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第十話

 駅から直結のショッピングモールに向かう通路は、平日の午前中にも関わらず多くの人で賑わっていた。

 エリスは周囲を見回しながら、その人の多さに圧倒されているようだった。


「すごい人数ですね……祭りの日みたいです!」


 彼女は俺の袖を軽く掴みながら歩いている。人波に流されないよう、俺も彼女の手を支えた。


「あはは。」


 俺は苦笑する。

 朝のラッシュ時の通路はこれ以上の込み具合になることもあるからだ。

 

「なんですか、その笑いは!ケイイチさん。たしかにボクは、田舎の村出身ですが、王都で訓練をしていました!」


 ムッとした様子で、彼女はそう言った。

 その様子もまた可愛らしい。


「ああ、ごめんごめん。俺もあまり人込みは鳴れていないよ。」

「そうですか!」


 そんな他愛もないことを話しながら、しばらく歩たい。

 そして、通路が複数に分かれている場所に到着した。案内板には様々な店舗名や方向が記されている。


「あの……ケイイチさん。」


 エリスが不安そうに俺を見上げた。


「この場所、まるでダンジョンみたいですね。」

「ダンジョン?」

「はい。王国にある古い遺跡で、たくさんの通路が迷路のように入り組んでいるんです。一度入ったら出られなくなるって言われてます。」


 彼女の表現に、俺は思わず笑ってしまった。


「確かに迷路みたいだけど、案内板があるから大丈夫だよ。」


「案内板……まるで魔法の道標ですね!」


 エリスは案内板を興味深そうに見上げている。


「あんなにたくさんの文字が……私も読めるようになりたいです。」

「今度教えるよ。」

「本当ですか?嬉しいです!」


 俺たちは案内に従って、ショッピングモールのメインエントランスに向かった。

 やがて大きな吹き抜け空間が見えてきた。


「わあ……」


 エリスが立ち止まって、上を見上げた。

 ショッピングモールのメインフロアは天井が高く、自然光が差し込む開放的な空間になっている。

 中央には大きな噴水があり、その周りにベンチが配置されていた。


「すごいです。まるで大広間みたいです!」


 エリスの驚きは最高潮に達していた。

 俺たちの前にそびえ立つ巨大な空間は、たしかに現代の象徴といえるのかもしれない。


 俺は彼女の手を軽く引いて、エントランスに向かった。

 自動ドアが開くと、エリスはまた小さく驚いた。


「また自動で開く扉が……この世界の魔道具は本当に働き者ですね!」


 そんな面白い感想を述べている彼女の手を引いて、モールの中に足を踏み入れる。

 そこで、エリスは周囲を見回して目を丸くしていた。


「信じられません……こんなにたくさんのお店が一つの建物に……」


 確かに一階だけでも、ファッション、雑貨、食品、カフェなど様々な店舗が軒を連ねている。

 平日の午前中とはいえ、買い物客で賑わっていた。

 彼女は興奮したように俺の袖を引っ張った。


「あそこに見えるのは……動く階段ですか?」


 エリスが指差したのはエスカレーターだった。上り下りする人々を見て、彼女は興味津々といった様子だ。


「エスカレーターだよ。階段が動いて、上の階に運んでくれるんだよ。」

「階段が動く……!」


 俺たちはエスカレーターに近づいた。

 そして、エスカレーターの前で、俺は彼女に手を差し伸べた。


「一緒に乗ろう。」


 エリスは少し躊躇してから、俺の手を握った。

 その瞬間、俺は彼女の手の柔らかさにドキッとしてしまう。

 温かくて、少し小さくて、なんだか守ってあげたくなるような手だった。


