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第十一章•〈花〉の秘密と、〈翼をもつ者〉㊃

二人は今ーー岩のベンチに、並んで腰かけていた。

視線の先には、瑠璃色に光り輝く、美しい〈ナリアの花〉があった。

ジェラは、マーロに、〈キューア〉のことーーメンバーたちの共通点ーー〈ムー〉のことーーそして、〈ガンダ国〉のダダ王のことなどーーできる限り仔細に、話していったのだった。

ジェラのつかえながらの話にも、マーロは途中で一度も口をはさむことなく、最後まで黙って、聞いていた。

ジェラの声が消えるとーーむきだしの岩に囲まれた部屋のなかを、深々とした静寂が、満たすのだった……。

黙念と、土気色の顔に、厳しい表情を浮かべていたマーロが、額に浮いた汗を、掌で拭った。


「私が思っていた以上に……ことは、深刻を極めていた……」


掠れた声が、響き渡る。

マーロの瞳が、見つめていた〈花壇〉のすがたから、横に座る、ジェラへと向けられる。

「きみが話してくれたおかげで、私は今、一つの確信を、もつことができた」

褐色の瞳が、灰色の瞳を、真っすぐに見つめる……。


「『未曾有の危機が迫り来る時、〈女神ナリア〉の使いである、〈ナリアの目〉は、現れる……』ーーかつて私が、師から聞いた言葉だ。 そして、〈ナリアの目〉であるきみがーー別の世に、生きていたというきみがーー奪われた、私の〈水晶の指輪〉によって、今このときこの世に、私の目の前に現れた……。 きみが、〈瑠璃色の夢〉のなかで聞いたという、〈光の声〉ーーそれはまさしく……〈女神ナリア〉の、お声だったのだ」

最後の言葉は、込み上げてくるものをーー逸る心をーー抑えるように、微かに震えていた。

マーロは口を閉じると、おもむろに、自身の右腕を、たくし上げたーー

その細い腕が、少女のほうへ、すっと差し出される。

刹那ーージェラは息をのんだ……


「……〈鷲〉……」


前腕の中央ーー日焼けしていない、白い皮膚の上に、それは鮮やかにーー一羽の〈鷲〉のすがたが、刻み込まれていた。

立派な両翼を高く広げ、今にも天空へ飛び立ちそうな、堂々たる〈鷲〉が、鋭いくちばしに威光を放ち、力強い眼を、炯々としていた。

黒一色ーー濃淡豊かに、描かれたすがたは、不思議と見るものに、その色彩までも、鮮やかにたちのぼらせるのだった。


「きみが、〈夢〉のなかで見た、光を纏った鳥のすがたは、私を意味していた。 〈女神ナリア〉がきみに、見せたのだ」

マーロは静かに言うと、たくし上げていた右腕の袖を、下ろすのだった。

底光る、炯々たる眼が、固まっている少女を見据える。

「きみはもう、私がただの年寄りではないことを、知っているだろう」

ジェラの心臓が早鐘を打ち……乾いた喉が、ごくりっ……と、音を立てる……。

深長な間をあけて、老人が口を解く。


「私は、呪術師だ。 そして、私の〈水晶の指輪〉で、きみや、きみの仲間たちを、この世へ生み出した男もまた、私と同じ呪術師なのだ」


褐色の瞳がーー大きく見開く……


「呪術師……」


岩たちも固唾をのみ、耳を澄ますなかーー低い声が継ぐーー

「やつの名は、バルダナという。ーーもとの名は、トーナ。 今の私たちの名は、師匠であった、ゴルドス師から授かったものだ。 私のもとの名も、マーロではなく、ジオルという。 私とバルダナは、ここからはるか西にいった、〈ブンデレ〉という、とても貧しい国に生まれた。……今はもう、滅亡し、存在していない」

