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第三章•幻の神獣ーー〈ムー〉㊂

ミゲについて倉庫を後にし、夜も深まった闇のなかを、三人は進んでいくーー。

前をいく、男の手にあるランプの明かりだけが、月のすがたのない、すべてをのみ込むような暗黒の世界に、唯一の光を放っていた。

ミゲは倉庫を出ると、離れた両側に広がる、黒々と沈んだ森の一方へーー〈キューア〉の新しい建物があるという、東の森とは反対側の、西の森へ、その足を進めるのだった。

巨大な倉庫を挟んで、東西に広がる森は、どちらも背の高い木々が密集する針葉樹の森で、深深と闇を纏ったすがたは、人を寄せつけぬ、不気味なものがあった……。

前を足早に進んでいくミゲは、倉庫を出たきり、一言も口を開かず、それは背後に付き従う二人にも、無言の圧で、口を封じさせていた。

三人のたてる足音だけが、静まり返った夜の森に響いていたーーと……遠くから、鳥の鳴き声がした。

梟だろうか……と、考えたジェラは、ふと、あることを思い立つのだった。

転ばないよう、足下に気をつけながら、意識をーー鼻にーー集中させる……そして、深く……息を吸い込んだ……

……すごいっ……!

見開かれた瞳が輝く!

目には見えない夜陰のなかに、それはたくさんのーー生き物たちの匂いを、鮮明に感じ取るのだった。

がーーまもなく光は消え……眉が寄る……

どうして今まで……気づかなかったのか……

強張った視線がーー目の前にある、大きな背で揺れる、漆黒の長髪に、とまるのだった……。

こうして、すぐ後ろを歩いていても、前をいくミゲには、捉えられる匂いというものが、まるで一切なかった。

〈キューア〉のメンバーにしてみても、〈嗅覚〉という能力のことを知り、改めて考えてみれば、やはり一人ひとり、纏っている微かな匂いがあり、それはそれぞれにちがうのだ。

おそらく、自分もそうであろうしーー隣を歩いている、ビクだってそうだーー

ならばどうして、目の前にいる人物だけが、匂いを、もたないのか……

(もたない……)

ーーいや、他の人にはわかっている……?……またしても、自分だけ……?……それとも……

なにかがきらっと光り、ジェラの顔がぱっと上がるーー

瞬間、息をのんだ……

見上げればーーそこには、〈一本の糸〉が、真っすぐに伸びていた。

ジェラの胸から、暗い夜空へ向かって、すーと伸びた、〈光の糸〉ーー

見開かれた瞳がーーその〈糸〉の先をーーたどっていく………


ーーバサバサバサっ!……


一斉に、鳥たちが飛び立った。

ジェラはぎょっとして、思わず横にいるビクのほうへよろける。そのビクも、一瞬身を縮ませたが、前をいくミゲが、まったく気に留めず、そのまま足を進めていくすがたに、小さく舌打ちをして、ジェラへきつい睨みを向けるのだった。

