることも、確かな現実だ。」


 しかし、現実に戻ると新たな問題が浮上する。


「エリス、君はこれからどうするんだ?」


 彼女は困ったような表情を浮かべた。


「それが……よく分からないんです。ボクがどうしてここに来たのか、どうすれば元の場所に帰れるのか……」


 エルタリア王国という異世界から来たという彼女の話が本当なら、現代社会で生活するのは困難だろう。身分証明書もなければ、現代の常識も知らない。


「とりあえず、俺のアパートに来ないか?」


 俺は提案した。


「アパート?」

「ああ、俺の家だ。」


 俺は彼女に通じる表現に言い換えた。


「一人でいるのは危険だし、君の状況を整理する時間も必要だ。」

「でも……ご迷惑をおかけするわけには……」


 先ほどまで怪物と対峙していた勇士とは違う、普通の女の子らしい姿が見えた。


「迷惑じゃない。むしろ、俺の方が君に助けられた。お礼もさせてくれ。」


 エリスは少し考えてから、小さく頷いた。


「では……少しの間だけ、お世話になります。」


 俺たちは廃ビルを後にして、俺のアパートに向かうことになった。


 歩きながら、エリスが口を開いた。


「あの……」

「なんだ?」

「今夜のことですが……ボク、初めて本当の勇気を発揮できたような気がします。」

「そうだな。君は立派な騎士だった。」

「それは……あなたがいてくれたからです。」


 エリスが立ち止まって、俺の方を向いた。


「一人だったら、きっと最初の怪物にも立ち向かえませんでした。でも、あなたを守りたいという気持ちが、ボクに勇気をくれました。」


 月の光に照らされたエリスの顔は、疲労の中にも満足感が浮かんでいる。


「ありがとうございました。」


 彼女がそう言って頭を下げた時、俺の心に温かいものが広がった。


「俺の方こそ、ありがとう。君がいなかったら、俺は一人であの場所で死んでいたかもしれない。」


 俺たちはゆっくりと歩きながら、改めて今夜の出来事を振り返った。


「そういえば、俺たちはまだちゃんとした自己紹介をしていなかったな。」


 俺は立ち止まって、エリスと向き合った。


「改めて、俺は高宮ケイイチ。大学三年生だ。」

「ボクはエリス・フォルテです。エルタリア王国騎士団の見習い騎士です。」


 正式な自己紹介を交わすと、なぜかお互いの存在がより確かなものに感じられた。


「エリス・フォルテ……美しい名前だな。」

「ありがとうございます、高宮さん。」

「ケイイチでいいよ。」


 エリスは少し戸惑ったような表情を見せた。


「でも……」

「俺たちは共に戦った仲間だろう?」


 その言葉に、エリスの表情が明るくなった。


「はい……ケイイチさん。」


 そんな時、エリスが急に真剣な表情になった。


「ケイイチさん……騎士として、お願いがあります。」

「騎士として?」

「はい。ボクと……騎士の誓いを交わしていただけませんか?」


 騎士の誓い。俺には馴染みのない言葉だったが、エリスにとっては重要な意味があるようだった。


「騎士の誓いって?」

「互いに守り合うことを誓う、騎士の間での約束です。血を分けた兄弟よりも深い絆を結ぶものです。」


 エリスの表情には、今夜の戦いを通じて芽生えた確固たる信頼があった。


「でも……俺は騎士じゃないぞ?」

「関係ありません。騎士の誓いは、心から信頼できる相手となら、誰とでも交わすことができるんです。」


 彼女の言葉には確信があった。


「もし良ければ……ボクと誓いを交わしてください。」


 俺は少し考えた。俺は騎士ではないが、今夜の体験を通じて、エリスとの絆は確かなものになっていた。


「分かった。君と誓いを交わそう。でも、どうやるんだ?」

「はい。まず……」


 エリスの顔が嬉しそうに輝いた。


「剣を使います。お互いに誓いの言葉を述べて、剣に誓うんです。」


 彼女は剣を抜いて、刀身を月の光に向けた。


「こうして剣を月の光にかざして……まず、ボクから誓います。」


 エリスは姿勢を正して、厳粛な表情になった。


「ボク、エリス・フォルテは、高宮ケイイチと共に戦い、共に守り合うことを、この剣に誓います。」


 剣の刀身が月光を反射して、美しく輝いている。


「今度は、ケイイチさんの番です。同じように、ケイイチさんのお名前から始めて、誓いの言葉を述べてください。」


 俺は少し緊張しながら、剣の上に手を重ねた。


「俺……高宮ケイイチは、エリスと共に戦い、共に守り合うことを誓う。」


 その瞬間、剣がかすかに光を放った。まるで俺たちの誓いを承認するかのように。


「剣が……光りましたね。」


 エリスが驚いたような表情を見せた。


「これは、剣が私たちの誓いを受け入れてくれた証拠です。とても稀なことなんです。」

「そうなのか?」

「はい。通常、騎士の誓いで剣が光ることはありません。きっと、私たちの絆が本物だからです。」


 エリスは剣を鞘に納めながら、満足そうに微笑んだ。


「これで……ボクたちは本当の仲間ですね。」


 その笑顔は、今夜出会った時の不安げな表情とは全く違っていた。


「ああ。どんなことがあっても、俺たちは一緒だ。」


 騎士の誓いを行った俺たちは、俺のアパートに向かって歩き始めた。


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