こだます声に滲む、暗い響きーー生々しい傷痕に、触れるような感覚ーージェラの内にある覚えが、呼び起こされるのだった……。

マーロは一度口をつぐみ、深く息を吸い、真白の髭が覆う口を開くーー

「国のものはみな、言葉は話せたが、読み書きはできず、小さな国の存在自体が、常に権力者の足元で、まるで動物のように働かされる、そういう〈運命〉にあった。 私とバルダナは、血の繋がった兄弟ではなかったが、同じ時に親を殺され、他に家族もなく、みなしごとして、共に育ち暮らしていた。 毎日毎日……先に、微かな希望もなければ、血を吐いてまで、働かされ……そこに唯一生まれるものといえば、身を蝕む毒のような、憎悪だけ……。 動物以下の扱いも当たり前に、いっそのこと、死んだほうがまだよいと、何度思ったことか……。 ついには、こんな〈運命〉のもとに産み落とし、早々とあの世へいった、親までも恨み……あの頃の私たちは、己の人生のすべてに……ただただ激しい怨みしか、抱いていなかった……」

沈む灰色の瞳は、岩を通し昔時の彼方を、見つめていた……。

「だが……私とやつは、どうせこのまま死ぬのなら、最後に……己の命を賭して、自由を求め、祖国から逃げ出すことを、決めたのだ……。 そして、この決断が、のちに私たちの〈運命〉を……大きく……激しく……変えた……」

ひんやりとした沈黙がーー部屋に流れる………

天井の穴から、〈花壇〉を照らす陽光が、ふっと暗くなり……また白々と、差し込み輝いた。

噛み締めるように、結ばれていた唇が解かれるーー

「私とやつは、祖国の呪縛から、命からがら、なんとか解放された。 はじめのうち、生まれて初めて身を駆け抜けた、あまりの喜びと興奮に、狂喜乱舞とした私たちだったが、そののち、ようやく、隣の国にたどり着いたときには、持ってきたわずかな食料も底をつき……あれほど身を沸かせていた血熱も冷め……そこで再び……私たちは、逃れたはずの残酷な〈運命〉に、捕まった……」

マーロの顔が歪み、苦しげに息を吸う……。

「金もない……身分もない……学もない……痩せこけ、非力な少年たちは、一体これから……異国の地で、果たしてどうやって、生きていけばよいのか……。 やっと掴んだ、希望の先に、待っていたのは……待ち望んだ夢から覚めた絶望と……身をよじるほどの、激しい飢えと渇きだった……」

しーん……と、静まり返った部屋のなか、暗い灰色の眼差しが、青く輝く〈花壇〉のすがたを、見据える……。

「なんとしても、生きるため……生き延びるため……一度足を踏み入れれば、もはやもどれぬ闇黒の道へ、二人して、足を踏み出そうとした……その矢先ーーゴルドス師は、現れた……」

厚い瞼を閉じーー生涯忘れもしない、会遇の光景をーー目の裏に見ているように、深いしじまが包んだ。

ゆっくりと……瞼が開かれる。

「呪術師として、偉大なお力をお持ちだった我々の師は、〈ルリンデラ〉という、新たなる呪術の形をつくるため、あらゆる地を旅して巡られ、理想にかなう、若者たちを集めていたのだ」


「〈ルリンデラ〉……」


すーっと……乾いた大地へ、甘雨が染み込むように……ジェラの身体のなかを、奥深くまで……みずみずしい言葉の響きが、潤し染み透るのだった………

「私たちは、ゴルドス師のもとで、呪術を学び、呪術師となった。 長く厳しい修行を経て、師に認められ、ようやく〈ルリンデラ〉に属するときーーそれぞれに、〈守護動物〉が与えられる。 それはみな違い、みな〈翼をもつ生きもの〉なのだ。 そのすがたに変化できてはじめて、〈ルリンデラ〉として、一人前の呪術師となる」