ジェラが頭を下げた……刹那、はっと、勢いよく顔を上げる……

「……ない……」

再び暗い夜空を見上げれば、〈光の糸〉は、跡形もなく消え去っていた。

今のは……一体……

「どうした……」

「はやく来い」

ビクの声を打ち消して、前方から、低い声が静寂を破った。

二人の目がーー足を止め振り返った、男の先を見る。

まだ少し距離のある前方の暗闇にーーぼんやりとした明かりが、見えるのだった。

ビクとジェラは、止まっていた足を踏み出した……。

三人が足を進めていくと、目指す明かりのもとに、あの〈倉庫〉と同じーー〈赤いレンガ造りの建物〉が、現れるのだった。

大きすぎず、小さすぎずーー周りにある、背の高い木々たちに隠されるようにして、その建物は、濃い闇に包まれた森のなかに、ひっそりと存在していた。

建物の入口ーーこれまた見覚えのある、両開きの、大きな鉄製の扉の上には、明かりを灯したガスランプが二つ、森の虫たちを誘い寄せていた。

ジェラの強張った視線がーー扉の両脇に見えた、二つの人影を捉える……。

真夜中の森にいた人間は、自分たちだけではなかったのだ。

さらに近づいていくと、その人影はーー兵士らしきすがたをした、男たちであることがわかった。

二人の兵士らしき男は、いち早くミゲのすがたを認めると、すぐさまその身を正し、己の左胸へーーちょうど心臓のある位置に、指先を揃えた右の掌をあて、深く頭を下げた。

それはーー敬礼のようだった。

「ここで待て」

ミゲが、背後にいるビクとジェラへ命ずる。

そうして二人を、建物から少し離れた場所に止めると、一人ーー部下らしき男たちのいるほうへ、向かって行くのだった。

「あれは、〈城〉の中級兵士だ」

威圧的な背が離れていくと、ビクがつぶやいた。

ジェラが横を見ると、ビクは顔を前へ向けたまま、見据えていた。

「……どうして、中級兵士だと、わかるんですか……」

ジェラも、ビクと同じように、顔を前へ向け、静かに囁いた。

「あいつらの〈髪〉だ」

「〈髪〉……」

ジェラの瞳がーーミゲと言葉を交わす、二人の兵士のすたがにとまる。

「ちょうど肩と耳の間で、ぴったり切り揃えてるだろ」

ビクの言葉に、ジェラは小さく頷いた。

「おまえはまだ、全部を見たことないかもしれねぇが、この帝国の兵士ってやつは、三階級にわかれてるんだ。一番下の下級兵士は、短髪ーーあいつらのように、真ん中の中級兵士は、おかっぱーーその上の、上級兵士にもなれば、もっと髪が長くなって、そいつらはいかにも地位を見せつけるように、偉そうに結んでやがる」

まぁ、ミゲやおれたちほどじゃねぇけどな、と、ビクは最後に、たっぷりの皮肉を込めて、自嘲的に言うのだった。

「で、兵士の上ーー一番お偉いさんが、長官ってやつで、ミゲのやろうはそれだ」

「そうなんですね……」

ジェラがつぶやくと、ビクが苛立ったように舌打ちをする。

「おまえって、ほんとにぼやっとしてるよな。もうちょっと周りをよく見ろ。自分で知ろうとしない限り、帝国さまからはなにも教えてくれねぇぞ」

「……すみません……」

ジェラは、ぐうの音も出ず……たしかにビクの言う通りだと……改めて自分の甘さを痛感し、暗く顔を俯けた。

ビクがちらっと、横目にジェラを見る。

「〈ズコー〉の街には、何度か行ってるだろ」

ジェラは、はい……と、静かに答えた。

「次に行ったときは、周りをよく観察してみろ。ーー〈リグターン〉が、いかに腐りきったとこなのか、よくわかる」

ジェラは心臓が、ドキリとした。ミゲに聞こえてはいないかと、そのすがたを見たが、二人のいる場所からでは、向こうの話している内容も聞こえず、また目に映る変化もなかったため、ほっと息を吐くのだった。

そんなジェラの不安は露ほども知らず、短い間に、ビクが再び口を開くーー


「〈リグターン〉で、すべてを決めるのは〈髪〉だ」


真っすぐに開いた、黒い瞳がーーまとわりつく薄闇に、強く光っていた。

「身分の低いやつらは、男はもちろん、女も子どもも関係なく、全員丸坊主ーー力のあるやつだけが、長い髪をもてるんだ」

痛みのよみがえった傷に、ジェラの手が胸を掴む……。

陽のあたる、華やかな街のすがたとは、まるで裏を映したーーじめじめと暗い、影の片隅に生きる、人々のすがたが、浮かび上がる……

目を背けたくなるーーできるものなら、見ていないことに……いっそのこと忘れてしまいたい……悲惨な光景はーーそんなの思いと裏腹に、決して忘れられるはずもなく、苦しいまでに強くはっきりと、ジェラの内に焼き付き……刻み込まれていた……

