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第十三章•運命の一日㊀

森のなかの建物には、多くの人物たちが集まっていた。

ジェラにアリー、ソルビにオリ、それに、〈キューア〉のメンバーたちーー。

部屋のなかにすがたのないビクは、扉の外で、見張りの役についていた。

部屋にいる者たちはみな、ジェラの話を聞き終えてもまだ、茫然自失の体で、目の前に見える光景を、眺めるのだった……。

しかし、それも無理はないーーー

ジェラもそうであったように、すぐには到底のみ込めぬような、凄まじい話を、聞かされたのだ。

大きく見開かれた、たくさんの瞳はーー広い部屋をちょうど半分に隔てた、忌まわしい、巨大な鉄格子のなかへ、向けられていた。

そこにはーー美しく気高い、〈神獣〉のすがたーー〈ムー〉のすがたがあった。

誰もが声を失い、しんと静まり返った部屋のなかーージェラは、ソルビの小さな手を握る、オリのすがたへ、目を向けた……。

オリは今、ソルビが着ているのと同じ、植物の繊維でつくられた、質素な衣を、身に纏っていた。

〈ラッゾ〉の〈特別室〉に仕える、女中のオリを、ここへ呼んだのは、他ならぬジェラだった。

オリを見つめる、ジェラの脳裏にーー七日前の、あの日のことが、よみがえる………



あの日ーー〈山の子〉たちの岩部屋のなかで、マーロとさまざまな話をしーー多くの衝撃的な事実を知ったジェラは、その最後に、マーロから、幼いソルビを預かった。

マーロはそれまでの話から、『すぐに行動しなければならない』ーーと、まずは、〈月の民〉がいる〈ガンダ国〉へ、状況を探りに行くことを、決めたのだ。

そして、その際、マーロは馬をつかうことはせず、特殊な方法で、行くことを選んだ。

それがーー自身の右腕に刻まれた、〈守護動物〉である、〈鷲〉に変化して、天空の道を通っていくことだった。

天をつかえば、地をいくより、はるかに身軽に、よりはやくーー多くの障害を避けて、ことを進めることができる。

しかし、そこには一つ、問題があった。

マーロは自身の〈魂具〉ーー〈水晶の指輪〉を、バルダナに奪われ、失っているため、〈鷲〉のすがたに変化することはできても、本来のように、その状態を長く維持することが難しかった。ーーつまり、長い時間、飛び続けることができないのだ。

マーロはジェラに、そのことを伝えたのち、それでも七日後には必ず、無事にもどってくることを、約束した。

七日後にーー〈ムー〉のいる森の建物で、ソルビと、他の〈キューア〉のメンバーたちと共に、待っていてほしいと。

ジェラは、相手の言葉を揺るぎなく、確固として信じた。

ソルビは、そんなにも長いこと、これまでいつも一緒だった、マーロと離れることはなかったのだろう。マーロから、しばらくの間、離れることを伝えられると、その小さな唇をぎゅっと閉じ、灰色の瞳を真っすぐに見つめる、黒くまるい目には、大粒の涙が浮かんだ。

老人は、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる、幼子を前に、すっと膝を折るとーー震えた小さな手をとり、乾いた両の手でやさしく包み込んだ。

不安と心細さで、いっぱいになった黒い瞳を、真っすぐに見据えると、『必ずもどる。約束だ』ーーと、静かに、力強く放つのだった。

そうして、マーロと別れたのち、ジェラはソルビを連れて、急いで〈街〉へもどった。

アリーになにも言わず、出てきてしまったことーーそれに加え、最も恐ろしい不安に、ミゲのことがあった。

二人をわざわざ見張りに残しておきながらーー(ジェラにいたっては、はじめから、否応なしに決められていた)ーーまたしても、〈鉛の屍〉が消え失せたとなれば、すでにミゲが、なんらかのかたちで、動いているはずだと、そう思ったからだ……。

できる限り急いで、〈街〉へ向かっているあいだ、ジェラ半ば祈るような気持ちで、汗と共に滲んでくる冷たい焦りを、何度も何度も、拭い払うのだった。

そして、ようやくーーしっかりと手を繋いだジェラとソルビは、鮮やかな柿色の外壁をした、〈東のラッゾ〉のもとへ、たどり着いた。

そこから先は、さらに神経を張り詰めてーー(〈街〉へ入ったときも、兵士のすがたを見るたび、背筋がひやりとして、極力避けるようにしてきた)ーー慎重に、足を進めていった。