はっと開かれた瞳が、袖の下ろされた、老人の右腕を見る……。

「〈鷲〉……」

掠れた声に、マーロが頷いた。

「私は師から、〈鷲〉を授かった。 この腕に刻まれているすがたに、私は変化することができる。 そして、〈鷲〉は、〈ルリンデラ〉のなかでも、特別な存在なのだ。 偉大なゴルドス師の、〈守護動物〉でありーー師から次に継承する者へ、授けられるものなのだ」

マーロはゆっくり、立ち上がると、その足を一歩前へーー右手を、宙へ伸ばすのだった。

ジェラが息を詰めて、見つめるなかーーさらさらさら……と、老人はまるで、そこに透明な黒板でもあるかのように、のばした人差し指を、目に見えぬ光のチョークにーー走らせていったーー。

やがてーー呆然とする、ジェラの視線の先ーーきらきらと光る、美しい金色の文字や線で描き上げられた、〈ルリンデラの壮大な図〉が、広がっていた………


三角形のようになった、図の頂点に

ゴルドス師ーー〈鷲〉•〈杖〉


その下に二つ、わかれて名がある

マーローー〈鷲〉•〈水晶の指輪〉

バルダナーー〈鳶〉•〈朱色の壺〉


そこからさらに下には、多くの線が伸び並ぶように、ずらりと、他にたくさんの名や物のすがたが、輝きあるのだった

リセーー〈鴎〉•〈羅針盤〉

メベーー〈雀〉•〈横笛〉

ロアーー〈燕〉•〈真珠〉

ワッズーー〈烏〉•〈ガラスの小瓶〉

スニーー〈鳩〉•〈鈴〉

コットーー〈梟〉•〈ランタン〉

バルーー〈隼〉•〈懐中時計〉


さらにジェラが、我が目を疑ったのは、図にある、〈生きものの名〉•〈物の名〉の横には、それぞれーーそのすがたを鮮明に現した、〈絵〉がついてあることだった。

マーロが、空中に浮かぶ、壮大な図の横に立ち、口を開く。

「これが、〈ルリンデラ〉の組織図だ。 見てわかるように、〈ルリンデラ〉に属する者たちは、〈守護動物〉の他に、もうひとつ、師から授けられるものがある。 それが、己の命の次に大切な、〈魂具こんぐ〉というものだ」

節の浮いた手が、自身の名の下に見える、立派な〈鷲〉の絵と並んだーー美しい〈水晶の指輪〉を示す。

ジェラの内にーーマーロの言葉が、よみがえり響くのだった………


ーー『鳶色の髪をしたきみは、私の手から奪われた、〈水晶の指輪〉によって、この世へ導かれたのだろう』ーー


相手の心中を察したように、低い声が通る。

「私とバルダナの名が、ゴルドス師のすぐ下に控えるように、〈水晶の指輪〉ーー〈朱色の壺〉ーーこの二つの〈魂具〉は、師のもつ〈杖〉に続いて、強い力を秘めている。 そして、〈魂具〉というものは、それをもつ主の命が、終わりを迎えるときーー共に、〈魂具〉としての存在ーー力を、失うのだ。 ゴルドス師の〈杖〉は、師が亡くなられ、火葬されるとき、そのお身体と共に、消え去った。 つまり……〈鷲〉を受け継いだ、私の〈水晶の指輪〉が、今は最も強い、力をもつことになる……。 バルダナが、〈ルリンデラ〉のなかで、一番と二番に、強い力を宿し秘めた〈魂具〉を、一人で独占し、もっているということだ」

息をのみ、大きく開かれた瞳がーー二人の名の下に見える、神秘的に……まるで芸術品のごとく……麗しい〈魂具〉のすがたを、見つめた……。

深重な沈黙が満たしーー息を凝らした岩の空間に、苦悶を滲ませた声が、響き渡るーー


「……呪術というものは、〈光〉がある一方で、同時に……底知れぬ、恐ろしい〈闇〉をも孕んでいる……。 力をもつ……力を操る……ということは、常に、その呪いの狭間を、己の素足に、進んでいくということなのだ……。 やつは……バルダナは……〈魂具〉をもつ者が、決して手を出してはいけない領域ーー〈禁忌の術〉を使い、おそらく……本来交わるはずのなかった、《異なる流れ》のなかから、きみたちの《魂》を……捕まえた……」