悲しみーーという言葉では、とても言い表せぬ、胸が捩れ……絞られるような……激しい苦痛……

ムラムラと胸に湧き上がり……ドグドグと広がる……赤黒い怒り……

ジェラは、拳を握った……。

「上級兵士じゃなく、中級兵士ってとこが、どうにもくさいな」

ビクがつぶやく。

「でかい権力を手にすれば、たとえ身内でも、うじゃうじゃ敵がでてくるだろうな。そのなかで、あの二人の中級兵士は、選ばれし、あいつの信用する駒なんだ」

反応がなくーービクの顔が、横へ向こうとしたときーー


「こちらへ来い」


真夜中の森へーー太い声が響いた。

ジェラははっと、我に返るのだった。

視線の先ーーミゲの傍に立つ、二人の兵士たちも、顔を向けていた。

「……行くぞ」

ビクがつぶやき、足を進めるーージェラもあとに、ついていくのだった……。


このなかには一体……なにがあるのだろう……


知りたい、という思いと同時ーーぞくりとするような、恐ろしい寒気に、ジェラは襲われる……


ビクとジェラが、ミゲのもとへ着くと、傍に控えていた二人の兵士が、左胸に手をあてた、例の敬礼をしてみせた。

ジェラは慣れないことに、戸惑いを隠せずも、小さく頭を下げる。一方のビクは、むっつりと黙ったままだった。

「〈鍵〉をもらおう」

ミゲが、中級兵士の一人に言う。

「かしこまりました」

見た目にーービクと、ほとんど年が変わらないであろう、若い兵士がきりりと答え、身に纏っている、銀色に光り輝くボタンが印象的な、中級兵士の黒い衣の内側へ、その手を伸ばした。

ジェラの耳に、チリン……と、金属の触れ合う音が聞こえる。

若い兵士は、いかにも慎重な手つきで、それを取り出すと、目の前に差し出されたミゲの手へ、丁重にのせるのだった。

ビクとジェラの視線がーーミゲの掌に、注がれる……

美しく磨かれた、真鍮の輪に、二つのーー大小ちがう、〈金色の鍵〉がついていた。

凝視する先ーーぱっと手が閉じる。

「たしかに受け取った。おまえたちはもう、〈城〉にもどっていい」

ミゲの言葉に、二人の兵士がそろって礼をする。

「くれぐれもーー最後まで、気を抜かぬように」

「はっ!」

ジェラには、それがどういう意味なのか、よくわからなかったが、二人の兵士の、緊張が滲んだ、引き締まった表情に、冷たい不安が胸によぎるのだった……。

中級兵士の二人は、建物の横へ置いていた、ランプと黒いマントを手に取ると、すばやく身支度を整える。

最後にもう一度、三人へ向け敬礼をみせてから、マントの頭巾を目深に下ろした。

夜闇に溶け込んだ兵士のすがたは、あっという間に、深い森のなかへと、吸い込まれていくのだった。


兵士のすがたが消えると、ミゲが動き出すーー

大きな鉄扉の前へ行き、手にある〈二つの鍵〉のうち、〈大きなほうの鍵〉を掴んだ。

取っ手の輪の下にあいた、鍵穴へーー金色に光る〈鍵〉を差し込む。

背後にいる二人が、息を殺して見つめるなかーーぐるりと回された〈鍵〉が、ガチャっ……と、夜のしじまに、重い音を響かせた……。

(あいた……)

