第十三章•運命の一日㊁
それからのことは、さらに目まぐるしく、多くのことが、その日のうちに起こった。
ジェラは部屋のなかで、アリーとオリに、自分がすがたを消していた間のことーーこれまでのことを、語った。
その話のなかで、ジェラはまずオリに、自分とアリーが、この世界へ存在するにいたった、その経緯ーーマーロから聞いた真実も合わせて、できる限りに要約して、打ち明けるのだった。
オリは、話を聞く間、瞬きもほとんどせず、一心に耳を傾けていた。
そして、話が〈ルリンデラ〉のことについて及ぶとーーやはりオリは、そのことをはじめて聞き知るように、血の気のない顔に驚きを張りつけて、一言一言を、真剣そのものに、聞いていた。
ジェラが長い語りの最後に、マーロとの約束ーー七日後のことを、二人に伝えると、長い沈黙が、部屋を満たすのだった。
やがて、アリーの声が、重いしじまを破る。
努めて落ち着いた、静かな声で、今度はアリーが、ジェラがすがたを消していた間のできごとを、話すのだった。
アリーの話によればーー夜が明け、〈街〉が朝の光に包まれた頃、やはり早々に、ミゲがこの〈ラッゾ〉へ、やってきたという。
〈鉛の屍〉が消えたことーー併せて、ジェラのすがたがないことに、いつもの冷淡な面に、明らかな苛立ちをみせたというミゲだったが、アリーが咄嗟に、ジェラは明け方に見張りに出たまま、まだもどっていないのだと、そう伝えると、ミゲはジェラに伝言を残して、さっさと部屋をあとにした。
アリーが伝えた、その伝言の内容はーー『知り得た重大な情報があるならば、特例として認め、もどり次第ただちに、〈城〉までくるように』ーーと、いうものだった。
ジェラは改めて、なにも言わず、書き残さず、黙って出ていってしまったことを、アリーに謝った。
アリーはというと、とても心配したことは真剣な表情に伝え、なにより無事で、本当によかったと、いつものあたたかな微笑みを浮かべ、そう言うのだった。
そのあとーーさらに話し合いをした結果、アリーとジェラは、その日のうちに、ソルビを連れて、〈キューア〉の宿舎へ向かうことを、決めたのだった。
マーロが〈鉛の屍〉を、空き家から運び出したことで、アリーとジェラの二人が、〈ラッゾ〉へ残る意味もなくなりーーまたミゲからも、ジェラがもどり次第、すみやかに部屋を出るようにと、アリーが命じられていたからだ。
それになにより、ソルビのことを考えれば、兵士のすがたも多く見られるーー(そのなかには、ミゲの〈駒〉として、息のかかった兵士たちもいるであろう)ーー〈城〉に近い〈街〉へいるよりも、〈キューア〉の宿舎にいるほうが、ずっと安心安全だと、三人が同じ意見に、まとまったからだった。
なんとか今後の計画は決まったものの、それに伴う問題が、一つあった。
それはーー〈ラッゾ〉を出て、遠く離れた〈キューア〉の宿舎へ向かう間、ソルビをどのようなかたちで、連れていくかーーということだった。
ジェラがマーロと別れ、〈ラッゾ〉へ向かうときは、正直必死さもあり、そこまで頭がまわらなかった。ーーだが、冷静に明晰なアリーは、あからさまな身分の違いがある、幼いソルビを連れて、自分たちがそのまま〈街〉を歩けば、あまりに不自然でーー(運良くジェラはここまで来たが、次もそうだとは限らない)ーー変に目立ってしまうだろうと、危惧したのだ。
なにか良い方法はないかと、話し合った末、オリが提案した、〈背負い籠〉を使う案に、決めたのだった。
アリーとジェラが交代で、背負い籠に入ったソルビをしょい運んでいけば、ソルビのすがたは外から見られず、また少し窮屈な思いをさせてしまうが、かなりの距離を歩き、今も疲れて寝てしまっている幼子を、移動しながらに、休ませてあげることができる。
さまざまな国からの、多くの品物が並ぶ〈街〉では、髪が長く、身分の高い人物たちも、求める品をときには大量に買い集めるため、利便な背負い籠を背に背負うすがたも、決して珍しい光景ではないと、オリは心強く言った。
オリから、〈ラッゾ〉の買い出しの際に使われているという、大きくて丈夫な、背負い籠を受け取ると、ウトウトとしたソルビを籠のなかへ入れーー(オリは別れ惜しそうに、少しの間、掌をぷっくりとした頬へあてていた)ーー上から隙間をあけて布を覆い被せ、アリーとジェラはまもなく、祈るような面持ちに外まで見送りに出たオリと別れ、〈ラッゾ〉を出発した。
計画通り、まずアリーが籠を背負い、無事に〈街〉を抜けたあと、今度はジェラが、交代して籠を背負った。
緊張も合わさり、流れ落ちる汗に、結んだ長い髪までも濡らした二人が、そうして、立ちはだかる最後の難関ーー例の棘だらけの巨大なフェンスのもとへ、やってきたときーー西の空の地平線には、沈んだ夕日の残光が、主役の座を明け渡すように、徐々に濃さを増す闇に溶け、消えかけていた。
いつもならば、見下ろすフェンスを飛び越えて、〈倉庫〉がある先へ進んでいた。
だが、アリーはともかく、ソルビが入った籠を背負っているジェラは、さすがに飛び越えていくことは、難しかった。
しかし、睨めつけるようなフェンスの前に、立ち止まった二人は、慌てず、落ち着いていた。
ここも、事前に立てた計画通り、アリーが肩にかけていた袋から、重い工具ーー(それは、鉄でできた頑丈なはさみのようなもの)ーーを、取り出すと、ジェラが携帯用のランプで暗い手元を照らすなか、風雨に錆びたフェンスの網目を、一本一本、慎重に、力を込めて、切断していくーーー
パチンっ……パチンっ……パチンっ………
やがてーー闇が押し包んだ辺りに響いていた音が消えると、嘲笑うかのようなフェンスの足下に、人が一人なんとか通れるほどの、穴が、あいていた。
長く息を吐き出した二人は、夜気に汗が冷やされ、ぶるっと身震いをする。
そっと籠の布をめくり見れば、窮屈であろうにも関わらず、幼子はよほど疲れていたらしく、まだすやすやと、寝息を立てていた。
そうしてーー籠のなかで眠ったソルビ、ジェラ、アリーの三人は、無事に最後の難関を通過し、〈キューア〉の宿舎を目指して、漆黒の夜の帳が下りたなかを、進んで行った……。