マーロが、伸ばした手をさっと振り、宙に浮かんだ〈ルリンデラの図〉は、光の砂が吹かれるように……煌めきながら、消えていった……。

岩のベンチへ、老人が再び腰を下ろす。

「バルダナが、私の〈指輪〉を奪ったのは、力への呪いに、のみ込まれてしまったからだ。 やつは、自分の〈魂具〉より、さらに強い力をもつ、私の〈水晶の指輪〉を、ひどく妬んだ。 師から、〈鷲〉を授けられなかったことも、やつの心の内にあった〈闇〉を、一層深くしたのだろう……。 最後には、力ずくで……手に入れた……」

膝の上に握られた、二つの拳が、込められた力に……小さく震える。

「あれは……私たちが、この帝国からずっと西にいった、〈ユバル山脈〉を越え、その先にある、〈キーゼル〉という国で、師の最期を、見取った後のことだった……。 師の亡きあと、それぞれが新たなる地へ、旅立つというとき、やつは、まるでそのときを狙い待っていたように……ついに、ことを決行した……。 仲間たちを送り出し、バルダナも〈鳶〉のすがたに、天へ飛び立っていった。……ところが、やつは、そう見せかけておいて、密かに、もどってきていたのだ。 そうともしらず……最後に残った私は、愚かにも、油断し隙をみせてしまった……。 やつは私を襲い……〈水晶の指輪〉を奪い取り、天空へと、そのまますがたを消した……」

岩にこだます声は、赤黒い怒りの感情に、戦慄いていた。

ジェラは、凍りついたように固まったまま……激しい動悸を、全身に受けていた……。

冷たい間に、低い声が続けるーー

「バルダナは、〈鉛の屍〉から、私がまだ生きていたことを知り、きみたちに、〈嗅覚〉という能力を、与えたのだろう。ーーその真の目的は、殺し損ねた私を、探し出すためだ。 やつは、自分のもつ〈朱色の壺〉と共に、〈水晶の指輪〉の、新たな主になったと思っている。 それゆえ、私が死んでもなお、〈指輪〉が、〈魂具〉としての存在ーーその力を、失っていないのだと、そう思い込んでいる。 だがーーそれは違う。 〈魂具〉が、新たな主を迎えることは、決してない。 〈水晶の指輪〉が、今も〈ルリンデラ〉の大いなる力を失っていないのは、紛れもなく、本当の主である私が、まだこうして生きているから……」

マーロが咳き込む。慌てて、水を探し立とうとした少女を、手をあげ制した。

老人はしばらくの時、苦しそうにーー痛みをこらえるようにーーゆっくりと……呼吸を繰り返した……

ジェラはその間、ただ見守ることしかできなかった。

やがて、苦しげな呼吸が落ち着きーー額にびっしりと玉汗を浮かべたマーロが、汗を拭い、口を開く。


「……今なら、なぜ師が、才能豊かであったバルダナではなく、私に、〈鷲〉を授けたのかーーその理由がわかる。 ゴルドス師は、はじめから、やつの心の内にはびこる〈闇〉をーー生まれ落ちた、不運な世界が植え付けた〈危うさ〉を……見抜いていたのだ……。 だからこそ、師から〈鷲〉を受け継いだものだけが知る、貴重に多くの〈伝承〉が、悪の手に渡ることなく、今このときまで、守られ続けてきた……」