豪華な入口の、濡れ羽色の正面扉を開けて入ると、身構えていた緊張に反して、広い玄関ホールには、運よく人のすがたはなかった。

聞こえてくる食器の音や、辺りに漂う、焼き菓子の甘く香ばしい香りに、ジェラがホールにある、水の流れる見事な仕掛けの時計を見れば、今が正午をまわって、午後のお茶の時間であることを、知るのだった。

考えていた以上に、ずいぶん長いこと、すがたを消してしまっていたことに、再び冷たい焦りがわき上がるなか、果たしてアリーが、まだ部屋にいるのかーージェラは大きな不安を抱えながらも、最上階の〈特別室〉を目指し、ソルビと共に大階段を上っていった。

ソルビは、ここまでかなりの距離を歩き、その間も一切愚図ることなく、黙々とその小さな足を進めていた。だが、さすがに疲れたのだろう、途中から黒い瞳がとろんとしていた。ーーが、〈ラッゾ〉に入ってからは、生まれてはじめて見る、きらびやかな世界に、まるい目をパッチリと、あちらこちらへ動かしていた。

そうして二人が、無事に〈特別室〉のある五階へたどり着き、天井の高いホールを、部屋の扉のあるほうへ、半分まで進んだときーーそこで、思いがけぬ展開が訪れた………


ガッシャーン!………


食器の割れ散る、けたたましい音に、ジェラとソルビの身体が、思わず飛び上がった!

ソルビはあまりにびっくりして、その瞬間、ジェラの身体にしがみつくのだった。

激しい動悸が身を打つなか、ジェラが恐る恐る後ろを振り返るとーーそこには、先ほどカウンターにすがたのなかった、女中のオリが、立っていた。

ジェラは、オリの顔を目にした途端、息をのむ……

突然ーー閃光が、脳裏を貫いたのだ!


そう……そうだ……たしかに……似ている………


ジェラの見開かれた瞳に映る、オリの蒼白な顔にも、まさに驚愕の表情が、張りついていた。

震えた足下に、三段式のケーキスタンドが転がり、割れた三枚のお皿と共に、色とりどりの小さな菓子たちが、無残に床へ、転がり放り出されていた。

しかし、淡く黄味がかった茶の瞳は、ただ一点にーージェラの足にしがみつく、幼いソルビへ、向けられていた。

固まった空気のなかーー背後で物音がし、ジェラの顔が振り返ると、〈特別室〉の扉が開き、今一番求めているすがたがーー強張る心に安堵をもたらす、艶やかな赤毛が、見えるのだった。

アリーは、ジェラのすがたを認めるや、目を見開き、急いで駆け寄ってくるのだった。

そのときーーホールへ響いた声に、ジェラの顔が再び、はっと前へ向く………


「……ソルビ……ソルビ……だよね……」


幼子は、突然自分の名を呼ばれ、驚いたようにぎゅっと、しがみつく力を強めた。ーーだが、視線の先にいる相手に、記憶のどこかで、微かに見覚えがあったのかーーパッチリと開いた目で、じっと女中の顔を見つめていた。

やがてーー黒い瞳に明るい光が宿り、掴んでいたジェラの足から手を離す。


「やまのこの……ひと……?」


ソルビの声に、オリが頷いた。

そして、次の瞬間ーーそれまでこらえていたものが、堰を切るように、女中の顔に涙が溢れ出る。

オリは、ソルビのもとへ走っていくと、そのままくずおれるようにして、その小さな身体を、強く抱きしめた!


丸い顔ーー小さな耳の形ーーなにより、眉頭から眉尻まで、しっかりと生え揃った、美しい毛流れのある太い眉が、そっくりだった。


(……〈山の子〉の……最後の一人……)


呆然と見つめていたジェラが、ぱっと横を向くと、隣にアリーが立っていた。

アリーもじっと、むせび泣きながら幼子をかき抱く、女中のすがたを、見つめていた。

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