1日目 彼女は再開する①
コ-ン!コ-ン!コ-ン!
「あ、あやのこの音って····」
いつきが私の肩に触れながら言ってきた。その手のひらに微かな震えが伝わってきた。
「うん。そうだと思う。」
私は少しだけ息を呑んだ。その音は、確かにあの懐かしい響きだったけれど、今の私たちには、どこか不気味で恐ろしいものに感じた。
周りの森は静まり返っていた。木々の間から差し込む薄い光が、少しだけ足元を照らす。風が木の葉を揺らす音だけが、私たちの緊張した空気の中で響いていた。
「先輩、何なんですか?」
りんちゃんがおずおずと聞いてきた。
「ああ、そっか1年生たちは知らないよね。この音が校内で放課後のBGMのように鳴り響いていたのは去年の秋ごろまでだもんね。」
「うん、そうだね。」
私たち山中高校女子バレー部12名は現在まったく知らない森の中をさまよっていた。みんな物音がすればそちらを見るという感じで非常におっかなびっくりしてながら彷徨っていたので、余計に馴染みのあるこの音は安心感を覚えるのと同時に恐怖心もあおっていた。
なぜ、こんなところを彷徨っているのかは分からないだけど、いつものように練習を終えてシャワー室でみんなでシャワーを浴びていると突然すべてのシャワーヘッドからとんでもない量のお湯が出てきた。そして、気が付くと森の中にいた。私はすぐに気を失ってしまってよく分からなかったが私たちの悲鳴を聞いて脱衣所から駆け込んで来た同級生や後輩たちが言うには出てきたお湯は目が眩むほど光っていて浴びた人は次々と姿を消していったらしい。それを見てびっくりした同級生と後輩たちはみんなでシャワー室の中に入って来て、みんなで浴びたことでみんな仲良く森の中に来てしまったらしい。
私はそれを聞いて正直逃げるなり、先生を呼びに行ってほしかったと思ったが、私もそんなの見たら駆け寄ってしまいそうだと思ったから仕方がないよね……。
「あやの、どうする?」
いつきが心配そうに聞いてきた。
「どうするって、行くしかないよね。」
「そうだね。」
私はいつきと顔を見合わせながら覚悟を決めたように頷いた。
「あの、先輩さっきから何を言っているんですか?」
1年生たちが私たちの手をつかみながら震える声で聞いてきた。
「りんちゃん、みっちゃん、あやちゃん、いわっち、はるちゃんは1年生だから知らないだろうけど、私たちが2年生の時に園芸・生物部があってね。その部活の子たちが部室の温室の横を開墾している時にこんな音がしてたの。何をしているのか聞いたら部室が横にある竹林に飲み込まれそうになっているから先生に許可を取って竹を切ってその竹を使ってものを作ったり、竹が生えていた場所の一部を開墾して新たに色々と育てる準備をしてるの。って言われたよ。」
「そうなんですね。でも、私たちが入学したときには園芸・生物部はなかったですよ。それに竹林や温室なんて全く校内に見当たらなかったんですけど、本当にあったんですか?」
りんちゃんが恐る恐る聞いてきた。まるで、私たちに怒られるとでも思っているようだ。私といつき、マキはその様子がおかしくて少し笑いながら頷いた。
「あったよ。」
私がそう言うと2年生たちも懐かしそうに大きく頷いてくれた。
「部長、行きますか?」
2年生の学年リーダーをしているかずみちゃんが私に覚悟を決めたような表情で聞いてきた。
「さっきよりも暗くなってきてるし、これ以上この場所に留まるのも危険かもしれないから、危険かもしれないけどこの音がする方向に行こうか。」
私がそういうとみんなが頷いてくれた。みんなどこか覚悟を決めた顔つきをしていた。その様子を見て私は先頭を歩き始めた。
――――
しばらく歩くとそこには懐かしい温室と作業をしている園芸・生物部の部員の姿があった。
「あ、あった。」
私は温室を見てふとつぶやいていた。
「あったね。」
そんな私の横でどこか暗い声でいつきがつぶやいた。
「いつき、どうしたの?」
私が聞くといつきはみんなのことを見て首を横に振った。
「ねえ、あやの今の私たちの格好で彼らの前に出ていける?」
「え、それは……。」
私は言われてふと思い出してしまった。そういえば、全員がシャワーを浴びている最中またはシャワーを浴びて着替えている最中にこちらに来たので、一番多く服を着ている人でも下はきちんと穿いているが上はスポブラとか上はきちんと来ているけど下は下着だけの状態の子が一番まともで、バスタオル1枚の子もいれば私みたいに何も身に着けていない子もいる。そんな状態で男の子の前に出るのは勇気がいるとか以前に襲われないか少し心配になるレベルだ。
「うん、無理だね。どうしようか?」
私がそういうといつきは首から下げていたハンドタオルを私に渡して来た。
「え、何?」
私が思わず聞くといつきはすごく真剣な顔になった。
「あのね。今私たちの中であの子たちと直接交流があったのはあやのとそこで小さくなっているかずみちゃんだけなの。だけど、さすがに好きな人の前にいきなりすっぽんぽんの状態で出すほど私たちは鬼じゃないから。だから、悪いけどあやの彼らと話してきてくれない?」
「えっ!」
私がいつきの言葉に驚いてマキの方を見たがマキも大きく頷きながらグットマークを出していた。確かにかずみちゃんが園芸・生物部の当時の唯一の1年生である松本君に恋していたことは知っているし、園芸・生物部が行方不明になった際には毎日目を腫らしていてほとんど食事や睡眠がとれていない状態だったことも知っているけど、それなら2年間同じクラスで謎に一緒にいたというか、一緒に居すぎてセットとして扱われるようになった園芸・生物部の残りの部員である山本君と井上君の前にこんな小さなハンドタオル1枚で出ることもまさしく鬼だと思うのだけれどもどうやらそれは考慮してくれないようだ。
「大丈夫だよ。もし襲われそうになったら、みんなで助けてあげるから。」
マキはそう言いながら自分が体に巻いていたバスタオルを私に渡して来た。
「うん、分かったよ。行くよ。」
私がそう言って動こうとした瞬間耳元で声がしてすぐに首に刃物を突き付けられた。
「無理だと思うよ。」
その声はとてもやさしい口調だったけれど、少しでも動けば斬られると思える圧倒的な迫力があった。
すぐ横に視線を向けるとそこには私と同じように首元に刃物を突き付けられているマキの姿があった。そして、視線を前に向けるとそこには頭のすぐ上で巨大なハンマーを寸止めされているいつきの姿とそのすぐ後ろには、そのハンマーを今にも振り下ろしそうな山本君の姿があった。
「えっ!」
私はその姿にびっくりしてそーっと後ろを見ると無表情の私たちの首元に刃物をつきつけている井上君の姿があった。