二色の瞳がーー〈花壇〉に咲き乱れた、〈ナリアの花〉へ、向けられる……。

「私は、ゴルドス師から、この〈山〉のことーー〈女神ナリアの伝説〉を聞いた。 この〈洞窟〉のことも、〈ナリアの花〉のことも、すべて授け聞いた。 バルダナは、私の息の根を止めたと思っていたようだが、私は襲われ、〈指輪〉を奪われてからも、まだ生きていた。 なんとか命拾いをした私は、身体が動けるようになってから、向かう場所といえば、一つの他考えられず……師からかつて聞いた、この〈ナリアの山〉を、目指しやってきた。 そして、ここで、私は〈山の子〉をはじめた。 かつての師のように、呪術を教え込もうとしたわけではない。 ソルビの父親の、ソランをのぞいては、誰にも、呪術は教えなかった。 〈ルリンデラ〉のことも、彼らに話したことはない。 その代わり、この場所のことーー〈女神ナリアの伝説〉や、〈ナリアの花〉について、私は彼らに授けたのだ……」

皺の深く刻まれた、自責に満ちた顔が、ジェラへ向くーー


「私はきみに、この〈山〉全体が、〈女神ナリア〉のご神体であると言ったが、その話には、続きがあるのだ……。 この〈山〉の深くには、〈ナリアの血〉が、流れている。 それはつまり……赤々と沸き立つ〈マグマ〉が、あるということだ……」


血の気が引いていく感覚に……不穏な胸騒ぎが襲う………


「……〈火山〉……」


強張る視線の先ーー老人が、頷いた……。

「きみは、この地にある山たちが、すがたを消していることを、知っているか……」

じーんと耳鳴りがする、ジェラの脳裏にーー〈山〉の断崖から見た光景が、浮かび上がる……。

「帝国の人間は、この地にある山々でしか育つことのない、〈ノキ〉という木をとるため、次々に山を、破壊しているのだ……」

静かな声には、再び赤黒い怒りの色が……滲んでいた……。

「〈ノキ〉は、すばらしい木だ。 きみも、〈山〉のなかで、何度も目にしているはずだ。 材木にしてみても、美しい木目に、強い耐久性をもちーー他に、上をいくものはない。 そして、もう一つーー〈ノキ〉最大の特徴というのが、〈香木〉としての、高貴な存在だ。 帝国の人間が、〈ノキ〉を片端から切り出しているのも、このためだろう……」

「〈香木〉……」

ジェラの鼻がぴくりと、無意識に、動くのだった。

灰色の瞳が遠くを見つめるーー

「帝国から西に行けば〈ユバル山脈〉、東に行けば、〈ミレー海〉という、広い海にでる。 その大海の東方に、〈ボスフォリア王国〉という名の、それは大きな国がある。 帝国側は、一番の交易国である、この王国に、ほとんどの〈ノキ〉を輸出している。 そして、〈ボスフォリア王国〉側からは、その莫大な富と権力を築き上げたもとである、〈ロロ鉱山〉から採れる〈銀〉を、受け取っているのだ」

「〈銀〉……」

ジェラの心の目にーー圧倒的にそびえ立つ、〈銀細工の城〉のすがたが、映るのだった……。

灰色の視線が、少女の腰の金具につけられた、小さな携帯用のランプにとまる。

「そのなかにも、〈ロロ鉱山〉で採られた石が、使われているはずだ」

驚いたジェラの手が、ランプを掴む……。

「〈ロウロウ鉱石〉といって、〈銀〉に続いて、有名なものだ。 真っ白に特殊な石で、同じ〈ロロ鉱山〉内で採れる、濃い緑色をした、〈ロ鉱石〉をあてると、石全体が、強く発光するように輝く。 帝国は、この鉱石たちも、多く輸入しているのだろう。 今や〈リグターン〉中に見られる、あらゆる明かりが、きみがもつそのランプのような、灯火より一瞬に強い明かりを灯すことができる、〈ロウロウ鉱石〉を使ったものだ」


一際重い沈黙にーー散らばっていた、あらゆる〈かけら〉が、少しずつ……一つに、合わさっていくように……ことの全貌が、立ち込めていた霧のなかから、すがたを現すのだった………