二人の目がーー互いを見交わす。

錠が解かれた扉は、静寂に低いうなりをあげながら、ゆっくりとーー開かれていった……

握りしめたジェラの手に、冷たい汗が滲む……心臓の音が、全身にこだましていた……

ミゲは、扉を開け放すと、建物のなかへ、足を踏み入れた。

緊張に……生唾を飲み下した二人も、それに続く……


部屋のなかは、真っ暗でーーなにも見えなかった。


……と、それは急に、すーん……とした、つめたく、澄み渡る空気を感じた……

隣いるビクも、それを感じたのだろう、微かに身動ぎをする。

ジェラの鼻が、深く息を吸ったーー


清らかな水に、匂いというものがあるのならば……それはまさしく、こんな匂いが、するのだろう……

ひんやりとしていて……清冽で……なんとも清々しい……

ジェラの心にーー一つのイメージが、はっきりと浮かんでくるのだった……

まるで、これはーー〈氷〉のようーー

うっとりとしたジェラの顔にーー突然、さっと皺が寄る……

清浄な匂いを破って、不快な悪臭が、鼻をついたのだ。ーーグンっと刺すような、棘のある、鉄の匂いーー

相反する、二つの匂いがーー部屋のなかに混ざり、存在していた……


真っ暗な部屋のなかを、ミゲが進んでいくーー

すがたが消え、長靴の足音も途絶えたーーと思った先、ぱっと明かりが灯るのだった。

ジェラは眩しさに、思わず目を閉じる。

瞬きを繰り返して、少しずつ目を開けていくとーーミゲのすがたが、広い部屋の壁際に、見えるのだった。

分厚い板で塞がれた、もとは窓があったであろう場所に、優雅な脚付きの台があり、その台の上に、美しいかさのついた、大きなランプが、煌々と明かりを灯していた。

隣にいるビクが、はっと身を固くする……

まもなくジェラも、はっと息をのむのだった……

暗闇に、隠されていた光景がーーランプの明かりで、半分ほど、露わになっていた……。

ミゲは、声を失くし、呆然と立ち尽くす二人の前をーー反対側の壁際へ、歩いていくーー

そこには、まるで鏡に映したような、板に塞がれた窓ーー台ーーランプがーーそっくりあるのだった。

ミゲが二つ目のランプに、明かりを灯す。

残る暗闇がーー光に溶かされ、広い部屋のなかの全貌が現れた……


(……っつ……)


ジェラは、目の前に映る光景が……信じられなかった……


これは……現実……なのだろうか……


隣にいるビクも、目を見開いたまま、凍りついたように、固まっていた……


外から想像していた以上に、奥行きのある部屋ーーその広い部屋の、ちょうど半分ーーそれは、高い天井まで、真新しい〈鉄格子〉のすがたが、忌まわしくそびえていた。

そして……

ジェラの震えた瞳がーー〈鉄格子〉のなかに映るものを、強く捉えるーー


……なんて……美しいの………


巨大な檻のなかにはーー一頭の、〈気高き獣〉のすがたが、あった……


暗闇から明かりが灯され、目の前に現れた人のすがたに、警戒した様子で、すっくと、しなやかな身を立ち上げている。

白銀に光り輝く、豊かな毛に覆われた、神々しいからだーー目を引く二本の、見事なまでの〈巻き角〉ーー

陶器を思わせる、純白の艶やかな〈巻き角〉は、からだの後方へ向かって、ひとつの輪を描き、流れるようにのびている。

馬より、わずかに小さいほどのからだは、その背に大人が二人は跨がられる、堂々たるすがただった。

そしてーー比類なき……美しい目……

今ーーこちらをじっと見つめる、大きな瞳は、宝石をそのまま目にしたような、透き通る、鮮やかなエメラルドグリーンに煌めいていたーー


「〈ムー〉だーー」


ミゲの声が、時の止まった部屋に響くーー

「……こいつは……〈狼〉……なのか……」

長い沈黙を経て、ようやく声を取りもどしたビクが、掠れた声で言う。

「〈狼〉といえば、〈狼〉だがーーこれは、そんなものとは比べ物にならぬ、価値高いものーー〈神獣〉だ」

「……〈神獣〉……」

はじめて聞く、幽玄な言葉の響きがーージェラのなかに、深くこだましていった……

たしかに……視線の先にいる、〈崇美な獣〉からは、本来あるはずの匂いが、まったく感じられなかった……。

それどころか、この部屋へ入ってきたときの、あの神々しい空気ーー清冷な匂いーー

ジェラは今まで、〈神獣〉と呼ばれる生きものを、もちろん実際に見たことはなかったが、今目の前に映る〈ムー〉こそ、まさしく、その名にふさわしい、唯一無二の……存在だった……

動きを、ピタリと止めていた〈ムー〉が、ジェラを真っすぐに見据え、ゆっくりとーー近づいてくるーーが、すぐにそのからだが、うしろへ引きもどされるのだった。

〈ムー〉は、ブルブルっと、不快を払うように、首を大きく振るわせる。

刹那ーージェラの内に、鋭い痛みが走った。

(鎖……)