 エリスの方も、俺の手を握った瞬間に頬が赤くなった。

 俺たちは手を繋いだまま、エスカレーターに足を乗せた。


 エリスは俺と手をつないだまま、周囲を見回していた。


「すごいです……本当に動いてる……」

「君が思ってるより、ずっと簡単な仕組みなんだよ。」

「でも、ボクには魔法にしか見えません。ここの人たちは、毎日こんな魔法を使ってるんですね。」


 エスカレーターが二階に到着すると、エリスは安堵の息を吐いた。


「やりました!魔法の階段を制覇しました!」


 その嬉しそうな笑顔に、俺の心が温かくなった。


「二階はレディースファッションのフロアだよ。」


 俺たちは手を繋いだまま歩いた。

 そして、そのフロアに足を踏み入れると、エリスは色とりどりの服に目を奪われた。


「わあ……こんなにたくさんの……」


 彼女は陳列された服を見て回った。

 様々な色、デザイン、素材の服が整然と並んでいる。


「色とりどりで美しいですね!まるで虹の妖精が作った服みたいです!」


 しかし、現代の女性服を見て、エリスは少し困惑しているようだった。


「この服……とても薄いですが、洗濯してほつれたりしないのですかね…。」

「うん、それは大丈夫かな。」


 俺の説明を聞いて、エリスは納得したような表情を見せた。


「そうですね……きっと、これはとってもいい生地の服なんですね。」


 その時、店員さんが近づいてきた。

 中年の女性で、親しみやすい笑顔を浮かべていた。


「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」

「あ、彼女の服を探してるんです。」


 俺は説明した。


「初めて服を買うので、いろいろ教えてもらえますか?」

「もちろんです。」


 店員さんはエリスを見て、目を輝かせた。


「とても上品な方ですね。お肌も綺麗で、どんな服でもお似合いになりそうです。」

「ありがとうございます。」


 エリスは丁寧にお辞儀をした。


「ボクは……その……どのような服が良いのか、よく分からないのですが……」


 エリスは戸惑っていたが、その丁寧な口調と愛らしい表情に、店員さんも好印象を抱いているようだった。


「それでは、いくつか提案させていただきますね。まずは基本的なアイテムから始めましょう。」


 店員さんは様々な服を選んで、エリスに見せてくれた。


「まずはワンピースから試してみませんか?女性らしさを演出できますし、一枚でコーディネートが完成します。」


 淡いピンクのワンピースを手に取って、エリスに差し出す。


「とても綺麗な色ですね……まるで桜の花びらみたいです。」


 エリスは服を受け取って、しげしげと眺めた。


「とってもいい生地です。すごい…。」

「上質なコットン素材なんです。着心地も良いですよ。」


 店員さんが説明すると、エリスは感心したように頷いた。


「では、試着室でお着替えください。」


 店員さんが試着室に案内すると、エリスは少し緊張した様子で中に入っていった。

 俺は外で待ちながら、なんだか落ち着かない気持ちでいた。

 エリスがどんな姿で出てくるのか、期待と緊張が入り混じっている。


「あの……彼女さん、とても素敵な方ですね。」


 店員さんが俺に話しかけてきた。


「外国の方ですか?」

「ええ、まあ……」


 俺は曖昧に答えた。異世界から来たなんて言えるわけがない。


 しばらくして、試着室のカーテンがゆっくりと開いた。

 そして現れたエリスを見て、俺は息を呑んだ。

 ワンピースを着た彼女は、甲冑姿の凛々しい騎士とは全く違う、柔らかで上品な女性に見えた。淡いピンクの色が彼女の茶色い髪と青い瞳を際立たせ、その美しさが一層引き立っている。