岩の空間に、満ち満ちた緊張に……ジェラはいよいよ……長い語りの旅路が、その核心へ触れることを、感じ取る……

血の気のない唇を、ぎゅっと噛み締めると……放たれる言葉に、身構えた……


「三年前の、〈乱満月〉のときとは……なにもかもが、変わってしまった……」


岩の天井にあいた穴から、やわらかな風が舞い降り……〈花壇〉に咲き乱れた、〈ナリアの花〉たちを揺らす……。

「この三年の間に……私の恐れていたことが、起きてしまった……。 帝国が、ついに……〈ナリアの山〉の両隣にあった、いわば〈女神ナリア〉の従者として、鎮めの役にあった、二つの山たちを、破壊してしまった……」

ジェラのこめかみを、つーっと……冷たい汗が、伝い落ちる……。

マーロが深く、息を吸う……


「〈ナリアの山〉は、近いうち……すでに、ひと月をきりやってくる、〈乱満月〉の夜に……大規模な〈噴火〉が、起こるだろう……」


「……でも……でも……それじゃあ……」


「〈乱満月〉の夜にーー〈月の民〉が起こす〈戦〉と、〈ナリアの山〉の〈噴火〉とが、この〈リグターン〉を襲うということだ……」


ジェラの震えた手が、口を覆う……。

マーロが静かに、立ち上がる。

一節の詩を読むように、朗々とした声が響くーー


「〈女神ナリア〉の、真紅の怒りを鎮めるときーー最後に残るは、〈青き花〉の清冽さーー。 清き五枚の、光を身に、《魂》深くーー〈女神〉のもとへ……」


岩岩にこだまし……余韻をもって、消えていく………


「〈女神ナリアの伝説〉だ。 『真紅の怒り』とは、〈噴火〉のことーー『青き花』は、〈ナリアの花〉ーーそして、『清き五枚の、光を身に』ーーとは、つまり、〈ナリアの花〉を食して、己の身体のなかへ入れるーーという意味だ。 最後の、『《魂》深くーー女神のもとへ……』ーーこれは、〈ナリアの花〉を身にした者が、己の命をもって、〈女神ナリア〉のもとへいき、そのお怒りを鎮める……という結びだ。 〈山の子〉たちは、帝国がもたらした、〈女神ナリア〉の怒りを鎮めようと……〈噴火〉を、どうにかとめようと……この〈伝説〉を、実行した……。 私に言えば、間違いなくとめられる……彼らは、それをわかっていて……何も言わず、この〈山〉を下り……私のもとを、去っていた……。 あの子が……ソルビが……〈柳の木〉の下へ、ひとり残されているのを見て……この部屋で……〈ナリアの花〉が、彼らの人数分、引き抜かれているのを目の当たりにして……私はようやく……すべてを悟ったのだ……」

揺れる褐色の瞳がーー咲き乱れた〈花壇〉のなかに見えた、不自然な穴へとまる……。

「……でも……そしたら……〈山の子〉のみなさんが、〈鉛の屍〉に……命を犠牲にしてまで、〈伝説〉を実行して……〈女神ナリア〉のお怒りは、鎮まったんじゃないんですか……」

半ば祈るような、細く震えた声に、マーロの年老いた顔が、力なく振られる。

「〈女神ナリア〉のお怒りは、まだ鎮まっていない。……その証しに、〈山〉のいたるところで、今までには見られなかった、地中から蒸気を噴き上げる穴が、いくつも現れている……」

「そんな……」

ぐらりとめまいがし……ジェラは座っている岩のベンチに手をつき、青ざめた身を支える……。

深くーー長い沈黙がーー二人を押し包むのだった…………

瑠璃色の、〈花壇〉を見つめ立っていたマーロが、振り返りーー鳶色の髪の少女を見据えるーー


「〈ナリアの目〉である、きみの力を、私に貸してほしい」


ジェラの耳元に下がる、〈青いしずくの耳飾り〉が、ぼわんっ……と、青い火花を宿し、強い光を放つのだった………

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