それまで眺めていた、美しい花のすがたからーーその下に隠されていた、鋭い針の剣山に、身を突き刺されたようだった……。

ジェラは瞬く間に、残酷な現実へーー引きもどされる。

影を孕んだ瞳がーー〈ムー〉の首元にはめられた、太い銀の首輪へとまる。忌まわしい首輪から、冷ややかな光を放った、堅牢な鎖が、伸びていた。

「こいつが仮に〈神獣〉だとして、ふつうは伝説上の生きものだろ。……それがなんで、こんな森の奥で、鎖なんかに繋がれてんだ」

ビクの押し殺した声が、静まり返った部屋に響いた。

「子細を、話すつもりはない」

巨大な檻へ顔を向けたまま、ミゲが言い放つ。

「おまえたちはあくまでも、与えられた命ーー任務を、黙って果たすまでだ」

威圧的な長靴が、立ち尽くす二人の前を、部屋の反対側へーー移動する。

「だがーー一つだけ、教えてやろう」

鋼のような眼光がーー二人の顔を順に捕らえる。

「この〈ムー〉こそが、我が帝国の、今後の繁栄ーー栄華の財を握る、〈要の品〉であることは、間違いない」

「〈品〉……」

ドグンっ……と、ジェラの心臓が、冷たく打った……。

「つまり……これがあんたの言ってた、〈一大プロジェクト〉ってわけか……」

ビクの低い声に、黒々とした眉が、わずかに上がるのだった。

ミゲは再び、背後にそびえた〈鉄格子〉へ向く。

「これだけ見栄えがすれば、毛でも皮でもーーそれぞれに、かなりの値打ちがつくだろう。〈角〉にいたっては、喉から手が出るほど、欲する者たちも多いはずだ」

冷淡な声には、目の前にある存在を、〈命〉としてみる響きが、微塵も含まれてはいなかった。

ジェラは、耳に入る言葉を聞いていくうち、身体の底から……震えがとまらなかった……

忌まわしい〈鉄格子〉で、隔てられた先にいる、美しい〈神獣〉に、これから待ち受けていることを考えれば……あまりの恐ろしさと……激しい怒りに……全身から、血の気が引いていった……

どこまでも欲にまみれた……残忍さ……そして、どうすることもできない……己の無力さ……

ジェラの瞳に、涙がこみ上げる。

慌てて、噴き出した感情を、鎮めようとしたときーー吸い込まれるような目と、静かに合わさった……

瞬間ーー不思議な感覚に……包まれる……


青い霧が足下を満たし……視線の先にいる、神々しい〈神獣〉と、ふたりきりの世界に……いるようだった……

〈ムー〉は、ただじっとーージェラのすがたを、見つめていたーー

光り輝く瞳がーーそのまぶたがーー一度ゆっくりと閉じてーー再び開くーー

凍え震えたジェラの心に、柔らかなぬくもりが、灯るのだった……


「ナンバー10ーー」


ジェラははっと、現実にもどる。

ぼんやりしていた周りの景色が、急にはっきりと、身に迫ってくるのだった。

〈ムー〉から離れたジェラの視線が、恐る恐る……声のしたほうへ向く……

ミゲの鋭い眼が、射貫いていた。

「ナンバー10、私の話を聞いていたか」

静かな声には、肌が粟立つような響きがあった。

ジェラがなにも答えられず、そのまま固まっていると、ミゲはすぐに、声を継いだ。

「おまえたち二人に、本日から、〈ムー〉の世話を課す」

「えっ……」

ジェラは呆然と……目を見開いた……。

よく考えてみればーーそれはここまで来てすぐに、たどり着くようなことではあったが、はじめて目の当たりにした、〈神獣〉の衝撃に、ジェラは肝心なことを、このときまで忘れていたのだった。

「最初からそのために、おれたちを連れてきたんだろ」

ビクが、男を睨みながら言う。

圧迫的な沈黙がーー部屋を満たした……


「失敗は許されない」


「……こいつを、死なせるなってことか」


ミゲの目が、底光るーー

「それともう一つーー〈ムー〉の存在は、他言無用だーー密命であり、組織の人間にもあてはまる」

「アリーにもか」

「そうだ」

「俺とジェラが、他のやつらには黙って、こそこそ面倒みろと」

ミゲは言葉で返す代わり、例の逆らえぬ目で、そうだーーと、突き刺すのだった。

不気味な長靴の音が響くーージェラの目の前で、足音は止まった。


「ナンバー10ーー〈鍵〉を預ける」


深閑とした部屋のなかーーチリン……と、金属の奏でる音がした。

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