 ふわりとしたスカートが膝下まで揺れて、彼女の華奢な体型を優雅に包んでいる。


「どう……でしょうか?」


 エリスは少し恥ずかしそうに尋ねた。頬がほんのりと赤く染まっている。


「めっちゃ似合う……綺麗だよ。」


 俺は思わず正直な感想を口にした。

 エリスの頬がさらに赤くなった。


「ありがとうございます……ケイイチさんの言葉は、いつもボクの心を温かくしてくれます。」


 その言葉に、俺の心臓が高鳴った。


「本当に美しいです。」


 店員さんも感心したように言った。


「とてもお似合いです。彼氏さんも喜んでいるみたいですし。」

「か、彼氏!?」

「そんなんじゃ……」


 俺とエリスは同時に否定したが、店員さんは微笑んでいる。


「あら、素敵なカップルだと思ったんですけど。お二人とも、とてもお似合いですよ。」


 俺たちの顔が真っ赤になった。視線が交錯して、慌てて目を逸らす。


「え、えっと……他の服も試してみませんか?」


 俺は慌てて話題を変えた。


「そ、そうですね!」


 エリスも同じように慌てている。


 次にカジュアルなジーンズとセーターの組み合わせを試着した。

 今度は活発で親しみやすい印象になった。エリスは自分の姿を店内のガラスに映して、くるくると回っている。


「動きやすいです!とっても軽くて……!」


 その無邪気な様子に、俺は微笑まずにはいられなかった。


「それも似合ってるよ。活発な君らしい感じがする。」

「本当ですか?」


 エリスは嬉しそうに俺の方を向いた。その笑顔があまりにも可愛くて、俺は胸が温かくなる。


「ボク、この服も気に入りました!動きやすくて、可愛らしくて……」


 続いて、少しおしゃれなブラウスとスカートの組み合わせも試着した。


「これは……大人っぽい感じですね。」


 エリスは慣れない雰囲気に少し戸惑っているようだった。


「でも、綺麗だと思います。まるで宮廷の貴婦人みたいです。」

「とても上品で素敵ですよ。」


 店員さんが褒めると、エリスは照れくさそうに微笑んだ。


「ケイイチさんは、どう思われますか?」

「すごく綺麗だよ。どの服を着ても、君は美しい。」


 俺の言葉に、エリスの瞳が潤んだ。


「ありがとうございます……そんなふうに言っていただけて、とても嬉しいです。」


 結局、俺たちはワンピース、カジュアルな服、少しおしゃれなブラウスなど、何着か服を購入した。基本的な下着類や靴下なども一緒に選んだ。


「ありがとうございました。」


 店員さんにお礼を言って、俺たちは服売り場を後にした。


「こんなに素敵な服をたくさん……」


 エリスは購入した服の袋を大切そうに抱えていた。


「明日からは、これらの服を着て、この世界で生活するんですね。不思議な気持ちです。」

「うん、きっと何を着ても似合うよ。」


 俺の言葉に、エリスの頬がほんのりと染まった。


「ありがとう!ケイイチさん。」


 心からの笑顔を浮かべたエリスの表情を見て、その純粋さが眩しく見えた。

 その後もしばらく歩いたら、時間が正午に近づいていた。


「エリス。少し休憩しようか。」

「はい!少し歩き疲れました。」


 俺たちはフードコートに向かった。

 フードコートに到着すると、エリスは色とりどりの料理に目を奪われた。


「わあ……こんなにたくさんの料理が一つの場所に……まるでお祭りの露店街みたいですね!」


 彼女は興味深そうに各店舗を見回している。和食、洋食、中華、ファストフードなど、様々なジャンルの店が並んでいる。


「あんなにたくさんの種類が……すごいです!」

「何か食べたいものはある?」

「えっと……あの丸い食べ物は何ですか?」


 エリスが指差したのは、たこ焼き屋の看板だった。

 写真には湯気の立つたこ焼きが美味しそうに映っている。


「たこ焼きだよ。」

「タコ焼き……海の魔物を使った料理ですか?」

「魔物じゃないよ。海にいる普通の生き物だ。とても美味しいんだ。」


 俺はたこ焼きを注文した。


「あ!ボク、あの香りの元が気になる。」


 彼女はコーヒーにも興味を示していた。

 確かに香しい香りだ。


「コーヒーも飲んでみるのか?」

「うん。よい香りがします。味はよく分かりませんが。でも、一度飲んでみたいです。」

