《キューアの道》
アリー、ビク、カーク、デン、エンダ、フルロ、ガル、ハイリ、インナーーそして、オリとソルビは、下民と呼ばれる、身分の低い者たちが暮らす、侘しい街外れにやってきていた。
突然現れた一行に、下民のものたちは恐れをなして、それまで訝しげに天を仰いでいたすがたから、戦々恐々と、乾きひび割れた、荒れ果てた地面へ深く、額ずいていた。
ここから遠くーーさながら世界の中心にそびえ立つ、巨大な〈銀細工の城〉へ向かっていけばーー〈街〉はがらりとすがたを変え、潤沢絢爛さを増していくーー。
〈表裏一体〉ーーたとえどんな世界にいようとも、そこに人間という存在がいるかぎり、〈表の光〉が眩しく華やかであればあるほど、〈裏の影〉はどこまでも深く濃く、冷ややかなものである。
しかしーー大いなる自然の前にあっては、人間一人ひとりの身分などなにの意味もなさずーーそれはどんなに豪華なすがたをした建物であっても、すべてのものごとは、みな等しく、無力となるのだ。
〈キューア〉のメンバーたちは、欲深き愚かな人間たちが招いた、赤く悲惨な運命に、これからのみ込まれようという帝都のすがたをーー降り積もる灰の下に、永久に沈み消えようという、その栄耀栄華の街を目に焼き付けーー心の内に湧き上がる、ザラザラとした苦い思いを、噛み締めるのだった……。
「すげぇ夕焼けだったな……」
みなの先頭に立つビクが、薄れつつある赤い天を見上げつぶやき、背後にいるメンバーたちへ、振り返るーーー
「俺たちの《道》は、ここからスタートだ」
〈キューア〉のリーダーの、勇ましく、覚悟の満ち満ちた声に、メンバーたちの顔が引き締まり、それぞれの瞳に、強い光が浮かび宿る。
ビクは、一人ひとりの顔を眺め、最後にはしばみ色の瞳へとまりーー力強く、頷いた。
アリーも真っすぐに、頷き返すのだった。
ビクがひとつ息を吸い、結ばれていた口を解く。
「最後にもう一度、確認しておく」
低い声が放たれーー黒々とした瞳が、明るい栗色の髪をした、インナへ向く。
インナは、白い顔に緊張を張りつかせていたが、その瞳に怯えはなく、細いながらも凛々とした色を、映していた。
「私が、ソルビちゃんを連れて、山の《結界》へ行く……」
インナは、深く唱えるように言い、繋いでいる小さな手を、ぎゅっと握った。
「絶対に、離すなよ」
ビクの言葉にーーインナは、大きく頷く……。
次に、黒い瞳がーーソルビを見つめる、オリのすがたへ移る。その顔は、小さな我が子を見つめる、不安と愛情の入り交じった、母親そのものの表情だった。
「オリさん」
ビクに呼びかけられ、オリははっと我に返る。
「すみません……」
「心配なのは、当然だと思います」
すかさずアリーが、冷たくなった心をほぐすように、あたたかな声に言う。
「インナは、必ずソルビちゃんを安全な場所へ、連れていってくれます。 私は信じていますし、その信じる思いこそ、たとえ絶対のない世界であっても、目に見えない確かな力に、森羅万象をぬって、思う相手へ繋がり届くのだと、私は確信しています」
アリーの迷いのない言葉に、オリの表情が変わる。
身の内に言葉を反芻するように、何度も小さく頷くのだった……。
その顔から不安の影が薄れ、光を取りもどした目に、アリーを見つめる。
「そうですね。 私も自分を信じて、マーロやワッズさん、そしてジェラさん、みなさんのことを、信じています」
オリは、一言一言、言霊を込めるように口にし、深く息を吸うーー淡く黄味がかった茶の瞳を、〈キューア〉のリーダーへ向けた。
「私はまず、自分の勤める〈東のラッゾ〉へ行き、そこにいるみんなに、山の《結界》へ避難するよう伝えます。 それから残る北ーー西ーー南の〈ラッゾ〉へ行き、そこの者たちにも、同じように避難を伝えます」
ビクが頷く。
「正直なところ、オリさんはどう思う。 全員がすぐに、避難してくれると思うか?」
〈キューア〉のリーダーが女中を見据え、真剣な声に聞く。
「……わかりません」
オリの顔にーー再び、暗い影がうまれ広がった。
「〈ラッゾ〉はあくまでも、〈城〉直属の存在です。 身分の高いお客様も、多くご宿泊されます。 絶対的な親である、〈城〉のほうからなにも命が出ていない状況で、そのようなお客様もいらっしゃるなか、果たしてどれだけの者たちが信じ行動してくれるのか……正直私にも……わからないのです……」
オリは、容赦なく湧き上がり、襲いくる不安に、灯した光がのみ込まれてしまわないよう、震えた目を閉じて……大きく深呼吸する……。
口を開きかけたビクを、アリーがさっと手で制した。
少しして落ち着いた呼吸に、瞼が開かれ、独特な色味に澄んだ瞳が、〈キューア〉のリーダーを真っすぐに見つめる。