「ちょっと苦いけれどね。」

「ボク、好き嫌いはないから、大丈夫だよ!」

「分かった、分かった。」


 続いて、コーヒーも注文する。

 しばらくすると、たこ焼きとコーヒーというなかなかな取り合わせの食事ができていた。


 俺たちは注文した料理を持って、テーブルに座った。

 フードコートは平日の昼前だったが、それなりに人がいて活気がある。


 エリスは熱々のたこ焼きを見つめて、首をかしげている。


「どうやって食べるんでしょう?とても熱そうですが……」

「爪楊枝で刺して食べるんだよ。でも熱いから気をつけて。」


 エリスは慎重に爪楊枝でたこ焼きを刺し、口に運んだ。


「あつっ!」


 予想以上の熱さに、彼女は目を丸くした。でも、味を確かめると笑顔になる。


「熱いけど……美味しいです!中に何か入ってる!この弾力は……」

「それがタコだよ。」

「これがタコ……意外と美味しいんですね!王国では、海の生き物はあまり食べなかったので……」


 エリスは嬉しそうにたこ焼きを食べ続けた。その無邪気な様子に、俺は心が和む。


「タコ…。嚙み切れないて食べ応えがありますね。いつまでも噛んでいられますね…。冒険中、お腹が空いた時にはよさそうですね。」

「あはは。」


 彼女の表現に、俺は思わず笑ってしまった。


「じゃあ、コーヒーも試してみて。」


 エリスは慎重にカップを手に取り、香りを嗅いでみた。


「ああ、とても良い香りですね。まるで森の奥深くにある薬草みたいで、とってもボクは癒されます。」


 彼女は小さく一口飲んでみた。


「にが……」


 エリスの顔がくしゃくしゃになって、俺は思わず笑ってしまう。


「でも、これはエリクサーよりは苦くない。」


 エリスの真剣なセリフに、思わず俺も笑った。


「薬草の味なの?」

「うん!似たような味!」


 しばらくいろいろと苦心しながら彼女はコーヒーを飲んでいた。


「……この苦さ、まるで騎士の試練のようです。苦しいけれど、それを乗り越えた時の達成感があります。」

「そう?確かにコーヒーが癖になっている人は多いけれど。」

「そうですか!やっぱり!ボクにもそれ、分かります!」

「それはよかった。」


 やっぱり、彼女は面白い、と俺は思った。


「エリス、君と一緒にいられてよかった。」

「ボクも……ケイイチさんと一緒だから、この世界のすべてが楽しいです。一人だったら、きっと怖くて何もできませんでした。」


 俺たちはゆっくりとコーヒーを飲みながら、他愛もない会話を交わした。

 フードコートの喧騒の中でも、俺たちだけの特別な時間が流れているような気がした。


 周りには家族連れやカップル、友人同士など、様々な人たちが食事を楽しんでいた。


「みなさん、とても楽しそうですね。」


 エリスが周囲を見回しながら言った。


「この世界の人たちは、いつもこんなに平和に食事をしているんですね。」

「そうだね。戦争もないし、魔物もいないからね。」

「素晴らしい世界です……」


 エリスの表情に、少し懐かしさが浮かんだ。


「でも、エルタリア王国のことを思い出します。厳しい世界でしたが、そこがボクの故郷ですから……」

「帰りたいと思う?」


 俺の質問に、エリスは少し考えてから答えた。


「うーん。でも……」


 そう言って、彼女は俺を見つめた。


「ケイイチさんと一緒なら、どこにいても幸せです。」


 その言葉に、俺の心が温かくなった。


「ありがとう、エリス。」


 俺がそう言うと、エリスは嬉しそうに微笑んだ。


「まだまだ見たいものがたくさんありそうですね。この世界には、どんな不思議なものがあるんでしょう?」

「そうか。じゃあ、次はエリスの見たいところに行こう。どこか行きたい場所はある?」

「ボクの見たいところ……」


 エリスは少し考えてから、微笑んだ。


「ケイイチさんがいるところなら、どこでも見たいです。この世界のすべてを、ケイイチさんと一緒に見てみたいです。」


 その言葉に、俺の心が温かくなった。

 そのまま、ゆったりとした時間が流れた。


「では、帰りますか!」

「ああ、家に帰ろう。家に帰って、今日買った服を整理しようか。」

「うん!」


 俺たちは買い物袋を持って、フードコートを後にした。

 モールを出ると、外はすっかり昼の陽射しになっていた。


「もう、こんな時間なんですね。あっという間でした。」

「そうだね。楽しい時間はあっという間だ。」


 俺たちは駅に向かって歩き始めた。



 電車に乗ると、車内は午後の穏やかな時間帯だったため、朝ほどの混雑はなかった。

 俺たちは並んで座席に座ることができた。


 エリスは購入した服の袋を膝の上に大切に抱えながら、窓の外に広がる景色に見入っていた。

 都市部から郊外へと移り変わる街並みを、彼女は興味深そうに眺めている。


「建物が小さくなっていきますね。」


 エリスが窓に顔を近づけながら呟いた。

 高層ビル群から住宅街へと変わる景色の変化に、彼女なりの発見があるようだった。

 その横顔を見つめていると、なんだか胸の奥が温かくなってくる。

 甲冑姿で出会った勇敢な騎士見習いが、今はこうして現代の服を着て、普通の女性として隣に座っている。

 この不思議な状況が、俺には夢のように感じられた。


 電車が軽く揺れた時、エリスの肩が俺の肩に触れた。

 

「あ、すみません。」


 彼女は慌てて体を離そうとしたが、電車の揺れでまた近づいてしまう。


「大丈夫だよ。」


 俺がそう言うと、エリスは恥ずかしそうに微笑んだ。

 頬がうっすらと赤くなっているのが分かる。


「でも、近すぎては…ご迷惑では……」

「全然迷惑じゃない。むしろ…」


 俺も恥ずかしくなって、言葉を濁してしまった。

 だが、エリスは俺の表情を見て、安心したように小さく笑った。


「ありがとうございます。」


 まるでカップルのように思えて、思わず俺は顔が熱くなった。

 エリスも同じことを思ったのか、窓の方を向いたまま頬を染めていた。


「今日は本当にありがとうございました。」


 エリスが振り返って言った。


「こんなに素敵な服をたくさん買っていただいて…ボク、とても幸せです。」

「気に入ってもらえて良かった。明日からその服を着るのが楽しみだよ。」

「はい!明日の朝、どの服を着ようか今から悩んでしまいます。」


 その無邪気な笑顔に、俺の心が弾んだ。


 夕暮れ時の日差しが車内に差し込み、エリスの茶色い髪を金色に染めている。

 その美しさに見とれていると、彼女が俺を見つめているのに気づいた。


「ケイイチさん…」

「なんだ?」

「今日一日、この世界のことをたくさん教えていただいて…本当に楽しかったです。」


 エリスの声には心からの感謝が込められていた。


「エルタリア王国では、こんなふうに買い物をしたり、美味しいものを食べたりする余裕がありませんでした。毎日が訓練と任務で…」


 彼女の表情に、微かな寂しさが浮かんだ。


「でも、ケイイチさんと一緒だと、すべてが特別に感じられます。」


 その言葉に、俺は胸が温かくなった。


「俺も、エリスと一緒だから楽しいんだ。君がいてくれるから、普通のことでも新鮮に感じられる。」


 俺の言葉に、エリスの瞳が潤んだ。


「本当ですか?」

「本当だ。」


 電車がまた軽く揺れて、エリスの体が俺の方に傾いた。

 今度は彼女は離れようとせず、そのまま俺の肩にもたれかかった。


「少し疲れました…」


 エリスが小さな声で呟いた。


「ゆっくり休んで。まだしばらく時間がかかるから。」


 俺はそっと彼女の肩を支えた。エリスは安心したように目を閉じて、俺の肩に頭を預けた。


 彼女の髪からほのかに甘い香りがして、俺の心臓が高鳴る。


「ケイイチさん…」


 エリスが眠そうな声で呟いた。


「今日みたいな日が、これからもたくさんあったらいいなって思います。」

「きっとあるよ。俺たちは一緒にいるんだから。」


 俺の言葉に、エリスは幸せそうに微笑んだ。


「はい…ケイイチさんと一緒なら、どんな未来でも楽しみです。」


 電車の窓から見える夕日が、二人を優しく照らしていた。

 購入した服の袋を膝に抱えたエリスが、俺の肩で安らかに眠っている。


 この平穏な時間が、いつまでも続いてほしいと思った。


 俺たちはそのまま、揺れる電車の中で静かなひとときを過ごしていた。


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