「ですが、希望がないわけではありません」
女中の力強く、信ずる声が響くーー
「私の勤める〈東のラッゾ〉は、みな寝食を共にし、ある程度の信頼関係があります。ですので、なんとか私の話を信じてもらい、事が起こる前に、避難してもらえるかもしれません。……問題は、あとの三つの〈ラッゾ〉ですが、それぞれに一人、二人ほど……顔見知りの者がおりますので、その人物たちに、懸けてみるしかないと思います……」
ビクが、頷いた。
「希望がゼロよりいい」
一瞬和らいだ顔が前へ向き、遠く薄赤い天に見えた、小さな黒いすがたを打ち眺める。
みなの目も向きーー黒い粒のようなすがたが、大きく旋回している下ーー今僅かながら、《虹色に揺らめく光》が、認められるのだった。
「〈カラス〉のおっさんも、全力で《結界》をつくってくれてる。 ジェラと〈ムー〉も、《険しい北の道》を突っ走ってる」
ビクの声にーー後ろにいるオリ、メンバーたちも、それぞれの思いに、目に映る光景を眺め……心に浮かぶ光景に、思いを馳せた………
〈キューア〉のリーダーが、振り返るーーー
黒い瞳が再び、〈ラッゾ〉の女中を見据えた。
「やれるとこまでやったら、オリさんも、すぐに山の《結界》へ向かってください。 最初に言っときますが、全員を助けられると思わないほうがいい。 夜がきて、〈乱満月〉が昇ったら、いつ〈山〉が〈噴火〉するかわからない。 くだらない幻想、願望に取り憑かれて、引き際を見誤れば、オリさんが間に合わなくなる。 こんなクソみてぇな世界でも、せっかくまた会えたソルビやマーロのおっさんを残して、二度と会えなくなるのは嫌だろ」
オリは乾いた唇をぎゅっと結び、不安げなまるい目をした幼子を見つめる……そして、決意したように、強張った顔を縦に頷かせた……。
それを見届けると、黒々とした瞳が、メンバーたちへ移るーーー
「あとの俺たちは、予定通り〈街〉に散らばって、とにかくやつらに避難を促す。ーーハイリとデン、二人は外側の下民のやつらだ」
「まかせろ」
デンが言い、ハイリが頷く。
「カーク、エンダ、フルロは、〈街〉の真ん中あたりを頼む」
「わかった」
カークが答える。
「人伝にどんどん広まれば早いな」
フルロがつぶやき、ビクが頷く。ーーしかし、エンダは、固まったままだった。
「もし……」
エンダが揺れる瞳に、掠れた声をもらす……
「途中で、兵士に捕まったら……」
束の間ーー重い沈黙が、流れるのだった………
「俺たちならできる」
ビクの太い声が、沈黙を貫くーーー
厳しい面に、ニヤっと意地悪い笑みが浮かぶ。
「こんなくせぇセリフを、言う日がくるとはな」
メンバーたちーーオリ、ソルビの顔にも、笑みが浮かんだ。
みなの顔を見まわし、ビクは笑みを静めて、再び真剣な面にもどる。
「どんなことがあっても、どんな状況になろうとも、俺たちの《道》を諦めず、最後まで突っ走ることだ。 これで、本当に最後かもしれない……だったら、最後くらい、今まではできなかった、自分をとことん信じて、バカみてぇに仲間を信じて、やってみるのも悪くねぇだろ」
「それ、ほとんど私が言ったこと」
アリーが皮肉っぽく言い、いつものあたたかな笑みが浮かぶ。
「私たちはある意味、この世界で、ふつうの人間じゃない。 犬並みの嗅覚があって、棘だらけの、巨大なフェンスも、軽々と飛び越えられる。 ふつうの人間になりたくてもなれなかった過去から、本当にふつうの人間じゃなくなった今の私たちなら、もう失敗を恐れずに、なにも怖がらずに、なんだってできるよ」
「やってやるさ!」
ガルが、勢いよく言い放つ!
ビクの口元に、ニヤリと笑みが浮かぶ。
「そんな俺たち三人は、一番手強い相手だ。 なんたって、〈城〉に近い、贅沢三昧な暮らしにどっぷり浸かった、ゴチゴチ頭の上級人を動かすんだからな」
「一番心配なのは、導火線の短い誰かさんがブチギレて、大暴れしないかどうかだけれど……」
アリーがからかうように言い、睨み目を向けたビクをのぞいて、みな声を立てて笑うのだった。
周りに額ずいたままでいた下民たちは、なにごとかと、恐る恐る顔を上げ……咎められないことがわかると、まるで不思議な光景でも見るように、笑い合う一行のすがたを、ぱちぱちと眺めるのだった。
小さなソルビの顔にも、ようやく明るい笑顔が見られた。
目を向けたビクに、アリーは小さく微笑み頷いた。
〈キューア〉のリーダーが、拳を握った手を前に差し出すーーあとの者たも、次々に続いたーーー
そうして、十個の拳とーー十一個目の、小さな拳がーー輪の中心に、集まった………
「必ず、全員でーー《結界》のなかに集合だ」
ビクの力強い声が響きーー大きく息を吸い込む………
「それじゃあ………いくぞっ!」




